山本光将
ナビゲーションに移動
検索に移動
この存命人物の記事には、出典が全くありません。 信頼できる情報源の提供に、ご協力をお願いします。存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的に中傷・誹謗・名誉毀損あるいは有害となるものはすぐに除去する必要があります。(2012年2月) |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | 熊本県菊池市[1] |
| 生年月日 | 1984年8月30日(34歳) |
| 身長 体重 |
184 cm 95 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手、一塁手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト5巡目 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
山本 光将(やまもと みつのぶ、1984年8月30日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(外野手)。
来歴・人物[編集]
熊本工高時代に通算61本塁打を記録し、「九州のカブレラ」と呼ばれる。
2002年のドラフト5位で読売ジャイアンツに入団。入団時の背番号61は、熊本工高時代の通算本塁打が61本であることと、熊本工から61人目のプロ野球選手であることから付けられた。
しかし、入団4年間で一度も一軍に出場が無く、2007年は支配下登録から外れ、育成選手としての登録となった(イースタン・リーグ チャレンジ・マッチに出場することが多かった)。
2008年も育成選手として契約、3班制を敷いた2008年春季キャンプではB班に属したが、紅白戦では無安打に終わっている。同年、戦力外通告を受け退団。その後12球団合同トライアウトに参加。複数球団が興味を示しているとの報道もあったが、実際に戦力として獲得する球団は現れず現役を引退。
2009年4月に開校するジャイアンツアカデミーのフランチャイズスクール「ジャイアンツメソッド宮崎ベースボールスクール」のコーチに就任することとなった。
選手としての特徴・人物[編集]
荒削りながらも豪快なバッティングが売りで、かつては将来の4番候補として期待された選手。1年目(2003年イースタン)には103打数中44三振を喫しながらも6本塁打を記録。イースタン通算でも461打数で16本塁打を記録している。
出場機会を増やすべく、一塁手や捕手(配球が不要なワンポイント捕手)での起用もされたこともある。
詳細情報[編集]
年度別打撃成績[編集]
- 一軍公式戦出場なし
背番号[編集]
- 61 (2003年 - 2006年)
- 101 (2007年 - 2008年)
脚注[編集]
- ^ 九州ベースボール アカデミー 熊本校 スタッフ紹介 2014年6月2日閲覧
関連項目[編集]
| ||||