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伊藤優輔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊藤 優輔
福岡ソフトバンクホークス #42
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都荒川区
生年月日 (1997-01-14) 1997年1月14日(29歳)
身長
体重
178 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2020年 ドラフト4位
初出場 2024年7月30日
年俸 820万円(2025年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

伊藤 優輔(いとう ゆうすけ、1997年1月14日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。

経歴

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プロ入り前

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幼少期から体を動かすのが好きで幼稚園のころはスポーツクラブに通って器械体操やサッカーを習い、水泳教室にも別で3歳から10年間通っていた[2]。父と一緒に見る巨人戦の影響から野球に傾いていった[2]。父もそれを喜び小学生になると夕方に親子でキャッチボールをするのが日課になった[2]。三端小3年時から青雲クラブで野球を初め遊撃手兼捕手、時々投手として都23区大会に出場[2]。荒川区立尾久八幡中学校では軟式野球チームの荒川ウェーブに所属し本格的に投手に転向し3年夏に関東4強[3]。都大会で優勝しKボールの都大会も制した[2]。

それだけの実績があったので進路先を選ぶ中で私立高校からの誘いはあったが両親が「都立じゃないと野球をやらせることは出来ない」と言われ通っていた家から近くて甲子園に出場した城東高校を考えたが塾講師の推薦で[2]都立小山台高校では1年からエースナンバーを背負い、2年秋の都大会では堀越、早実、日大豊山を撃破するなどの活躍で8強進出[4]。3年春には21世紀枠で第86回選抜高等学校野球大会に出場。1回戦で中山翔太ら擁する履正社と対戦し先発するも、8イニング11失点を喫し初戦敗退[5]。3年夏の東東京都大会も準々決勝まで進むが、清水昇や郡拓也擁する帝京高校に敗れた[6]。

小山台高の福嶋正信監督が中央大OBの関東第一高の米澤貴光監督と親交があった縁もあって[2]中央大学では1年春から登板し、通算39試合登板、8勝13敗、防御率4.34。2年春、4年春秋と3度一部残留に貢献した[2]。3年春のリーグ戦の亜細亜大学戦で打球が左膝を直撃し一度は登板を志願するも投球練習の1球目に崩れ落ちて左膝蓋骨骨折で長期離脱を余儀なくされた[2]。不完全燃焼もありプロ志願届は提出しなかった[2]。同学年の上茶谷大河や甲斐野央の実力と自分を比べた時に自信が持ってなかった[2]。

三菱日立パワーシステムズ→三菱パワーでは、入社1年目に出場した日本選手権において、トヨタ自動車戦で2回を無失点に抑える好救援するなどチーム8強進出の原動力となり注目された[7]。球速は高校で144キロ、大学で150キロ、社会人で156キロ[2]。

2020年10月26日に行われたドラフト会議において読売ジャイアンツから4巡目で指名され、12月8日、契約金5000万円、年俸1000万円で仮契約した(金額は推定)[8]。背番号は56[9]。担当スカウトは円谷英俊[10]。都立小山台高校出身者としては初のプロ野球選手となった[11]。

巨人時代

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2021年、5月15日のロッテとの二軍戦で公式戦初登板を果たしたが[12]、その後に右肘痛で離脱[13]。9月11日の三軍戦で実戦復帰した[13]。一軍登板はなく、二軍では16試合に登板し、0勝2敗、防御率4.30を記録[13]。11月1日に右肘内側側副靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けた[13]。11月15日、育成契約への移行を前提として自由契約とすることを通告された[14]。12月9日、100万円減となる推定年俸900万円で育成選手として再契約した[15]。背番号は056に変更された[16]。

2022年はリハビリに専念し、実戦登板はなかった[17]。

2023年は4月28日に三軍のシート打撃での登板を果たした[18]。5月24日に三軍での実戦登板を果たすと[19]、9月12日に二軍でも登板を果たした[20]。

2024年は二軍のクローザーとして29試合に登板し、3勝0敗9セーブ、防御率0.90を記録[21]。7月24日に再び支配下契約を締結した[22]。背番号は52[21]。同年は8試合に登板し、0勝0敗1ホールド、防御率1.04を記録[23]。11月13日、120万円増となる推定年俸820万円で契約を更改した[23]。

ソフトバンク時代

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2025年1月16日、甲斐拓也のFA移籍による人的補償として、福岡ソフトバンクホークスに移籍することが発表された。背番号は42[24]。前身のダイエー時代を含み、ホークスが相手球団に人的補償を求めたのは初となった[25]。伊藤は「一軍登板の実績がほぼなかったのでまさか声が掛かると思ってなかったので驚きました。」[2]と述べている。当初は先発ローテーション入りが期待されたがシーズン途中からリリーフに専念すると[2]6月に移籍後一軍初登板し、2試合無失点と抑えるも、同月23日に登録を抹消された。抹消後の二軍戦では17試合で18回0/3を投げて2失点と快投を見せ、9月18日に一軍に再昇格した[26]。同月30日の北海道日本ハムファイターズ戦(みずほPayPayドーム福岡)ではブルペンデーの1番手としてプロ初先発登板を経験した[27]。クライマックスシリーズにも登板した[2]。

