桑原将志

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桑原 将志
横浜DeNAベイスターズ #1
20140713 Masayuki Kuwahara, outfielder of the Yokohama DeNA BayStars, at Meiji Jingu Stadium.JPG
2014年7月13日、明治神宮野球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府和泉市
生年月日 (1993-07-21) 1993年7月21日(26歳)
身長
体重
174 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2011年 ドラフト4位
初出場 2012年10月1日
年俸 6,500万円(2020年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
獲得メダル
男子 野球
日本の旗 日本
アジア プロ野球チャンピオンシップ
2017

桑原 将志(くわはら まさゆき、1993年7月21日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属する大阪府和泉市出身のプロ野球選手外野手)。右投右打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

和泉市立郷荘中学校時代に、和泉ボーイズで「1番・遊撃手」としてプレー。 福知山成美高等学校への進学後は、1年春から三塁手のレギュラーに定着した。しかし、夏の選手権京都大会の開幕前に、同級生の部員が暴力事件を起こしたことが発覚。事件に関与していなかった桑原を含めて、1年生部員全員が対外試合出場停止処分を受けたため、正三塁手の桑原を欠いたチームは京都大会の決勝で龍谷大付属平安高校に敗れた。1年時の秋に処分が解除されると、「3番・遊撃手」としてレギュラーに復帰するとともに、チームを近畿大会の準々決勝進出へ導いた。ところが、1年時の冬に他の部員の不祥事が発覚したことから、チームは翌夏の選手権大会を含む6か月の対外試合禁止処分を受けた。2年時の秋に処分が解除されたことを機に、主将へ就任したところ、チームは京都府大会の準決勝へ進出。3年夏の選手権京都大会では、準決勝で龍谷大付属平安高校に敗れたものの、桑原自身は通算5試合で16打数6安打5打点という好成績を残した。1学年先輩に島本浩也がいる。

2011年のNPBドラフト会議で、内野手として横浜ベイスターズから4巡目で指名。契約金3,500万円、年俸540万円(金額は推定)という条件で入団した。入団当初の背番号は37

プロ入り後[編集]

2012年には、イースタン・リーグ公式戦89試合へ出場するとともに、リーグの最終規定打席へ到達。打率こそリーグ23位の.255であったが、チームトップ(リーグ10位)の13盗塁、2本塁打、18打点を記録した。7月19日にHARD OFF新潟エコスタジアムで催されたフレッシュオールスターでは、同リーグ選抜チームの「8番・中堅手」として3打数2安打をマーク[2]。一軍公式戦でも、10月1日の対中日ドラゴンズ戦(横浜スタジアム)7回表から二塁手として初めて出場すると、8回裏に迎えた初打席で山井大介から初安打を記録した。

2013年には、主に二塁手や外野手として、イースタン・リーグ公式戦90試合に出場。前年に続いて最終規定打席へ到達するとともに、打率.270、4本塁打、27打点、9盗塁を記録した。一軍公式戦には5試合に出場したものの、6打数ノーヒットでシーズンを終えた。

2014年には、ポジション登録を外野手に変更すると、6月下旬から一軍公式戦53試合に出場で、打率.257、1本塁打、13打点、4盗塁という成績を残した。特に対読売ジャイアンツ戦での活躍はめざましく、8月5日に延長12回裏[3]、同月30日の9回裏にサヨナラ安打を放ったほか、9月28日に一軍公式戦での初本塁打を澤村拓一からのソロ本塁打で記録した。

2015年には、巨人との開幕戦(3月27日)に「2番・中堅手」としてスタメンに起用されたことを皮切りに、一軍公式戦60試合の出場で打率.184。1本塁打、5打点、1盗塁をマーク。シーズン終盤からフェニックスリーグに参加したが、10月21日の対中日戦での打席で左手首に死球を受けたことによって、左手尺骨の茎状突起を骨折[4]。その影響で、秋季キャンプへの参加を見送った[5]

