赤松真人

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赤松 真人
広島東洋カープ #38
HC-Masato-Akamatsu.jpg
2009年9月19日、阪神甲子園球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市伏見区
生年月日 (1982-09-06) 1982年9月6日(34歳)
身長
体重
182 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2004年 ドラフト6巡目
初出場 2005年10月4日
年俸 3,600万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

赤松 真人(あかまつ まさと、1982年9月6日 - )は、広島東洋カープに所属する京都府京都市伏見区出身のプロ野球選手外野手)。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

京都府京都市伏見区出身。幼稚園児だった頃、地元の少年野球チームに参加していた兄の影響で野球を始める。小学校時代は一塁手以外全てのポジションを守っていた。藤森中時代は倖田來未と同級生で、野球部員だった倖田と二遊間(赤松は遊撃手)を組んだこともある。

平安高校に進み、2年に投手兼外野手として春の甲子園に出場し、ベスト8進出。高校の同級生に後にカープでチームメイトとなる岸本秀樹がいる。また、高校時代には唯一カープスカウトからプロ入りの打診をされたが、当時はまだプロでやれる自信がなかったため、監督と相談して進学を選択した。

立命館大学では野手に転向し、3年の秋に1試合5安打、4年の春に1試合5盗塁の関西学生リーグタイ記録を残した。4年春には主将としてチームをリーグ優勝に導いている。また、在籍していた産業社会学部産業社会学科では歌手の倉木麻衣と同じクラスであった。

2004年のドラフトで、右打ちの外野手の補強を目指していた阪神タイガースから6巡目指名を受け入団した。

阪神時代[編集]

プロ初年度の2005年は新人ながら二軍で安打を積み重ね、フレッシュオールスターゲームに出場。二軍での成績は打率.363, 7本塁打、29盗塁で、いきなりウエスタン・リーグ首位打者・盗塁王・最多得点・最高出塁率の4冠を達成した。長打率.529は同リーグ4位であり、本人も「自分はホームランバッター」と語っている。一軍では代走として2試合に出場し、プロ初盗塁を記録した。

2006年は二軍で打率.300、4本塁打、チームトップの15盗塁を記録し、2年連続のウエスタン・リーグ打率1位・最高出塁率を獲得(打率1位ではあるが首位打者は特例により狩野恵輔が獲得)。6月10日には2番中堅手で一軍初スタメン出場した。

2007年、二軍で打率.246と不調に陥ったが、26盗塁で2度目のウエスタン・リーグ盗塁王を獲得。一軍では赤星憲広の故障などで自己最多の28試合に出場し、8盗塁を記録した。この年オフに阪神の独身寮を退寮し、交際中の女性と同棲生活を始めることを自ら公表し、さらに12月14日にはその女性と入籍したことを自身のブログで発表した。その直後、2008年1月6日に、FA移籍で阪神に入団した新井貴浩[注 1]人的補償で、広島東洋カープに移籍した。

広島時代[編集]

2008年、開幕直後に右肩関節上方関節唇損傷で登録抹消されたが、4月中旬に復帰[2]。4月29日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)でプロ初本塁打となる初回先頭打者本塁打を放つと、同カード・同球場の翌日の試合でも2試合連続となる先頭打者本塁打を放った。プロ第1、2号が2試合連続初回先頭打者本塁打となったのはプロ野球史上初のことである。翌5月1日も本塁打を放ち、1990年石井浩郎以来となるプロ初本塁打から3試合連続本塁打を記録した。この年は左打者の天谷宗一郎と併用されたため規定打席には届かなかったが、開幕からの右肩痛と戦いつつシーズンを通じて堅実な守備で数字以上の貢献を見せた。走塁面でも非凡な才能を見せ、盗塁数こそ12個に終わったが、高い成功率 (.857) を記録した。12月20日、入籍していた女性と広島市内で結婚式を挙げた。

2009年は、4月3日の開幕戦(対巨人戦)に1番センターでスタメン出場し、自身初の開幕スタメン入りを果たす。さらにこの試合では勝ち越しとなる2点タイムリーヒットを放ち、ヒーローインタビューを受けた。オールスターゲームにもファン投票で初選出。2試合を通じて2安打2盗塁の活躍が評価され、「ファンの心を最もときめかせた選手」[3]に贈られる「マツダ・アクセラ賞」を獲得した。シーズン後半では天谷や末永真史との併用も増えたが、初の規定打席到達を果たすなど実り多いシーズンとなった。また、打率こそ前年より落とし、同年の規定打席到達者の中では最低であったものの、得点圏打率は、前年の.195からチームトップの.303まで向上させるなど、勝負強さを見せたシーズンでもあった。外野守備の面では、シーズン序盤のチーム防御率が2点台と良好だったことについて投手コーチの小林幹英から「赤松や天谷の守備範囲に助けられた部分が大きい」と賞賛された[4]

