北篤

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北 篤
読売ジャイアンツ #66
Fighters Atsushi Kita.JPG
日本ハム時代
(2014年5月29日、明治神宮野球場にて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 石川県小松市
生年月日 (1988-11-26) 1988年11月26日(28歳)
身長
体重
182 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手二塁手一塁手三塁手
プロ入り 2006年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2010年9月25日
年俸 870万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

北 篤(きた あつし、1988年11月26日 - )は、石川県小松市出身のプロ野球選手外野手内野手)。読売ジャイアンツに所属する。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

石川県小松市出身。石川県立小松工業高校では1年秋からエースを務めた。最速145km/hのストレートスライダーカーブを投げる。投手でありながら高校通算32本の本塁打を打っており、広島東洋カープなど野手として高く評価する球団もあった。

2006年度のプロ野球ドラフト会議(高校生対象)の1巡目指名において、田中将大の交渉権獲得抽選に外れた横浜ベイスターズから指名を受け、投手として入団した。

横浜・DeNA時代[編集]

北のスイング
(2012年3月4日、横浜DeNAベイスターズ総合練習場)
DeNA時代
(2012年3月4日、ベイスターズ球場)

入団から2009年までは一軍出場がなく、横浜の二軍チーム・湘南シーレックス[2]でプレーした。

新人年の2007年には北海道日本ハムファイターズ戦において、3イニングで8奪三振を記録するなどの投球を見せていたこともあったが、2008年の春に右肘を疲労骨折し、6月に手術を行った[3]。その影響と、上記のように打撃面でも高い評価をされていたこともあって同年の秋季キャンプより内野手に転向することになった[3][4]

2009年は92試合に出場し、うち86試合で三塁手を守った。また、犠打を18記録するなど器用さを見せた。同年のフレッシュオールスターゲームに出場した際、運送業者の不手際によって湘南のユニフォームが会場の札幌ドームに届かず、同ドームを一軍の本拠地とする北海道日本ハムファイターズの練習用ユニフォームを借りて他の2選手とともに出場したという経験をしており、3年後にトレードで日本ハムへ移籍するよりも早く日本ハムのユニフォームに袖を通していたことになる。

2010年には二軍で二塁手と一塁手を中心に守り、外野手にも挑戦した。同年9月25日には一軍出場も果たした。私生活では当時27歳の女性と結婚。8月には長女が誕生。翌2011年ターメル・スレッジの離脱によって出場選手登録されると、8月23日の広島戦でプロ初打点となる犠牲フライを記録した。一時期はスターティングメンバーにも起用されたが、9月にブレント・リーチとともに登録を抹消され、以降は登録されず12試合の出場に留まった。

2012年2月6日、守備位置登録を外野手に変更[5]。自身初の開幕一軍スタートとなったが、わずか2試合の出場で登録を抹消され、そのままシーズンを終えた。11月15日[6]土屋健二との交換トレードで日本ハムへ移籍。[7][8]

日本ハム時代[編集]

2012年11月16日鎌ケ谷スタジアムで入団会見が行われた。背番号は交換相手の土屋が着用していた37

2013年の春季キャンプでは一軍で迎えたが、2月16日に行われた横浜DeNAベイスターズとの練習試合で1回に左肩を負傷。検査の結果、左肩関節の脱臼で全治4週間と診断された。

巨人時代[編集]

2015年6月10日矢野謙次須永英輝とのトレードで矢貫俊之と共に読売ジャイアンツへ移籍[9]。しかし、移籍後は1軍に上がることなくシーズンを終えた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2010 横浜
DeNA
8 14 14 0 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 0 6 0 .214 .214 .214 .428
2011 12 25 21 0 5 1 0 0 6 1 0 0 1 1 2 0 0 9 1 .238 .292 .286 .578
2012 2 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2014 日本ハム 29 60 51 5 14 1 0 2 21 3 1 0 1 0 7 0 1 17 1 .275 .373 .421 .785
2015 2 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
通算:5年 53 101 88 6 22 2 0 2 30 4 1 0 2 1 9 0 1 34 2 .250 .323 .341 .664
  • 2015年度シーズン終了時
  • 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更

年度別守備成績[編集]


外野 一塁
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2010 3 4 0 0 0 1.000 -
2011 9 14 0 0 0 1.000 -
2012 1 0 0 0 0 ---- -
2014 10 10 0 0 0 1.000 16 85 8 0 2 1.000
通算 23 28 0 0 0 1.000 16 85 8 0 2 1.000
  • 2014年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 43 (2007年 - 2012年)
  • 37 (2013年 - 2015年途中)
  • 66 (2015年途中 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 巨人 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月21日閲覧。
  2. ^ 2010年以降は一軍と同名称を名乗る。
  3. ^ a b 横浜の右腕北が来季内野手に転向へ”. 日刊スポーツ. 2008年11月3日閲覧。
  4. ^ 吉岡さちこ. “北選手の大きな挑戦”. 横浜ベイスターズ公式サイト. 2008年11月2日閲覧。
  5. ^ 守備位置登録変更のお知らせ”. 横浜DeNAベイスターズ公式サイト. 2012年2月6日閲覧。
  6. ^ 支配下選手登録公示された日付による。
  7. ^ 横浜DeNAベイスターズとトレードが成立”. 北海道日本ハムファイターズ公式サイト. 2012年11月14日閲覧。
  8. ^ 北選手入団会見”. 北海道日本ハムファイターズ公式サイト. 2012年11月16日閲覧。
  9. ^ “読売ジャイアンツとトレードが成立”. 北海道日本ハムファイターズ公式サイト. http://www.fighters.co.jp/news/detail/5459.html 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]