長田昌浩

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長田 昌浩
OB-Masahiro-Nagata.jpg
現役時代の長田(2009年4月10日・ナゴヤ球場)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県茂原市
生年月日 (1984-06-10) 1984年6月10日(33歳)
身長
体重
178 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 内野手
プロ入り 2002年 ドラフト4巡目
初出場 2003年5月4日
最終出場 2007年5月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

長田 昌浩(ながた まさひろ、1984年6月10日 - )は、千葉県茂原市出身の元プロ野球選手内野手)。

経歴[編集]

中学時代は陸上競技部へ入部し、市原シニアに所属。高校は東海大望洋高に進学し、1年春からレギュラーとして活躍、2年夏の千葉大会準優勝。

高校時代から好守、俊足、巧打のショートとして注目され、西岡剛などとともに「ポスト松井稼頭央」として注目された。高3夏の千葉大会では日米11球団19人のスカウトが彼のプレーを見ている。

2002年のドラフト会議では、「巨人以外の指名なら東海大進学」を表明し読売ジャイアンツから4巡目指名を受けて入団。「篠塚2世」として期待された。

ルーキーイヤーの2003年5月4日の対広島戦で、巨人では松井秀喜以来となる高卒新人野手の初先発・初出場。2005年フレッシュオールスターゲーム出場。

2006年11月10日谷佳知との交換トレードで鴨志田貴司と共にオリックス・バファローズへ移籍[1]

2007年は二軍では主に2番を打ち、打撃コーチの大島公一の指導のもと一時は打率.340をマーク、選手の入れ替えの少ない中で一軍昇格も果たしたが、安打が出ないまま降格した。2008年は一軍昇格を果たすも、出場機会がないまま降格。それ以降一軍昇格は果たせず、2010年8月26日に球団に退団を申し入れ[2]8月31日付で任意引退選手公示された[3]

2014年3月4日付で学生野球資格回復[4]

人物[編集]

19歳の時に日本のキャンプに参加していたキューバ人選手が、粗悪な野球道具を使っていることにカルチャーショックを受けた。第2回WBCでキューバ戦を見た事がきっかけで、チームメイトから野球道具の寄付を募り、集まったバット40本、グローブ30個以上、アンダーウエアー多数、ボール120個を日本キューバ大使館へ寄付した。タレントのSHEILAは「とても静かで紳士的で優しそうな方」と人柄を評した[5]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2003 巨人 3 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2004 3 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2005 5 7 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2006 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
2007 オリックス 5 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
通算:5年 17 18 18 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 5 0 .000 .000 .000 .000

記録[編集]

背番号[編集]

  • 32 (2003年 - 2006年)
  • 58 (2007年 - 2010年)

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]