鍬原拓也

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鍬原 拓也
読売ジャイアンツ #46
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 奈良県橿原市
生年月日 (1996-03-26) 1996年3月26日(24歳)
身長
体重
178 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2017年 ドラフト1位
初出場 2018年5月31日
年俸 1,650万円(2020年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

鍬原 拓也(くわはら たくや、1996年3月26日 - )は、読売ジャイアンツに所属する奈良県橿原市出身(出生は岡山県玉野市)のプロ野球選手投手)。右投右打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

2人兄妹の長男で、岡山県玉野市で出生してから3歳までは、父方の苗字を名乗っていた。両親の離婚を機に、母方の苗字である「鍬原」姓へ変更するとともに、実母の実家がある奈良県橿原市へ実母・実妹と共に転居。築50年・家賃月額4,000円ほどの市営住宅で育った[2]

小学校3年時から野球を始める[3]と、中学生時代は「橿原磯城リトルシニア」に所属。2010年全日本中学野球選手権大会 ジャイアンツカップでは、1学年後輩の岡本和真などと共に、チームの準決勝に進出した[4]

両親の離婚後から母子家庭で育っていたため、中学校からの卒業後は、シニア関係者の勧めで福井県北陸高等学校に進学。特待生として硬式野球部の寮で生活しながら、1年時の夏からベンチ入りを果たすと、同年の秋季福井県大会でチームの準優勝に貢献した。3年夏の選手権福井大会初戦で15三振を奪ったほか、打者としても対外試合で通算22本塁打を放ったが、在学中には甲子園球場の全国大会とは無縁であった。

一時は大学への進学を諦めていたが、硬式野球部監督の谷津田伸二からの仲介で、谷津田の母校である中央大学へ進学。東都大学野球のリーグ戦では、1年時の春から3年時の春までクローザーを任された後に、3年時の秋から先発へ転向した。リーグ戦には、通算で44試合に登板。11勝13敗、防御率3.38、通算投球イニング165回で157三振を奪ったことから、「東都のドクターK」と称された。

2017年のNPBドラフト会議で、読売ジャイアンツ(巨人)から1巡目で指名。清宮幸太郎村上宗隆への指名重複による抽選で独占交渉権を逃した末の再々指名であったが、契約金1億円に出来高分5,000万円、年俸1,500万円(金額は推定)という条件で、岡本と再びチームメイトになった。入団当初の背番号は29。なお、指名の直前から『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』(TBSテレビ)スタッフの密着取材を受けていたため、会議当日の生放送には母子揃って出演。巨人と仮契約を結んだ直後には、女手一つで育てた実母への恩返しとして、「契約金でマンションの一室を買ってあげたい」という希望を明かした[2]

巨人時代[編集]

2018年には、右肘のコンディションが芳しくなかったことから、春季キャンプを三軍で過ごした[5]。5月31日の対北海道日本ハムファイターズ戦(東京ドーム)で、同期入団の大城卓三とバッテリーを組み、先発投手として一軍公式戦へデビュー。スタンドから実母に見守られながらの先発登板で、巨人の新人選手同士がバッテリーで一軍の公式戦に先発した事例は、1998年10月2日の対広島東洋カープ戦(広島市民球場)での平松一宏(投手) - 小田幸平(捕手)以来20年振りであった。この試合では4者連続を含む7三振を奪いながら黒星を喫した[6][5]が、3度目の先発登板であった6月14日の対福岡ソフトバンクホークス戦(福岡ヤフオク!ドーム)で初白星を挙げた[7]。7月上旬までは一軍の先発陣に加わっていたが、同月中旬に出場選手登録を抹消。抹消後の8月後半に左脇腹を痛めてからは、三軍で患部のリハビリに専念した[8]。一軍公式戦では、通算で6試合に登板。5試合で先発を任されれたものの、前述した1勝のみでシーズンを終えた。レギュラーシーズンにおけるチームの総セーブ数がNPB12球団で最少の25にとどまったことから、シーズン終了後の対外試合ではクローザーへの起用が試みられた[9]

