又吉克樹

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又吉 克樹
福岡ソフトバンクホークス #14
Matayoshi(japan).jpg
2017年11月13日 侍ジャパン壮行試合
中日ドラゴンズ時代)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 沖縄県浦添市
生年月日 (1990-11-04) 1990年11月4日(32歳)
身長
体重
181 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り IL / 2012年
NPB / 2013年 ドラフト2位
初出場 IL / 2013年4月7日
NPB / 2014年3月29日
最終出場 IL / 2013年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴
獲得メダル
男子 野球
日本の旗 日本
アジア プロ野球チャンピオンシップ
2017

又吉 克樹(またよし かつき、1990年11月4日 - )は、沖縄県浦添市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属[1]

弟は独立リーグ球団に所属歴のある又吉亮文[2][注 1]。女優の大村沙亜子とは従姉妹にあたる[4]

NPB史上初となる独立リーグ出身でFA権を行使した選手となった。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学生時代に軟式野球を始めると、浦添市立浦添中学校でも軟式野球部に所属していた。浦添中時代のチームメイトに島井寛仁がおり、島井の圧倒的な実力を見て諦めを抱いていた[5]。当時は「プロ野球選手はゲームで使うもの」という感覚だったという[5]

沖縄県立西原高校入学時の体格は身長158cm、体重40kg台と小さく、部内で付けられたあだ名は「マメ」だった[6][7]。1年生の時は主に二塁手としてプレー。送球のコントロールが良いことから、打撃投手を任されたことを機に、投手へ転向した。当初はオーバースローであったが、打撃投手として1日に200球近く投げることも珍しくもない投げ込みを続けているうちに、疲労を避けるために肘が下がって自然に現在のサイドスローに落ち付いた[6]。公式戦で初めて投手として登板したのは3年夏の県大会で、チームが敗退する2回戦までの2試合ともリリーフ登板を果たすが[8]、直球の最速は117km/hだった[6]

高校卒業後に環太平洋大学へ進学。当時は教員志望だったため「コーチングを学ぶ」のが主な目的で、「先生になった時に大学野球の練習方法や指導法が生かせる」と考えていた[5]。チームでは監督の田村忠義がサイドスローの投手を求めており、田村の指導を受けることで球速などが改善した[9]中国六大学野球のリーグ戦では、2年の春季に防御率1位となり、秋はチームのリーグ初優勝、明治神宮大会初出場に貢献した。高校時代に160cm台だった身長が10cm近く伸びたり、体重が10kg増えたりするほど体格が向上したことから、入学時には110km/h台だったストレートの最高球速も138km/hにまで上がった。それでもリーグ戦では打線の援護に恵まれないことが多く、通算成績は13勝18敗にとどまった。

独立リーグ・香川時代[編集]

大学の2年先輩に当たる亀澤恭平尾中博俊独立リーグ四国アイランドリーグplus(IL)香川オリーブガイナーズへ入団していたことを背景に、又吉自身も大学4年生の秋にILのトライアウトを受験。二次試験を免除される特別合格者(10人)の1人に選ばれた[10]ため、2012年12月13日に香川への入団が発表された[11]背番号21。本人によれば、これも将来教員になるための経験の一つと考えており、「生徒に『夢をあきらめるな』と言いながら、『先生はどうだったんですか?』と聞かれた時に、『挑戦はしたよ』と言えるようにしたかったんです」と後に語っている[9]。父親も「2年くらい好きなことをやってもいいんじゃないか」と賛成してくれた[9]

2013年には、最速148km/hのストレートとスライダーなどを武器にエースとして活躍。入団1年目ながら、リーグトップの13勝(4敗)で最多勝利のタイトルを獲得するとともに完封数でもリーグトップ、防御率でリーグ2位(1.64)という好成績を残した。前期の優勝争いが佳境にあった6月22日の対高知ファイティングドッグス戦では、8回二死まで走者を1人も出さず、1安打無四球という内容で9回を完封。島袋翔伍のサヨナラ本塁打で勝利投手になり、チームの前期優勝を引き寄せた[12]。この試合を観戦していた中日ドラゴンズスカウトの正岡真二は、後に「(又吉の登板試合で)最も印象に残った」と述懐している[12]。後期も好調を維持すると、全日程終了後にリーグの年間MVPへ選出。NPBの11球団が香川球団に調査書を提出するほどにまで注目されるようになった。本人も周囲がNPBを目指す選手ばかりという環境の影響を受け、教員を諦め本気でNPBを目指す姿勢に転換した[9]

