枡田慎太郎

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枡田 慎太郎
東北楽天ゴールデンイーグルス #32
S masuda20140913.jpg
西武ドームにて(2014年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市伏見区
生年月日 (1987-07-08) 1987年7月8日(29歳)
身長
体重
178 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 左翼手内野手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト4巡目
初出場 2007年10月3日
年俸 2,600万円(2017年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

枡田 慎太郎(ますだ しんたろう、1987年7月8日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手外野手内野手)。

経歴[ソースを編集]

プロ入り前[ソースを編集]

京都府京都市伏見区出身。小学3年次から「サクセススポーツ少年団」で野球を始め、6年時には打順4番。中学時代は「京都田辺ボーイズ」に所属し、遊撃手として3年春に加登脇卓真らとともに全国制覇、また全日本に選ばれ主将を務める。

智弁学園高校に進学。ポジションは中堅手。2年夏に3打席連続本塁打を記録し全国屈指の強打者として名を上げる。3年夏は主将としてチームを率いたが、県大会1回戦で天理高校(同年県大会優勝)と当たり敗退。高校通算打率は4割以上、本塁打28本、チーム最高成績は2年夏の県大会ベスト4。2学年先輩には加治前竜一がいる。

2005年の高校生ドラフト会議東北楽天ゴールデンイーグルスから4巡目指名を受け、入団。背番号は「68」。

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プロ入り後[ソースを編集]

2006年 - 2009年外野手登録ではあるが中学以来の内野手に再挑戦し、2007年正式に内野手として登録された。二軍で打率.305、8本塁打の好成績を残し、サードを中心に内野の全ポジションで起用された。10月2日に一軍へ初昇格。翌日の北海道日本ハムファイターズ戦で「2番・二塁手」としてプロ初出場を果たし、4打数2安打・プロ初安打・初打点をあげる活躍で初めてお立ち台に上がりヒーローインタビューを受けた。また二軍での活躍が評価され、2007年度のイースタン・リーグ優秀選手賞を受賞した。

2007年8月4日に郡山市で開催されたうねめ祭りにチームメートらと参加。予定にはなかったが、パレードを先導するメインの大太鼓を打ち鳴らしスポットライトを浴びた[1]


2008年には初の開幕メンバー入りを果たすも出場機会に恵まれず二軍落ちし、その後聖澤諒横川史学とともに一軍に昇格し、その日の試合で「2番・三塁手」で出場するも、バントの失敗などもあり再び二軍落ちした。二軍では打率.252、球団トップの9本塁打を打ち、セカンド・サード・ショートをそれぞれ20試合以上守った。ハワイ・ウィンターリーグでは日本人トップの打率.291を出すなど活躍した。2009年も二軍ではチームトップタイの11本塁打を放ち、内野の全ポジションを守るなどユーティーリティーぶりを発揮したが打率が.225と低迷してしまい、一軍では2年連続の安打なしに終わった。

2010年9月21日の千葉ロッテマリーンズ戦では全4打席で出塁し、マーティ・ブラウン監督から高評価を得た[2]ファースト・セカンド・サード・ショート・レフトの5ポジションでのスタメン出場を果たし、自己最多の出場機会を得た。シーズン終了後には、台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本代表に選ばれた。2011年のシーズン終了後、背番号が「32」に変更となった。

2012年5月23日の中日ドラゴンズ戦(Kスタ宮城)でプロ初本塁打を、7月10日のオリックス・バファローズ戦(Kスタ宮城)ではプロ初のサヨナラ本塁打を放つ。7月13日の日本ハム戦(Kスタ宮城)でプロ初の4番として起用される。しかし、9月5日の日本ハム戦(東京ドーム)で帰塁の際に左膝を痛め途中交代、左膝後十字靱帯の部分損傷と診断され[3]、残りのシーズンを棒に振った。打席数は少なかったものの、打率.295、5本塁打、OPS.783と結果を残した。

2012年は星野仙一監督に打撃力を買われ、守備のまずさを我慢して起用され結果を残したことから「星野チルドレン」とも呼ばれた[4]

2013年は開幕戦に「3番・左翼手」として出場するも、4月中旬に二軍落ちとなった。二軍では5月2日の試合で死球を受け、右手の甲を骨折。再昇格は7月までずれ込んだ[5]。再昇格以降は「6番・左翼手」 として定着し、8本塁打、47打点、得点圏打率.364と楽天初のリーグ優勝・日本一に貢献した。

2014年1月22日に、登録ポジションを内野手から外野手へ戻すことが球団から発表された[6]

2015年5月31日の巨人戦でファウルを打った際に右手を骨折、一時復帰したものの再び抹消された。

選手としての特徴[ソースを編集]

打撃[ソースを編集]

打撃コーチだった大久保博元からは内角球をさばく技術を賞賛されている[7]。2012年は左投手相手に打率.237、OPS.595と苦手にした[8]

守備[ソースを編集]

