福谷浩司

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福谷 浩司
中日ドラゴンズ #24
20140429 Kouji Hukutani, pitcher of the Chunichi Dragons, at Yokohama Stadium.JPG
2014年4月29日 横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県知多市
生年月日 (1991-01-09) 1991年1月9日(26歳)
身長
体重
183 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト1位
初出場 2013年6月8日
年俸 3,500万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

福谷 浩司(ふくたに こうじ、1991年1月9日 - )は、愛知県知多市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。現在は中日ドラゴンズに所属。

経歴[編集]

小・中・高時代[編集]

愛知県知多市出身[2]。知多市立新田小学校1年から少年野球チーム「北巽ユニオンズ」で投手として野球を始める。知多市立東部中学校時代は名古屋緑シャークスボーイズに所属。3年時は主将で主に遊撃手として活躍した。地元の強豪私学からの誘いもあったが、文武両道を目標とする本人の意向で地元の横須賀高校に進学。1年春からベンチ入りし、4番エースであった。

2年冬に愛知県選抜で日米親善高校野球中川大志桜丘高校楽天)、小川泰弘成章高校ヤクルト)らと共に参加し、副主将を務めた。初戦に先発するも3回6失点、2試合9失点の結果に終わる。3年夏の大会、愛知県予選初戦桜丘戦にはプロ8球団のスカウトマンが集結、中川との4番エース対決が注目を集めたが、0-6で敗戦する。打者としての中川を1安打に抑えるも、投手中川には3三振を喫し3安打完封負け。高校通算20本塁打超、投げては最速145km/hを記録し、プロ志望届を提出したが指名漏れとなった[3]。最高成績は2年夏の県大会4回戦で甲子園出場経験は無し。

学年トップクラスの学力を持ち、AO入試慶應義塾大学理工学部現役合格を果たす[4]

大学時代[編集]

慶應義塾体育会野球部時代(2012年)

大学進学・野球部入部後は、1年秋から東京六大学リーグ戦に出場し、対立教大2回戦でデビュー。2回打者6人に無安打2奪三振。2年春に先発、救援で10試合に登板し活躍。優勝に貢献し頭角を現す。秋は防御率1.32(2位)で5勝を挙げベストナインを受賞するも、[5]早大とのプレーオフで敗れ優勝はならず。

3年春に最優秀防御率0.59で絶対的守護神として活躍、勝ち点5での完全優勝を達成。対早稲田大戦で155km/hを記録。3年秋は武器である真っすぐが走らず1勝2敗、防御率2.60と不振に終わる。

4年春も右内転筋痛により出遅れ、主に救援起用。対立教大戦で初先発も自責点2、続く対早稲田大1回戦も自責点3も延長逆転勝利。勝ち星はなし。4年秋は10試合すべて救援登板で、自責点3、防御率1.04で勝敗なし。規定投球回ギリギリで防御率2位。

全日本大学野球選手権大会には2年春(4強)3年春(準優勝)に出場。防御率1.71、被安打率8.20、奪三振率 8.20、四死球率2.05の結果を残している。

2年春は桐蔭横浜大学東明大貴との投手戦を制し、4安打11奪三振1失点完投で初戦突破。3年春は決勝で東洋大学藤岡貴裕と投手戦を繰り広げ、福谷は9回までに10安打1失点の力投を見せたが、延長10回裏1死一塁からサヨナラ2ランを浴び優勝を逃した[6]。国際大会には3年夏の日米大学野球に参加し、2試合3回2/3を4安打1失点。

東京六大学リーグでの成績は通算63試合に登板し、225回1/3、10先発5完投、41救援、9勝5敗、182奪三振、防御率1.80[7]

2012年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議で、中日ドラゴンズより1巡目指名を受け、契約金推定1億円プラス出来高5000万円、年俸推定1500万円で契約した[8]。背番号は前年まで英智が着用した「24」に決定した。

中日時代[編集]

