中村悠平

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中村 悠平
東京ヤクルトスワローズ #2
Yuhei Nakamura, catcher of the Tokyo Yakult Swallows, at Yokohama Stadium.jpg
2011年10月15日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福井県大野市
生年月日 (1990-06-17) 1990年6月17日(31歳)
身長
体重
176 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2008年 ドラフト3位
初出場 2009年10月2日
年俸 9000万円(2021年)[1]
(2019年から3年契約)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本代表
プレミア12 2015年
獲得メダル
日本の旗 日本
WBSCプレミア12
2015 野球

中村 悠平(なかむら ゆうへい、1990年6月17日 - )は、福井県大野市出身のプロ野球選手捕手)。東京ヤクルトスワローズ所属。マネジメント契約はエイベックス・スポーツ

弟は横浜DeNAベイスターズ打撃投手中村辰哉

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

大野市立下庄小学校で5年生の時に友人から誘われ、野球を始める[3]。最初の守備位置はレフトで、その後内野も一通り経験し、小5の夏から捕手になった[3]大野市立陽明中学校では3年時に県選抜チームの「福井クラブ」で第22回全日本少年軟式野球大会に出場した[4]

福井県立福井商業高等学校では、強肩強打を武器に1年秋から正捕手となり、2年連続の夏の甲子園出場に貢献した。2007年夏の甲子園は初戦敗退。翌2008年夏の甲子園では初戦で酒田南を破り2回戦に進出したものの、橋本到を擁する仙台育英に惜敗し、ベスト16入りはならなかった。

2008年度ドラフト会議東京ヤクルトスワローズの3巡目指名を受け、契約金4500万円、年俸480万円(金額は推定[4])で入団した。福井商業高校からヤクルト及びその前身球団に入団した初の選手となった。その後中村は、契約金の一部から母校にピッチングマシンを贈っている[5]

プロ入り後[編集]

2009年の春季キャンプは二軍スタートながら、2月21日の対起亜タイガース戦(練習試合)で逆転2点本塁打を打つ活躍をみせた。3月29日の対埼玉西武ライオンズ戦(オープン戦)で途中出場し、アレックス・グラマンと対戦して三振に倒れる。開幕も二軍で迎えたが試合では先発出場が多く、5月5日の対北海道日本ハムファイターズ戦(イースタン・リーグ)では星野八千穂から自身公式戦初の本塁打を打った。6月に故障で離脱するも、7月上旬に復帰。7月23日のフレッシュオールスターゲームでは6回表に登場して適時打を打つと、その裏から赤川克紀とバッテリーを組んで2回を無失点に抑える活躍を見せた。イースタン・リーグでは最終的に打率.301・2本塁打・22打点・2盗塁、守備率.991の好成績を残した。9月29日、負傷によって抹消された相川亮二と入れ替わりで初昇格し、10月2日の対広島東洋カープ戦(明治神宮野球場)で7回裏に代走としてプロ初出場。10月6日の対横浜ベイスターズ戦(横浜スタジアム)では5回表に由規の代打でプロ初打席に立つと、その裏から一軍公式戦で初めて捕手として守備に就いて後続を無失点に抑え、高田繁や初バッテリーを組んだ松井光介から賞賛を受けた[6]。最終的に安打は生まれなかったものの、守備に就いた3試合・合計10回2/3を無失点で切り抜け、チームも3試合共に逆転勝ちを収めている。10月12日の対読売ジャイアンツ戦(神宮)では、鈴木尚広の二盗を刺して初の盗塁阻止も記録した。

2010年は2年目ながら一軍春季キャンプに参加し、視察に訪れた古田敦也から好評価を得た[7]。紅白戦では飯原誉士の二盗を阻止するなど、首脳陣から高評価を得ている。この年に台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップ日本代表に選ばれた。

2011年、第3捕手として一軍にいる期間が長くなり13試合に出場。イースタンでもチーム捕手最多の56試合に出場した[8]

