藤田一也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
藤田 一也
東北楽天ゴールデンイーグルス #6
Fujita kazuya.jpg
2012年8月1日、こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 徳島県鳴門市
生年月日 1982年7月3日(32歳)
身長
体重
175 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 二塁手遊撃手三塁手
プロ入り 2004年 ドラフト4巡目
初出場 2005年7月27日
年俸 1億1000万円(2015年)
※2014年から3年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

藤田 一也(ふじた かずや、1982年7月3日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手内野手)。徳島県鳴門市出身。


経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学生の頃は父親が庭に設置した鉄板に朝6時半から約30分間、壁当てをしていた。「近所の親戚にとっては球が当たる『ボーン』という音が目覚まし時計代わり。聞こえないと、僕が体調を壊したのかと心配したそうです」と藤田は話している[要出典]鳴門第一高校(現鳴門渦潮高校)を経て、近畿大学に進学。関西学生野球リーグ通算72試合出場、266打数92安打打率.346、0本塁打、24打点。首位打者2回[1]、ベストナイン遊撃手4回[1]。137打席連続無三振という記録も残す。

2004年ドラフト4巡目で横浜ベイスターズに入団。背番号は「23」。

横浜時代[編集]

2005年
7月27日の中日ドラゴンズ戦(山形県野球場)に延長12回に代走でプロ初出場。9月1日の広島東洋カープ戦(横浜スタジアム)で「7番・三塁手」で初スタメン出場を果たし、4回の第2打席トム・デイビーからレフト前へプロ初安打を放った。
2006年
内川聖一らの不調で9月以降、「2番・二塁手」でスタメン起用されることが多くなった。この年は自己最多の65試合に出場したが、打率は.203と振るわなかった。9月7日の広島戦(下関球場)では試合後のお立ち台に立ち、「今日は下関での試合ですがこの後夕食は何食べますか?」というアナウンサーの問いに大きな声で「ふぐ食べます!」と答え、球団発祥の地である下関のファンを沸かせた。
2007年
読売ジャイアンツから移籍した仁志敏久が二塁のレギュラーに定着したことや、俊足内野手の野中信吾の台頭もあり、前年より出場機会を減らした。
2008年
不調の石井琢朗に代わって遊撃を守る機会も増えたが、五輪期間中に代表選手としてチームを離れた村田修一に代わって三塁を守った石川雄洋が活躍し、村田の復帰後も石川がそのまま遊撃を守るようになったため、仁志が怪我で離脱した後は二塁を多く守った。
横浜時代(2009年)
2009年
レギュラー二塁手の仁志が開幕から打率1割台と絶不調に陥ったため、5月から二塁手としてスタメン起用が増える。課題とされた打撃も上達し、打率.269、チームトップの24犠打を記録した。特に東京ヤクルトスワローズ戦では打率.333(24安打)と好成績を残した。守備でも二塁98試合、三塁13試合、遊撃22試合を守り、総失策数はわずか6と安定した成績を残した。
2010年
新加入したホセ・カスティーヨが二塁に定着したため、主に二塁や遊撃の石川の控えとして起用される。前年よりも出場機会を減らしたものの、打率では自己最高の成績を残した。11月23日、自身のブログにて結婚を発表した。
2011年
退団したカスティーヨと入れ替わる形で加入した渡辺直人が二塁のレギュラーに定着し、藤田は主に二塁の控えとして起用された。打席数も前年程度に留まったが、規定打席未満ながら打率.303を記録し、守備でもシーズン無失策を達成した。
2012年
シーズン途中の6月24日に、東北楽天ゴールデンイーグルス内村賢介との交換トレードが発表された[2]。背番号は交換相手の内村が着用していた「6」。

楽天時代[編集]