2016年には、レギュラーシーズンの中盤から、中堅手として一軍公式戦のスタメンに起用される機会が増加。当初は左打者の乙坂智と併用されていたが、6月20日の対北海道日本ハムファイターズ戦(横浜スタジアム)以降は、「1番・中堅手」としてレギュラーに定着した[6]。さらに、シーズン中には2度にわたって、初回先頭打者本塁打をマーク。阪神甲子園球場阪神タイガースランディ・メッセンジャーが投じた初球で2本目を放った9月15日[7]には、オリックス・バファローズ糸井嘉男札幌ドームの対日本ハム戦で初回先頭打者本塁打を放ったことから、「同じ日に複数の試合で初球先頭打者本塁打」というNPB公式戦史上初の事態に至った[8]。レギュラーシーズンでは、一軍公式戦133試合に出場するとともに、セントラル・リーグ(セ・リーグ)の最終規定打席へ初めて到達。自身初の2桁本塁打(11本)、リーグ14位の打率.284、42打点、19盗塁を記録したことを背景に、シーズン終了後には、前年から3倍以上の年俸(推定4,000万円)で契約を更改した[9]

2017年には、レギュラーシーズンの一軍公式戦全143試合に「1番・中堅手」として出場。6月17日の対オリックス戦(横浜)で一軍公式戦初の1試合2本塁打を記録する[10]など、自己最多の13本塁打を放つなどの活躍で、チームの2年連続クライマックスシリーズ(CS)進出へ大きく貢献した。7月には、セ・リーグ月間1位の打率.389および出塁率.439、6本塁打、14打点、複数安打13回、猛打賞5回を記録。同リーグ打者部門の月間MVPにも初めて選ばれた[11]ポストシーズンでも、CS8試合と日本シリーズ6試合を通じて、「1番・中堅手」としてのスタメン出場を継続。福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは、10月28日の第1戦(福岡ヤフオク!ドーム)第1打席から31日の第3戦(横浜)最終打席まで14打席ノーヒットと振るわず、チームも3連敗を喫した。11月1日の第4戦(横浜)第1打席でシリーズ初安打を放った[12]ものの、シリーズの通算打率は.154(26打数4安打)で、10三振(6試合制のシリーズにおける史上最多記録)や2つの盗塁刺(6試合制のシリーズにおける史上最多タイ記録)[13]に見舞われるなど精彩を欠いた。日本シリーズの終了後には、セ・リーグの外野手としてゴールデングラブ賞に初めて選出[14]。また、東京ドームで開かれた第1回アジア プロ野球チャンピオンシップでは、日本代表[15]の中堅手として代表チームの優勝に貢献した。その一方で、大会期間中の11月17日には、翌2018年からDeNAでの背番号を1に変更することが球団から発表[16]。大会終了後の契約交渉では、球団から大幅な昇給を提示された末に、推定年俸8,500万円(前年から4,000万円増)という条件で契約を更改した[17]

2018年には、前年に続いて、「1番・中堅手」として一軍公式戦の開幕を迎えた。しかし、前年の日本シリーズから打撃不振が続く一方で、この年に入団した神里和毅オープン戦から好調で外野陣の一角に定着。桑原は、ヤクルトとの開幕カード第3戦(4月1日・横浜)から2番打者に回ると、開幕5試合目であった5日の対阪神戦(甲子園)でスタメンから外れた。スタメン落ちはおよそ2年振り[18]で、以降も神里や梶谷と併用される時期があったが、打撃が復調した7月からは「1番・中堅手」のレギュラーに返り咲いた[19]。同月20日の対阪神戦(横浜)では、1回裏の先頭打者本塁打を皮切りに単打(適時打)→三塁打→四球→二塁打を記録したことによって、全打席出塁とNPB一軍公式戦史上67人目(72度目)のサイクルヒットを達成[20]。しかし、8月以降は再び打撃不振に見舞われた。レギュラーシーズンでは、一軍公式戦127試合の出場で打率.261をマーク。盗塁数(17)は前年(10)を上回ったものの、3年連続の2桁本塁打達成にあと一歩届かず(9本塁打)、打点(26)は前年(52)から半減した。このため、シーズンの終了後には、推定年俸8,400万円(前年から100万円減)という条件で契約を更改した[21]

2019年には、レギュラーシーズンの開幕から一軍に帯同。しかし実際には、神里が中堅、前年のリーグ本塁打王で内野手登録のネフタリ・ソトが右翼でスタメンに起用されることが多く、4月下旬からしばらく二軍での再調整を余儀なくされた[22]。5月上旬に一軍へ復帰してからも、代打、代走、守備固めでの起用が中心で、スタメン起用の機会は神里やソトがコンディション不良や休養などでスタメンを外れる場合に限られた[23][24]。チームはレギュラーシーズン2位で2年振りのCS進出を果たしたものの、桑原自身は一軍公式戦62試合に出場しただけで、打率.186・2本塁打・7打点・2盗塁と軒並み前年を下回った。さらに、阪神とのCSファーストステージ(横浜)でもスタメンに起用されず、全3試合に出場しながら1打席に立っただけでシーズンを終えた。このようにシーズンを通じて精彩を欠いたことから、シーズン終了後の契約交渉では、NPBにおける年俸減額の上限(1億円以下の場合には25%)を翌2020年の契約に適用することを球団から提示された末に、推定年俸6,500万円(前年から1,900万円)という条件で契約を更改した[25]

