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中﨑翔太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中﨑 翔太
広島東洋カープ #21
2016年6月19日 マツダスタジアム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県曽於郡財部町(現:曽於市
生年月日 (1992-08-10) 1992年8月10日(34歳)
身長
体重
187 cm
100 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト6位
初出場 2012年3月30日
年俸 6200万円(2026年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

中﨑 翔太(なかざき しょうた、1992年8月10日 - )は、鹿児島県曽於郡財部町(現:曽於市)出身のプロ野球選手投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。

実兄は埼玉西武ライオンズ栃木ゴールデンブレーブスでプレーした中﨑雄太

経歴

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プロ入り前

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曽於市立財部小学校では軟式野球の財部サンデーズでプレー。曽於市立財部中学校では都城リトルシニアに所属していた。

日南学園高校では2年秋にエースとして宮崎県大会で優勝、3年春には県大会で準優勝している。

2010年10月28日に行われたドラフト会議で広島から6位指名を受けた。11月17日に契約金2500万・年俸450万円で契約した。入団当初の背番号は56[2]

広島時代

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2012年は、9月19日の東京ヤクルトスワローズ戦でプロ入り初先発し、6回まで無失点と好投するも中村悠平に頭部死球を与えて危険球退場処分を受け敗戦投手となった[3]

2013年は、4月12日の中日ドラゴンズ戦で中継ぎ登板し、失点を許すも直後に味方が逆転しプロ入り初勝利を挙げた[4]。4月20日の読売ジャイアンツ戦では、予告先発投手前田健太が右上腕三頭筋筋膜炎で登板を回避したため急遽代役を務めたが、長野久義ホセ・ロペスに本塁打を許し5回2失点で敗戦投手となった。更に5月4日の巨人戦(東京ドーム)で先発したものの、長野に満塁本塁打などを打たれ4回6失点で降板した。その後登録抹消を経て、6月8日の埼玉西武ライオンズ戦で7回を無失点に抑えプロ入り初の先発勝利を挙げた[5]

2014年は、前シーズンオフに受けた血行不良の手術の影響もあり、6月6日まで一軍昇格は無かった。昇格後はロングリリーバーとして待機していたが、7月23日のヤクルト戦(明治神宮野球場)にて初セーブを挙げると、それをきっかけに勝ち試合にも救援登板した。特に一岡竜司の離脱後は8回を投げるセットアッパーに抜擢され、夏場以降の救援陣を支えた。クライマックスシリーズでも1stステージ第2戦の延長10回、11回を無失点で投げきっている。

2015年は開幕からセットアッパー候補として一軍に帯同。2015年からの守護神であるデュアンテ・ヒース、中﨑と同じくセットアッパー候補である一岡の被安打、ないし与四球の多い不安定な内容もあり4月半ばからは抑えの座に座った。中﨑も一時は防御率5点台に達し、6月5日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では登場時にブーイングを受けた場面もあったが、そのきっかけとなった6月2日の北海道日本ハムファイターズ戦より後の試合ではセーブの失敗は無く[注 1]、6月5日以降46試合(48 1/3回)を6失点(自責5)、防御率0.93で抑え、守護神として定着した。最終的に29セーブを記録し、2010年の横山竜士以来となる球団日本人2桁セーブ投手、永川勝浩以来6年ぶりとなる球団日本人20セーブ投手となった。オフに背番号を21に変更した[2]

2016年は、春季キャンプの段階で抑えに指名された。前年苦戦した春先を含み、年間を通し不調なく登板を重ね、リーグ優勝決定までの60登板(60 1/3回)で防御率1.37を記録。今村猛ブレイディン・ヘーゲンズジェイ・ジャクソンと共に鉄壁のリリーフを形成し、チームの躍進に貢献した。ペナントレース優勝試合となる9月10日の巨人戦(東京ドーム)でも9回裏2点リードで登板しリードを守り、胴上げ投手となった。ポストシーズンにも登板、日本シリーズ進出決定試合での9回表1点リードで登板しリードを守り、シーズン2度目の胴上げ投手となった。クライマックスシリーズではファイナルステージ(対横浜DeNAベイスターズ)の第2戦、第4戦でセーブを記録したが、ファイターズとの日本シリーズではセーブ機会での登板はなく、ビジターとなる第5戦(札幌ドーム)9回裏同点での登板では西川遥輝1992年杉浦亨以来日本シリーズにおいて二人目となるサヨナラ満塁本塁打を献上し敗戦投手となった。シーズン終了後、10月18日に「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に選出された[6]が、10月31日に右腰ならびに右股関節痛のため辞退した[7]

