松本剛 (野球)

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松本 剛
北海道日本ハムファイターズ #12
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県川口市
生年月日 (1993-08-11) 1993年8月11日(24歳)
身長
体重
181 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手外野手
プロ入り 2011年 ドラフト2位
初出場 2013年10月4日
年俸 650万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

松本 剛(まつもと ごう、1993年8月11日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属する埼玉県川口市出身[2]プロ野球選手内野手外野手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

川口市立青木北小学校1年生の時に「青木サンガース」で野球を始めると、青木中学校時代には陸上部に所属[2]。400メートル走の選手として埼玉県内の陸上大会で優勝した[3]一方で、硬式野球チーム「川口リトル」のメンバー[2]として、世界大会での準優勝を経験している[4]

帝京高校への進学後は、1年生の春からベンチ登録を果たす[2]と、夏の選手権全国大会では、「8番(または9番)・遊撃手」として全3試合でスタメンに起用。通算で打率.200(10打数2安打)と2盗塁を記録した[5]。2年春の選抜大会では、「6番(または7番)・遊撃手」として全3試合にスタメンで出場すると、通算で打率.300(計12打数4安打)と1盗塁をマーク[6]。2年秋の大会後から主将を務めた[7]。3年夏の選手権では、東東京大会で通算打率.593(27打数16安打)、3本塁打、12打点という好成績で、チームを2年振り12度目の全国大会出場に導いた[8]。全国大会では、「4番・遊撃手」として全2試合にスタメンで出場。花巻東高校との1回戦では、後に北海道日本ハムファイターズでチームメイトになる大谷翔平投手から決勝の適時打[9]八幡商業高校との2回戦では先制の本塁打を放つ[10]など、通算打率.444(9打数4安打)、1本塁打、4打点、1盗塁という成績を残した[11]。ちなみに、在学時の同級生に伊藤拓郎がいた。

2011年のNPBドラフト会議で、内野手として日本ハムから2巡目で指名[12]。契約金6,000万円、年俸600万円(金額は推定)という条件[13]で入団した。背番号は12[14]。なお、この会議では、投手の伊藤も横浜ベイスターズから9巡目で指名。後に入団している。

プロ入り後[編集]

2012年には、高卒の新人野手ながら、イースタン・リーグ公式戦でチームトップの103試合に出場。リーグの最終規定打席へ到達するとともに、リーグ21位の打率.225、1本塁打、29打点という成績[15]を残した。しかし、リーグの遊撃手としては最も多い28失策を記録する[16]など守備が安定せず、一軍公式戦への出場には至らなかった。

2013年には、イースタン・リーグ公式戦57試合に出場すると、打率.254、3本塁打、16打点を記録した[17]10月4日には、札幌ドームの対福岡ソフトバンクホークス戦に、「8番・三塁手」としてスタメンで一軍公式戦にデビュー[18][19][20]。その後も1試合に出場したが、通算5打数無安打2三振という成績でシーズンを終えた。

2014年には、イースタン・リーグ公式戦92試合に出場。2年振りに最終規定打席へ到達するとともに、リーグ18位の打率.242、3本塁打、29打点を記録した[21]。その一方で、二塁手としてリーグ最多の12失策をマーク[22]。一軍公式戦への出場機会もなかった。

2015年には、内野手登録のまま、外野手としてのプレーも開始。イースタン・リーグ公式戦で開幕から3割を超える打率を記録するなど打撃が好調だったことから、一軍のレギュラー中堅手だった陽岱鋼のバックアップ要員として、4月7日に自身2年振りの一軍昇格を果たした[23]4月17日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(楽天Koboスタジアム宮城)9回表に、代打で一軍初安打を記録[24][25]。一軍公式戦通算では、11試合の出場で打率.182(11打数2安打1二塁打)を記録したほか、2試合で内野、3試合で外野の守備に就いた[26]。また、イースタン・リーグ公式戦では、77試合の出場で2年続けて最終規定打席に到達。チームトップ(リーグ4位)の打率.285、6本塁打、37打点という好成績を残している[27]

2016年には、「2番・中堅手」としてスタメンに起用された4月15日の対千葉ロッテマリーンズ戦(札幌ドーム)2回裏1死満塁からの2点適時打によって、一軍での初打点をマーク[28][29]。翌16日の同カード4回裏に一軍初の盗塁(二盗)を成功させた[30]ほか、一軍公式戦通算12試合の出場で打率.238、2打点を記録した。また、イースタン・リーグ公式戦では、81試合の出場で3年続けて最終規定打席に到達。チーム2位(リーグ9位)の打率.263、4本塁打、25打点を挙げている[31]

