中村晃 (野球)

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中村 晃
福岡ソフトバンクホークス #7
HAWKS60-NAKAMURA.jpg
2013年9月29日 福岡ヤフオク!ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県朝霞市
生年月日 (1989-11-05) 1989年11月5日(27歳)
身長
体重
175 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 左翼手右翼手一塁手
プロ入り 2007年 高校生ドラフト3巡目
初出場 2011年5月3日
年俸 1億5,000万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本代表
プレミア12 2015年

中村 晃(なかむら あきら、1989年11月5日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手外野手内野手)。

経歴[編集]

埼玉県朝霞市生まれ[2] 。小学校2年生で野球を始めた。当時は内野手兼投手だったが、同級生に大田阿斗里横浜ベイスターズに入団)や垣ヶ原達也(青学大日立製作所)といった好投手がおり、投手としての自分に限界を感じて野手を志したという。子どもの頃は埼玉西武ライオンズのファンだった[3]

帝京高等学校入学後1年夏からベンチ入り。1年秋から「不動の4番打者」に君臨して[2][4]、2年夏から3季連続で甲子園に出場[5]。2年秋からは主将を務め、高校通算本塁打は60本を記録した[6][5]。3年夏の甲子園では15打数で7安打を記録[5]。監督の前田三夫曰く、「下級生が4番に座ることに対して不平不満を誰もいわないくらいに勝負強かった」という[4]

2007年の高校生ドラフト福岡ソフトバンクホークスの3巡目指名を受け、同年10月22日に契約金5000万円、年俸600万円(いずれも推定)で仮契約した。担当スカウトは作山和英[7]

プロ入り後[編集]

2014年10月29日日本選手権シリーズ第4戦10回裏サヨナラ3点本塁打を打つ

帝京高監督の前田三夫の方針により一塁を守っていたが、自身の強肩・俊足を生かすためか、本人の意向でプロ入りに際し外野手へと転向した。目標の選手として、当時のチームメイトで同じ左投左打の外野手である柴原洋大村直之の名前を挙げている。

2008年10月13日のフェニックスリーグの対読売ジャイアンツ戦で監督の秋山幸二が視察した際に、推定飛距離120メートルの特大アーチを放った[8]

2010年は、台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップ日本代表に選出された。

2011年は、長谷川勇也の不調やホセ・オーティズ松中信彦の故障でチャンスがめぐってくる。5月3日に一軍に初招集されると即日に代走で初出場。10日には8番左翼手で初スタメン出場し、寺原隼人から初安打、初打点。さらに同じ回に3盗を決め初盗塁。川﨑宗則の安打で初得点、さらにはその後も2安打を放ち初の猛打賞を記録した。

2012年は、初の開幕一軍スタート。一軍では思うような結果を残すことができなかったが、自己最多の39試合に出場した。二軍では首位打者と最高出塁率の二冠を達成した[6]

2013年は、オープン戦で.305の高打率を残し、開幕一軍を手にした。3月31日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦の5回、代打で迎えたシーズン初打席でショートゴロを打ち、一塁にヘッドスライディングした際に右手小指を骨折し[6]、戦線離脱を余儀なくされた。それでも5月半ばに復帰すると、優れた選球眼、バットコントロール、高い出塁率[9]を評価され1番打者に定着。チームの交流戦優勝に大きく貢献した。結果的には自身初めて規定打席に到達し、打率.307(リーグ7位)、出塁率.392(同4位)の好成績を残した[10]

オフの11月には、台湾で行われた「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された[11]

