實松一成

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
實松 一成
北海道日本ハムファイターズ コーチ #90
YG-Kazunari-Sanematsu-2.jpg
巨人時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 佐賀県佐賀市
生年月日 (1981-01-18) 1981年1月18日(36歳)
身長
体重
177 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1998年 ドラフト1位
初出場 2000年5月20日
年俸 3,700万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 北海道日本ハムファイターズ (2018 - )

實松 一成(さねまつ かずなり、1981年1月18日 - )は、佐賀県佐賀市出身のプロ野球選手捕手)。右投右打。現在は北海道日本ハムファイターズに所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

佐賀学園高等学校時代は、1998年第80回全国高等学校野球選手権大会第3回AAAアジア野球選手権大会に出場している。この時の第3回AAAアジア野球選手権大会日本代表には、現在チームメイトの杉内俊哉村田修一がいた。高校通算39本塁打を放ち、高校屈指の捕手と呼ばれた。

1998年のドラフト会議で、日本ハムファイターズから松坂大輔の外れ1位指名を受けて入団。日本ハム史上初のドラフト1位捕手となった。

日本ハム時代[編集]

1999年(1年目)は一軍出場なし。

大島康徳監督1年目の2000年に一軍昇格し、フレッシュオールスターゲームに出場。

2001年は課題の打撃向上へバットを少し寝かせるフォームに改造し、8月3日福岡ダイエーホークス戦にてプロ初本塁打を放つと、この3連戦中で4本のホームランを打った。チームが最下位に低迷したこともあり、この後は正捕手として起用され62試合に出場し、それまでレギュラーだった野口寿浩は閉幕前には外野を守るようになった。

2002年は前年の活躍もあり開幕スタメンを果たし、野口は引き続き外野で起用された。しかし、實松があまりに打てないためシーズン途中からは野口が捕手に戻り、實松との併用となった。結局自己最多の82試合に出場したが、打率は.129と苦しんだ。本塁打も1本と前年見せた長打力を発揮できなかった。

2003年はキャンプ中に左手首を骨折し出遅れ、正捕手の座を高橋信二に奪われてしまった。この年は前年にも増して打てず、92打数(102打席)で51三振を記録し、5月15日の対千葉ロッテ戦ではチームが19安打19得点を記録したにもかかわらず、實松は5打数0安打4三振、フィールドに唯一飛んだ打球は犠打失敗併殺打という有様であった。しかし、この年打ったヒット9本中3本がホームランであり、「当たれば飛ぶ」長打力を秘めていた。とはいえ、極端に安定性を欠いていたため、この頃はスイッチヒッターに挑戦するなど試行錯誤していた。

2004年は高橋が規定打席に到達するなど大きく成長したため、前年より出場機会が減少した。この年のオフに結婚。妻との間には男児2人と女児が1人いる。2005年は高橋が故障で長期離脱したため中嶋聡との併用という形ではあったものの多くの出場機会を得たが、目立った結果は残せなかった。

2006年パ・リーグ開幕直前の3月24日に、岡島秀樹との交換トレード古城茂幸とともに読売ジャイアンツに移籍[2]

巨人時代[編集]

攻守にバランスがとれた貴重なベテラン第2捕手だった村田善則の穴埋めを期待されたが、同い年で同期の加藤健が打撃でアピールし、開幕一軍はならず。6月10日、正捕手阿部慎之助の故障による登録抹消をうけ、移籍後初の一軍登録。即先発出場を果たし、阿部の故障中は加藤と日替わりでスタメン起用された。

2007年シーズンは、前年につづき加藤が2番手捕手をつとめ、一軍出場は4試合に留まった。

2008年は、6月10日横浜ベイスターズから鶴岡一成が移籍、以後2番手捕手に定着。阿部の体調不良による一塁手でのスタメン出場などもあったものの、第3捕手として7試合の出場に留まった。

2009年は正捕手の阿部や鶴岡が安定した活躍を見せたこともあり、リーグ3連覇と日本一を果たしたチームにあってルーキー以来10年ぶりの一軍出場無しに終わった。

2010年は阿部の故障もあり久々の一軍出場とスタメン出場を果たしたが、2試合の出場に留まった。

打撃力不足から守備要員として第3もしくは第4捕手となり、ファームでも正捕手には星孝典などが起用され厳しい立場となっていたが、2011年オープン戦から阿部が長期離脱しさらに星が埼玉西武ライオンズに金銭トレードで移籍したこともあって4月下旬に一軍登録されると、5月4日の対阪神タイガース戦で途中出場し。同点の9回裏に同学年の藤川球児から自身初となるサヨナラ打(適時打)を放ち[3]、巨人移籍後初めてお立ち台に上がった。8月6日広島東洋カープ戦でジオから6年ぶり、移籍後初となるホームランを打っている。少ない打席ながら、移籍後では最高の打撃成績を記録した。オフに背番号を27に変更。