2017年には、4月23日にシーズン初の出場選手登録を果たすと、当日の対埼玉西武ライオンズ戦(メットライフドーム)から外野手(主に右翼手)としてスタメンに起用[32]。「2番・右翼手」として出場した25日の対ソフトバンク戦(北九州市民球場)では、3回表の打席で一軍初本塁打を千賀滉大からの3点本塁打で記録するなど、2本塁打4打点と活躍した[33]。さらに、セ・パ交流戦の中盤からは、内野手登録のまま外野のレギュラーに定着。交流戦の首位打者を丸佳浩広島東洋カープ)と争った末に、パシフィック・リーグ加盟球団の交流戦規定打席到達者ではトップ(全12球団では丸に次ぐ2位)の打率.396を記録したことから、丸と共に日本生命賞を受賞した[34]。日本ハム所属の選手からは、前年の大谷に続く受賞であった[35]

選手としての特徴[編集]

高校時代には、対外試合で通算33本塁打を記録。2年時の秋までは10本塁打だったが、冬場に肉体改造へ徹した結果、3年時の1年間で23本塁打を放った[3]。もっとも、3年時の夏には、「自分は長距離打者ではなく中距離打者」とコメント[3][9]。その一方で、在学中に50メートル走で最速6秒1のタイムを計測したほどの俊足の持ち主でもある[13]

日本ハムへの入団後は、イースタン・リーグで2度にわたってシーズン最多失策を記録するなど、内野守備で課題を露呈。入団4年目の2015年からは、持ち前の打力や俊足を生かすために、公式戦でもっぱら外野を守っている[33]

人物[編集]

日本ハム入団1年目の2012年から一軍監督を務めている栗山英樹は、監督就任の前年まで野球解説者の立場から『熱闘甲子園』(朝日放送テレビ朝日共同制作)のナビゲーターを務めていた縁で、松本を帝京高校の1年時から取材。3年夏の選手権全国大会で同校が敗退した直後には、松本への激励を込めたメッセージを、同番組の公式ブログに投稿していた[13]

真摯にして優しい人柄で、日本ハムでは、先輩・後輩を問わずチームメイトからの信望が厚い。大谷が入団した2013年以降は、春季キャンプや自主トレーニングで、大谷の守備・打撃練習を積極的にサポート。2014年1月の自主トレーニング期間中に成人式へ出席するために地元の川口市へ帰省した際には、成人式後の同窓会を途中で退席してまで、翌朝に控えていた当時の先輩内野手・金子誠との合同練習への参加を優先した[33]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2013 日本ハム 2 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2015 11 14 11 2 2 1 0 0 3 0 0 0 2 0 1 0 0 5 0 .182 .250 .273 .523
2016 12 22 21 1 5 1 0 0 6 2 1 0 1 0 0 0 0 5 0 .238 .238 .286 .524
通算:3年 25 41 37 3 7 2 0 0 9 2 1 0 3 0 1 0 0 12 0 .189 .211 .243 .454
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

内野守備

一塁 二塁 三塁





















2013 - - 2 2 6 0 1 1.000
2015 - 1 0 1 0 0 1.000 1 0 1 0 0 1.000
2016 1 1 0 0 0 1.000 1 0 0 0 0 ---- -
通算 1 1 0 0 0 1.000 2 0 1 0 0 1.000 3 2 7 0 1 1.000
外野守備

外野







2015 3 4 0 0 0 1.000
2016 8 10 0 0 0 1.000
通算 11 14 0 0 0 1.000
  • 2016年度シーズン終了時

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 12 (2012年 - )

脚注[編集]