2014年は、3、4月は月間打率.286だったが、5月.299、6、7、8月と夏場にさしかかって三カ月連続で月間打率3割をキープした[12]。開幕からレギュラーを務め自己最多の143試合に出場し、主に一番打者(99試合)として活躍した。176安打で初の最多安打タイトルを獲得するなど[13]、75得点(リーグ5位)、4三塁打(同8位)、59四球(同10位)、出塁率.375(同9位)などの好成績を残し、チームの優勝に大きく貢献した。阪神タイガースとの日本シリーズ第4戦では10回裏呉昇桓からサヨナラ3ラン本塁打を放った[14]日米野球2014日本代表に選出されたが[15]、怪我のため出場辞退した[16]。11月30日に背番号を7に変更することが発表された[17]

2015年は打率.300(リーグ5位)、152安打(同5位)、66四球(同7位)、出塁率.386(同6位)、得点圏打率.375(120打数45安打、同2位)などの好成績を残し、チームのリーグ2連覇に大きく貢献した。

また、7月16日に第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出され[18]、9月10日に第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出され[19]たが、日本代表最終ロースター28名には選出されなかった。しかし、11月1日に内川聖一の代わりに日本代表に選出された[20]

2016年開幕前の2月15日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表26名に選出されたことが発表された[21]。このシーズンは、打率は(レギュラー定着後としては自己最低の).287にとどまったが、BB/Kがリーグ1位の「1.87」を記録したこともあり、出塁率はリーグ3位の.416であった。オフの10月31日に辞退した柳田悠岐の代替選手として「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に追加招集された[22]。高い出塁能力が評価されたこともあり、12月13日、3000万円アップの1億5000万円で契約を更改[23]

選手としての特徴[編集]

中村晃の打撃フォーム

打撃[編集]

帝京高校時代は1年秋から4番に君臨して、高校通算60本塁打を放つ強打者であったが、高校時代の恩師である前田三夫曰く、高校時代から「長打を打つだけではなく、場面に応じて逆方向に打ったりバントを厭わない、チームバッティングができる打者」であったという[4]。また、スポーツライターの安倍昌彦は、高校時代から既に「バットの真っ芯で捉える」「インパクトの一瞬に全身の力を集中させる」「“決めた1球”を決して逃さない」技術を併せ持つ稀有な打者であったと高く評価している[24]

プロ入りにあたって、「高校生のときはホームラン打者でしたが、プロでは首位打者を獲れるような打者になりたいです」と述べている[5]。監督として指導した秋山幸二は「技術屋」[25]王貞治は「打撃職人」[26]と、それぞれ高く評価している。

高い打撃技術の中でも、選球眼や粘り強さに特に優れており[27]、本人も選球眼の向上や出塁率に強いこだわりを持っているとのこと[28]。本人曰く、「ボールがしっかり見えているかどうか(を大切にしている)。そうすればボール球を見極められて、手を出すことは少なくなる」とのことである[28]。特に「BB/K」(四球と三振の割合から打者の選球眼を見る指標)は、2015年(1.40)、2016年(1.87)と、2年連続でリーグ1位の成績であり、2016年シーズン終了時点では、通算でも「1」を上回っている。また、バットコントロールは「類稀なる」と評価されるほどであり[27]、一例として2016年シーズンを挙げると、コンタクト率(スイングに対してバットが当たった割合)が「93.5%」(リーグ1位)、ボールゾーンスイング率が「19.5%」(リーグ2位)、「PA/K」(1三振までに掛かる打席数)が「11.55」(リーグ1位)と、選球能力の高さが指標で示されている[27][29]。打球方向の40%以上が左方向であるスプレーヒッターである[注 1]

斉藤和巳は、「相手投手にとって本当に嫌な存在だったと思います。弱点がないですから、ピッチャーはどこに投げていいのかわからないですね」と高く評価している[30]。状況判断能力や出塁能力に優れることから、チーム状況に応じて複数の打順で起用されることが多く、例えば2016年シーズンは、「1番(25試合)、2番(2試合)、3番(19試合)、5番(9試合)、6番(39試合)、7番(49試合)」と、6つの打順で起用された[27]

走塁・守備[編集]