2010年は、2月のキャンプで左太もも裏肉離れで三軍でリハビリを送るという苦いスタートとなった。しかし、3月中には二軍の教育リーグで実戦復帰。4月4日に一軍登録され、3割を超える勝負強い打撃で3番でも起用されるなど、出遅れながらも外野手競争に加わった。この年のハイライトは8月4日の対横浜ベイスターズ戦で、村田修一が放った左中間のスタンドに入りかけたホームラン性の当たりをフェンスを一足飛びによじ登り好捕。このプレーは海外メディアでも米Yahoo!のトップニュースに掲載されるなど注目を集めた。米CBSでは山森雅文を紹介しつつ、「日本の野球史上、もっとも衝撃的なキャッチだ」と紹介。米スポーツ専門テレビESPNでも、全世界のあらゆるスポーツの中から選ばれるその週の「トップ10」にて1位で選出されるなど大きく取り上げられた。またインターネット動画サイトYouTubeでも同様の動画が100万件以上再生されており、一夜にして日本の内外から多くの反響を呼ぶ結果となった[5][6][7]。このとき足下には広島市に本社を置くタカキベーカリーが広告を出しており、同社から特別賞としてパン詰め合わせが贈られた。シーズン後半は復調した天谷にスタメンを譲ることも多かったものの、打率と盗塁は自己最高を記録する活躍を見せた。規定打席には到達できなかったが、同年、自身初タイトルとなるゴールデングラブ賞を受賞した。

2011年以降は、毎年80試合前後出場、足のスペシャリストとして代走切り札としての出場を中心に、守備固め代打外野のスタメンと色々な場面で活躍する。守備面では、守備率1.000を毎年記録している。

2015年も主に代走の切り札として起用され、52試合のうち38試合が代走としての出場だった。ベンチに控えている間は、他の選手に対して相手投手や走塁についてアドバイスを送る役割を担った[8]。シーズン中にフリーエージェント (FA) 権を取得したが、シーズン終了後にFA権を行使せずに広島に残留することを宣言した[8]

2016年には、ゲーム終盤の代走・守備要員として、一軍公式戦89試合に出場。盗塁成功率は.857(企図14成功12)で、4年振りに8割を上回った。また、打席数が少ないながらも、打率.368を記録した。6月14日の対埼玉西武ライオンズ戦(マツダ)では、同点で迎えた9回裏2死1・2塁の打席で安打を放ったところ、二塁走者・菊池涼介が本塁へ突入。球審の木内九二生は菊池にアウトを宣告したものの、広島の緒方孝市監督の抗議でビデオ判定を実施した末に、コリジョンルールの適用によってチームがサヨナラ勝利を収めた。同ルールの適用によるサヨナラ安打は、NPBの公式戦史上初めてである[9]。またこの年チームは日本シリーズまで勝ち進み、自身初の日本シリーズ出場を果たした[注 2]。その一方で、シーズン終了後の12月15日人間ドック胃内視鏡検査を受けたところ、初期段階の胃癌が発見された[10][11]

2017年には、1月5日に胃癌の摘出手術を受けた[10]1月16日に退院した[12]後は、1~2ヶ月後の運動再開を目標に、療養とリハビリへ専念。このため、春季キャンプへの参加を見合わせている[13]

選手としての特徴[編集]

(動画) 赤松真人

50メートル走5秒5の脚と遠投125メートルの強肩を持つ[14]。出塁してからは果敢に盗塁を狙い、成功率も高い。

阪神時代はやや怪我が多い傾向があり、2006年春・2006年秋のキャンプには参加できなかった。二軍では毎年好成績を残すが、赤星など外野の層が厚く、一軍では結果を残せていなかった。

本人は不器用と言うが、足が速いので器用と思われることが多く、阪神時代は型にはめられて、伸び伸びプレーすることができなかったという。それが広島に来て、自分の思うようにやらせてもらえるようになり、力を発揮できるようになったと語っている。その象徴がバッティングフォームの変化である。阪神時代から、足をがに股気味に開いたオープンスタンスが特徴だったが、広島移籍後の短期間で足の開き方が大きく広がり、極端なオープンスタンスで小刻みに体を動かしながらタイミングを取る、独特のフォームに変化した。赤松はこれについて、「阪神時代はダメと言われたけど、広島のコーチは『やってみろ』と言ってくれた」と語っており[15]、実際このフォームにしてから打率も上昇傾向にある。

また当初は足の速さを活かすためのダウンスイングが、鋭角に叩こうとする意識のため逆にフライになるため、小早川毅彦打撃コーチの指示のもとでレベルスイングに修正したところ、翌日の阪神戦で古巣に対し初の猛打賞を記録した[16]

守備面では、俊足を生かした広い守備範囲を持ち、普通なら外野を抜けたり野手の間に落ちたりする打球も、追いついてアウトにすることもある。2008年、2009年とレギュラーとして高い守備力で貢献したもののゴールデングラブ賞を逃したが、刺殺補殺をイニングで換算させて守備力をデータ化した統計では、2年連続で両リーグのゴールデングラブ常連の外野手を引き離した高い数値を表している[17][18]