2019年には、春季キャンプ[10]からオープン戦の途中まで一軍に帯同。一時はクローザー候補に挙げられていたが、前年と同じく、レギュラーシーズンの一軍公式戦初登板は5月下旬にまで持ち越された。一軍公式戦には、オール救援で15試合に登板すると、白星は付かなかったものの2ホールドを記録した。9月28日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)には、9回表1死二塁の局面から、大学の先輩に当たる代打・阿部慎之助申告敬遠に伴って代走に起用。この年で現役を引退した阿部にとってはレギュラーシーズンの公式戦最後の打席であったが、後続の打者が凡退したため無得点に終わった[11]。シーズン終了後の12月5日に、推定年俸1,650万円(現状維持)という条件で契約を更改。背番号を46へ変更することも発表された[12]

2020年には、春季キャンプのスタートを一軍で迎えながら、キャンプ中に二軍へ降格。オープン戦から一軍へ復帰する[13]と、レギュラーシーズンの開幕直前まで、先発候補として一軍に帯同した[14]。開幕からの一軍先発ローテーション入りは成らなかったものの、開幕直後の6月25日にシーズン初の出場選手登録[15]を果たすと、7月4日の対中日ドラゴンズ戦(東京ドーム)に救援で登板。先発の田口麗斗が3回表に急遽降板したことに伴う救援で、2回0/3を投げて3与四死球3失点と苦しみながらも、一軍公式戦としては2年振りの勝利を挙げた[16]

選手としての特徴[編集]

小学4年時から中学3年時の春までサイドスローだった[17]が、中学3年時の夏から、巨人2年目の2019年までスリークォーターで投げていた。もっとも、巨人への入団後2年間で一軍公式戦での白星が1勝にとどまったため、2019年の秋季キャンプからはサイドスローへ戻している[17]。それでも制球が安定しなかったため、2020年からは、スリークォーターとサイドスローの中間に相当する高さから腕を振るオリジナルの投球フォームに変更[13]

スリークォーターでは、ストレートで最速154 km/hを計測[18]スライダーシンカー、などの変化球を投げ分けていた[19]。最大の武器は、サイドスロー時代からの勝負球で、「中指と薬指を大きく開いたところにボールを挟んで、ボールを抜きながらひねる感覚で投げている」というシンカー。スリークォーターに転向してから、縦の方向に鋭く落ちるようになったという[20]。このシンカーは、オリジナルのフォームに変えてからも勝負球に使っていて、苗字(くわはら)にちなんで「クワボール」とも呼ばれている[13]

人物[編集]

  • 現在の苗字である「鍬原(くわはら)」は、「日本全国に約60人しかいない」という珍しい苗字[21]。名前の「拓也」は、木村拓哉の大ファンである実母が、「自ら道を切り拓いてほしい」との願いも込めて名付けた。
  • 橿原磯城リトルシニア時代のチームメイトだった岡本が、智弁学園高校3年時(2014年)の第86回選抜高等学校野球大会へ出場した際に、初戦を控えていた岡本に電話で「打てよ」と伝えた。岡本は、「第1打席でバックスクリーンに放り込みますから」と答えるとと、「3番・三塁手」としてスタメンに起用された三重高校との初戦の第1打席でソロ本塁打をマーク[22]。そのことを知った鍬原は、「本当に打ちよった……」と絶句したという。ちなみに、鍬原が巨人の投手として一軍公式戦初勝利を挙げたソフトバンク戦には、岡本も一塁手としてスタメンで出場。2点本塁打と適時打で鍬原を援護した[7]
  • 中央大学時代には、実母の好きな色(紫)のグラブに、「親孝行」という刺繍を入れていた。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2018 巨人 6 5 0 0 0 1 2 0 0 .333 123 27.2 23 6 17 0 3 35 2 0 22 21 6.83 1.45
2019 15 0 0 0 0 0 1 0 2 .000 80 19.0 17 4 4 0 2 16 1 0 11 10 4.74 1.11
NPB:2年 21 5 0 0 0 1 3 0 2 .250 203 46.2 40 10 21 0 5 51 3 0 33 31 5.98 1.31
  • 2019年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2018 巨人 6 0 2 0 1 1.000
2019 15 0 2 0 0 1.000
通算 21 0 4 0 1 1.000
  • 2019年度シーズン終了時

投手記録[編集]

打撃記録[編集]

  • 初打席:2018年5月31日、対北海道日本ハムファイターズ3回戦(東京ドーム)、3回裏に村田透から空振り三振

背番号[編集]