香川オリーブガイナーズ時代
(2013年)

2013年のNPBドラフト会議では、中日から2巡目で指名[13]支配下登録選手としての契約を前提にNPBの球団から指名されたIL加盟球団の選手としては、過去最高順位での指名であった[14]。11月22日に契約金6000万円、年俸840万円という条件で入団(金額は推定)[15]。契約金の10%(600万円、金額はいずれも推定)は、NPB球団との契約に関するILの規定に沿って、香川球団に分配された。背番号は16[16]

中日時代[編集]

2014年には、オープン戦で好成績を残すと、公式戦の開幕を一軍で迎えた。3月29日には、広島東洋カープとの開幕戦で、大野雄大の後を受けて7回表から救援投手として一軍デビュー。4月6日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦で、プロ初ホールドを記録した。4月17日の対横浜DeNAベイスターズ戦(いずれもナゴヤドーム)では、1点ビハインドで登板した9回表を無失点に切り抜けると、平田良介のサヨナラ安打によって公式戦初勝利を挙げた。ILからドラフト会議での指名を経てNPBに入った投手による一軍公式戦での勝利は、福岡レッドワーブラーズから福岡ソフトバンクホークスへ入団した金無英に次いで2人目[17]で、日本人投手では初めての事例であった[注 2]。奇しくも、この日のパシフィック・リーグ公式戦では、又吉と同じ新人投手の豊田拓矢埼玉西武ライオンズ)と東明大貴オリックス・バファローズ)も一軍初勝利を記録。NPBの一軍公式戦において、同じ日に3名の新人投手が初勝利を挙げた事例は59年ぶりであった[18]。7月5日の対巨人戦(東京ドーム)で延長10回裏に長野久義からのサヨナラ安打で一軍初黒星を喫したものの、8月17日の対東京ヤクルトスワローズ戦(ナゴヤドーム)で一軍初セーブ。9月には、4登板試合連続ホールドを2度にわたって記録した。結局、一軍公式戦には、新人ながらセントラル・リーグ2位の67試合に登板。防御率2.21、9勝1敗2セーブ24ホールドという好成績を残した。勝利が同点または1~2点ビハインドからの救援によるものであった一方で、リードの局面からの救援登板では、交代した先発投手が有する勝利投手の権利を消すことが一度もなかった。また、同リーグの新人王争いでは大瀬良大地の後塵を拝したものの、記者投票での得票数は1位の大瀬良に次いで多かった[19]。なお、シーズン終了後には、ドミニカ共和国ウィンターリーグに参加。リーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナに加盟するティグレス・デル・リセイの一員として[20]リーグ戦17試合に登板すると、0勝2敗4ホールド、防御率1.69という成績を残した[21]。さらに、帰国後の12月20日に臨んだ球団との契約交渉では、推定年俸4000万円で契約を更改。前年度から3160万円もの大幅増額を勝ち取った[22]

2015年には、レギュラーシーズンの開幕前に催された「GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表」の日本代表として、野球日本代表のトップチームに初めて招集[23]。3月10日の第1戦(東京ドーム)に4番手として登板し[24]、勝利投手になった[25]。レギュラーシーズンでは、3点リードで登板した開幕戦(3月27日)から2度にわたって京セラドーム大阪での対阪神タイガース戦でサヨナラ負けを喫したり[26]、短期間ながら二軍での調整を経験したり[27]するなどの試練も味わったが、セットアッパーとして一軍公式戦63試合に登板し、6勝6敗30ホールド、防御率3.36を記録。シーズンの終了後に開催された第1回WBSCプレミア12でも、日本代表の第1次候補選手に選出された[28]が、最終ロースターの28名に残らなかった。