2026年、プロ入り6年目で初の開幕1軍[2]。6月7日の横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)で11回裏に登板し牧秀悟に左中間への長打性の当たりを許すも中堅手の周東佑京が二塁への好返球しアウト、佐野恵太に四球を出すも筒香嘉智、宮崎敏郎を三振で抑え12回に味方が2点を取り初勝利を挙げた[2]。

選手としての特徴・人物

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しなやかなフォームからバランス良く投げ込む右の本格派投手[28]。ドラフト指名後に出場した第91回都市対抗野球大会(ENEOSの補強選手として出場)において、2020年11月28日に自己最速を3km/h更新する156km/hを計測(プロ入り後の最速は154km/h[29])[11]。最も自信のある球に直球、次点にカットボールを挙げ、その他にもフォーク、スライダー、カーブなどを投げる[30]。強気に攻める投球が光るが、与四球の多さに課題を残す[31]。

父親が熱狂的巨人ファンで[2]伊藤も幼少期から大の巨人ファンで、上原浩治のファンであった[32]。小学校入学前の2002年10月10日のヤクルト戦には松井秀喜巨人本拠地ラストゲームに足を運び49号、50号の本塁打を目撃している[2]。実家は3代続くパン屋を営んでおり創業約90年[2]。

詳細情報

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年度別投手成績

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年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2024 巨人 800000001----328.250301800111.040.92
2025 ソフトバンク 510000000----287.040202500000.000.86
通算:2年 1310000001----6015.2905031300111.040.92
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績

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年
度
球
団
投手
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2024 巨人 801001.000
2025 ソフトバンク 501011.000
通算 1302011.000
  • 2025年度シーズン終了時

記録

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初記録

背番号

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  • 56(2021年[9])
  • 056(2022年[16] - 2024年7月23日)
  • 52(2024年7月24日[21] - 同年終了)
  • 42(2025年[24] - )

