矢野謙次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
矢野 謙次
北海道日本ハムファイターズ #37
Fighters Kenji yano.JPG
2015年9月3日、東京ドームにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都三鷹市
生年月日 (1980-09-21) 1980年9月21日(37歳)
身長
体重
178 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2002年 ドラフト6巡目
初出場 2003年8月19日
年俸 4,000万円+出来高(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

矢野 謙次(やの けんじ、1980年9月21日 - )は、東京都三鷹市出身のプロ野球選手外野手)。愛称は「ヤノケン」。北海道日本ハムファイターズに所属する。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

東京都三鷹市出身。小学校2年の時に「三鷹リトルシニア」で野球を始める。同じリトルシニアに元中日ドラゴンズ高江洲拓哉も所属していた。三鷹市立第六中学校時代の「三鷹シニア」ではエース兼四番打者として関東大会に出場。國學院久我山高校では同級生に笠木新がいた。國學院大學時代、東都リーグ2部で通算23本塁打を記録するなどで「井口資仁二世」と呼ばれ、当時高校の先輩である井口が所属していた福岡ダイエーホークス日本ハムファイターズが獲得意思を示したが、矢野は高校時代から注目してくれていたという読売ジャイアンツ(巨人)への入団を熱望していた。同球団関係者は「足が速いし、魅力がある。打撃もパンチ力があり、遠くへ飛ばす力を持っている」と高く評価していた。2002年度ドラフト会議にて巨人から6巡目指名を受けて入団。

巨人時代[編集]

巨人時代(2009年)

新人年の2003年松井秀喜フリーエージェント権を行使して退団したこともあり一軍キャンプに帯同。オープン戦では同期入団の長田昌浩と共に安打を打つがペナントでは活躍できず。同年オフに結婚。

2004年にプロ入り初安打・初本塁打を記録。翌2005年のシーズンは主に二番打者、右翼手中堅手として85試合に出場。打率.281、本塁打7の成績を残した。7本塁打のうち4本を横浜ベイスターズ土肥義弘から打った。

2006年は、4月終了時点でセントラル・リーグの打率ランキングで2位につける好スタート。また、秋季キャンプで課題となっていたスローイングも補正され、走者をアウトにする場面も多くなり、とくに高橋由伸中堅手への転向で空いた右翼手の守備に適性を見せた。しかし、6月12日に左足小指の骨折が判明し、出場選手登録を抹消される。7月11日の横浜戦(札幌ドーム)で一軍復帰し即先発出場。7月16日の対東京ヤクルトスワローズ戦で高津臣吾から決勝点となる6号本塁打を打った。その後は故障の影響などもあり徐々に成績が下降したが、盗塁11、二塁打18の数字を残した。シーズン終了後には秋季キャンプを辞退し、骨折箇所のボルト除去手術を受けた。

2007年は代打起用でシーズンを迎える。一時は中堅手としてデーモン・ホリンズ鈴木尚広と併用されたが、矢野が中堅手としての守備に不慣れな面を見せたことから、(原辰徳監督曰く)「攻撃と守備のバランスが取れた」ホリンズが先発として起用され、矢野は代打に回った。5月31日の福岡ソフトバンクホークス戦では、7回裏1アウト満塁の場面で福田聡志の代打で登場した清水隆行の「代打の代打」で登場し、相手投手の篠原貴行から代打逆転満塁本塁打を放った。この本塁打は観戦に来ていた渡邉恒雄会長から「今日の(矢野の)一発は1000万円以上の価値がある」と賞賛された[2]。代打逆転満塁本塁打は巨人では1987年原辰徳が記録して以来、球団史上5人目(他には樋笠一夫広野功駒田徳広。樋笠と広野はサヨナラ)、代打の代打による満塁本塁打は初の快挙となった[3]6月11日北海道日本ハムファイターズ戦では武田勝から決勝ソロ本塁打。1-0のスコアで勝利した試合で代打本塁打を打ったのは、1949年藤本英雄以来58年ぶりの快挙となった。序盤と終盤の不振もあったものの、出塁率.354、長打率.538、代打成績は39打数10安打で打率.256、本塁打4という数字を残した。

2008年は開幕前に右ひじの疲労骨折と診断され出遅れる。6月に一軍昇格するが故障が再発し数日で二軍降格。二軍調整中の7月には二岡智宏の不倫スキャンダルの現場に同席していたことが報じられた[4]。9月に二軍戦復帰するが、秋季フェニックスリーグで右膝関節を痛め、オフに手術[5]。この年は3試合の出場に留まり、5打数無安打だった。

2009年前半は手術のリハビリに費やし、8月6日のイースタン・リーグ公式戦(東京ドーム)で四番・指名打者として実戦復帰。復帰初打席で適時打を打ち、復帰後初打席初安打初打点を記録した。二軍成績は24試合に出場して58打数17安打1本塁打5打点、打率は.293。巨人のリーグ優勝後の9月28日に一軍昇格するが、6試合の出場に留まり9打数1安打だった。