2016年には、一軍のセットアッパーとして開幕を迎えた。5月中旬には、7試合の登板で4敗を喫するなど調子を落としたため、前年に続いてシーズン中に二軍降格となった[29]。それでも、一軍公式戦にはオール救援で62試合に登板したことによって、「入団以来3年連続で60試合以上の一軍公式戦登板」という球団記録を達成。勝敗は前年と同じ(6勝6敗)で、ホールド数(10)を前年から減らしたものの、防御率は2.80にまで向上した。シーズンの途中から一軍監督代行を務めていた森繁和は、連投にも耐えられる又吉の体力に着目。シーズン終了後に一軍監督へ就任すると、クローザーながらシーズン中に救援失敗が相次いでいた福谷浩司と共に、又吉を先発に転向させることを明言した[30][31][32]

2017年には、春季キャンプから先発要員としての調整に入ると、2月25日に広島とのオープン戦で開幕投手に起用された[33]。チーム事情などとの兼ね合いで一軍公式戦の開幕をロングリリーフ要員として迎えた後に、4月13日の対ヤクルト戦(明治神宮野球場)で一軍公式戦への初先発を果たすと、勝敗は付かなかったものの8回2失点と好投[34]。4月27日にナゴヤドームで催された同カードでは、プロ入り後初めて中5日で先発登板に臨むと、7回無失点という内容でシーズン初勝利を挙げた。この勝利は、一軍公式戦登板189試合目での先発初勝利であった[35]。さらに、セ・パ交流戦期間中の6月6日には、対千葉ロッテマリーンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)でプロ初完封を達成[36]。しかし、「先発での経験を救援で生かす」という転向当初からの既定路線に沿って、同月下旬のリーグ戦再開後からセットアッパーに復帰した。オールスターゲームにセ・リーグの監督推薦選手として初めて選ばれる[37]と、中日の本拠地・ナゴヤドームで催された7月14日の第1戦で、7回表に初登板を果たした。日本の独立リーグでのプレーと、NPBドラフト会議での指名を経てNPBの球団に入った投手が、NPBのオールスターゲームに出場した事例は又吉が初めてである[38]。一軍公式戦全体では、50試合の登板で、8勝3敗21ホールドを記録。レギュラーシーズンを5位で終えたチームにあって、26ホールドポイント(5救援勝利21ホールド)や自己最高の通算防御率2.13を記録するなど、先発・救援の両方で安定した投球を続けた。シーズンの終了後には、第1回アジア プロ野球チャンピオンシップ日本代表に選出。基本として24歳以下(または入団3年目まで)の選手を招集していた代表チームにあって、(招集時点で)26歳・入団4年目ながら、各チームに3人ずつ割り当てられた「オーバーエイジ枠」の1人として選ばれた[39]。代表チームでは、監督の稲葉篤紀の方針でセットアッパーに起用。山﨑康晃石崎剛と並んで「勝利の方程式」を担いながら、代表チームの優勝に貢献した。11月29日、3800万円増となる推定年俸8800万円で契約を更改した[40]

2018年はキャンプ中から先発ローテーション入りを期待されるも、実戦で結果を残せず、開幕はブルペン要員としてスタート。守護神の田島慎二へと繋ぐ、セットアッパーの役目を担ったが、4月8日の阪神戦で5点を失い、笠原祥太郎の白星を消し、同月13日のDeNA戦でも3点を失い、小笠原慎之介の白星を消した。2日後の15日に二軍へ降格[41]。その後も本来の調子を取り戻せず、シーズン終了まで一軍と二軍を行き来する状態が続いた。ルーキー以来続いていた4年連続50試合登板も途切れ、ホールド数、勝利数などほとんどの数字でキャリアワーストを記録した。オフに、減額制限いっぱいとなる25%減の推定年俸6600万円でサインした[42]

2019年は、7月に香川時代以来の香川県での試合となる丸亀市民球場での阪神タイガース戦(ウエスタン・リーグ)に帯同したが、登板はなかった。最終的にプロ入り最少となる26試合に登板し、3勝3敗3ホールド、防御率4.06を記録[43]。オフに、1650万円減となる推定年俸4950万円で契約を更改した[43]

2020年は開幕一軍を果たしたが、左腹斜筋損傷で6月下旬に二軍落ち[44]。9月に一軍復帰し、登板数は26試合にとどまったが、防御率は2.77と3年ぶりに2点台を達成した[45]。オフに、750万円減となる推定年俸4200万円で契約を更改した[45]