脚注

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  1. ↑ 「巨人 - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2024年11月14日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 週刊ベースボール2026年7月20日号、野球浪漫2026伊藤優輔ソフトバンク投手42飛躍の年を迎えた29歳、59-63頁
  3. ↑ 「巨人4位・伊藤優輔 父は創業90年老舗手作りパン屋の3代目」『日刊ゲンダイ』2020年11月26日。2020年12月13日閲覧。
  4. ↑ 「小山台が日大豊山破り8強/高校野球」『日刊スポーツ』2013年10月21日。2021年4月3日閲覧。
  5. ↑ 「第86回選抜高校野球大会 スコア速報 小山台 対 履正社」『日刊スポーツ』2014年3月21日。2020年12月13日閲覧。
  6. ↑ 「二松学舎大付 5-4 帝京」『バーチャル高校野球』。2021年4月30日閲覧。
  7. ↑ 「三菱パワー伊藤 強気の155キロ メンタルも成長」『日刊スポーツ』2020年10月20日。2020年12月13日閲覧。
  8. ↑ 「【巨人】ドラ4伊藤優輔、“東京ドームの申し子”になる「うれしさをプレーで表現」」『スポーツ報知』2020年12月9日。2020年12月13日閲覧。
  9. 1 2 「巨人、19選手の新入団発表」『デイリースポーツ』2020年12月11日。2025年1月16日閲覧。
  10. ↑ 「【ドラフト】巨人4位は三菱パワー・伊藤優輔、高校時代は「都立の星」円谷スカウト「152キロの直球が魅力」」『スポーツ報知』2020年10月26日。2021年4月30日閲覧。
  11. 1 2 「巨人4位の伊藤優輔、最速更新156キロもサヨナラ負け…東京ドームは「すごく投げやすかった」」『スポーツ報知』2020年11月29日。2020年12月13日閲覧。
  12. ↑ 「巨人4位伊藤優輔2軍戦で公式戦初登板 有観客に「パフォーマンス出せた」」『日刊スポーツ』2021年5月16日。2021年12月5日閲覧。
  13. 1 2 3 4 「巨人伊藤優輔が右肘手術 20年ドラフト4位で入団、今季は2軍で0勝2敗」『日刊スポーツ』2021年11月2日。2021年12月5日閲覧。
  14. ↑ 「巨人田中豊樹、鍬原拓也、ウレーニャら12選手が自由契約、育成で再契約方針」『日刊スポーツ』2021年11月15日。2021年12月5日閲覧。
  15. ↑ 「【巨人】伊藤優輔が年俸900万でサイン 11月にトミー・ジョン手術を受けて育成から再出発「パワーアップしたい」」『スポーツ報知』2021年12月9日。2021年12月10日閲覧。
  16. 1 2 「巨人 支配下5選手の背番号変更を発表 レギュラー定着へ吉川尚輝が2、松原聖弥は9」『デイリースポーツ』2021年12月27日。2021年12月27日閲覧。
  17. ↑ 「【巨人】トミー・ジョン手術受けた伊藤優輔が2年ぶり公式戦登板「投げきることができてホッと」」『日刊スポーツ』2023年9月12日。2025年4月27日閲覧。
  18. ↑ 「右肘手術を乗り越えた巨人の26歳「正直怖さもある」まだ3軍練習でも…復帰へ刻んだ大きな一歩」『スポーツ報知』2023年4月29日。2025年4月27日閲覧。
  19. ↑ 「右肘手術、長いリハビリを乗り越え…約1年半ぶりのマウンドで、巨人26歳右腕は何を感じたのか」『スポーツ報知』2023年5月26日。2025年4月27日閲覧。
  20. ↑ 「【巨人】26歳・伊藤優輔「ここからはい上がる」右肘手術乗り越え復活への道歩み始める…担当記者コラム」『スポーツ報知』2023年9月27日。2025年4月27日閲覧。
  21. 1 2 3 「【巨人】伊藤優輔「やっとスタートライン。ここからが本当に勝負」右肘手術から3年目で支配下復帰」『スポーツ報知』2024年7月24日。2024年7月25日閲覧。
  22. ↑ 「伊藤優輔選手が支配下契約「ここからが本当の勝負」」『読売ジャイアンツ(巨人軍)公式サイト』2024年7月24日。2024年7月25日閲覧。
  23. 1 2 「巨人・伊藤優輔、120万円増の820万円でサイン「来年は1年間ずっと1軍で投げ続けたい」 7月に支配下復帰し8試合登板」『サンケイスポーツ』2024年11月13日。2025年1月16日閲覧。
  24. 1 2 「伊藤優輔投手 入団のお知らせ」『福岡ソフトバンクホークス』2025年1月16日。2025年1月16日閲覧。
  25. ↑ 「【ソフトバンク】球団初の人的補償 甲斐拓也FA移籍 過去10例は?武田一浩から石川柊太まで全データ」『スポーツ報知』2025年1月16日。2025年1月17日閲覧。
  26. ↑ 佐藤究「【ソフトバンク】「レベルアップ」した伊藤優輔が本拠地0封デビュー“都立の星“が輝き始めた」『日刊スポーツ』2025年9月23日。2025年10月31日閲覧。
  27. ↑ 「鷹・伊藤優輔がプロ初先発 2回1安打0封と起用に応える」『パ・リーグ.com』2025年9月30日。2025年10月31日閲覧。
  28. ↑ 「2021 ROOKIES」『読売巨人軍公式サイト』。2025年3月26日閲覧。
  29. ↑ ソフトバンク・伊藤優輔が1軍昇格 今季2度目 3戦連続失点の上茶谷が降格/野球/デイリースポーツ online
  30. ↑ 「オープン戦では古巣相手に好投 「まさかの移籍」1年目のソフトB・伊藤優輔が狙う“1枠”」『スポーツナビ』2025年3月24日。2025年3月26日閲覧。
  31. ↑ 西尾典文「「謎の捕手指名」から打撃で存在感 “遅咲き”の花を咲かせつつある選手たち」『AERA DIGITAL』朝日新聞出版、2026年7月14日、1頁。2026年7月16日閲覧。
  32. ↑ 「巨人・伊藤優輔 「上原選手が好きでした」ドラフト4位右腕は東京都荒川区出身で“都立の星”/地元愛を胸に」『週刊ベースボールONLINE』2021年6月11日。2021年6月11日閲覧。
  33. 1 2 「【巨人】支配下復帰の伊藤優輔がプロ初登板 1回無安打無失点」『日刊スポーツ』2024年7月30日。2024年7月30日閲覧。
  34. ↑ 「【巨人】右肘手術から復帰の伊藤優輔がプロ初ホールド 延長11回に登板で役目果たす…デビュー4戦連続無失点」『スポーツ報知』2024年8月7日。2024年8月13日閲覧。
  35. ↑ “ソフトバンク・伊藤優輔がプロ初勝利 巨人から人的補償で24年オフに移籍/デイリースポーツ online”. デイリースポーツ online (2026年6月7日). 2026年6月7日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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