2012年
移籍直後の6月26日の北海道日本ハムファイターズ戦(東京ドーム)に「9番・二塁手」で先発出場し、楽天デビューを果たす[3]。移籍後しばらくは主に守備固めとして出場し、松井稼頭央の離脱時には遊撃手として先発出場するなどしていたが、枡田慎太郎が戦線離脱し、それまで二塁手を務めていた銀次が三塁手に回ったことで二塁のポジションが空いたため、レギュラーを確保。守備のみならず打率.308をマークするなど、打撃でも活躍を見せた。
2013年
移籍2年目ながらキャプテンの松井から副キャプテンに任命される[4]。開幕から「2番・二塁手」として定着し、プロ9年目にして自身初の規定打席に到達。持ち前の守備力で好守を連発し、監督の星野仙一からは「シーズンで10勝以上の価値があった[5]」と評されるなど絶大な信頼を得た。自身初めての出場となった日本シリーズでも攻守で活躍。チーム初のリーグ優勝、日本一に大きく貢献し、ベストナイン[6]ゴールデングラブ賞[7]を初受賞した。
2014年
自身初のレギュラーシーズン全試合出場を果たし、ベストナイン[8]、ゴールデングラブ賞[9]を2年連続で受賞した。
2015年
5月22日の埼玉西武ライオンズ戦で疲労を考慮して指名打者として出場、人生初の満塁ホームランを放った[10]

選手としての特徴[編集]

藤田の打撃フォーム
(2010年)

守備[編集]

二塁手・遊撃手・三塁手と複数ポジションをこなし[1]、2013年5月には、テレビ番組で仁志敏久に「日本一守備がうまい選手」とその守備力を評されている[11]。もっとも多く出場した二塁手での守備率は通算.993。2011年にはシーズンを通して無失策を記録するなど安定した成績を残している。肩はそれほど強くなく、また本人曰く体も硬いというが、小・中学校時代からバウンドが不規則な軟式球で壁当てを続けたことで、グラブ捌きが上達したという[12]。守備位置については「バッテリーの配球」「打者の傾向」によって1球毎にずらしているが[13]、データには頼らず、感覚や記憶を頼りにポジショニングを決めるタイプだと語っている[1]。プロ入りの際の入団会見では「横浜の牛若丸と言われたい」と語り、ファンからもそのように呼ばれるようになる(横浜時代の応援歌にも『ハマの牛若丸』という歌詞が入っている)。守備の名手であること、また名字とひっかけ、チームメイトからは「ジーター」と呼ばれている[14]

打撃[編集]

ボール球スイング率が高く選球眼に課題を残すが、空振りは少なく三振も少ない[15]。2013年はパ・リーグ規定打席到達選手中最少の四球数、三振数を記録した[16]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 横浜
DeNA
12 9 9 1 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .111 .111 .111 .222
2006 65 147 133 13 27 2 0 0 29 5 3 1 9 1 3 0 1 13 2 .203 .225 .218 .443
2007 42 89 76 11 19 5 0 0 24 2 1 1 8 0 4 0 1 8 0 .250 .296 .316 .612
2008 46 120 108 11 26 5 0 1 34 6 1 1 7 1 2 0 2 13 1 .241 .265 .315 .580
2009 120 381 346 44 93 7 5 4 122 20 6 2 24 3 7 0 1 34 4 .269 .283 .353 .636
2010 106 220 201 21 62 8 0 1 73 15 2 2 11 0 6 0 2 33 2 .308 .335 .363 .698
2011 96 208 188 16 57 8 1 1 70 15 0 0 3 0 10 0 7 20 3 .303 .361 .372 .733
2012 46 126 111 7 27 3 1 0 32 7 1 1 5 1 8 0 1 9 2 .243 .298 .288 .586
楽天 63 188 172 17 53 8 2 0 65 15 5 2 11 1 4 0 0 10 4 .308 .322 .378 .700
'12計 109 314 283 24 80 11 3 0 97 22 6 3 16 2 12 0 1 19 6 .283 .312 .343 .655
2013 128 536 466 48 128 17 2 1 152 48 3 3 33 4 21 0 12 43 7 .275 .320 .326 .646
2014 144 579 517 46 139 15 2 2 164 36 3 5 41 2 16 0 3 55 12 .269 .294 .317 .611
通算:10年 868 2603 2327 235 632 78 13 10 766 170 25 18 152 13 81 0 30 242 37 .272 .303 .329 .632
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更

年度別守備成績[編集]

