伊藤隼太

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伊藤 隼太
阪神タイガース #51
HT-Hayata-Ito20120313.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県瀬戸市
生年月日 1989年5月8日(27歳)
身長
体重
177 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2011年 ドラフト1位
初出場 2012年3月30日
年俸 1,500万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

伊藤 隼太(いとう はやた、1989年5月8日 - )は、阪神タイガースに所属する愛知県瀬戸市出身のプロ野球選手外野手)。

経歴[ソースを編集]

プロ入り前[ソースを編集]

小学1年時から野球を始め、投手遊撃手としてプレー。中学時代から外野手を務める。

中京大中京高への進学後は、1年秋からレギュラーに定着すると、2年時の秋から4番を務めた。 3年生夏の全国大会には、愛知県予選決勝で愛工大名電高に敗れた。高校通算で29本塁打を記録した。 野球部の2年後輩に堂林翔太がいた。

慶應義塾大学環境情報学部に進学後は、1年春から東京六大学野球のリーグ戦に出場する。 2年時には、春のリーグ戦からレギュラーに定着。規定打席不足ながら、打率.345を記録した。秋のリーグ戦で4番に抜擢されると、リーグ5位の打率.326をマーク。 3年春のリーグ戦では、早稲田大学1回戦で斎藤佑樹から三塁打、2回戦では福井優也から本塁打を放った。 さらに、リーグトップの12打点を挙げて、チームを11季振りの優勝に導いた。 4年時に主将へ任命。春のリーグ戦では、打率.405・4本塁打・17打点という好成績で、2季連続の優勝に貢献した。

慶應義塾大学時代(2011年)

その一方で、大学3年の夏には、第5回世界大学野球選手権大会日本代表に選出。 全試合で4番打者を任されるとともに、3本塁打を放った。

2011年のドラフト会議で、阪神タイガースから1巡目で指名。契約金1億円プラス出来高5,000万円、年俸1,500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は51[2]

プロ入り後[ソースを編集]

2012年

春季キャンプのスタートを一軍で迎えた。右手首痛を発症し、右手首のガングリオン(良性腫瘍)の穿刺(せんし)処置を受けたが、軽症であった。 オープン戦では、16試合の出場で打率.154、0本塁打、1打点と不振だった。しかし、レギュラー右翼手マット・マートンが、公式戦の開幕直前に故障で戦線を離脱[3]。 伊藤自身も、開幕直前にシアトル・マリナーズおよびオークランド・アスレチックスとの日米親善試合で2試合連続安打を記録するほどにまで復調した[4]ことから、開幕も一軍で迎えた[5]横浜DeNAベイスターズとの開幕戦(3月30日京セラドーム大阪)では、「8番・右翼手」としてスタメンに起用された。 阪神の新人外野手が一軍の開幕戦でスタメンに起用された事例は、1972年望月充以来40年振りであった。 もっとも、開幕カード2試合に6打席で5打数無安打3三振という結果に終わったため、マートンの復帰に伴う格好で4月2日に出場選手登録を抹消された[6]7月15日に再び出場選手登録。同月17日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(阪神甲子園球場)では、「7番・中堅手」としてスタメンで出場すると、5回表の打席で一軍初安打を放った[7]同月19日に開催のフレッシュオールスターゲームにも、ウエスタン・リーグ選抜の一員として出場した[8]。さらに、9月27日の対東京ヤクルトスワローズ戦では、5回表2死満塁で迎えた打席で松井光介から満塁本塁打。 一軍公式戦35打席目で、初本塁打・初打点を同時に記録した[9]。 一軍公式戦の初本塁打を満塁本塁打で記録した阪神の新人選手は、プロ野球創設年(1936年)の伊賀上良平に次いで2人目である。 ただし、一軍公式戦では通算22試合の出場で打率.148、1本塁打、5打点という成績にとどまったため、11月30日には推定年俸1,400万円(100万円減)で契約を更改した。 阪神にドラフト1位で入団した新人野手が、1年目に球団からの減俸提示を受けて契約を更改した事例は、球団史上初めてであった[10]