先述のように、粘り強さや選球眼を持ち味とする打撃が特徴として述べられることが多いが、守備の評価も高い。帝京高校時代は、左利きであることやチーム事情もあり、一塁手が定位置であったが、前田曰く、入学当時から「天性のハンドリング」を誇っていたという[4]。プロ入り後は左翼手右翼手としての出場が多いが、2016年のRF(レンジファクター)は「2.08」(外野手としてリーグ3位)であり、広い守備範囲の持ち主である[31]。外野手部門で3度のゴールデングラブ賞受賞歴がある柴原洋は「打撃がクローズアップされるけど、もともと守備のうまさはある。スローイングもブレがなくなってきた。ゴールデングラブ賞も取れる」と評価している[32]

打撃、守備の両面において全力疾走を怠らない[26]

人物[編集]

前田が「野球に対する姿勢が素晴らしくストイック」と称賛するように、人一倍の努力家であり、シーズン中の休日返上練習や年末の(ヤフオクドームでの)「一人自主トレ」が話題になることが少なくない[4][33]ほか、2016年の契約更改では、ヤフオクドームでのライブ(コンサート)開催時に練習ができないことへの改善要望に交渉時間の多くを費やしたことが話題になった[34]。なお、年明けは母校(帝京高校)での自主トレが恒例であるという[4]

目標とする選手は岩村明憲(当時タンパベイ・レイズ所属)[5]

チームメートの柳田悠岐千賀滉大石川柊太らと同様に、ももいろクローバーZのファン(モノノフ)である。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2011 ソフトバンク 33 52 48 6 8 1 0 0 9 2 4 0 4 0 0 0 0 11 0 .167 .167 .188 .354
2012 39 63 57 6 13 2 0 0 15 3 2 2 2 1 3 0 0 5 0 .228 .262 .263 .525
2013 109 492 427 77 131 22 2 5 172 44 7 9 2 2 54 1 7 59 12 .307 .392 .403 .795
2014 143 638 571 75 176 22 4 4 218 61 10 2 3 2 59 2 3 61 4 .308 .375 .382 .757
2015 135 590 506 58 152 22 0 1 177 39 7 4 9 3 66 0 6 47 7 .300 .386 .350 .735
2016 143 612 488 69 140 21 1 7 184 50 6 5 9 4 99 4 12 53 8 .287 .416 .377 .793
通算:6年 602 2447 2097 291 620 90 7 17 775 199 36 22 29 12 281 7 28 236 31 .296 .384 .370 .754
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



一塁 外野
























2011 ソフトバンク 9 15 1 0 2 1.000 15 32 1 0 1 1.000
2012 14 96 10 0 6 1.000 15 4 1 0 0 1.000
2013 69 445 24 7 35 .985 65 79 5 0 2 1.000
2014 81 468 21 1 29 .998 100 146 5 1 1 .993
2015 55 306 25 3 20 .991 105 145 4 1 0 .993
2016 14 66 4 0 7 1.000 137 282 3 3 0 .990
通算:6年 242 1396 85 11 99 .993 437 688 19 5 4 .993
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 60 (2008年 - 2014年)
  • 7 (2015年 - )

登場曲[編集]

[35]

代表歴[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 一例として、2016年シーズンは、左方向への打球が43.5%、右方向への打球が37.9%である。

出典[編集]