2012年は、怪我により登録抹消された相川亮二に代わり捕手を務めることが増え、相川復帰後も出場機会が多くなっている。また、6月29日の阪神タイガース戦では、最終的に勝利に導いたプロ初本塁打も能見篤史から記録した。最終的に中村マスク時はオーランド・ロマンを除く先発・中継ぎ全員で相川マスク時以上に好防御率・好成績を残した。オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され代表入りした[9]

2013年は、8月13日の対中日ドラゴンズ戦(明治神宮野球場)でプロ初めてのサヨナラ打を打った[10]。しかし、シーズン通しては前年に比べて成績を落とし、出場数も84試合と僅かに減少。正捕手の座を掴むことはできなかった。

2014年は開幕から打撃好調を維持し、監督推薦でオールスターゲームへの初出場も果たした[11]。シーズン閉幕まで一度も離脱する事無く、自己最多の99試合に出場、規定打席には届かなかったが.298と3割に迫る打率を記録した。

2015年は正捕手として定着し、2年連続でオールスターゲームにも出場。7月16日には、第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出されたことが発表された[12]。9月15日のDeNA戦(明治神宮野球場)では2年ぶりとなるサヨナラ打を打ってチームの首位の座をキープした[13]。打撃成績は前年より落ちたものの、過去最高の136試合に出場しチームの14年ぶりとなるリーグ優勝に大きく貢献した。また、ベストナインゴールデングラブ賞最優秀バッテリー賞も初めて受賞した。オフの10月9日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表最終ロースター28名に選出されたことが発表された[14]

2016年、開幕前の2月15日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表26名に選出されたことが発表された[15]。シーズンでは106試合出場で、打率.187と不本意な成績に終わった。

2017年はファウルチップによる怪我の離脱もあったが[16]、127試合に出場し打率.243、4本塁打、34打点を記録した[17]。2018年からは選手会長に就任する[18]

2018年は、正捕手として123試合に出場したがシーズン終盤では井野卓との併用が増え、試合途中での交代も多くなった[19]。2019年1月8日、3600万円増の年俸9000万円の3年契約で契約更改した[2]

2019年は、126試合出場で打率.269と近年と比べて打撃成績が向上。一方、8月下旬から右肘に違和感を覚え、9月22日に出場登録を抹消された。シーズンオフの10月3日に、右肘のクリーニング手術を受けた[20]

2020年東北楽天ゴールデンイーグルスから移籍してきた嶋基宏らとの争いを制し、開幕前日にスタメン出場が発表されていたものの[21]、開幕日である6月19日の試合前練習で上半身を痛めスタメンを嶋に譲り、翌6月20日に出場登録を抹消された[22]。その後復帰するも交錯したことにより負傷交代するなど[23]不運が相次ぎ29試合の出場に終わった。

2021年、1月6日に背番号を「2」に変更した[24]。3月31日からは新型コロナウイルス感染症の濃厚接触者となり戦線離脱した青木宣親に代わり2番打者に定着するなど、攻守でチームに貢献した。4月15日の対DeNA戦で2年ぶりの本塁打を打った[25]。7月16日のマイナビオールスターゲーム2021に監督推薦によって出場が決まると[26]、第1戦で9回の無死一・二塁からオールスターゲームでは30年ぶりとなる犠打を決め(1991年第2戦伊東勤以来)、全セに勝利を呼び込んだ[27]。青木が復帰後も状態が戻らないこともありしばらく2番を担っていたが、青木が復調後はドミンゴ・サンタナホセ・オスナの間に入る6番打者として出塁率リーグ9位の.360を記録するなど繋ぎの打撃で打線を牽引した。守備面ではキャンプ中臨時コーチを務めた古田敦也のアドバイスから新たな引出しを駆使した好リードを見せ[28]、打者有利の本拠地でチーム防御率3位になった投手陣を支えるなど、攻守ともに優勝の大きな歯車になった。 オリックス・バファローズとの日本シリーズでは打率.318、チーム防御率2.09と攻守に貢献し[29]、日本シリーズMVPに選出された[30]