2013年

2月26日京セラドーム大阪で開かれたWBC日本代表との強化試合に、阪神の9番・左翼手として先発出場。5回裏の第2打席では、涌井秀章から決勝点となる先制の適時打を放った。しかし、6回表の守備で坂本勇人の打球を追って前進した際に、遊撃を守っていた上本博紀と交錯。伊藤は打球を捕球したものの、左顎部を打撲した[11]。軽症であったため離脱はしなかった。

オープン戦で好調を維持したため、公式戦では2年続けて、開幕を一軍で迎えた。4月3日にいったん登録を抹消されたが、開幕からレギュラー右翼手として出場していた福留孝介の故障・戦線離脱を機に、主に右投手が先発する試合で「8番・右翼手」としてスタメンに起用。24歳の誕生日に当たる5月8日には、東京ドームの巨人戦で、8回表に澤村拓一から0-0の均衡を破る2点本塁打を放った(試合は延長12回の末に阪神が勝利)[12]。同月後半以降は、一軍と二軍を何度も往復。7月にウエスタン・リーグの月間MVPを獲得した[13]が、一軍では2年連続で打率1割台・1本塁打に終わった。しかし、秋季キャンプでは、新任の掛布雅之ゼネラルマネジャー付育成&打撃コーディネーター(2016年以降は二軍監督)からの直接指導によって打撃開眼の兆しを見せた[14]

2014年

春季キャンプからオープン戦の序盤までは好調だった[15]が、不振に陥り3月中旬に二軍へ降格。降格直後には、教育リーグの試合中に右手の甲へ死球を受けて[16]、この影響で公式戦の開幕を二軍で迎えた。ウエスタン・リーグの公式戦では、57試合の出場でチームトップの打撃成績[16](打率.283、6本塁打、30打点)を記録。7月1日にシーズン初の出場選手登録を果たした。レギュラー中堅手の大和が故障で戦線を離脱した同月下旬からは、右投手の先発が予告されている試合を中心に、中堅手として連日スタメンに起用[17]8月8日の対広島東洋カープ戦(京セラドーム大阪)では、一軍公式戦で自身初の盗塁猛打賞(1試合3安打)を記録した。結局、一軍公式戦では52試合に出場。打率.294、2本塁打、12打点という成績を残した。シーズン終了後には、11月11日に甲子園で開かれた「日本プロ野球80周年記念試合」に、阪神・巨人連合チームの「6番・左翼手」としてスタメンで4打数1安打を記録[18]同月22日の契約交渉では、2年連続の減俸提示から一転して、推定年俸1,500万円(300万円増)で契約を更改した[19]

2015年

オープン戦では、2月21日の対DeNA戦9回表に、代打でこの年のチーム第1号本塁打を記録[20]。公式戦では、開幕直後の4月14日にシーズン初の出場選手登録を果たした。登録後は、右投手相手の代打[21]や、右投手の先発が予告されている試合のスタメン(主に中堅手)として一軍公式戦で活躍。6月3日の対千葉ロッテマリーンズ戦でのヘッドスライディングで左手の親指を痛めた(診断は左手親指亜脱臼)ため、翌4日に登録を抹消された[22]が、8月14日の再登録[23]以降はシーズン終了まで一軍に帯同した。レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦で自己最多の63試合に出場するとともに、前年と同じ本塁打数と打点数を記録。通算打率は.252ながら、代打ではチームトップの打率(.316)を残した。シーズン終了後の11月21日には、推定年俸1,700万円(200万円増)で契約を更改している[24]