2012年は鶴岡がFAで古巣横浜に復帰したため、開幕からシーズン終了まで第2捕手として1軍に定着。阿部の一塁起用などもあり、移籍後では最多となる58試合92打席に出場。アジアシリーズでは負傷の阿部に代わって3試合中2試合でスタメン出場。決勝戦ではホームランを放ち優勝に貢献した。

2013年は、井野卓の加入や河野元貴の成長など競争が熾烈になったが、2番手捕手の地位を保持した。

2014年は新人、小林誠司の加入により競争がさらに熾烈になり、14試合の出場にとどまった。

2015年は、それまで正捕手だった阿部慎之助が一塁手転向したが、相川亮二の加入や、小林の積極的な起用により22試合の出場にとどまった。

2016年も出場は19試合にとどまる。

2017年には小林の正捕手起用と宇佐見真吾の打撃面での活躍もあって、守備固めもしくは代打での起用が中心となる。出場は14試合にとどまり、7年ぶりの1軍無安打に終わった。10月30日に戦力外通告を受け[4]12月4日に北海道日本ハムファイターズへの育成コーチ兼任捕手としての復帰が発表された。背番号は90[5]

選手としての特徴[編集]

配球への熱心な研究と投手の特徴を最大限に生かしたリードでチームを支える控え捕手[6]

人物[編集]

遠縁に山下和彦がいる。實松の日本ハム時代の背番号40は入団前年まで山下がつけていた。

本拠地のデーゲームでは午前7時ごろに球場入りし、データ収集や準備を行うなど野球に取り組む姿勢もまじめで、若手からの相談も受けている[7]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2000 日本ハム 10 9 8 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 1 0 0 0 4 0 .125 .111 .125 .236
2001 62 167 149 16 29 4 0 6 51 19 0 0 8 1 6 0 3 53 4 .195 .239 .342 .581
2002 82 200 170 8 22 5 0 1 30 2 0 2 15 0 14 0 1 64 1 .129 .200 .176 .376
2003 44 102 92 6 9 2 0 3 20 8 0 1 3 0 3 0 4 51 3 .098 .162 .217 .379
2004 36 25 20 6 3 1 0 1 7 2 0 1 1 0 3 0 1 11 0 .150 .292 .350 .642
2005 64 119 108 12 19 4 0 2 29 4 2 0 2 0 8 1 1 41 1 .176 .239 .269 .508
2006 巨人 11 15 14 0 1 1 0 0 2 3 0 0 1 0 0 0 0 6 1 .071 .071 .143 .214
2007 4 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2008 7 6 5 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 3 0 .200 .200 .200 .400
2010 2 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2011 20 24 22 3 6 0 0 2 12 3 0 0 2 0 0 0 0 10 0 .273 .273 .545 .818
2012 58 92 74 6 14 3 0 2 23 5 0 0 6 0 9 2 3 26 0 .189 .302 .311 .613
2013 41 73 65 6 16 5 0 1 24 6 0 0 1 0 6 0 1 20 1 .246 .319 .369 .689
2014 14 27 22 1 3 0 0 0 3 1 1 0 2 0 3 0 0 8 2 .136 .240 .136 .376
2015 22 39 33 5 6 0 0 1 9 3 1 0 2 0 2 0 2 9 0 .182 .270 .273 .543
2016 19 33 28 3 7 1 0 1 11 1 0 0 1 0 4 1 0 7 0 .250 .344 .393 .737
2017 14 13 8 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 2 1 2 6 0 .000 .333 .000 .333
NPB:17年 510 950 824 73 137 26 0 20 223 58 4 4 46 2 60 5 18 322 13 .166 .238 .271 .508
  • 2017年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


捕手






















2000 8 19 0 0 1 1 1.000 2 2 0 .000
2001 61 318 18 2 5 2 .994 21 14 7 .333
2002 82 415 36 5 5 3 .989 48 33 15 .313
2003 44 185 13 2 1 3 .990 16 9 7 .438
2004 34 83 8 0 1 3 1.000 12 9 3 .250
2005 64 236 15 2 3 2 .992 29 20 9 .310
2006 11 32 2 0 1 0 1.000 5 4 1 .200
2007 4 10 1 0 0 0 1.000 1 0 1 1.000
2008 6 19 2 0 0 0 1.000 1 1 0 .000
2011 18 65 6 0 0 1 1.000 2 2 0 .000
2012 53 199 25 2 2 1 .991 18 13 5 .278
2013 32 135 13 0 0 2 1.000 16 9 7 .438
2014 13 60 3 2 0 0 .969 5 5 0 .000
2015 21 90 5 0 0 5 1.000 8 7 1 .125
2016 19 75 10 0 1 0 1.000 7 6 1 .143
通算 470 1941 157 15 20 23 .993 191 134 57 .298
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 40 (1999年 - 2005年)
  • 69 (2006年)
  • 53 (2007年 - 2011年)
  • 27 (2012年 - 2017年)
  • 90 (2018年 - )

登場曲[編集]

  • 「PEACE SUNSHINE」DANCE EARTH PARTY(2016年)
  • 「ライオン」ベリーグッドマン(2017年 - )

代表歴[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]