伊藤優輔
読売ジャイアンツ #52 | |
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基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 東京都荒川区 |
生年月日 | 1997年1月14日(27歳) |
身長 体重 |
178 cm 82 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | 2020年 ドラフト4位 |
初出場 | 2024年7月30日 |
年俸 | 700万円(2024年)[1] |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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伊藤 優輔(いとう ゆうすけ、1997年1月14日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手(投手)[2]。右投右打[2]。読売ジャイアンツ所属。
経歴
[編集]プロ入り前
[編集]荒川区立尾久八幡中学校では軟式野球チームの荒川ウェーブに所属し、3年夏に関東4強[3]。
都立小山台高校では1年からエースナンバーを背負い、2年秋の都大会では堀越、早実、日大豊山を撃破するなどの活躍で8強進出[4]。3年春には21世紀枠で第86回選抜高等学校野球大会に出場。1回戦で中山翔太ら擁する履正社と対戦し先発するも、8イニング11失点を喫し初戦敗退[5]。3年夏の東東京都大会も準々決勝まで進むが、清水昇や郡拓也擁する帝京高校に敗れた[6]。
中央大学では1年春から登板し、通算39試合登板、8勝13敗、防御率4.34。
三菱日立パワーシステムズ→三菱パワーでは、入社1年目に出場した日本選手権において、トヨタ自動車戦で2回を無失点に抑える好救援するなどチーム8強進出の原動力となり注目された[7]。
2020年10月26日に行われたドラフト会議において読売ジャイアンツから4巡目で指名され、12月8日、契約金5000万円、年俸1000万円で仮契約した(金額は推定)[2]。背番号は56。担当スカウトは円谷英俊[8]。都立小山台高校出身者としては初のプロ野球選手となった[9]。
巨人時代
[編集]2021年、5月15日のロッテとの二軍戦で公式戦初登板を果たしたが[10]、その後に右肘痛で離脱[11]。9月11日の三軍戦で実戦復帰した[11]。一軍登板はなく、二軍では16試合に登板し、0勝2敗、防御率4.30を記録[11]。11月1日に右肘内側側副靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けた[11]。11月15日、育成契約への移行を前提として自由契約とすることを通告された[12]。12月9日、100万円減となる推定年俸900万円で育成選手として再契約した[13]。背番号は056に変更された[14]。
2024年は二軍の守護神として29試合に登板し、3勝0敗9セーブ、防御率0.90を記録[15]。7月24日に再び支配下契約を締結した[16]。背番号は52[15]。
選手としての特徴・人物
[編集]ドラフト指名後に出場した第91回都市対抗野球大会(ENEOSの補強選手として出場)において、2020年11月28日に自己最速を3km/h更新する156km/hを計測[9]。
幼少期から大の巨人ファンで、上原浩治のファンであった[17]。
詳細情報
[編集]年度別投手成績
[編集]年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
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2024 | 巨人 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 32 | 8.2 | 5 | 0 | 3 | 0 | 1 | 8 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1.04 | 0.92 |
通算:1年 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 32 | 8.2 | 5 | 0 | 3 | 0 | 1 | 8 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1.04 | 0.92 |
- 2024年度シーズン終了時
年度別守備成績
[編集]年 度 |
球 団 |
投手 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 | ||