2016年

春季キャンプでは、主力選手中心の「沖縄組」に選ばれていた。しかし、キャンプインの前日(1月31日)に、現地での自主トレーニングで右肩を負傷。翌2月1日大阪府内の病院で精密検査を受けたところ、右肩関節唇の損傷と診断された[25]。5月中旬に実戦復帰を果たす[26]と、6月15日にシーズン初の出場選手登録[27]。一軍復帰を果たした。10月の秋季練習のノック中、以前から違和感があった右脚に痛みを感じ、右太もも裏の強い張りがあるとして離脱。リハビリ調整となった[28]

選手としての特徴[ソースを編集]

鋭いスイングスピードと長打力[29]に加え、遠投110メートルの強肩に50メートル走6.0秒台、一塁到達4.0秒台の俊足を備える[30]。 高校時代は『走力のある巧打の外野手』という評価だったが、大学進学後に長打力を開花させた[31]。 プロのスカウトからは「高橋由伸のタイプに近い、技術の高さが飛距離を生むタイプの打者」と評され[32]、大学時代の監督でプロ野球経験者の江藤省三[30]や、現役時代伊藤と同じ左打ちだった掛布からは、広島東洋カープから阪神へ移籍した当初の金本知憲に例えられている[14]

打席での集中力の高さが特徴。伊藤自身は、「どの打席でも無心でいること」を理想に挙げている[31]。特に、大学3年秋のリーグ戦優勝決定戦で迎えた打席では、「完全に集中していました。独特な雰囲気の中で冷静に球種を感じ取ることができた」という[30]。 プロ入り後も、2014年と2015年の一軍公式戦で代打本塁打を1本ずつ記録した。

2015年から広島に復帰した黒田博樹や、同年まで広島に在籍していた前田健太(2016年ロサンゼルス・ドジャースに移籍)との相性が良く、黒田・前田が先発する試合にスタメンで起用されることも多かった。2015年4月25日の対広島戦(マツダスタジアム)では、自身のシーズン初本塁打となる2点本塁打を放つ[33]など、黒田から3打席連続で安打を記録[34]。 シーズン通算でも、7打数4安打(打率.571)という成績を残した。 前田に対しても、2014年に7打数5安打(打率.714)[35]、2015年に11打数3安打(打率.273)を記録している。

課題は外野の守備とされる。 WBC日本代表の強化試合で浅いフライを追って上本と激突。一軍の公式戦での出場機会が増えるにつれて、打球に対する反応や判断の遅れが目立つようになった[36]。 24歳のバースデーアーチを放った試合(東京ドームでの巨人戦)でも、アーチを放った直後の9回裏に2度のミス(記録はファウルと坂本の三塁打)で同点に追い付かれることもあった。試合後には「(自分の守備が)下手くそなだけです。ああいうこと(右翼守備でのミス)をしていたら試合に出るチャンスがなくなる」という自責のコメントを残した[37]

しかし、阪神への入団以降、一軍公式戦での失策は1(2014年)にとどまっている。

人物[ソースを編集]

趣味は読書[31]で特技は暗記[38]

高校時代には評定平均4.8を残すなど学業でも優秀な成績を修めた[30]

阪神への入団1年目から3年続けて、ライバルチーム・巨人の外野手だった高橋由伸(2016年から一軍監督)の自主トレーニングへ参加していた[24]

大学時代にチアリーダーとして活躍していた同級生の女性と、在学中から6年間交際。 阪神入団後の2015年12月23日に入籍した[39]

詳細情報[ソースを編集]

年度別打撃成績[ソースを編集]

















































O
P
S
2012 阪神 22 56 54 2 8 1 0 1 12 5 0 1 0 0 2 0 0 18 0 .148 .179 .222 .401
2013 30 71 62 8 9 1 0 1 13 4 0 2 2 0 6 0 1 19 0 .145 .232 .210 .442
2014 52 131 119 13 35 6 1 2 49 12 1 0 1 3 7 0 1 26 1 .294 .331 .412 .743
2015 63 150 135 10 34 7 0 2 47 12 0 1 1 3 11 0 0 31 0 .252 .302 .348 .650
2016 29 54 53 2 13 0 1 1 18 4 0 1 0 0 1 0 0 11 0 .245 .340 .599
通算:5年 196 462 423 35 99 15 2 7 139 37 1 5 4 6 27 0 2 105 1 .234 .279 .329 .608
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[ソースを編集]