選手としての特徴[編集]

守備[編集]

強気なリード[31]と強肩が武器。高校時代は捕球してから投げるまでのタイムは1.78秒、遠投110mを記録している[32]

打撃[編集]

打撃では右方向に打つのが上手く[33]、勝負強さも誇る[34]

人物[編集]

スナック菓子カラムーチョが好物なことから、ニックネームは「ムーチョ[35]

高い身体能力を持っており、スポーツ用品メーカーが高校球児を対象に行っている体力測定では過去数人しか記録していない最高レベルを記録した[36]

憧れの選手に古田敦也を挙げており、投げ方を真似したこともある[3]。また、古田の背負っていた背番号27の継承を目指しており、2016年オフに28番への変更を打診されたが、固辞している[37]。しかし、2020年オフに「小さいことから自分を見つめ直す。挑戦したい」との思いから自ら背番号2に変更している[38]

高校1年次から3年までの2年間、テレビ中継で谷繁元信矢野燿大を参考に記録したリード研究用のノートは、10冊を超えたという[39]

弟の中村辰哉も野球選手で、ポジションも悠平と同じく捕手[40]2018年2019年BCリーグ福井ミラクルエレファンツに所属した。現在は横浜DeNAベイスターズの打撃投手を務めている[41]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2009 ヤクルト 5 5 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 .200 .000 .200
2010 3 6 6 1 2 1 0 0 3 1 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .333 .333 .500 .833
2011 13 6 6 1 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .333 .333 .333 .667
2012 91 249 209 19 53 5 0 1 61 15 1 1 8 2 28 4 2 31 10 .254 .344 .292 .636
2013 84 286 239 17 56 5 2 4 77 24 1 1 12 2 30 2 3 37 8 .234 .325 .322 .647
2014 99 365 325 26 97 9 1 5 123 41 0 0 7 3 26 0 4 51 8 .298 .355 .378 .733
2015 136 502 442 36 102 14 0 2 122 33 3 2 14 2 40 1 4 80 9 .231 .299 .276 .575
2016 106 378 321 24 60 14 0 3 83 37 2 0 14 6 31 4 6 47 9 .187 .266 .259 .525
2017 127 486 419 42 102 14 4 4 136 34 2 1 11 4 42 0 10 65 14 .243 .324 .325 .649
2018 123 401 341 32 72 9 1 5 98 26 2 0 22 2 31 3 5 39 7 .211 .285 .287 .572
2019 126 450 372 42 100 24 2 5 143 36 1 4 13 2 53 3 10 64 11 .269 .373 .384 .757
2020 29 92 80 10 14 2 0 0 16 3 0 1 2 1 9 0 0 14 2 .175 .256 .200 .456
2021 123 445 377 47 105 24 0 2 135 36 0 3 14 4 46 0 4 66 10 .279 .360 .358 .718
通算:13年 1065 3671 3141 298 765 121 10 31 999 286 12 13 117 28 336 17 49 498 88 .244 .324 .318 .642
  • 2021年度シーズン終了時

WBSCプレミア12での打撃成績[編集]

















































2015 日本 3 2 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 .500 .000

年度別守備成績[編集]



捕手






















2009 ヤクルト 3 4 2 0 0 1.000 0 1 0 1 1.000
2010 3 11 3 0 0 1.000 1 3 1 2 .667
2011 8 15 0 0 0 1.000 0 1 1 0 .000
2012 90 433 47 4 9 .992 2 30 16 14 .467
2013 84 515 42 9 6 .984 2 60 46 14 .233
2014 97 608 57 2 7 .997 2 65 48 17 .262
2015 136 890 72 5 14 .995 3 73 50 23 .315
2016 106 640 59 3 8 .996 6 83 61 22 .265
2017 126 878 78 1 8 .999 6 83 55 28 .337
2018 123 790 64 7 7 .992 2 66 47 19 .288
2019 123 804 77 4 13 .995 4 86 59 27 .314
2020 29 199 21 1 2 .995 0 21 17 4 .190
2021 117 843 76 2 9 .998 2 .255
通算 1044 6630 598 38 83 .995 30 572 401 171 .299