右打者ながらセーフティバントを得意としており、2008年には両リーグ1位の9個を成功させている。

右投右打であるが利き足は左。フットスライディングの時は左足が前に出る。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 阪神 2 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
2006 6 15 14 1 2 0 0 0 2 0 2 1 1 0 0 0 0 3 0 .143 .143 .143 .286
2007 28 43 39 4 6 1 0 0 7 1 8 1 1 1 2 0 0 5 1 .154 .190 .179 .370
2008 広島 125 390 342 62 88 13 1 7 124 24 12 2 18 0 23 0 7 67 3 .257 .317 .363 .680
2009 137 489 423 58 98 15 3 6 137 43 14 7 25 5 33 0 3 79 3 .232 .289 .324 .613
2010 113 320 291 41 83 12 3 4 113 33 20 4 14 4 8 0 3 48 4 .285 .307 .388 .695
2011 80 217 192 25 50 9 0 1 62 18 19 4 15 2 4 0 4 29 1 .260 .287 .323 .610
2012 76 246 207 22 50 6 0 3 65 15 18 2 16 1 18 0 4 33 4 .242 .313 .314 .627
2013 85 60 54 16 11 2 0 0 13 3 12 4 4 0 1 0 1 9 0 .204 .232 .241 .473
2014 74 32 28 25 6 2 0 0 8 4 12 5 2 0 1 0 1 8 0 .214 .286 .267 .552
2015 52 9 9 13 2 1 0 0 3 0 6 3 0 0 0 0 0 2 0 .222 .222 .333 .556
2016 89 21 19 15 7 1 1 0 10 3 12 2 0 0 2 0 0 4 0 .368 .429 .526 .955
NPB:12年 867 1842 1618 283 403 62 8 21 544 144 136 36 96 13 92 0 23 287 16 .249 .297 .336 .633
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


外野







2006 4 7 1 0 0 1.000
2007 23 23 0 0 0 1.000
2008 118 194 5 2 1 .990
2009 133 299 6 4 2 .987
2010 101 181 10 0 2 1.000
2011 68 88 2 0 0 1.000
2012 72 111 2 0 0 1.000
2013 66 42 0 0 0 1.000
2014 50 29 1 0 1 1.000
2015 37 17 0 0 0 1.000
2016 78 24 0 0 0 1.000
通算 678 904 27 6 5 .994
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 52 (2005年 - 2007年)
  • 38 (2008年 - )

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 新井は2014年に阪神を自由契約となった後広島に復帰し、赤松と同僚となる。
  2. ^ 阪神時代の2005年は出場資格者には登録されていたが出場機会はなかった。

出典[編集]

  1. ^ 広島 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2017年1月1日閲覧。
  2. ^ 「白球入魂『4年目の手ごたえ - 赤松真人』」ベースボールマガジン社『週刊ベースボール』2008年6月9日号、38ページ。
  3. ^ マツダオールスターゲーム2009 「マツダ アクセラ賞」を創設日本野球機構
  4. ^ 失速 ブラウンカープ 下.監督の焦り”. 中国新聞 (2009年7月25日). 2010年7月25日閲覧。
  5. ^ 米テレビ「スパイダーマンキャッチ!」 広島・赤松のプレーを絶賛 産経新聞、2010年8月7日。
  6. ^ 赤松のスパイダーキャッチESPNも1位 日刊スポーツ、2010年8月10日。
  7. ^ 「スパイダーマン」赤松が米国で話題に 日刊スポーツ、2010年8月7日。
  8. ^ a b “広島赤松が残留明言「カープが好きだから」”. 日刊スポーツ. (2015年10月16日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1553409.html 2015年10月19日閲覧。 
  9. ^ 史上初!広島がコリジョンでサヨナラ デイリースポーツ、2016年6月14日。
  10. ^ a b “広島の赤松選手が胃がん 来年1月上旬手術へ”. nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社. (2017年1月5日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1761304.html 2017年1月5日閲覧。 
  11. ^ “広島赤松の胃がん切除手術が終了、2週間程度入院”. 神戸新聞NEXT. 神戸新聞社. (2016年12月28日). http://www.kobe-np.co.jp/news/zenkoku/compact/201612/0009788550.shtml 2016年12月28日閲覧。 
  12. ^ 胃がん切除の広島・赤松が退院を報告「日常生活は何とか出来そう」”. full-count (2017年1月16日). 2017年1月27日閲覧。
  13. ^ 胃がんから復帰目指す広島赤松「体動かしています」” (2017年2月6日). 2017年2月6日閲覧。
  14. ^ 【プロ野球】FAの人的補償をチャンスに変えた選手たち”. デイリーニュースオンライン (2015年1月12日). 2015年7月12日閲覧。
  15. ^ 赤松“恩返し”の決勝打 古巣のVマジック点灯阻止 スポーツニッポン、2008年7月13日。
  16. ^ 赤松、虎よどうだ!猛打賞 デイリースポーツ、2008年5月15日。
  17. ^ 外野手守備評価
  18. ^ '09年最高の外野手は赤松と栗山だ! その真の実力を“数字”で検証した。 ベースボール・ダンディ 田端到
  19. ^ 過去20年で最高の外野手は誰だ?~記録で見る真実の「守備力」~プロ野球 - Number Web - ナンバー、2016年3月17日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]