田畑一也

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田畑 一也
読売ジャイアンツ コーチ #83
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 富山県高岡市
生年月日 (1969-02-27) 1969年2月27日(48歳)
身長
体重
178 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1991年 ドラフト10位
初出場 1993年4月11日
最終出場 2001年9月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 読売ジャイアンツ (2012 - )

田畑 一也(たばた かずや、1969年2月27日 - )は、富山県高岡市出身の元プロ野球選手投手)。現在は読売ジャイアンツ二軍投手コーチ。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

高岡第一高では県内屈指の本格派として活躍。中でも1986年第58回選抜で活躍した新湊高に対しては、1985年秋の新チームとなってからは無敗を誇っていた。1985年秋季県大会で優勝、翌1986年春の県大会・北信越大会でも準優勝し、その夏の県大会では春季県大会・北信越大会の覇者・高岡向陵高とともに大本命にあげられたが、準決勝で高岡南高に逆転サヨナラ負けを喫し、甲子園は経験できなかった。

高校卒業後、地元の北陸銀行野球部に入るも、右ひじを痛め退団と共に引退。

その後実家で大工をしていたが、遊びで福岡ダイエーホークス入団テストを受けたところ、「球速はないが、キレはある」という評価を得て、約200名の受験者の中で唯一合格。

1991年、12球団最後の指名となるドラフト10位でダイエーに入団。伊東一雄(パンチョ伊東)が同年のドラフトをもって同会議の司会進行を引退するという発表が事前にあったため、伊東が名前をコールした最後の選手となった[1]。また、読み上げた所属先は「元北陸銀行」ではなく「田畑建工」。「ご両親が喜ぶだろう」というダイエースカウトの粋な計らいだった。

プロ入り後[編集]

1993年、プロ初勝利。富山県出身のプロ野球選手としては、河文雄以来42年ぶりだった。

1995年オフに柳田聖人河野亮との交換トレード佐藤真一と共にヤクルトスワローズへ移籍。翌1996年は12勝12敗と自己最高の成績を収め監督推薦によりオールスターゲームにも出場。第3戦の富山市民球場アルペンスタジアムで凱旋登板を行う。1997年は15勝5敗とさらに成績を向上させる活躍でリーグ優勝に大きく貢献。同年古田敦也最優秀バッテリー賞受賞。ドラフト最下位指名で、ダイエー時代は通算2勝しか挙げていない田畑が最多勝を争う活躍を見せるまでになったことで、野村再生工場の最高傑作と呼ばれた[1]

1998年に右肩の故障を再発させ以後成績は低迷。2000年衣川幸夫代田建紀との交換トレードで大阪近鉄バファローズへ移籍。

2001年三澤興一玉峰伸典との交換トレードで真木将樹と共に読売ジャイアンツへ移籍。巨人では主にリリーフで活躍したが、右肩の痛みに悩まされるようになる。

2002年、肩の痛みは限界に達し、8月に現役引退を決意。9月14日読売ジャイアンツ球場での古巣ヤクルトとのイースタン・リーグ公式戦でラスト登板(事実上の引退試合)。公私に渡り親密な池山隆寛と最後に対戦した。地元からも多くの人々が観戦に駆けつけ、引退を見届けた。引退後は、スコアラーへ転進した。

2011年11月4日、読売ジャイアンツの二軍投手コーチに就任した。2012年11月17日、練習中に田中太一の投げた球が顔に直撃し、右頬骨を骨折する怪我を負った。2014年からは一軍投手コーチを務めていたが、2016年からは再び二軍投手コーチを務めることになった。2017年からは一軍投手コーチへ復帰する。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1993 ダイエー 13 2 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 133 31.1 28 7 14 0 0 23 3 0 15 15 4.31 1.34
1994 16 0 0 0 0 0 1 0 -- .000 144 31.1 39 5 9 0 2 30 3 0 22 18 5.17 1.53
1995 14 0 0 0 0 1 1 0 -- .500 98 22.0 25 2 6 0 1 20 1 0 13 10 4.09 1.41
1996 ヤクルト 33 25 4 2 1 12 12 1 -- .500 736 177.0 154 22 60 5 4 109 5 0 72 69 3.51 1.21
1997 26 25 5 3 1 15 5 0 -- .750 696 170.1 160 15 43 1 4 83 1 0 58 56 2.96 1.19
1998 12 12 1 0 0 3 7 0 -- .300 291 64.0 76 14 27 0 0 39 0 0 44 40 5.63 1.61
1999 13 9 1 1 1 1 5 0 -- .167 237 51.1 60 7 28 0 0 28 0 0 35 30 5.26 1.71
2000 近鉄 10 10 0 0 0 3 4 0 -- .429 258 53.0 67 11 30 0 3 27 2 0 42 40 6.79 1.83
2001 巨人 29 1 0 0 0 1 1 0 -- .500 132 32.0 34 4 8 0 0 17 1 1 14 13 3.66 1.31
通算:9年 166 84 11 6 3 37 36 1 -- .507 2725 632.1 643 87 225 6 14 376 16 1 315 291 4.14 1.37
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 691992年 - 1994年
  • 35 (1995年)
  • 39 (1996年 - 2000年)
  • 22 (2001年 - 2002年)
  • 97 (2012年 - 2013年
  • 76 (2014年 - 2015年
  • 71 (2016年)
  • 83 (2017年 - )

脚注[編集]

  1. ^ a b ベースボール・マガジン社『東京ヤクルトスワローズ40年史―1969ー2009ツバメの記憶』54ページ

関連項目[編集]