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 通算1000試合出場:2021年6月23日、対広島東洋カープ9回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、6番・捕手で先発出場 ※史上512人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 52(2009年 - 2020年)
  • 2(2021年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ヤクルト - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2021年1月4日閲覧。
  2. ^ a b ヤクルト中村悠平3年契約「すぐにハンコを押した」”. 日刊スポーツ (2019年1月8日). 2019年1月10日閲覧。
  3. ^ a b c 2009年1月27日公式サイト「ルーキーの素顔★中村選手、日高投手、新田選手編」2009年7月26日閲覧。
  4. ^ a b NPB選手名鑑(2009年)”. Sponichi Annex. 2009年10月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月17日閲覧。
  5. ^ ヤクルト中村選手が母校に恩返し 福井商にピッチングマシン”. 中日新聞 (2009年4月2日). 2009年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月2日閲覧。
  6. ^ 【ヤクルト】1年生捕手の中村を監督絶賛”. 日刊スポーツ (2009年10月6日). 2009年10月12日閲覧。
  7. ^ 高卒2年目ヤクルト中村を古田氏が絶賛”. 日刊スポーツ (2010年2月7日). 2021年7月18日閲覧。
  8. ^ YoungPower『週刊ベースボール』2012年2月6日号、ベースボール・マガジン社、2012年、雑誌20444-2/6, 58-59頁。
  9. ^ 日本代表メンバー”. 日本野球機構 (2012年11月6日). 2015年4月14日閲覧。
  10. ^ “【ヤクルト】中村プロ入り初サヨナラ打”. 日刊スポーツ. (2013年8月13日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130813-1172928.html 2021年6月24日閲覧。 
  11. ^ セ監督推薦喜びの声 ヤク中村「160キロを体感したい」”. スポーツニッポン (2014年7月4日). 2021年7月17日閲覧。
  12. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日). 2015年8月4日閲覧。
  13. ^ “ヤクルト中村「腹くくりました」首位守るサヨナラ打”. 日刊スポーツ. (2015年9月15日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130813-1172928.html 2021年6月24日閲覧。 
  14. ^ 「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!!”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年10月9日). 2015年10月9日閲覧。
  15. ^ 3月開催の侍ジャパン強化試合、出場26選手発表!”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2016年2月15日). 2016年2月17日閲覧。
  16. ^ “燕また離脱…正捕手・中村、右大腿骨の骨挫傷で登録抹消”. サンケイスポーツ. (2017年6月15日). https://www.sanspo.com/article/20170615-6CLQOVCYURNMHG4OUVHHV2UN3U/ 2021年6月24日閲覧。 
  17. ^ ヤクルト・中村、300万円増の5400万円で更改「もっと高いところを目指したい」”. SANSPO.COM (2017年12月15日). 2018年1月10日閲覧。
  18. ^ “扇の要がチームの要!ヤクルト・中村、新選手会長就任へ”. サンケイスポーツ. (2017年10月10日). https://www.sanspo.com/article/20171010-WQE3UJ3W5NIVPMII43BJPTKRBE/ 2021年6月24日閲覧。 
  19. ^ “ヤクルト中村「途中で代えられるようでは」課題探る”. 日刊スポーツ. (2018年11月1日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201811010000751.html 2019年1月12日閲覧。 