年度 二塁 三塁 遊撃
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2005 5 1 4 0 0 1.000 3 2 3 0 0 1.000 -
2006 46 88 118 5 31 .976 - 2 0 1 0 0 1.000
2007 5 13 10 1 3 .958 9 1 2 0 1 1.000 23 21 56 2 6 .975
2008 22 42 51 0 10 1.000 1 0 1 0 1 1.000 17 16 41 1 8 .983
2009 98 166 246 2 50 .995 13 3 12 2 1 .882 22 24 52 2 9 .974
2010 38 51 70 0 12 1.000 3 1 5 0 1 1.000 44 34 91 5 16 .962
2011 49 115 121 0 16 1.000 3 1 0 0 0 1.000 3 1 3 0 1 1.000
2012 59 87 125 2 18 .991 18 8 22 0 1 1.000 40 44 100 0 17 1.000
2013 127 279 366 6 64 .991 - 1 0 1 0 0 1.000
2014 140 326 379 4 73 .994 - -
通算 589 1168 1490 20 277 .993 50 16 45 2 5 .968 152 140 345 10 57 .980
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

その他の記録

背番号[編集]

  • 23 (2005年 - 2012年途中)
  • 6 (2012年途中 - )

代表歴[編集]

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d FORZA SHIKOKU(月曜日更新) : 藤田一也(東北楽天ゴールデンイーグルス/徳島県鳴門市出身)第1回「マー君登板時、好守の理由」”. 二宮清純責任編集 SPORTS COMMUNICATIONS. 2014年5月10日閲覧。
  2. ^ “DeNA・藤田と楽天・内村が交換トレード”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年6月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/06/25/kiji/K20120625003538460.html 2013年11月12日閲覧。 
  3. ^ “藤田 移籍即先発出場に「きょうの疲れは凄い」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年6月27日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/06/27/kiji/K20120627003552890.html 2013年11月5日閲覧。 
  4. ^ 久米島キャンプ1日目”. 春季キャンプレポート2013. 東北楽天ゴールデンイーグルス. 2013年2月5日閲覧。
  5. ^ “楽天 藤田に複数年提示 小山は大リーグ挑戦も”. スポニチ Sponichi Annex. (2013年11月4日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/11/04/kiji/K20131104006941060.html 2013年12月4日閲覧。 
  6. ^ 田中将大選手、嶋基宏選手、藤田一也選手、C.マギー選手が【パ・リーグ:ベストナイン】を受賞!”. 東北楽天ゴールデンイーグルス オフィシャルサイト (2013年11月21日). 2013年12月4日閲覧。
  7. ^ 2013年 第42回 結果・得票数|三井ゴールデン・グラブ賞”. 三井広報委員会. 2013年12月4日閲覧。
  8. ^ 2014年度 表彰選手 投票結果(ベストナイン)”. 日本野球機構. 2014年11月25日閲覧。
  9. ^ 2014年 第43回 結果・得票数|三井ゴールデン・グラブ賞”. 三井広報委員会. 2014年11月25日閲覧。
  10. ^ “藤田、人生初満塁弾!DHで「最高」の仕事”. スポーツ報知. (2015年5月23日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20150522-OHT1T50194.html 2015年5月23日閲覧。 
  11. ^ 「12球団 WEEKLY トピックス 東北楽天ゴールデンイーグルス E担メモ」、『週刊ベースボール』2013年7月1日号2013年6月、 55頁。
  12. ^ 隠れ守備名人 DeNA 藤田 白井コーチ「見てきた中でもトップレベル」 - スポーツニッポン 2012年2月16日、2012年3月19日閲覧
  13. ^ 「12球団 WEEKLY トピックス 東北楽天ゴールデンイーグルス AURORA VISION 藤田一也内野手」、『週刊ベースボール』2013年7月15日号、ベースボール・マガジン社、2013年7月、 45頁。
  14. ^ 中日スポーツ 2012年5月29日付
  15. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社2013年、161頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  16. ^ 『2014 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社2014年、11頁。ISBN 978-4-905411-17-8

関連項目[編集]

外部リンク[編集]