2024 | 巨人 | 8 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 |
通算 | 8 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 |
- 2024年度シーズン終了時
記録
[編集]- 初記録
- 初登板:2024年7月30日、対阪神タイガース16回戦(阪神甲子園球場)、7回裏に3番手で救援登板、1回無失点[18]
- 初奪三振:同上、7回裏に中野拓夢から空振り三振[18]
- 初ホールド:2024年8月7日、対広島東洋カープ15回戦(東京ドーム)、11回表に6番手で救援登板、1回無失点[19]
背番号
[編集]- 56(2021年)
- 056(2022年 - 2024年7月23日)
- 52(2024年7月24日 - )
脚注
[編集]- ^ 「巨人 - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2023年11月18日閲覧。
- ^ a b c 「【巨人】ドラ4伊藤優輔、“東京ドームの申し子”になる「うれしさをプレーで表現」」『スポーツ報知』2020年12月9日。2020年12月13日閲覧。
- ^ 「巨人4位・伊藤優輔 父は創業90年老舗手作りパン屋の3代目」『日刊ゲンダイ』2020年11月26日。2020年12月13日閲覧。
- ^ 「小山台が日大豊山破り8強/高校野球」『日刊スポーツ』2013年10月21日。2021年4月3日閲覧。
- ^ 「第86回選抜高校野球大会 スコア速報 小山台 対 履正社」『日刊スポーツ』2014年3月21日。2020年12月13日閲覧。
- ^ 「二松学舎大付 5-4 帝京」『バーチャル高校野球』。2021年4月30日閲覧。
- ^ 「三菱パワー伊藤 強気の155キロ メンタルも成長」『日刊スポーツ』2020年10月20日。2020年12月13日閲覧。
- ^ 「【ドラフト】巨人4位は三菱パワー・伊藤優輔、高校時代は「都立の星」円谷スカウト「152キロの直球が魅力」」『スポーツ報知』2020年10月26日。2021年4月30日閲覧。
- ^ a b 「巨人4位の伊藤優輔、最速更新156キロもサヨナラ負け…東京ドームは「すごく投げやすかった」」『スポーツ報知』2020年11月29日。2020年12月13日閲覧。
- ^ 「巨人4位伊藤優輔2軍戦で公式戦初登板 有観客に「パフォーマンス出せた」」『日刊スポーツ』2021年5月16日。2021年12月5日閲覧。
- ^ a b c d 「巨人伊藤優輔が右肘手術 20年ドラフト4位で入団、今季は2軍で0勝2敗」『日刊スポーツ』2021年11月2日。2021年12月5日閲覧。
- ^ 「巨人田中豊樹、鍬原拓也、ウレーニャら12選手が自由契約、育成で再契約方針」『日刊スポーツ』2021年11月15日。2021年12月5日閲覧。
- ^ 「【巨人】伊藤優輔が年俸900万でサイン 11月にトミー・ジョン手術を受けて育成から再出発「パワーアップしたい」」『スポーツ報知』2021年12月9日。2021年12月10日閲覧。
- ^ 「巨人 支配下5選手の背番号変更を発表 レギュラー定着へ吉川尚輝が2、松原聖弥は9」『デイリースポーツ』2021年12月27日。2021年12月27日閲覧。
- ^ a b 「【巨人】伊藤優輔「やっとスタートライン。ここからが本当に勝負」右肘手術から3年目で支配下復帰」『スポーツ報知』2024年7月24日。2024年7月25日閲覧。
- ^ 「伊藤優輔選手が支配下契約「ここからが本当の勝負」」『読売ジャイアンツ(巨人軍)公式サイト』2024年7月24日。2024年7月25日閲覧。
- ^ 「巨人・伊藤優輔 「上原選手が好きでした」ドラフト4位右腕は東京都荒川区出身で“都立の星”/地元愛を胸に」『週刊ベースボールONLINE』2021年6月11日。2021年6月11日閲覧。
- ^ a b 「【巨人】支配下復帰の伊藤優輔がプロ初登板 1回無安打無失点」日刊スポーツ、2024年7月30日。2024年7月30日閲覧。
- ^ 「【巨人】右肘手術から復帰の伊藤優輔がプロ初ホールド 延長11回に登板で役目果たす…デビュー4戦連続無失点」『スポーツ報知』2024年8月7日。2024年8月13日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 個人年度別成績 伊藤優輔 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)
- 選手プロフィール - 読売巨人軍公式WEBサイト
- 選手情報 - 週刊ベースボールONLINE