関根大気

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関根 大気
横浜DeNAベイスターズ #63
20150322 Taiki Sekine outfielder of the Yokohama DeNA BayStars, at Seibu Prince Dome.jpeg
2015年3月22日、西武ドームにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県海部郡蟹江町
生年月日 (1995-06-28) 1995年6月28日(24歳)
身長
体重
173 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2013年 ドラフト5位
初出場 2014年10月4日
年俸 1,570万円(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

関根 大気(せきね たいき、1995年6月28日 - )は、愛知県海部郡蟹江町出身のプロ野球選手外野手)。横浜DeNAベイスターズ所属。

経歴[編集]

小学校1年生から野球を始めると[2]、愛知県春日井市立石尾台中学校時代には、軟式クラブチームの「守山クラブ」で投手中堅手としてプレー[2]東邦高等学校への進学後には、2年生から「1番・中堅手」としてレギュラーに定着したものの[2]、春夏を通じて全国大会への出場経験がなかった。ちなみに最後の夏季大会はベスト16であった。高校時代の通算本塁打は33本[3][2]で、俊足強肩の持ち主であることに加えて、厳しいトレーニングの成果で2年生の秋から28本塁打を放ったこと[4]を複数のNPB球団関係者に注目された。

2014年5月5日 横須賀スタジアムにて

2013年プロ野球ドラフト会議横浜DeNAベイスターズから5巡目で指名され、契約金3,000万円、年俸550万円(金額は推定)で契約[5]。担当スカウトは大久保弘司[3]。入団当初は背番号「52」の着用を予定していたが、同年12月にオリックス・バファローズから移籍してきたアーロム・バルディリスが、阪神・オリックス時代に着けていた同番号を希望。結局この希望を受けて、関根の背番号を「63」に変更した[6]

プロ入り後[編集]

2014年は春季キャンプ前の新人合同自主トレーニングで動きの良さを首脳陣に評価されたことから、同期の高卒新人選手からただ1人、春季キャンプの一軍メンバーに抜擢された。DeNAで高卒の新人選手が春季キャンプの最初から一軍メンバーに入ったのは、横浜ベイスターズ時代の2000年に、当時の一軍監督・権藤博の方針で(高卒を含む)新人8選手を全員一軍のキャンプへ参加させて以来14年振りである[7]。春季キャンプ中には、2月19日に実施された韓国プロ野球起亜タイガースとの練習試合で、9回裏1死満塁から「対外試合初安打・初打点」となるサヨナラ安打を放った[8]。なお、キャンプ後には一軍のオープン戦にも帯同。東邦高校卒業式の翌日(3月2日)に地元のナゴヤドームで開かれた中日ドラゴンズ戦には、家族が見守る前で、「1番・中堅手」としてスタメン出場を果たした。しかし、4打数1安打3三振に終わったことから、試合後に二軍での調整を命じられた[9]。レギュラーシーズンでは、イースタン・リーグ公式戦101試合に出場。打率.271、99安打、6本塁打という好成績を残した[10]10月4日には、東京ドームの対読売ジャイアンツ戦に、「1番・右翼手」としてスタメン起用され一軍デビュー。1回表の第1打席で小山雄輝から一軍初安打を放ったことを皮切りに、2安打を記録した[11]。オフの11月25日には、推定年俸600万円(50万円増)で契約を更改。12月には、自身と同じ左打ちの外野手であるメジャーリーガー青木宣親と共に、東京都内で自主トレーニングに励んだ[12]

2015年は前年に続いて、春季キャンプを一軍で迎えた。オープン戦の中盤に打撃不振で二軍降格の危機に見舞われた[13]が、開幕一軍入りを果たすと、巨人との開幕戦(3月27日・東京ドーム)の9回表に代打で出場。澤村拓一から一軍での初本塁打を放った[14]。開幕戦での代打本塁打はセントラル・リーグ史上8人目だが、一軍での初本塁打にもなったのはリーグ史上初の快挙[15]。また、この時点で19歳だったことから、リーグ最年少の開幕戦本塁打にもなった[14]5月22日の対阪神戦(横浜スタジアム)9回裏の走塁ミスで左足かかとを負傷したため、2日後の24日に出場選手登録を抹消[16][17]6月28日に再登録を果たした[18]が、バッティングの調子を著しく崩したことから、以降は一軍と二軍の往復に終始した[19]。一軍公式戦には58試合の出場で打率.222、1本塁打、10打点という成績にとどまったものの、11月24日には、推定年俸1,050万円(450万円増)で契約を更改。翌25日から台湾でのウィンターリーグへ派遣された[17]が、現地で右足を捻挫したため、期間中の12月8日に日本へ帰国した[20]