2021年は、キャンプ中何者かに自身のTwitterアカウントが乗っ取られたものの、Twitter社の手配により早急にアカウントを取り戻したという出来事があった[46]。シーズンではチームトップの66試合に登板し、いずれもキャリアハイとなる33ホールド、防御率1.28を記録。ライデル・マルティネスが不在の際にはクローザーも務め[47]、8セーブを記録した。11月29日、「少しでも独立リーグにいる選手たちの明確な目標になれば」としてFA権の行使を表明[48][49]

ソフトバンク時代[編集]

2021年12月17日、福岡ソフトバンクホークスが獲得を発表。独立リーグ出身者初のFA権行使による移籍となった。背番号は14[50]。4年契約で、出来高払いを含めた推定総額は6億5000万円[51]。又吉の人的補償として岩嵜翔が中日に移籍した[52]

2022年、1月26日に新型コロナウイルスの陽性判定を受け、C組(三軍、リハビリ組)スタートとなったものの[53]、2月19日にA組(一軍)に合流し[54]、そのまま開幕を一軍で迎えた。3月26日の北海道日本ハムファイターズ戦、4点リードで迎えた8回表に移籍後初登板を迎え、1回無失点で新天地での公式戦デビューを飾った[55]。3月29日の千葉ロッテマリーンズ戦、1対1で迎えた9回裏に登板して1回を無失点に抑え、10回表にチームが勝ち越しそのまま勝利したため、移籍後初勝利を挙げた[56]。その後も勝ち継投に欠かせない中継ぎとして活躍していたが、7月8日の北海道日本ハムファイターズ戦の9回、一塁ベースカバーに向かった直後に右足の異変を訴え降板、リスフラン関節損傷内側楔状骨骨折、舟状骨骨折により全治3ヶ月と診断された。これにより翌日9日に出場登録抹消された[57]

選手としての特徴[編集]

サイドスローから投げる、最速152km/h[58]のストレートと、スライダーが武器、シュートも混ぜる[59]。リリーフとして起用された際にイニング数を上回る奪三振数が魅力。2014年シーズンの9イニング換算の奪三振率は11.51で、200人以上の打者と対戦した投手ではリーグトップとなっている[22]

中日への入団後から指導をしていた一軍投手コーチ(当時)の友利結は、「又吉が投げると勝てる雰囲気がある。テンポがいいし三振が取れる。野手も気持ちが入って打てるんじゃない?」と評価。救援投手として頭角を現した1年目の終盤には、「相手から勝ち星を盗んで逃げていく」という意味で、又吉に「怪盗ルパン」というニックネームを付けていた[60]。なお中日の主催試合では2015年シーズン途中までおよび2018年から「ルパン三世のテーマ」が又吉の登場曲に使われていた。

人物・エピソード[編集]

憧れの投手は、同じサイドスローの右腕投手である館山昌平

おおらかで物怖じしない明るい性格。試合中はよく野手にも声をかけ、時にマウンドでも笑顔を見せる。

中日から指名された2013年のNPBドラフト会議では、又吉が待機する記者会見場に、香川球団が「記者会見のスポンサー企業」(球団支援企業の一つ)であるかどや製油のごま油を配置。ドラフト指名に関する記者会見では「異例」とも言える取り合わせが話題になった[61]。又吉は翌2014年に、香川のIL開幕戦(対徳島インディゴソックス戦)に向けて自身の名前で花輪を贈ることによって、自身が抜けた古巣の開幕戦を祝福している。

チームメイトの京田陽太とは顔や体付きが似ている点があり、京田とともに選出された第1回アジア プロ野球チャンピオンシップ日本代表の合宿では代表監督の稲葉篤紀に京田と間違えて声をかけられてしまう一幕があった[62]

ドラフト指名当時、名前のよく似たピース又吉直樹との対面を希望していた[63]。中日入団後の2017年に又吉直樹が番組(テレビ東京Sportsウォッチャー」)で自分のことを紹介した際にその写真が送られ、お礼としてグローブを送ると、そのことも番組で紹介された[64][65]。なお克樹は、直樹が克樹を番組で紹介しているときの映像を、Twitterの固定ツイートに設定している。

