北方悠誠

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北方 悠誠
信濃グランセローズ
20121123 Yuujou Kitagata, pitcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.JPG
DeNA時代(2012年11月23日、横浜スタジアム)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 佐賀県唐津市
生年月日 (1994-01-25) 1994年1月25日(23歳)
身長
体重
180 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2011年 ドラフト1位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

北方 悠誠(きたがた ゆうじょう、1994年1月25日 - )は、佐賀県唐津市出身のプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

友人の誘いで小学2年から野球を始めた。当時は遊撃手。唐津市立湊中学校では、軟式野球部に所属し遊撃手兼投手としてプレーする。

唐津商業高に進学後は、1年時の夏からベンチ入り。2年春からエースとして活躍。夏は佐賀県予選初戦で敗退するも、秋は県大会全5試合で完投勝利を挙げて優勝に貢献した。

3年夏は、佐賀県予選準々決勝で延長15回を完投、翌日の再試合も完投するなど、計57回888球を投げ抜き優勝し、第93回全国高等学校野球選手権大会への出場を決める。この頃から、本気でプロ野球選手になることを考えたという[1]。甲子園では、1回戦の古川工業高戦で13奪三振を記録し9-4で勝利するも、続く作新学院高戦では153km/hをマークして10三振を奪うが2-3で敗れる。甲子園通算成績は18回、防御率2.00、奪三振23。

第9回AAAアジア野球選手権大会では日本代表に選ばれ、2試合3回を無失点に抑えて金メダル獲得に貢献した。

2011年10月27日プロ野球ドラフト会議で、横浜ベイスターズから1巡目で指名。11月23日に、契約金8000万円、年俸720万円(いずれも推定金額)で入団契約を結んだ。背番号は28

横浜・DeNA時代[編集]

2012年には、高卒ルーキーながら一軍昇格を期待されたが、実際には一軍昇格の機会がなかった。二軍でも、イースタン・リーグ公式戦6試合の登板で、防御率6.91と乱調。公式戦の終了後には、フェニックスリーグに参加していたにもかかわらず、「チームの内規違反などがあった」という理由で一軍監督の中畑清から途中で参加を取り止めさせられた[2]

2013年も二軍生活に終始。しかし、秋季キャンプで150km/h台のストレートを連投したことから、中畑からは一軍のクローザー候補に指名された[3]。さらに、キャンプ終了後に参加した台湾でのウィンターリーグでは、ストレートで自己最速の158km/hを計測した[4]

2014年には、一軍の春季キャンプに参加した[5]ものの、公式戦を二軍でスタート[6]。入団前からスリークォーターだった投球フォームを6月中旬からサイドスローに変えた[7]が、7月下旬にはオーバースローに戻した[8]。この頃から、投球動作中に腕が止まるなど、イップスの症状に悩まされるようになった[9]。当時北方が通っていた民間のイップス研究機関によれば、球速が110km/hまで落ち込んだばかりか、キャッチボールも困難なほど深刻な状態だったという[10]。結局、一軍公式戦への登板機会がないまま、10月3日に球団から戦力外通告を受けた[11]

ソフトバンク時代[編集]

2014年11月9日に、12球団合同トライアウトへ参加[12]。さらに、翌10日からテスト生として福岡ソフトバンクホークスの秋季キャンプに参加[13]したところ、同月22日育成選手として契約するに至った[14]。背番号は137

2015年には、三軍で9試合に登板[15]。通算投球イニング5回1/3で18与四球・3与死球を記録するほどの制球難で、支配下登録選手への復帰ばかりか、二軍(ウエスタン・リーグ)公式戦への登板も果たせなかった。8月以降は制球の改善や球威の増加が見られた[15]ものの、10月4日に自身2度目の戦力外通告を受けた[16]

BCリーグ・群馬時代[編集]

2015年11月10日に2年連続で12球団合同トライアウトへ参加。トライアウトでは、ストレートで最速146km/hを計測する一方で、打者3人に対して1被安打1与四球という結果を残した[15]。同年11月30日には、独立リーグベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)群馬ダイヤモンドペガサスへ入団することが球団から発表された[17]

