堤裕貴
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三菱重工広島時代 (2020年10月4日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | 佐賀県佐賀郡久保田町(現在の佐賀市) |
| 生年月日 | 1993年9月21日(32歳) |
| 身長 体重 |
173 cm 74 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 二塁手 |
| プロ入り | 2011年 ドラフト6位 |
| 初出場 | 2013年10月12日 |
| 最終出場 | 2016年7月13日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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堤 裕貴(つつみ ゆうき、1993年9月21日 - )は、佐賀県佐賀郡久保田町(現在の佐賀市)出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。
経歴
[編集]プロ入り前
[編集]龍谷高1年時から遊撃手のレギュラーに定着した。3年生夏の選手権佐賀大会3回戦で佐賀北高に4-5で敗れるなど、在学中には春夏とも阪神甲子園球場での全国大会への出場経験はなかったが、2011年のNPBドラフト会議でオリックス・バファローズから6巡目で指名[1]。契約金2500万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した。入団当初の背番号は62。
オリックス時代
[編集](2016年3月20日 阪神鳴尾浜球場にて)
2012年は、二軍生活に終始した。
2013年は、ウエスタン・リーグ公式戦でチーム最多の100試合に出場。フレッシュオールスターゲームに、同リーグ選抜のメンバーとして初出場を果たした(詳細後述)。さらに、10月12日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)では、「2番・二塁手」としてスタメンで一軍デビュー。10月13日の同カードでは、一軍公式戦での初安打・初打点・初盗塁を記録した。なお、シーズン終了後に、背番号を54に変更した。
2014年は、一軍公式戦5試合に出場。前年に続いて、二塁手として先発出場の機会を得たほか、安打と打点を記録する[2]。
2015年は、一軍公式戦5試合に出場したが、無安打でシーズンを終えた。プライベートでは7月に結婚した。
2016年は、7月13日の対北海道日本ハムファイターズ戦(京セラドーム大阪)6回裏に代打で犠打を記録。そのまま指名打者に入ったが、8回裏の打席で交代した。結局、一軍公式戦ではこの試合で1打席に立っただけで、10月25日に球団から戦力外通告を受けた[3]。12月2日に、NPBから自由契約選手として公示[4]。
オリックス退団後
[編集]NPB他球団での現役続行を希望していたことから、2016年11月12日には12球団合同トライアウト(阪神甲子園球場)へ参加。シートバッティング形式による6人の投手との対戦で、二塁打1本を含む5打数2安打という結果を残した[5]が、NPB他球団から獲得のオファーを受けるまでには至らなかった。
2017年からは、社会人野球の三菱重工広島でプレー[6]。三菱重工グループの硬式野球部の再編により、2021年は三菱重工East硬式野球部でプレーした[7]。同年シーズン終了をもって退部[8]。
退団後は故郷の佐賀県に戻り、2021年12月に小中学生向けの野球スクール「DKC BASEBALL SCHOOL」を結成して代表を務める。佐賀県佐賀市久保泉町で活動を行う[9]。
選手としての特徴
[編集]左打ちで広角打法[10]であるのに加え、左翼方向へ強い打球を放てることが特徴[11]。守備範囲が広く[10]、肩も強い[11]。一方、走力の評価は高くない[12]。
自身と同じ九州出身で左打ちの内野手・川﨑宗則のファンで選手としての目標にも挙げている[11]。2014年のオフシーズンには、「青濤館」(当時の合宿所兼室内練習場)での自主トレーニング中に川崎本人と遭遇した。その縁で2016年1月には川崎の自主トレーニングに参加している[13]。
人物
[編集]高校2年に上がる前、監督の助言もあり守備に自信を持てるようになった頃からプロ入りを意識するようになった[14]。
プロ入りが決まった後、母校の佐賀市立思斉館中学校に野球道具一式を寄贈した[15]。
秋田こまちスタジアムで開かれた2013年のフレッシュオールスターゲームでは、球団側の手違いで試合当日の7月18日に自分のユニフォームがスタジアムに届かなかった。そこで戸田亮(堤と同じくウエスタン・リーグ選抜のメンバーに入っていたオリックスのチームメイト)のユニフォームを借りて試合に出場した[16]。6回表に戸田が登板した際には堤が三塁を守っていたため、「グラウンドに全く同じユニフォームを着た選手が2人いる」という異例の事態に至った。堤自身も6回裏には先頭打者として右翼線へ二塁打を放ったことから、試合後に「戸田に借りを返せたと思います」というコメントを残した[17]。
詳細情報
[編集]年度別打撃成績
[編集]| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2013 | オリックス | 2 | 8 | 7 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | .143 | .250 | .143 | .393 |