中日時代から試合以外の普段の選手の様子などをSNSで積極的に発信しており、ファンや選手の間で「又吉広報」と呼ばれている[66]

前述の通り、元々は教員志望だったため、大学では保健体育の教員免許を取得している[7]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2014 中日 67 0 0 0 0 9 1 2 24 .900 321 81.1 50 3 28 0 4 104 1 0 20 20 2.21 0.96
2015 63 0 0 0 0 6 6 0 30 .500 301 72.1 64 5 23 0 4 82 1 0 27 27 3.36 1.20
2016 62 0 0 0 0 6 6 0 16 .500 239 54.2 58 3 17 0 3 55 1 0 22 17 2.80 1.37
2017 50 9 1 1 0 8 3 0 21 .727 434 110.0 84 7 36 0 5 78 0 1 27 26 2.13 1.09
2018 40 0 0 0 0 2 5 0 9 .286 187 41.1 54 6 17 0 1 28 1 0 30 30 6.53 1.72
2019 26 2 0 0 0 3 3 0 3 .500 182 44.1 35 5 19 0 1 37 0 0 21 20 4.06 1.22
2020 26 0 0 0 0 4 0 0 7 1.000 105 26.0 22 2 8 1 1 18 0 0 8 8 2.77 1.15
2021 66 0 0 0 0 3 2 8 33 .600 245 63.1 47 2 22 2 1 41 0 0 11 9 1.28 1.09
2022 ソフトバンク 31 0 0 0 0 3 3 1 14 .500 122 30.0 27 4 8 2 0 22 0 0 8 7 2.10 1.17
通算:9年 431 11 1 1 0 44 29 11 157 .603 2136 523.1 441 37 178 5 20 465 4 1 174 164 2.82 1.18
  • 2022年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2014 中日 67 6 15 0 0 1.000
2015 63 4 15 1 1 .950
2016 62 4 5 0 1 1.000
2017 50 5 20 0 2 1.000
2018 40 2 6 0 0 1.000
2019 26 2 11 0 3 1.000
2020 26 3 7 0 1 1.000
2021 66 6 15 0 5 1.000
2022 ソフトバンク 31 1 8 0 0 1.000
通算 431 33 102 1 13 .993
  • 2022年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

NPB[編集]

初記録
投手記録
  • 初登板:2014年3月29日、対広島東洋カープ2回戦(ナゴヤドーム)、7回表に2番手で救援登板、2回無失点
  • 初奪三振:同上、7回表に石原慶幸から空振り三振
  • 初ホールド:2014年4月6日、対読売ジャイアンツ3回戦(ナゴヤドーム)、8回表に2番手で救援登板、1回無失点
  • 初勝利:2014年4月17日、対横浜DeNAベイスターズ3回戦(ナゴヤドーム)、9回表に5番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 初セーブ:2014年8月17日、対東京ヤクルトスワローズ18回戦(ナゴヤドーム)、9回表に4番手で救援登板・完了、1回1/3を無失点
  • 初先発登板:2017年4月13日、対東京ヤクルトスワローズ2回戦(明治神宮野球場)、8回2失点で勝敗つかず
  • 初先発勝利:2017年4月27日、対東京ヤクルトスワローズ5回戦(ナゴヤドーム)、7回無失点3奪三振
  • 初完投勝利・初完封勝利:2017年6月6日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(ZOZOマリンスタジアム)、9回4安打8奪三振
打撃記録
節目の記録
その他の記録

独立リーグでの投手成績[編集]












































2013 香川 1.64 24 13 4 0 2 2 1 131.1 521 94 2 101 29 6 31 24 4 0
通算:1年 1.64 24 13 4 0 2 2 1 131.1 521 94 2 101 29 6 31 24 4 0
  • 各年度の太字はリーグ最高

独立リーグでのタイトル・表彰[編集]

タイトル
  • 最多勝:1回(2013年)
表彰
  • チームMVP:1回(2013年)
  • 前期リーグMVP:1回(2013年)
  • ベストナイン:1回(投手部門:2013年)
  • 最優秀選手:1回(投手部門:2013年)
  • 月間MVP:1回(2013年9月)