2016年はオープン戦で右肩を脱臼した影響で開幕一軍を逃した[21]ものの、4月30日にシーズン初の出場選手登録。関根自身には「使ってもらっている立場」との自覚があったとのことだが、登録を抹消されることなくレギュラーシーズンを乗り切った。一軍公式戦では、主に代走や、レギュラー左翼手筒香嘉智に代わるゲーム終盤の守備要員として出場。前年に比べて打席数が少なく、本塁打を1本も放てなかったが、ユーティリティプレイヤーとして随所で勝負強さを発揮した。7月5日の対東京ヤクルトスワローズ戦(横浜)では、筒香の代走から左翼の守備に就くと、8回裏に迎えた打席で2ランスクイズを成功。「2番・右翼手」としてスタメンに起用された9月15日の対阪神戦(甲子園)では、7回表1死1塁の打席で三塁打を放つことによって、チームを勝利に導いた。チームがレギュラーシーズン3位で臨んだポストシーズンでは、巨人とのクライマックスシリーズ ファーストステージ第1戦(10月8日)と第3戦(10日、いずれも東京ドーム)に途中出場。レギュラー右翼手・梶谷隆幸が1回表の打席で左手首に死球を受けた第3戦では、梶谷の代走を経て1回裏から右翼の守備に就くと、同点の2回表1死1・2塁で迎えた打席で勝ち越しの犠飛を放った。チームは後に同点へ追い付かれたものの、延長11回の末に勝利を収めたことによって、ファイナルステージへの進出を決めている。

2017年は開幕一軍入りを果たし、前年と同じく主に代走や守備固めとして29試合に出場した。しかし、打率.158と極度の打撃不振に陥り前年と比較して出番が激減した。

2018年は開幕一軍入りを逃したが、二軍で打率.308と好成績を残して一軍での成績も向上した。

選手としての特徴[編集]

50メートル走5秒台の脚力と遠投115メートルの強肩[10]、さらに高い野球センスを併せ持つ[3][22]。比較的小柄な体格ながら、高校2生の秋以降は、「掛布雅之の再来」と称されるまでに長打力を急速に開花させた[4]
DeNAへの入団後は、「愛知県出身」「走攻守が揃った右投げ左打ちの外野手」「高校からのドラフト下位指名でプロ野球選手としてのキャリアをスタート」などといった点でイチローと共通していることなどを理由に、当時の一軍監督・中畑清からイチローを超える選手になることを期待されていた[7]。ただし、本人によれば、守備の面ではプロのレベルに達していないとのことである[11]

人物[編集]

  • 名前の「大気」は、「空気が人にとって大切なように、周りから必要とされる存在になって欲しい」という願いを込めて付けられたという[7]
  • 名古屋市名東区にある東邦高校への入学直後は、高校から電車で1時間以上かかる愛知県春日井市で、実母や妹と一緒に生活。しかし、大気を女手一つで育ててきた実母の決断で、1年生の夏前に高校から自転車で10分圏内へ転居。2年生の秋から本塁打を量産するようになったのは、この転居によって練習時間を増やせたことも背景にあったとされる[3]
  • 横浜DeNAへの入団後には、同期入団の新人選手でただ1人、合宿所(神奈川県横須賀市)の自室にテレビを持ち込まなかった。また、母子家庭で育ったことから、妹の学費などを捻出する目的で1ヶ月の生活費を6万円と決めている[3]
  • 2016年のオープン戦で脱臼してから食生活を改め、肉類小麦粉揚げ物乳製品人工甘味料を避け、玄米魚類サラダを摂り、タンパク質は植物性のプロテインで補うというストイックな食事法に取り組んでいる[21][23]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2014 DeNA 3 13 12 1 3 0 0 0 3 0 1 0 0 0 0 0 1 3 0 .250 .308 .250 .558
2015 55 159 144 14 32 2 5 1 47 10 8 3 6 1 8 0 0 22 1 .222 .261 .326 .588
2016 70 106 98 15 20 1 1 0 23 7 4 4 4 0 2 0 2 18 0 .204 .235 .235 .470
2017 29 20 19 4 3 0 0 0 3 1 0 0 0 0 1 0 0 5 0 .158 .200 .158 .358
2018 29 26 25 4 7 2 1 0 11 3 2 2 1 0 0 0 0 6 0 .280 .280 .440 .720
NPB:5年 186 324 298 38 65 5 7 1 87 21 15 9 11 1 11 0 3 54 1 .218 .252 .292 .544
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