2010年5月9日の横浜戦で2年ぶりの先発出場を果たすと、適時二塁打で3年ぶりとなる打点を記録。同年5月13日の埼玉西武ライオンズ戦でも先発出場し、適時二塁打を含む2安打2四球で4打席全て出塁した。シーズン終盤に代打の切り札として昇格後は安打を重ね、代打のみならず二番打者としての先発出場などとフル回転。最終的に42試合で74打数と少ないながらも自身初のシーズン打率3割を達成。代打成功率は12球団トップの.524だった。

2011年9月30日の広島東洋カープ戦では自身2度目の代打満塁本塁打を放った[6]。同年は前年より打率を落とすも引き続き勝負強さを発揮した。

2012年は開幕前のシアトル・マリナーズとの親善試合で左足を捻挫。靭帯損傷で開幕戦出場選手から外れた。後半戦に復帰し、10月7日横浜DeNAベイスターズ最終戦(東京ドーム)で1-1で迎えた延長10回裏に藤江均から自身初の代打サヨナラ本塁打を打った。日本ハムとの日本シリーズでは、6戦目に先発出場して先制打となる適時打を打ち、優勝に貢献した。

2013年は代打の切り札として大活躍し、監督の原から「神様」と賞賛された[7]。代打成績は53打数19安打、打率.358。シーズン代打安打19は球団新記録となった[8]。また、チャンスでの強さが際立ち、得点圏打率は.349、満塁では13打数6安打で打率.462だった。なお東北楽天ゴールデンイーグルスとの日本シリーズでは第7戦の9回に田中将大の前に三振を喫し、最後の打者となってしまった。

2014年はこれまでのような勝負強さが見られず打率.179と低迷した。

2015年も代打で出場するも8試合で14打数1安打、打率.071とさらに不調となり、6月10日北篤矢貫俊之との交換トレードで須永英輝と共に北海道日本ハムファイターズへ移籍することが発表された(支配下選手登録は翌11日)[9]。前日から翌11日までの3日間、札幌ドームでは日本ハムと巨人との3連戦が開催されており、11日の試合前には矢野が須永と共に試合開始前の札幌ドームを訪れてライト側の外野スタンドに陣取る巨人のファンに別れの挨拶をした。

巨人時代は、度重なるケガや選手層の厚さ、守備での信頼が今一つ得られなかった事もあり、レギュラー定着とはならなかった。一軍と二軍を行き来する事も多く出場機会には恵まれなかったが、勝負強い打撃を武器に原監督の長期政権で数字以上に存在感を発揮した選手であり、ファンにも愛された選手であった。

日本ハム時代[編集]

2015年6月12日の対DeNA戦で、「6番・DH」としてスタメン出場し、6打数3安打と、移籍後初出場にして猛打賞の大活躍で、初のヒーローインタビューを受けた[10]。6月14日、同一カード第3戦の6回裏に逆転3ランホームランを放ち、出場3戦目で2度目のヒーローインタビューを受けて「今まで(巨人時代)だったら、あそこの打席に立っていなかったと思うんですよね。絶対に代打を出されて代えられていた。あそこで(打席に)行かせてもらえて、絶対に打ってやろうと、マジ気合で打ちました」と目を潤ませながら語った。[11]。また、このホームランは2013年8月22日の対ヤクルト戦以来の一発となった。その後もしばらくはヒットを重ねたが、シーズン終盤には長いスランプに陥り、最終的には40試合で76打数15安打1本塁打5打点、打率.197でシーズンを終える。

2016年は古傷の右膝の違和感で出遅れ、5月27日に1軍昇格。痛みを抱えながらのプレーで代打限定、出塁すると即代走の形でシーズンを過ごす。34試合で29打数6安打1本塁打8打点、打率.207。巨人時代から3年連続で低調な数字となったが、6月15日対DeNA戦の9回まで0対0の均衡を破る代打2ラン、7月30日の対ソフトバンク戦の押出しサヨナラ死球、9月7日対ロッテ戦の逆転2点タイムリーなど、少ない出場機会の中でも代打の切り札として存在感を示した。11月4日にFA権を行使せず残留することを表明した[12]

2017年も代打中心で44試合出場。9安打10打点、打率.205。シーズン前半は一定の存在感を示したが、チームの低迷による若手中心起用の影響などで出場機会が減り、終盤は2軍調整が続いた。

人物[編集]