背番号[編集]

  • 21(2013年)
  • 16(2014年 - 2021年)
    • 21(GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表)
  • 14(2022年 - )

登場曲[編集]

香川オリーブガイナーズ
中日ドラゴンズ

代表歴[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 亮文は琉球ブルーオーシャンズにも所属経験があるが、兄も琉球のマネジャーを務めた[3]
  2. ^ このほかに公式戦勝利を挙げていたリーグ在籍経験者は、ドラフトを経由しない外国人である広島東洋カープディオーニ・ソリアーノ(元高知長崎徳島)とオリックス・バファローズアレッサンドロ・マエストリ(元香川)、徳島にスポット(短期)参加した北海道日本ハムファイターズ多田野数人、NPB退団後にリーグを経てトライアウトで復帰した千葉ロッテマリーンズ山田秋親(元福岡)がいた。

出典[編集]

  1. ^ “ソフトバンクが又吉克樹投手の獲得を正式発表 背番号は「14」”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2021年12月17日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202112170000395.html 2021年12月18日閲覧。 
  2. ^ 沖縄初プロ野球球団 琉球ブルーオーシャンズ トライアウト合格者発表 (PDF)”. 琉球ブルーオーシャンズ (2019年11月20日). 2019年11月21日閲覧。
  3. ^ “元中日戦士 沖縄で奮闘中!新球団「琉球ブルーオーシャンズ」に亀沢恭平、杉山翔大、勝崎コーチも!”. 中日スポーツ. (2020年2月15日). https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/npb/news/CK2020021502100053.html 2020年2月18日閲覧。 
  4. ^ 大村沙亜子公式ツイッター2015年2月18日のツイート
  5. ^ a b c ソフトバンク又吉克樹のウソから始まった投手人生と仰天の出世物語。「横で投げたところなんて見たことがなかった」 - Sportiva・2022年4月22日
  6. ^ a b c 中日・又吉が歩んできた「裏街道」 タフネス右腕を作り上げた幾多の転機 スポーツナビ(週刊ベースボールONLINE) 2018年12月10日
  7. ^ a b 高校入学時は158cm…「マメ」と呼ばれた又吉克樹が“独立L出身のFA移籍第1号”になるまで《中日→ソフトバンクへ》 Number Web 2021年12月23日
  8. ^ 「おまえはただ投げているだけ」と言われた男が新人王候補に! ドラゴンズ・又吉克樹が持ち合わせた”強運” ベースボールチャンネル 2014年9月21日
  9. ^ a b c d 又吉克樹「てめえら、独立上がりの球を打てるのかよ」。独立リーグ出身としてのプライドと恩返しの思い - Sportiva・2022年4月22日
  10. ^ 高知県で行われた四国開催トライアウトについて”. 四国アイランドリーグplus (2012年12月8日). 2013年12月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年4月2日閲覧。
  11. ^ 四国アイランドリーグplusドラフト指名選手入団内定”. 香川オリーブガイナーズ (2012年12月13日). 2013年4月2日閲覧。
  12. ^ a b 2013年重大ニュース【前編】 - デイリースポーツ2013年12月18日(「アイランドリーガー伝」)
  13. ^ プロ野球ドラフト会議!”. 中日ドラゴンズ (2013年10月25日). 2013年4月2日閲覧。
  14. ^ 第186回 鍵山誠CEO「集大成の10年目へ」”. SPORTS COMMUNICATIONS (2013年11月19日). 2021年1月6日閲覧。
  15. ^ 【中日】2位又吉が年俸840万円仮契約”. 日刊スポーツ (2013年11月22日). 2021年12月28日閲覧。
  16. ^ 2013年 ドラフト入団選手 又吉 克樹”. 中日ドラゴンズ. 2021年12月28日閲覧。
  17. ^ 中日・又吉(元香川)、NPB初勝利”. SPORTS COMMUNICATIONS (2014年4月17日). 2021年7月22日閲覧。
  18. ^ 59年ぶり大記録 新人3投手同時初勝利”. 日刊スポーツ (2014年4月18日). 2021年12月25日閲覧。
  19. ^ 投票結果(最優秀新人) | 2014年 表彰選手”. 日本野球機構. 2021年7月22日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]