外野












2014 DeNA 3 6 0 0 0 1.000
2015 45 63 2 1 1 .985
2016 59 58 0 0 0 1.000
2017 22 6 0 0 0 1.000
2018 20 10 0 0 0 1.000
通算:5年 149 143 2 1 1 .993
  • 2018年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 63 (2014年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年11月11日閲覧。
  2. ^ a b c d 週刊ベースボール2015年1月26日号 P64
  3. ^ a b c d e DeNA・関根 寮にテレビを持ち込まないルーキー”. スポーツニッポン (2014年1月13日). 2014年2月14日閲覧。
  4. ^ a b 【阪神】“掛布2世”東邦高・関根大気がドラフト隠し玉”. スポーツ報知 (2013年10月21日). 2014年2月14日閲覧。
  5. ^ 横浜DeNA:5位指名関根と仮契約(カナロコ) 2013年11月13日。
  6. ^ 選手・チームのニュース「登録名変更および背番号変更・決定のお知らせ」”. 横浜DeNAベイスターズ公式サイト (2014年1月7日). 2014年1月30日閲覧。
  7. ^ a b c 高卒14年ぶり1軍抜てき ドラフト5位関根 ハマのイチローになれ”. スポーツニッポン (2014年1月26日). 2014年2月14日閲覧。
  8. ^ 二軍落ち免れるサヨナラ打!DeNAドラフト5位、18歳何か持ってる”. スポーツニッポン (2014年2月20日). 2014年2月20日閲覧。
  9. ^ DeNA関根二軍落ち 地元で先発も3三振「圧倒的に悔しさ残る」”. スポーツニッポン (2014年3月3日). 2014年3月3日閲覧。
  10. ^ a b 週刊ベースボール2015年1月26日号 P66
  11. ^ a b 週刊ベースボール2015年1月26日号 P67
  12. ^ DeNA 来季の顔は松坂桃李似イケメン19歳「人気はもの凄い」”. スポーツニッポン (2014年11月26日). 2015年11月25日閲覧。
  13. ^ 先月13歳で天国へ…DeNA関根 亡き従姉妹に届け開幕アピール弾”. スポーツニッポン (2015年3月18日). 2015年11月25日閲覧。
  14. ^ a b DeNA関根プロ初アーチ「この1打席にかけてた」”. 日刊スポーツ (2015年3月27日). 2015年11月25日閲覧。
  15. ^ 3月27日(金) 巨人 vs DeNA ~東京ドーム~ エキサイトベースボール
  16. ^ DeNA 関根は登録抹消へ 梶谷と東野が一軍へ”. スポーツニッポン (2015年5月23日). 2015年11月25日閲覧。
  17. ^ a b DeNA関根は450万増の1050万円も反省”. 日刊スポーツ (2015年11月24日). 2015年11月25日閲覧。
  18. ^ DeNA 関根が三浦、後藤、関根を登録、嶺井を抹消”. 日刊スポーツ (2015年6月28日). 2015年11月25日閲覧。
  19. ^ 「同じ失敗を繰り返さない」来季DeNAのセンターライン競争で生き残りを誓う、高城・倉本・関根
  20. ^ DeNA関根が右足捻挫 台湾ウインターリーグで異常”. 日刊スポーツ (2015年12月9日). 2015年12月18日閲覧。
  21. ^ a b 21歳の求道者 DeNA・関根大気の飽くなき向上心”. BASEBALL KING (2016年7月12日). 2017年11月19日閲覧。
  22. ^ ドラフト会議2013 横浜DeNAベイスターズ指名選手”. 日刊スポーツ (2013年10月). 2014年2月14日閲覧。
  23. ^ 日比野恭三 (2017年1月17日). “21歳の野球選手が僧侶的な食生活。DeNA関根大気に漂う知性、向上心。”. ニッポン野球音頭. Number Web. 2017年11月19日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]