2013年肉離れ(後述参照)のためのリハビリの影響により、開幕から長期離脱を余儀なくされる。怪我が回復した6月8日に一軍登録され[9]6月9日に一軍初登板を果たし、1イニングを三者凡退に抑えた。6月16日の対千葉ロッテマリーンズ戦で2/3回を投げて4失点、敗戦投手になるなど7月7日に一軍登録を抹消。

2014年は開幕より一軍ベンチ入りを果たし主に試合終盤におけるセットアッパーとして起用され、岩瀬仁紀の負傷離脱後はクローザーを任される。8月6日にプロ入り初セーブを挙げ、9月21日には2イニングを投げプロ入り初勝利を挙げるなど、前年のルーキーイヤーを大幅に上回る成績を収めた。

2015年7月16日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出された事が発表された[10]。同年オフ(11月30日)に名古屋市内のホテルで行われた選手納会にて、来季より選手会副会長を務めることが発表された[11]

選手としての特徴[編集]

オーバースローから最速157km/h[12]のストレートとスライダーチェンジアップを投げる[13]。大学時代までは、比較的制球がまとまっていたが、プロ入りしてからは制球力の低さが課題となっている。

人物[編集]

3年春には守護神として優勝に貢献、防御率0.59を記録し、最優秀防御率のタイトルを獲得した。なお、この活躍が評価され、慶應義塾大学理工学部生の範となる活躍をした学生に贈られる「藤原賞」を受賞した[14][15]

慶応義塾大学・江藤省三監督に「勉強が7、野球が3と言っていた。学者が野球をやっているイメージ」と言わせるほど。履修科目の成績は全て「A」だったという[16]。画像工学の研究室に所属、卒業論文のテーマは自身の投球フォームを解析した「投球動作における球の出所の見づらさの定量化」(「野球の中に混在するあいまいさの定量化」より変更)であった[17][18]

具体的には、球の出所の見づらさの画像研究でリリースの瞬間が見づらい投手として福谷が〝研究対象〟としたのがヤクルトの成瀬善久。モニター上で肩・肘・手首の位置をマーキングして、フォームを解析し、結論として出したのは「体の回転幅を抑えることが〝見づらさ〟につながる」というものである。[19]

入団直後の2012年12月中旬に視力矯正レーシック手術を受け、右目0.04、左目0.05だった視力が両目とも2.0にまで回復した。指名当日に高木守道監督が春季キャンプ1軍スタートを明言するなど、最速155km/h右腕に対する期待は高い。しかし、昨年3月にした右足内転筋の肉離れが再発し、精密検査とリハビリの為、沖縄キャンプを離脱した[20]

2013年シーズン終了後、球団によってニックネームを公募することになり、11月30日のファン感謝デーにおいて3つの最終候補の中から、ファン投票によって「福やん」に決定した[21]

2016年3月3日に名古屋市在住の27歳の幼稚園教諭と婚姻届を提出したと発表した。[22]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2013 中日 9 0 0 0 0 0 1 0 3 .000 36 7.1 8 1 7 1 0 4 0 0 6 6 7.36 2.05
2014 72 0 0 0 0 2 4 11 32 .333 298 74.2 54 2 26 0 1 72 4 2 15 15 1.81 1.08
2015 42 0 0 0 0 3 4 19 4 .429 176 40.0 38 3 20 0 3 25 3 0 19 18 4.05 1.45
2016 41 0 0 0 0 1 2 8 8 .333 171 40.0 45 6 9 0 2 23 5 0 18 18 4.05 1.35
通算:4年 164 0 0 0 0 6 11 38 47 .353 681 162.0 145 12 62 1 6 124 12 2 58 57 3.17 1.28
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はそのシーズンにおけるリーグ最高

記録[編集]

投手記録

その他の記録

背番号[編集]