  • 29(2018年 - 2019年)
  • 46(2020年 - )

登場曲[編集]

  • 『ヒマワリ』E-girls(2018年 - )
  • 『BANG BANG BANG』BIGBANG(2018年)
  • 『Hula Hoop』OMI(2019年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 巨人 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2019年12月5日閲覧。
  2. ^ a b 巨人ドラ1鍬原 契約金1億円で母に家を買う 自分には「ちょっといいお肉」”. スポーツニッポン (2017年11月16日). 2019年11月10日閲覧。
  3. ^ 【巨人1位】最速152キロ右腕 中大 鍬原「東都のドクターK」”. スポーツニッポン (2017年10月26日). 2019年11月10日閲覧。
  4. ^ 巨人は外れ外れ1位で中大・鍬原を指名”. スポーツニッポン新聞社 (2017年10月25日). 2019年11月10日閲覧。
  5. ^ a b 巨人・鍬原拓也 出遅れ→復帰も、ぶち当たったプロのカベ/ルーキー中間報告”. 週刊ベースボール (2018年7月16日). 2019年11月10日閲覧。
  6. ^ 巨人鍬原プロ初黒星も母へ「いつか勝利球渡したい」”. 日刊スポーツ (2018年5月31日). 2019年11月10日閲覧。
  7. ^ a b c d 巨人ドラフト1位鍬原“3度目の正直”で待望プロ初勝利”. スポーツニッポン (2018年6月14日). 2018年6月14日閲覧。
  8. ^ 三軍調整の巨人鍬原、杉内からの金言胸に「頑張る」”. 日刊スポーツ (2018年9月16日). 2019年11月10日閲覧。
  9. ^ 巨人・鍬原 守護神候補に名乗り「やってやるぞという気持ち」”. スポーツニッポン (2018年11月12日). 2019年11月10日閲覧。
  10. ^ 巨人春季キャンプメンバー発表 ドラフト1位高橋は一軍スタート 上原、森福ら二軍”. スポーツニッポン (2019年1月21日). 2019年11月10日閲覧。
  11. ^ 巨人・阿部、レギュラーシーズン最終打席は申告敬遠 代走には中大後輩の鍬原”. スポーツニッポン (2019年9月28日). 2019年11月10日閲覧。
  12. ^ 巨人 鍬原、現状維持1650万円で更改 背番号29→46に「変わることは前向きなスタート」”. スポーツニッポン (2019年12月5日). 2019年12月5日閲覧。
  13. ^ a b c 巨人鍬原「クワボール」でローテ掴む 原監督も賛辞”. 日刊スポーツ (2020年3月14日). 2020年7月4日閲覧。
  14. ^ 巨人鍬原6月10日先発「反省生かし」開幕ローテ当確へ”. 日刊スポーツ (2020年3月14日). 2020年7月4日閲覧。
  15. ^ 巨人古川2回1失点二軍降格、鍬原が一軍昇格”. 日刊スポーツ (2020年3月14日). 2020年7月4日閲覧。
  16. ^ 巨人鍬原2年ぶり白星 3失点もプロ2勝目”. 日刊スポーツ (2020年7月4日). 2020年7月4日閲覧。
  17. ^ a b 巨人・鍬原“斎藤2世”へサイドスロー挑戦 2年わずか1勝右腕に原監督「代わり映えがしないと感じた」”. スポーツニッポン (2019年11月10日). 2019年11月10日閲覧。
  18. ^ “【巨人】鍬原、自己最速154キロ!3回3失点に反省初黒星”. 報知新聞社. (2018年4月27日). https://hochi.news/articles/20180427-OHT1T50051.html 2020年6月7日閲覧。 
  19. ^ “最速152キロのストレートやシンカーが武器のドラフト上位候補右腕 鍬原 拓也(中央大)”. 博報堂DYメディアパートナーズ. (2017年10月26日). https://baseballgate.jp/p/135549/ 2020年6月7日閲覧。 
  20. ^ 鍬原拓也、「巨人ドラフト1位」の運命をきり拓く男(2)
  21. ^ 鍬原拓也、「巨人ドラフト1位」の運命をきり拓く男
  22. ^ 第86回選抜高校野球大会1回戦 智弁学園 対 三重スコア速報

関連項目[編集]

外部リンク[編集]