外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2012 17 24 0 0 0 1.000
2013 25 45 1 0 0 1.000
2014 33 57 2 1 0 .983
通算 75 126 3 1 0 .992
  • 2014年度シーズン終了時

記録[ソースを編集]

背番号[ソースを編集]

  • 51 (2012年 - )

登場曲[ソースを編集]

  • Steppenwolf - Born to Be Wild(2012年)
  • - Troublemaker(2013年-)

代表歴[ソースを編集]

関連情報[ソースを編集]

出演[ソースを編集]

CM

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ 阪神伊藤隼200万円減「悔しい気持ちを来季へ」 - 野球.日刊スポーツ.2016年11月17日閲覧。
  2. ^ 虎のイチロー誕生!伊藤隼、背番「51」”. SANSPO.COM (2011年11月23日). 2011年11月24日閲覧。
  3. ^ “マートン開幕アウト…長期離脱も”. 日刊スポーツ. (2012年3月21日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120321-920554.html 2016年1月18日閲覧。 
  4. ^ “隼太、40年ぶり新人外野手開幕スタメン”. 日刊スポーツ. (2012年3月27日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120327-923980.html 2016年1月18日閲覧。 
  5. ^ 出場選手登録について”. 阪神タイガース (2012年3月28日). 2012年3月28日閲覧。
  6. ^ “隼太2軍降格 和田監督「頑張ってこい」”. 日刊スポーツ. (2012年4月2日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120402-927456.html 2016年1月18日閲覧。 
  7. ^ “【阪神】ドラフト1位隼太プロ初安打!”. 日刊スポーツ. (2012年7月17日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20120717-985078.html 2016年1月18日閲覧。 
  8. ^ フレッシュオールスターMVPに中谷選手”. 阪神タイガース (2012年7月20日). 2016年1月18日閲覧。
  9. ^ “隼太プロ1号 満塁で決めた”. 日刊スポーツ. (2012年9月28日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120928-1024149.html 2016年1月18日閲覧。 
  10. ^ “隼太100万減、虎ドラフト1位初の1年目ダウン”. 日刊スポーツ. (2012年12月1日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20121201-1053926.html 2016年1月18日閲覧。 
  11. ^ “上本、左足首の靱帯損傷…和田監督は「時間がかかりそう」”. スポーツニッポン. (2013年2月28日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/02/28/kiji/K20130228005293470.html 2013年3月5日閲覧。 
  12. ^ “阪神伊藤隼、先制1発のち拙守2連発”. 日刊スポーツ. (2013年5月9日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20130509-1124495.html 2013年5月13日閲覧。 
  13. ^ “富田、伊藤隼がファーム月間MVP”. 日刊スポーツ. (2013年8月7日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130807-1169544.html 2013年9月13日閲覧。 
  14. ^ a b “阪神掛布DC 伊藤隼は金本になれる”. 日刊スポーツ. (2013年11月21日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20131121-1221162.html 2014年8月9日閲覧。 
  15. ^ “【阪神】隼太“覚醒”マルチ!師匠・掛布DCも太鼓判”. スポーツ報知. (2014年3月2日). http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20140302-OHT1T00191.htm 2014年3月3日閲覧。 
  16. ^ a b “阪神伊藤隼初昇格「やってやるぞ、と…」”. 日刊スポーツ. (2014年7月1日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20140701-1326834.html 2014年8月9日閲覧。 
  17. ^ “ウル“虎”の夏や!今こそ変身!!隼太、レギュラー「放さない」”. サンケイスポーツ. (2014年7月29日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20140729/tig14072905030001-n1.html 2014年8月9日閲覧。 
  18. ^ 2014 SUZUKI 日米野球シリーズ 日本プロ野球80周年記念試合 打席結果・投打成績 野球日本代表公式サイト