| 2014 | 5 | 16 | 14 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .143 | .143 | .143 | .286 | |
| 2015 | 6 | 5 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2016 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| NPB:4年 | 14 | 30 | 26 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 2 | 1 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 6 | 0 | .115 | .148 | .115 | .264 | |
年度別守備成績
[編集]- 内野守備
| 年 度 | 球 団 | 二塁 | 三塁 | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2013 | オリックス | 2 | 2 | 7 | 0 | 1 | 1.000 | - | |||||
| 2014 | 5 | 12 | 14 | 0 | 1 | 1.000 | - | ||||||
| 2015 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 2 | 0 | 4 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 通算 | 8 | 14 | 22 | 0 | 2 | 1.000 | 2 | 0 | 4 | 0 | 0 | 1.000 | |
記録
[編集]- 初出場・初先発出場:2013年10月12日、対東北楽天ゴールデンイーグルス23回戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)、「2番・二塁手」で先発出場
- 初打席:同上、1回表に則本昂大から左飛
- 初安打・初打点:2013年10月13日、対東北楽天ゴールデンイーグルス24回戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)、8回表に福山博之から遊撃適時内野安打
- 初盗塁:同上、8回表に二盗(投手:福山博之、捕手:嶋基宏)
背番号
[編集]- 62(2012年 - 2013年)
- 54(2014年 - 2016年)
脚注
[編集]- ↑ 「2011年度ドラフト会議 契約交渉権獲得選手」『オリックス・バファローズ』2011年10月27日。2012年5月10日閲覧。
- ↑ 「オリックス堤が先制打「高めに来たら…」」『スポーツニッポン』2014年7月30日。2015年11月17日閲覧。
- ↑ 「オリックス、佐藤峻ら4選手に戦力外通告」『スポーツニッポン』2016年10月25日。2016年10月25日閲覧。
- ↑ 「自由契約選手|2016年度公示」『NPB.jp 日本野球機構』2016年12月2日。2016年12月3日閲覧。
- ↑ 「65人が参加/12球団合同トライアウト詳細」『スポーツニッポン』2016年11月12日。2016年11月12日閲覧。
- ↑ 2020三菱重工広島硬式野球部メンバー 三菱重工広島硬式野球部公式サイト 2020年8月25日閲覧
- ↑ 「【社会人野球】三菱重工4チームを再編した三菱重工Eastが始動 ロッテ・安田の兄・亮太ら所属36選手リスト」『スポーツ報知』2021年1月11日。2021年1月11日閲覧。
- ↑ 「三菱重工East硬式野球部|2021年勇退スタッフ・選手のお知らせ」『三菱重工East硬式野球部』。2021年12月28日閲覧。
- ↑ 「先日佐賀新聞さんから 取材があり 新聞に小さくですが デビューしました。」『堤裕貴Instagram』2022年1月31日。2022年4月8日閲覧。
- 1 2 2012プロ野球オール写真選手名鑑 P62 日本スポーツ企画出版社発行
- 1 2 3 週刊ベースボール2012年4月2日号 P58
- ↑ 別冊野球小僧2011ドラフト総決算号P8 白夜書房発行
- ↑ 「オリックス堤 ムネリンと合同自主トレ!精神面の師に」『スポーツニッポン』2015年12月29日。2016年1月18日閲覧。
- ↑ 「今春、夢舞台へ プロ入りの2高校生にインタビュー 佐賀」『asahi.com』2012年1月20日。2012年5月21日閲覧。
- ↑ 「オリックス堤裕貴選手、母校に練習用具贈る」『佐賀新聞』2012年1月6日。2012年5月10日閲覧。
- ↑ 「戸田が2人!?オリックス 堤 ユニホーム忘れヤジられた」『スポーツニッポン』2013年7月19日。2013年7月19日閲覧。
- ↑ 「オリックス戸田が2人? 堤ユニホーム届かず・・・」『日刊スポーツ』2013年7月19日。2015年11月17日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 個人年度別成績 堤裕貴 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の通算成績と情報 The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
- 堤裕貴 (@tsutsumiyuuki22) - X(旧Twitter)
- 堤裕貴 ⚾DKC BASEBALL SCHOOL代表⚾ (@yuki.tsutsumi.223) - Instagram
- DKC baseball school - ウェイバックマシン(2022年4月8日アーカイブ分) - TikTok