  1. ^ 中村晃、本拠地使わせて イベントで今月半分使えず”. 西日本新聞. 2016年12月22日閲覧。
  2. ^ a b “ソフトB中村が7回決勝の貯金1打”. ニッカンスポーツ. (2013年7月10日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20130710-1154924.html 2013年7月10日閲覧。 
  3. ^ 2014/12/23付 日刊スポーツ
  4. ^ a b c d e f 第11回 中村晃選手 「勝負強く、ストイックで、器用さもあり理想的な野球選手だった」”. 高校野球ドットコム. 2016年12月22日閲覧。
  5. ^ a b c d e 『月刊ホークス』2008年2月号、P12
  6. ^ a b c 週刊ベースボール2013年9月9日号、P103-P105
  7. ^ 2007/10/12付 西日本スポーツ
  8. ^ プロ野球選手カラー名鑑2009 日刊スポーツ出版社、2009年、P95
  9. ^ 月刊ホークス2013年12月号、P10
  10. ^ “侍J・小久保監督がソフトB視察!中村&今宮代表入りへ”. サンケイスポーツ. (2013年10月23日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20131023/npb13102305020002-n1.html 2013年10月23日閲覧。 
  11. ^ 2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ トップチーム 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト 2015年3月30日閲覧
  12. ^ 福岡ソフトバンクホークス優勝記念号週刊ベースボール10月31日号増刊,P72
  13. ^ 中村が最多安打 初タイトル獲得読売新聞2014年10月8日
  14. ^ 中村サヨナラ弾!ソフトバンク福岡で胴上げだ 日刊スポーツ 2014年10月30日
  15. ^ 2014年10月9日 侍ジャパン「2014 SUZUKI 日米野球」出場選手発表! 侍ジャパン公式サイト (2014年10月9日) 2015年3月26日閲覧
  16. ^ “侍ジャパントップチーム 追加招集選手のお知らせ”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト. (2014年11月9日). http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20141109_1.html 2014年11月9日閲覧。 
  17. ^ 背番号の変更について 福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルサイト 2014年11月30日閲覧。
  18. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧
  19. ^ 「WBSC世界野球プレミア12」侍ジャパントップチーム候補選手45名を発表 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年9月10日) 2015年9月20日閲覧
  20. ^ 侍ジャパントップチーム、出場選手変更のお知らせ野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト 2015年11月1日配信
  21. ^ 3月開催の侍ジャパン強化試合、出場26選手発表! 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2016年2月15日) 2016年2月17日閲覧
  22. ^ 侍ジャパン強化試合 出場選手変更のお知らせ 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月31日) 11月4日閲覧
  23. ^ 中村晃、本拠地使わせて イベントで今月半分使えず”. 西日本新聞. 2016年12月22日閲覧。
  24. ^ “高校球児・中村晃”は邪険だった。それでも周囲に愛される、素の男。”. Number Web. 2017年1月15日閲覧。
  25. ^ 「技術屋、迷い消えた一打 ソフトバンク・中村晃」『朝日新聞』2013年8月25日
  26. ^ a b ソフトバンクの打撃職人・中村晃 王会長も絶賛する“粘り””. 週間ベースボールonline. 2016年12月22日閲覧。
  27. ^ a b c d ホークスV逸も高評価で1億5000万円到達 中村晃“リーグ屈指”の貢献度とは”. Full-Count. 2016年12月27日閲覧。
  28. ^ a b 中村晃、出塁率4割が自分の役割。強力ソフトバンク打線を支える男の哲学”. ベースボールチャンネル. 2017年2月8日閲覧。
  29. ^ 『ベースボール・タイムズ』vol.29(2016年冬号)、83頁。
  30. ^ ホークスOB・斉藤和巳が語る「3年ぶりVの立役者」web Sportiva 2014年10月3日
  31. ^ ずば抜けた守備力を誇る西武・秋山。データから今季のゴールデングラブ賞を予想【パリーグ】”. ベースボールチャンネル. 2016年12月22日閲覧。
  32. ^ 中村晃ゴールデングラブ目標 西日本スポーツ、2016.12.1
  33. ^ ソフトバンク中村晃ヤフオク1人練習「寂しかった」”. 日刊スポーツ. 2016年12月22日閲覧。
  34. ^ 中村晃、本拠地使わせて イベントで今月半分使えず”. 西日本新聞. 2016年12月22日閲覧。
  35. ^ チーム情報 球場使用曲一覧”. 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト. 2017年6月4日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]