2016年7月4日に、本人の申し出により群馬ダイヤモンドペガサスから退団し、自由契約選手になった[18]

四国IL・愛媛時代[編集]

2016年7月25日に、四国アイランドリーグplus愛媛マンダリンパイレーツが、北方の獲得を発表した。背番号は34[19]。入団後は、後期リーグ戦の15試合に登板。1勝1敗、防御率2.43という成績を残した[20]。また、8月には、古巣であるソフトバンク三軍との試合に登板。ストレートで最速150km/hを計測した[21]

その一方で、シーズン終了後の11月12日には、3年連続で12球団合同トライアウトに参加。1つの四球を出したものの、打者3人を無安打に抑えた[21]

2017年も愛媛でプレーし、6試合に登板、1勝2敗で防御率6.00の成績だった[22]。シーズン終了後、愛媛を退団する(自由契約)ことが発表された[23]

BCリーグ・信濃時代[編集]

2018年1月、信濃グランセローズと契約を結んだことが発表された[24][25]

選手としての特徴・人物[編集]

全身を使ったスリークォーターのフォームから投じるストレートで、最速158km/h(ウインターリーグ時の記録、日本での最速は156km/h[26])を計測したほどの豪腕。その一方で、スライダーカットボールカーブフォークといった多彩な変化球も投げる。

躍動感のある投球に加えて、高校3年生の夏に佐賀県大会・全国大会を通じて1180球を投げられたほどのスタミナも魅力である[27]。しかし、上記のフォームでは右腕の位置が定まらず制球も安定しなかった[27]。そのため、制球力を改善すべく、DeNAへの入団3年目にサイドスローへ転向した[7]。ところが、持ち味であるストレートの球速が130km/h前半にまで落ちたことから、およそ1ヶ月でオーバースローに戻している[8]

実父は、中学生時代に藤井将雄と同じ野球チームへ所属。藤井が福岡ダイエーホークスへ入団してから夭折するまでは、後援会の事務局長を務めたこともあった。北方も幼少期に、藤井とのキャッチボールを経験している。その縁で、横浜からのドラフト指名後には、指名を受けた旨を藤井の墓前に報告[28]。その3年後には、前述した経緯から、福岡ダイエーの後継球団であるソフトバンクへ移籍した。

ソフトバンク時代、真摯に接してくれたコーチの入来祐作やチームメイトの千賀滉大らとの出会いにより、イップスに陥った自らを受け入れて再度野球に向き合うことができたという[29]。また、群馬退団時にはDeNAと群馬でチームメイトだった伊藤拓郎から、野球を続けるようにアドバイスされ、伊藤が愛媛に在籍する古村徹に連絡した結果、愛媛の入団テストを受けることができた[29]

詳細情報[編集]

独立リーグでの投手成績[編集]










































W
H
I
P
2016 群馬 6 0 0 0 0 ---- 55 9.2 10 1 15 2 6 4 1 12 12 11.17 2.59
愛媛 15 0 1 1 0 .500 137 33.1 28 3 15 0 18 3 0 14 9 2.43 1.29
BCリーグ:1年 6 0 0 0 0 ---- 55 9.2 10 1 15 2 6 4 1 12 12 11.17 2.59
四国IL:1年 15 0 1 1 0 .500 137 33.1 28 3 15 0 18 3 0 14 9 2.43 1.29
  • 2016年度シーズン終了時

背番号[編集]

  • 28 (2012年 - 2014年)
  • 137 (2015年)
  • 99 (2016年 - 2016年7月3日)
  • 34 (2016年7月25日 - 2017年)