選手としての特徴[編集]

パンチ力のあるバッティングと50メートル5秒8の果敢な走塁、俊足と遠投100メートルの身体能力を活かした守備と三拍子揃った外野手[26]

人物[編集]

人望が厚くチームリーダーの素質があり[27]、面識のない他球団の外国人選手をも笑わせてしまうほどの明るさも買われている[3]。 初のサヨナラヒットを放った時のお立ち台でコマネチのポーズをしたり、ファン感謝際の若手選手がそれぞれのおしゃれコーディネートをファンに披露する「オシャレ総選挙ハマ☆コレ」というコーナーでは、小島よしおとにかく明るい安村のモノマネをするなど、パフォーマンスでもファンを盛り上げている。

自らを「地味なタイプの選手」と考えている[28]

DeNA入団後の2015年に骨折した左目鼻筋の近辺には、骨折の直後までホクロがあった。しかし、当時のチームメイトだった林昌範の勧めで、シーズン終了後に気分転換を兼ねてホクロの切除手術を受けた[29]

DeNA入団5年目の2016年に大きく飛躍した要因として、精神面が安定したことを挙げている。桑原によれば、当時のチームメート(2017年の引退後も球団職員 → 二軍打撃コーチとして在籍)で高校の先輩でもある柳田殖生のサポートによって、それまで激しかった好不調の波が改善されたという[30]。その一方で、同年にチームトップ(リーグ3位)の14死球を受けたことから、シーズン終了後には動体視力の強化を目標に掲げている[31]

DeNAの選手としては巨人の投手との相性が特に良く、一軍公式戦での初本塁打を記録したほか、2019年シーズンまでに2本の満塁本塁打を放っている。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2012 DeNA 3 3 3 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .333 .333 .333 .667
2013 5 6 6 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .000 .000 .000 .000
2014 53 169 144 15 37 7 2 1 51 13 4 1 8 0 15 0 2 32 5 .257 .335 .354 .690
2015 60 116 103 14 19 4 1 1 28 5 1 1 8 0 5 0 0 26 1 .184 .222 .272 .494
2016 133 522 462 80 131 23 2 11 191 49 19 11 8 0 38 0 14 93 5 .284 .356 .413 .769
2017 143 664 598 87 161 38 5 13 248 52 10 11 10 0 45 0 11 116 8 .269 .332 .415 .747
2018 127 421 379 57 99 24 5 9 160 26 17 3 7 0 32 1 3 71 3 .261 .324 .422 .746
2019 72 115 102 14 19 3 1 2 30 7 2 0 3 0 9 0 1 26 0 .186 .259 .294 .553
NPB:8年 596 2016 1797 267 467 99 16 37 709 152 53 27 44 0 144 1 31 368 22 .260 .326 .395 .720
  • 2019年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]



二塁 外野
























2012 DeNA 2 1 0 0 0 1.000 1 0 0 0 0 .000
2013 - 2 4 0 0 0 1.000
2014 2 3 6 1 2 .900 47 77 1 4 0 .951
2015 - 48 60 1 1 1 .984
2016 - 129 233 3 4 1 .983
2017 - 143 294 4 3 2 .990
2018 - 113 204 4 1 2 .995
2019 - 57 47 1 1 0 .980
通算 4 4 6 1 2 .909 540 919 14 14 6 .985