  19. ^ “虎伊藤隼ぶちまけ100分交渉、300万増更改”. 日刊スポーツ. (2014年11月22日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20141122-1399503.html 2016年1月18日閲覧。 
  20. ^ “虎オープン戦1号は伊藤隼 代打で2ラン”. 日刊スポーツ. (2015年2月22日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1437722.html 2016年1月18日閲覧。 
  21. ^ “阪神伊藤隼、満を持して今季初1軍 左の切り札だ”. 日刊スポーツ. (2015年2月22日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1437722.html 2016年1月18日閲覧。 
  22. ^ “阪神伊藤隼が左手親指亜脱臼「治療に専念する」”. 日刊スポーツ. (2015年6月5日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1487756.html 2016年1月18日閲覧。 
  23. ^ “阪神が梅野、伊藤隼を一軍登録、秋山、中谷を抹消”. 日刊スポーツ. (2015年8月14日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1522840.html 2016年1月19日閲覧。 
  24. ^ a b “阪神伊藤隼、慶大先輩の巨人高橋監督が嫌がる選手に”. 日刊スポーツ. (2015年11月21日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1569093.html 2016年1月19日閲覧。 
  25. ^ “阪神伊藤隼は右肩関節唇損傷 長期離脱も”. 日刊スポーツ. (2016年2月1日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1599555.html 2016年2月2日閲覧。 
  26. ^ “阪神・隼太、復帰即ダ~ン!高山ら若手外野争いに殴り込みや”. サンケイスポーツ. (2016年5月18日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20160518/tig16051805010003-n1.html 2016年7月5日閲覧。 
  27. ^ “オリックス・クラークら登録/15日プロ野球公示”. 日刊スポーツ. (2016年6月15日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1663569.html 2016年7月5日閲覧。 
  28. ^ 阪神・隼太、右太ももに張りで離脱サンケイスポーツ(2016年10月25日)2016年10月25日閲覧
  29. ^ ドラフト候補プロフィール スポーツナビ
  30. ^ a b c d ドラフト候補&監督直撃インタビュー『野球小僧』2011年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、174-175頁。
  31. ^ a b c 『アマチュア野球 vol.30』 日刊スポーツ出版社、2010年、18-19頁。ISBN 978-4-8172-5509-9
  32. ^ 『野球小僧』2011年6月号、白夜書房、雑誌18801-6、59頁。
  33. ^ “阪神伊藤隼、黒田から今季1号”. 日刊スポーツ. (2015年4月25日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1466914.html 2016年1月19日閲覧。 
  34. ^ “伊藤隼 黒田から3連続ヒット「いきなり結果ビックリ」”. 日刊スポーツ. (2015年4月26日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1467368.html 2016年1月19日閲覧。 
  35. ^ “阪神伊藤隼キラーぶり発揮、広島前田から右前打2本”. 日刊スポーツ. (2015年8月27日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1529357.html 2016年1月19日閲覧。 
  36. ^ “隼太、24歳バースデー弾もホロ苦拙守”. デイリースポーツ. (2013年5月9日). http://www.daily.co.jp/tigers/2013/05/09/1p_0005973250.shtml 2013年5月12日閲覧。 
  37. ^ “伊藤隼 複雑な24歳誕生日、先制2ラン放つも拙守にがっくり”. スポーツニッポン. (2013年5月8日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/05/08/kiji/K20130508005765940.html 2016年1月18日閲覧。 
  38. ^ 『アマチュア野球 vol.31』 日刊スポーツ出版社、2011年、1100 -101頁。ISBN 978-4-8172-5513-6
  39. ^ “阪神伊藤隼が元慶大チアと結婚発表「守るべき存在」”. 日刊スポーツ. (2016年1月17日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1593412.html 2016年1月19日閲覧。 

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]