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  1. ^ 日本ハム - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年12月1日閲覧。
  2. ^ a b c d ハムドラ2松本 遊撃一本で金子誠超えだ 日刊スポーツ 2011年11月2日紙面から
  3. ^ a b c 【日本ハム2位】松本剛 肉体改造で通算33本塁打 それでも「僕は中距離打者」 スポニチ Sponichi Annex 2011年10月27日掲載
  4. ^ 【日本ハム】ドラ2松本が地元川口市訪問 日刊スポーツ 2011年12月16日掲載
  5. ^ 第91回高校野球選手権 8月16日第2試合結果8月19日第4試合結果8月22日第1試合結果 スポニチ Sponichi Annex
  6. ^ 第82回選抜高校野球 3月26日第2試合結果3月30日第1試合結果3月31日第3試合結果 スポニチ Sponichi Annex
  7. ^ 帝京・伊藤“大人の投球”/東東京大会 日刊スポーツ 2011年7月16日紙面から
  8. ^ 帝京・松本32号「完璧」/東東京大会 日刊スポーツ 2011年8月1日紙面から
  9. ^ a b 帝京“怪物”大谷退治/夏の甲子園 日刊スポーツ 2011年8月8日紙面から
  10. ^ 先制本塁打で殊勲、最終回に悪夢 帝京・松本剛主将 朝日新聞デジタル 2011年8月14日掲載
  11. ^ 第93回高校野球選手権 8月7日第3試合結果8月13日第2試合結果 スポニチ Sponichi Annex
  12. ^ 「2011年 新人選手選択会議」交渉権獲得選手のお知らせ 北海道日本ハムファイターズ 公式サイト 2011年10月27日配信
  13. ^ a b c ハム2位松本、栗山監督のエールに応える 日刊スポーツ 2011年11月20日紙面から
  14. ^ 2011年新入団選手発表 北海道日本ハムファイターズ 公式サイト 2011年12月3日配信
  15. ^ 2012年度 北海道日本ハムファイターズ 個人打撃成績(イースタン・リーグ) 日本野球機構オフィシャルサイト
  16. ^ 2012年度 イースタン・リーグ リーダーズ(守備部門) 失策(遊撃手) 日本野球機構オフィシャルサイト
  17. ^ 2013年度 北海道日本ハムファイターズ 個人打撃成績(イースタン・リーグ) 日本野球機構オフィシャルサイト
  18. ^ 【日本ハム】2年目松本プロ初昇格&先発 日刊スポーツ 2013年10月4日掲載
  19. ^ 公示(出場選手登録・抹消) 2013年10月 北海道日本ハムファイターズ 公式サイト
  20. ^ 2013年10月4日 北海道日本ハム 対 福岡ソフトバンク 成績詳細 北海道日本ハムファイターズ 公式サイト
  21. ^ 2014年度 北海道日本ハムファイターズ 個人打撃成績(イースタン・リーグ) 日本野球機構オフィシャルサイト
  22. ^ 2014年度 イースタン・リーグ リーダーズ(守備部門)失策(二塁手) 日本野球機構オフィシャルサイト
  23. ^ 日本ハム4年目松本が昇格、負傷陽岱鋼のカバーに期待 日刊スポーツ 2015年4月7日掲載
  24. ^ ハム松本プロ初安打「次は勝ちに貢献できる場面で」 日刊スポーツ 2015年4月18日紙面から
  25. ^ 2015年4月17日 楽天イーグルス 対 北海道日本ハム 成績詳細 北海道日本ハムファイターズ 公式サイト
  26. ^ 2015年度 北海道日本ハムファイターズ 北海道日本ハムファイターズ 個人守備成績(パシフィック・リーグ) 日本野球機構オフィシャルサイト
  27. ^ 2015年度 北海道日本ハムファイターズ 個人打撃成績(イースタン・リーグ) 日本野球機構オフィシャルサイト
  28. ^ 日本ハム最多タイ17安打13点!松本プロ初打点 日刊スポーツ 2016年4月16日付記事
  29. ^ 2016年4月15日 北海道日本ハム 対 千葉ロッテ 成績詳細 北海道日本ハムファイターズ 公式サイト
  30. ^ 2016年4月16日 北海道日本ハム 対 千葉ロッテ 一球速報 北海道日本ハムファイターズ 公式サイト
  31. ^ 2016年度 北海道日本ハムファイターズ 個人打撃成績(イースタン・リーグ) 日本野球機構オフィシャルサイト
  32. ^ 日本ハム松本剛「貢献したい」今季初昇格即適時打 日刊スポーツ 2017年4月23日付記事
  33. ^ a b c 日本ハム・松本、大谷も信頼を寄せるナイスガイ プロ6年目でレギュラー定着のチャンス サンケイスポーツ 2017年4月27日付記事
  34. ^ 日本生命セ・パ交流戦 2017 表彰選手 日本野球機構オフィシャルサイト
  35. ^ 《2017年日本生命セ・パ交流戦》日本生命賞を松本剛選手が受賞 北海道日本ハムファイターズ公式サイト 2017年6月23日付ニュース

関連項目[編集]

外部リンク[編集]