中学時代は遊撃手であったが守備にあまり自信が持てず、また打撃に集中するために、高校から中堅手に転向。プロ入団時の登録も外野手となった。しかしプロに入る際にスカウトからは「選手としての幅が拡がるから」という勧めを受けており、内野手に再挑戦することも視野に入れていた。入団2年目から内野手登録となるが、ジャッグル癖が抜けない[9]など、守備面での課題は多い。

ちなみに、チームが日本一を果たした2013年には、主に左翼手として出場。2014年には、登録ポジションを7年振りに外野手へ戻した。

人物[ソースを編集]

同期入団でチームメイトの銀次と親交が深く、一緒にカラオケなどに行くこともある。銀次によれば、枡田はケツメイシの大ファンなのでカラオケのレパートリーもそれが多いという。2012年の春季キャンプでは阿部俊人と合わせて3人で「どろんこ三兄弟」と呼ばれた[9]

詳細情報[ソースを編集]

年度別打撃成績[ソースを編集]

















































O
P
S
2007 楽天 3 12 11 1 5 1 0 0 6 2 0 0 1 0 0 0 0 2 0 .455 .455 .545 1.000
2008 2 5 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2009 2 4 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 2 0 .000 .250 .000 .250
2010 17 54 48 7 10 3 0 0 13 1 0 0 0 0 6 0 0 13 0 .208 .296 .271 .567
2011 14 30 26 3 3 1 0 0 4 4 0 0 2 1 1 0 0 10 0 .115 .143 .154 .297
2012 79 290 254 29 75 14 3 5 110 32 1 1 7 5 19 2 5 56 2 .295 .350 .433 .783
2013 86 311 268 32 73 17 0 8 114 47 1 0 1 6 33 1 3 81 2 .272 .352 .425 .777
2014 71 251 210 25 46 9 0 5 70 31 3 1 1 2 35 0 3 66 8 .219 .336 .333 .669
2015 28 94 82 7 19 2 1 2 29 7 3 1 0 0 12 0 0 24 3 .232 .330 .354 .683
NPB:9年 302 1051 906 104 231 47 4 20 346 124 8 3 13 14 107 3 11 255 15 .255 .336 .382 .718
  • 2015年度シーズン終了時

年度別守備成績[ソースを編集]

年度 一塁 二塁 三塁 遊撃 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2007 - 3 11 7 0 4 1.000 - - -
2008 - - 2 1 2 0 1 1.000 - -
2009 - 1 2 4 0 2 1.000 1 0 1 0 0 1.000 - -
2010 3 8 0 0 0 1.000 7 10 15 0 3 1.000 4 0 4 0 0 1.000 3 1 9 0 2 1.000 4 7 0 0 0 1.000
2011 - - 5 2 8 0 0 1.000 7 4 7 0 2 1.000 -
2012 29 201 13 0 14 1.000 1 0 1 0 0 1.000 27 16 44 1 3 .984 22 22 39 8 8 .884 2 2 0 1 0 .667
2013 6 21 0 0 2 1.000 - - - 80 99 3 2 1 .981
2014 22 176 16 1 10 .995 - - - 43 68 1 1 0 .986
2015 - - - - 21 17 0 1 0 .944
通算 60 406 29 1 26 .998 12 23 27 0 9 1.000 39 19 59 1 4 .987 32 27 55 8 12 .911 150 193 4 5 0 .975

表彰[ソースを編集]

  • 月間サヨナラ賞:1回 (2012年7月)
  • イースタンリーグ優秀選手賞:1回 (2007年)

記録[ソースを編集]

背番号[ソースを編集]

  • 68 (2006年 - 2011年)
  • 32 (2012年 - )

登場曲[ソースを編集]

代表歴[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ うねめ祭り 楽天イーグルスファームブログ 2007年8月6日
  2. ^ “楽天・枡田が全4打席出塁…来季へ“光””. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年9月22日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/09/22/17.html 
  3. ^ “枡田が左膝後十字靱帯を部分損傷”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2012年9月7日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20120907-1013089.html 2012年9月15日閲覧。 
  4. ^ “星野チルドレンで楽天首位ターンあるぞ”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2012年7月16日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120716-984080.html 2012年9月7日閲覧。 
  5. ^ “枡田、11か月ぶり今季1号!星野監督の猛ゲキに“一発回答””. スポーツ報知. (2013年7月11日). http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20130711-OHT1T00175.htm 2013年7月13日閲覧。 
  6. ^ “【楽天】平石打撃コーチに変更”. nikkansports.com. (2014年1月22日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140122-1247400.html 2014年1月22日閲覧。 
  7. ^ “枡田サヨナラ弾!大久保コーチうならせた打撃は一級品”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年7月11日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/07/11/kiji/K20120711003654070.html 2012年9月15日閲覧。 
  8. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社2013年、162頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  9. ^ a b 主力を欠いても楽天はなぜ勝てる?星野采配で光る“どろんこ3兄弟””. Number Web. 文藝春秋. p. 2 (2012年5月23日). 2012年9月15日閲覧。

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]