日本ハムで一番仲が良いのは西川遥輝。移籍後最初に話しかけてくれたのが西川だという[13]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2003 巨人 3 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 .000 .500 .000 .500
2004 10 18 18 2 4 1 0 1 8 2 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .222 .222 .444 .667
2005 85 228 203 27 57 7 1 7 87 14 2 1 11 1 9 0 4 30 5 .281 .323 .429 .751
2006 103 372 335 36 90 18 0 6 126 30 11 3 2 1 21 2 13 66 6 .269 .335 .376 .711
2007 103 178 158 28 46 14 2 7 85 29 1 2 3 1 9 1 7 32 2 .291 .354 .538 .892
2008 3 8 5 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 2 0 0 0 1 .000 .286 .000 .286
2009 6 9 9 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 .111 .111 .111 .222
2010 42 88 74 8 23 4 1 2 35 13 0 2 4 0 10 0 0 11 1 .311 .393 .473 .866
2011 53 116 107 10 27 7 0 1 37 11 2 1 3 1 4 1 1 20 3 .252 .283 .346 .629
2012 62 119 101 10 31 4 1 1 40 4 0 0 4 0 12 2 2 18 4 .307 .391 .396 .787
2013 90 166 159 17 46 13 0 2 65 22 2 0 4 0 3 0 0 20 8 .289 .302 .409 .711
2014 54 85 78 2 14 3 0 0 17 3 0 0 2 1 4 0 0 13 3 .179 .217 .218 .435
2015 8 14 14 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .071 .071 .071 .500
日本ハム 40 84 76 5 15 4 0 1 22 5 0 0 0 0 4 0 4 10 3 .197 .274 .289 .500
'15計 48 98 90 5 16 4 0 1 23 6 0 0 0 0 4 0 4 13 3 .178 .245 .256 .500
2016 34 35 29 1 6 2 0 1 11 8 0 0 0 1 4 0 1 5 0 .207 .314 .379 .694
通算:14年 648 1522 1367 141 361 77 5 29 535 142 18 10 34 6 82 6 33 234 37 .264 .320 .391 .711
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



外野












2003 巨人 3 0 0 0 0 ----
2004 10 12 0 0 0 1.000
2005 62 95 0 0 0 1.000
2006 100 165 7 3 2 .983
2007 80 72 0 0 0 1.000
2008 2 2 0 0 0 1.000
2009 4 2 0 0 0 1.000
2010 30 26 0 2 0 .929
2011 37 38 2 0 0 1.000
2012 41 29 0 0 0 1.000
2013 48 35 2 0 0 1.000
2014 25 23 0 0 0 1.000
2015 3 1 0 0 0 1.000
日本ハム 11 15 1 0 0 1.000
'15計 14 16 1 0 0 1.000
通算:14年 456 515 12 5 2 .991
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

その他の記録
  • シーズン代打安打19(2013年)※巨人球団記録
  • 代打の代打で満塁本塁打:2007年5月31日、対福岡ソフトバンクホークス2回戦 ※NPB史上8人目[14]
  • 2015年6月10日(水)に巨人からの移籍が発表され、翌11日(木)16時半に移籍会見、そこからわずか26時間足らずで6番指名打者で先発出場
  • 2015年6月12日(金)の横浜DeNAベイスターズ1回戦(札幌ドーム)で移籍会見翌日にいきなりスタメン出場、3安打猛打賞の活躍でヒーローに選ばれた。

背番号[編集]

  • 48 (2003年 - 2015年途中)
  • 37 (2015年途中 - )

登場曲[編集]

  • 「Killing In The Name」 Rage Against The Machine(2016年)
  • 「START」river(ロマンチック日本代表!!!)(2017年3月 - )

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 日本ハムへトレード移籍の大田は2100万円、公文は900万円”. SANSPO.COM(サンスポ) (2016年11月23日). 2016年11月23日閲覧。
  2. ^ 逆転満塁弾男矢野2000万円増でサイン 日刊スポーツ2007年12月22日
  3. ^ 【5月31日】2007年(平19) 巨人史上初!矢野謙次“代打の代打”で逆転満塁本塁打 sponichi annex
  4. ^ また!山本モナがラブホ不倫 相手は巨人・二岡 iza 2008年7月10日
  5. ^ ひざ手術の矢野 東京で1人キャンプ sponichi annex 2008年12月30日
  6. ^ 【巨人】矢野が2度目の代打満塁弾 日刊スポーツ 2011年9月30日
  7. ^ 【巨人】矢野、G史上最高の代打!柳田&駒田に並ぶ18安打 スポーツ報知 2013年09月30日
  8. ^ 矢野「ヨッシャー」代打で球団新19安打!サヨナラ呼び込んだ スポーツ報知 2013年10月9日
  9. ^ 巨人、日本ハム複数トレード正式発表 矢野「巨人には感謝」スポーツニッポン2015年6月10日
  10. ^ 日本ハム矢野「最高!」激勝演出 新天地好発進日刊スポーツ 2015年6月12日
  11. ^ 日本ハム矢野「ヨッシャー!」移籍後初本塁打日刊スポーツ 2015年6月14日
  12. ^ 矢野謙次選手がFA権を行使せず残留北海道日本ハムファイターズ公式サイト 2016年11月4日配信
  13. ^ “【日本ハム】代打の切り札矢野がV振り返る…Gで「ビクビク」Fで「ノビノビ」”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2016年9月29日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20160929-OHT1T50079.html 2016年9月29日閲覧。 
  14. ^ 週刊ベースボール2014年6月30日号97ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]