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 今春、夢舞台へ プロ入りの2高校生にインタビュー 佐賀”. asahi.com (2012年1月20日). 2012年5月21日閲覧。
  2. ^ 飛雄馬 喫煙で強制送還…中畑監督「何でここにいるんだ!」”. スポニチ Sponichi Annex (2012年10月19日). 2012年10月19日閲覧。
  3. ^ 【DeNA】中畑監督絶賛の北方が意欲”. nikkansports.com (2013年11月19日). 2014年6月21日閲覧。
  4. ^ DeNA3年目右腕の北方 声出しで「1軍の打者をねじ伏せたい」”. スポニチ Sponichi Annex (2014年2月2日). 2014年6月21日閲覧。
  5. ^ 【DeNA】ドラフト1位柿田ら1軍スタート”. nikkansports.com (2014年1月25日). 2014年6月21日閲覧。
  6. ^ 鬼の中畑監督、結果重視!ダメなら2軍”. nikkansports.com (2014年3月1日). 2014年6月21日閲覧。
  7. ^ a b DeNAの158キロ右腕・北方 制球難克服へサイドに転向”. スポニチ Sponichi Annex (2012年10月19日). 2014年6月21日閲覧。
  8. ^ a b DeNA北方 オーバースロー再転向 サイドで球速激減”. スポニチ Sponichi Annex (2014年7月29日). 2014年7月30日閲覧。
  9. ^ 夕感!:プロ野球のホークス育成選手・北方悠誠投手 福岡で再起目指す 「イップス」乗り越え”. 毎日新聞 (2015年2月26日). 2015年11月5日閲覧。
  10. ^ 北方悠誠!ホークス育成入団!おめでとう!!!”. イップス先生一言日記 (2014年11月23日). 2015年11月5日閲覧。
  11. ^ 2015年度選手契約について”. 横浜DeNAベイスターズ (2014年10月3日). 2014年10月5日閲覧。
  12. ^ トライアウト2014。あのドラフト上位選手の再挑戦”. Sportiva (2014年11月10日). 2015年11月5日閲覧。
  13. ^ ソフトバンク 元DeNA158キロ右腕・北方をテスト”. スポニチ Sponichi Annex (2014年11月10日). 2014年11月10日閲覧。
  14. ^ DeNA戦力外の158キロ右腕・北方 ソフトバンクと育成契約”. スポニチ Sponichi Annex (2014年11月22日). 2014年11月22日閲覧。
  15. ^ a b c ソフトバンク白根が3安打/合同トライアウト詳細”. nikkansports.com (2015年11月10日). 2015年11月10日閲覧。
  16. ^ 来季契約について”. 福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルサイト (2015年10月4日). 2015年10月4日閲覧。
  17. ^ 新入団選手のお知らせ”. 群馬ダイヤモンドペガサス (2015年11月30日). 2015年11月30日閲覧。
  18. ^ 退団選手のお知らせ”. 群馬ダイヤモンドペガサス (2016年7月4日). 2016年7月8日閲覧。
  19. ^ 新入団選手のお知らせ”. 愛媛マンダリンパイレーツ (2016年7月25日). 2016年7月25日閲覧。
  20. ^ 選手成績 - 四国アイランドリーグplus(2016年9月29日閲覧)
  21. ^ a b “65人が参加/12球団合同トライアウト詳細”. 日刊スポーツ. (2016年11月12日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1736002.htmlv 2016年11月13日閲覧。 
  22. ^ 選手成績 愛媛マンダリンパイレーツ - 四国アイランドリーグplus(2017年11月6日閲覧)
  23. ^ 愛媛MP 退団選手のお知らせ - 四国アイランドリーグplus(2017年11月6日)
  24. ^ 2018年1月21日 - 信濃グランセローズ公式twitter
  25. ^ 信濃グランセローズ2018 (PDF) - 信濃グランセローズ
  26. ^ 【DeNA】北方順調「抑えやりたい」”. nikkansports.com (2014年1月21日). 2014年1月28日閲覧。
  27. ^ a b 【横浜1位】北方悠誠 1180球“完投”のタフネス右腕 粗削りも育てがいアリ”. スポニチ Sponichi Annex (2011年10月27日). 2012年5月21日閲覧。
  28. ^ 北方 球団売却問題も「迷いなく行きたい」”. スポニチ Sponichi Annex (2011年10月28日). 2012年5月21日閲覧。
  29. ^ a b “158キロドラ1右腕を襲った突然の悪夢 2度の戦力外も野球続ける理由とは”. Full Count. (2016年9月28日). http://full-count.jp/2016/09/28/post46983/ 2016年10月2日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]