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 37 (2012年 - 2017年)
  • 1 (2018年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球. 日刊スポーツ. 2019年11月29日閲覧。
  2. ^ 2012年度フレッシュオールスター・ゲーム 試合結果”. 日本野球機構 (2012年7月19日). 2017年7月2日閲覧。
  3. ^ a b 新星・桑原決めた! キヨシDeNA「感動」延長12回サヨナラ”. スポーツニッポン (2014年8月6日). 2014年8月30日閲覧。
  4. ^ 桑原将志選手の負傷について ベイスターズ公式
  5. ^ DeNA・桑原、1番打者として増す存在感。発想転換で掴んだレギュラーの座”. ベースボールチャンネル (2016年7月29日). 2017年7月2日閲覧。
  6. ^ DeNA桑原10号ソロ「守備も頑張る」”. 日刊スポーツ (2016年9月13日). 2016年9月21日閲覧。
  7. ^ DeNA桑原が先頭打者弾…中畑前監督の「遺産」でCSに前進”. 日刊ゲンダイ (2016年9月16日). 2016年9月21日閲覧。
  8. ^ 糸井 初回表の先頭打者初球本塁打を含む3発は史上初”. スポーツニッポン (2016年9月15日). 2016年9月15日閲覧。
  9. ^ DeNA桑原「筒香超え」208%増4000万更改”. 日刊スポーツ (2016年12月7日). 2017年7月2日閲覧。
  10. ^ DeNA白根が初本塁打 「一歩踏み出せた」 今季初4連勝 オリックスは3度目の6連敗”. デイリースポーツ (2017年6月17日). 2017年7月2日閲覧。
  11. ^ 2017年7月度「日本生命月間MVP賞」受賞選手(セントラル・リーグ)打者部門”. 日本野球機構 (2017年8月8日). 2017年8月8日閲覧。
  12. ^ DeNA 1番・桑原に待望シリーズ初安打 15打席目でやっと…”. スポーツニッポン (2017年11月1日). 2017年11月6日閲覧。
  13. ^ 6試合シリーズの主な記録”. NPB日本野球機構 (2017年11月4日). 2017年11月6日閲覧。
  14. ^ 三井ゴールデングラブ賞 結果・得票数(2017年度)
  15. ^ 大会出場メンバー25名を発表 3監督が記者会見で意気込みを語る 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2017年10月12日) 2017年10月22日閲覧
  16. ^ 背番号変更のお知らせ | 横浜DeNAベイスターズ” (2017年11月17日). 2017年11月17日閲覧。
  17. ^ DeNA今永は倍増8400万円、桑原8500万円”. 日刊スポーツ (2019年11月28日). 2017年12月6日閲覧。
  18. ^ ラミレス監督ついに大ナタ! 桑原が2016年6月19日以来のスタメン落ち”. AmebaTIMES (2018年4月19日). 2018年4月5日閲覧。
  19. ^ 定位置再奪取へ!DeNA・桑原将志の挑戦”. BASEBALL KING (2018年7月16日). 2018年7月20日閲覧。
  20. ^ DeNA桑原サイクル安打!史上67人目”. 日刊スポーツ (2018年7月20日). 2018年7月20日閲覧。
  21. ^ DeNA桑原 100万円減8400万円「1番打者としてこだわり持ってやる」”. スポーツニッポン (2019年11月28日). 2017年12月6日閲覧。
  22. ^ DeNA6人入れ替え断行 梶谷ら昇格、桑原ら降格”. 日刊スポーツ (2019年11月28日). 2019年4月24日閲覧。
  23. ^ DeNA桑原2打点「やっと僕の季節が」監督も満足”. 日刊スポーツ (2019年11月28日). 2019年6月8日閲覧。
  24. ^ DeNA神里欠場で機動力欠く 代役桑原4の0”. 日刊スポーツ (2019年11月28日). 2019年7月8日閲覧。
  25. ^ DeNA桑原は1900万減「自分が招いた結果」”. 日刊スポーツ (2019年11月28日). 2019-11 -28閲覧。
  26. ^ 福知山成美・桑原が待望マルチで8強入り!…京都大会 - ウェイバックマシン(2011年11月3日アーカイブ分) - スポーツ報知(2011年7月22日)
  27. ^ プロ野球ドラフト会議 - ウェイバックマシン(2012年1月31日アーカイブ分) - 横浜DeNAベイスターズオフィシャルサイト(2011年11月25日)
  28. ^ 横浜DeNA:「プロの実感湧いた」桑原(ドラフト4位)が入寮一番乗り”. カナロコ (2012年1月6日). 2012年5月24日閲覧。
  29. ^ 2016年9月20日
  30. ^ DeNA桑原 不動の1番定着が「師匠」柳田への最大の恩返し”. スポーツニッポン. 2016年12月13日閲覧。
  31. ^ DeNA桑原「すれ違う電車ガン見」で動体視力強化”. 日刊スポーツ (2016年12月11日). 2017年7月2日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]