  20. ^ “ヤクルト・中村、右肘のクリーニング手術へ”. サンケイスポーツ. (2019年10月2日). https://www.sanspo.com/article/20191002-I24G5MF5URKW5BCGF74JOBYJQ4/ 2020年2月2日閲覧。 
  21. ^ ヤクルト・高津監督が開幕スタメン発表!「全力で戦う姿を応燕してください」”. BASEBALL KING (2020年6月18日). 2021年7月17日閲覧。
  22. ^ 【ヤクルト】中村悠平が出場選手登録抹消 上半身のコンディション不良”. スポーツ報知 (2020年6月20日). 2021年7月17日閲覧。
  23. ^ ヤクルトの中村悠平が負傷交代 捕手陣に暗雲” (日本語). デイリースポーツ online (2020年9月9日). 2021年6月4日閲覧。
  24. ^ SANKEI DIGITAL INC (2021年6月4日). “ヤクルト・中村、本気の今季へ背番号「2」志願の変更 燕捕手は相川以来7年ぶり” (日本語). サンスポ. 2021年6月4日閲覧。
  25. ^ ヤクルト中村、今季1号ソロ「なんとかシーズン通して見返してやりたい」”. 日刊スポーツ (2021年4月15日). 2021年6月24日閲覧。
  26. ^ ヤクルト 清水昇、中村悠平、マクガフが監督推薦で球宴出場 清水は初出場” (日本語). 日刊スポーツ (2021年7月5日). 2021年7月16日閲覧。
  27. ^ 【データ】球宴30年ぶり!セ中村悠平犠打 近本光司敬遠は23年ぶり” (日本語). 日刊スポーツ (2021年7月16日). 2021年7月16日閲覧。
  28. ^ 「捕手で勝つ」古田敦也氏から注入された“覚悟” 中村悠平が好投引き出す” (日本語). 日刊スポーツ (2021年10月26日). 2021年10月26日閲覧。
  29. ^ 個性解き放ったヤクルト中村悠平“らしさ”の先に日本一、結果の裏に遊び心” (日本語). 日刊スポーツ (2021年11月27日). 2021年11月28日閲覧。
  30. ^ 日本シリーズのMVPにヤクルト中村悠平「1年間頑張ってきて最後ご褒美なのかな」” (日本語). Full-Count (2021年11月27日). 2021年11月27日閲覧。
  31. ^ 侍ジャパンの正捕手はオレだ― 中村悠平が見せた闘志と希望” (日本語). 日本通運「侍ジャパン」応援特設サイト (2016年3月6日). 2021年4月17日閲覧。
  32. ^ 中村 悠平(福井商) | 選手名鑑” (日本語). 高校野球ドットコム (2008年10月1日). 2021年4月17日閲覧。
  33. ^ ヤクルト・中村悠平が打撃好調な理由 | ショウアップナイター” (日本語). BASEBALL KING (2017年3月18日). 2021年4月17日閲覧。
  34. ^ ヤクルト・中村悠平 自覚を持って取り組んだ1年/チームリーダーの2018年 | 野球コラム” (日本語). 週刊ベースボールONLINE (2018年11月5日). 2021年4月17日閲覧。
  35. ^ ヤクルト爆勝10得点!相川代役“ムーチョ”中村打った”. スポニチ Sponichi Annex (2012年4月15日). 2012年4月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月2日閲覧。
  36. ^ 『報知高校野球』による。
  37. ^ 【球界ここだけの話(777)】汚名返上に燃えるヤクルト・中村 背番号変更を固辞して「執念深くやっていく」” (日本語). SANSPO.COM (2017年1月5日). 2021年4月17日閲覧。
  38. ^ ヤクルト・中村悠平 “古田塾”で得た極意を生かせ/待ち遠しかった開幕 | 野球コラム” (日本語). 週刊ベースボールONLINE (2021年3月29日). 2021年4月17日閲覧。
  39. ^ 2008年8月8日「デイリースポーツ」による。
  40. ^ “顔似てる?ヤクルト中村がBC福井の弟と自主トレ”. 日刊スポーツ. (2019年1月11日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201901110000683.html 2020年2月4日閲覧。 
  41. ^ “そっくり!DeNAキャンプにムーチョ弟登場 打撃投手のテスト挑戦”. Sponichi Annex. (2020年2月1日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/02/01/kiji/20200201s00001173307000c.html 2020年2月4日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]