  • 24 (2013年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 中日 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月25日閲覧。
  2. ^ 福谷 目標は同郷・知多市出身の浅尾:2012/10/26”. sponichi Annex 野球. 2013年2月13日閲覧。
  3. ^ 【中日1位】福谷浩司 慶大理工学部の155キロ右腕は即戦力守護神の期待大:2012/10/25”. sponichi Annex 野球. 2013年2月13日閲覧。
  4. ^ ◆合格体験記 福谷浩司(横須賀高校出身)理工学部 2009年度入学 AO入試 現役”. Keio baseball 慶應義塾体育会野球部. 2013年2月14日閲覧。
  5. ^ 2010年 秋季リーグ戦ベストナイン”. 東京六大学野球連盟. 2013年2月14日閲覧。
  6. ^ 2011年 全日本大学野球選手権 東洋大学優勝:2011/6/28”. youtube. 2013年2月13日閲覧。
  7. ^ 福谷浩司 リーグ戦・選手個人通算成績 - 東京六大学野球連盟
  8. ^ 中日1位・福谷 “学者引退”宣言「これからは野球だけ」:2012/11/20”. sponichi Annex 野球. 2013年2月13日閲覧。
  9. ^ 中日ドラ1福谷 1軍初合流!中継ぎデビュすすーへ:2013/6/8”. sponichi Annex 野球. 2013年12月9日閲覧。
  10. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧
  11. ^ 中日大野が新選手会長「明るく、強いチームを作る」 - 日刊スポーツ(2015年11月30日19時29分)
  12. ^ 福谷、中日最速157キロでプロ初星”. デイリースポーツ online 野球 (2014年9月22日). 2015年8月15日閲覧。
  13. ^ “MAX155キロの「投げる研究者」”. 週刊ベースボール速報. http://column.fp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=001-20121112-04&uid=NULLGWDOCOMO 2015年8月15日閲覧。 
  14. ^ 「藤原賞」は王子製紙の初代社長で米内内閣で商工大臣などをつとめた貴族院議員・藤原銀次郎が慶應義塾大学理工学部の前身となる藤原工業大学を創設し、藤原科学財団に1億円を寄贈し、設けられた賞である。
  15. ^ 義塾の豪腕、地元に錦! 福谷浩司投手(理4)中日ドラゴンズから1位指名!!:2012/10/26”. SFC.CLIP. 2013年2月13日閲覧。
  16. ^ 中日1位・福谷は成績オールAの理系右腕:2012/10/25”. Sanspo.com. 2013年2月13日閲覧。
  17. ^ 【プロ野球】何時間でも野球の話ができるインテリジェンスな剛腕、中日・福谷浩司:2012/12/14”. Web Sportiva. 2013年2月13日閲覧。
  18. ^ 慶大・福谷、学会ドキドキ指名にワクワク”. 日刊スポーツ (2012年10月23日). 2017年2月15日閲覧。
  19. ^ “[http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34481 IQ豪腕〟福谷浩司(慶大理工→中日ドラ1)の卒論は「球の見づらさ研究」だって
    2013/1/3]”. 現代ビジネス/2013年1月4日号フライデーより. 2013年2月13日閲覧。
  20. ^ 福谷らがキャンプ離脱:2013/2/22”. Sports navi. 2013年2月22日閲覧。
  21. ^ 中日福谷 ニックネーム「ふくやん」に決定日刊スポーツ 2013年12月1日付
  22. ^ 中日・福谷結婚!お相手は幼稚園の先生「精神的にサポートしてくれた」:2016/3/12”. スポニチ. 2013年3月12日閲覧。
  23. ^ 中日福谷、緊急登板プロ初S「複雑です」 - 『nikkansports.com』(日刊スポーツ)プロ野球ニュース 2014年8月7日0時25分
  24. ^ 中日福谷プロ初勝利 魂の39球 - 『nikkansports.com』(日刊スポーツ)プロ野球ニュース 2014年9月22日7時47分

関連項目[編集]

外部リンク[編集]