2017年は、4月10日に右腹部の違和感で出場選手登録を抹消され、11日に広島市内の病院で「腰痛症」と診断された[8]。5月23日に一軍復帰して以降は離脱期間中にクローザーを務めていた今村猛に守護神の座を譲り、セットアッパーとしてチームを支えた。シーズン終盤に守護神に復帰すると、チーム37年ぶりのリーグ連覇を決めた9月18日の対阪神戦では1点リードの9回を三者凡退で締め、2年連続の胴上げ投手となった[9]。防御率も2年連続で1点台(1.40)を記録した。

2018年は、8月8日に史上30人目、球団では4人目となる通算100セーブを達成[10]。リーグ3連覇を決めた9月26日の対ヤクルト戦では10点リードの9回に登板し、1971年から1973年の高橋一三以来45年ぶりの快挙となる3年連続の胴上げ投手となった[11]。セーブ数は2年ぶりに30を超えた(32セーブ)。福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは第5戦(11月1日・福岡ヤフオク!ドーム)で柳田悠岐にサヨナラ本塁打を許した。前述の通り2016年の日本シリーズでもサヨナラ本塁打を許しており、日本シリーズ2度のサヨナラ被弾は史上初という不名誉な記録を残してしまった[12]

2019年は、開幕から調子が上がらず、6月上旬にはヘロニモ・フランスアにクローザーの座を譲り、6月20日には出場選手登録を抹消された[13]。その後は昇格と降格を繰り返し、36試合の登板でセーブは9つで5年ぶりに2桁を下回った。オフには右膝半月板部分切除手術した[14]

2020年は、右膝手術からリハビリの関係で前半戦絶望的だったが新型コロナウィルスの影響でプロ野球開幕が6月後半だった為開幕一軍入りを果たした。シーズン初登板初勝利を挙げたが状態が上向かず7月9日の対横浜戦では一死も取れず3失点で降板すると二軍落ち、その後右腕に異常が見つかり9月には右後上腕回旋動脈瘤切除の手術をした関係もあり自己ワーストの成績に終わる。契約更改では5800万円ダウンの推定年俸8700万円でサインした[15]

2021年は、一軍デビューした2012年以降では最少となる4試合の登板に終わった[16]。推定年俸は2100万減の6600万円となった[16]

2022年は4月末までに14試合に登板したが、1勝4敗、防御率8.03の成績[17]で5月1日に二軍落ちした[18]

2023年、8月31日に出場選手登録日数が8年に達し、国内フリーエージェント(FA)権の取得条件を満たした[19]。10月24日、NPBからFA権取得者が公示されたその日に残留することを表明した[20]

2024年は、開幕から13試合に出場し、1勝1敗、防御率3.09を記録するも5月29日に右肩の張りで登録抹消された[21]。7月3日からウエスタン・リーグで復帰、8試合連続無失点と状態を上げ、9月3日に一軍再昇格[21]、そのままシーズンを終了。シーズン通算で24登板1勝1敗、防御率1.96の成績であった。

2025年は6月下旬でも防御率0点台をキープする[22]など好調で、勝ちパターンでの登板機会も増えていた[23]。8月に入ると緊急降板が2度あった[23][24]ものの、8月上旬の時点で自身7年ぶりとなる40試合登板を達成した[24][注 2]。最終的には51試合登板となり、推定年俸1000万円増の6200万円で契約を更改した[25]

2026年、4月8日の読売ジャイアンツ戦で2019年8月21日のヤクルトスワローズ戦以来、2421日ぶりのセーブを挙げた。通算100セーブ以上の実績を持つ投手では史上最長ブランクのセーブ記録となった[26]

選手としての特徴

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スリークォーター気味に押し出すフォームが特徴[27]。一軍定着当初はカットボール気味と称される最速149km/hのストレートとスライダーを織り交ぜていたが[28][29]、リリーフ転向後にストレートの最速が155km/hに上昇し[30]、直球と球速の差が少ないツーシーム、未完成だが135km/h前後のフォークボールなどを持ち球に加えた[31]

人物

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愛称は『ザキ』、『中崎どん』、『天山[注 3]、『ピート[注 4]

日常での穏やかな顔とギャップある、マウンド上で見せる強く睨みを効かせた表情が中﨑のトレードマークとなっている。これは2014年の野村謙二郎監督から戸田隆矢と共に2人して打ち込まれた試合の後に受けた、「お前は優しい顔をしているから意識して怖い顔を作るようにしろ」とのアドバイスから作ったもの。また、同時に「2人とも強い球を、コースはどこでもいいから膝の高さに投げろ。インコースとかアウトコースとかは問わない。困った時は膝の高さに一番強い球を投げるんだ。」とも話され、それが以降の力強い直球を主体とした投球に繋がっている[32]

兄の雄太については、「将来は日本シリーズで投げ合いたいですね」と抱負を述べていた。また「誰にも優しく、陰で努力する兄を尊敬しています」と話し[33]、高校2年の誕生日に兄から貰った黄色のグラブを愛用している。

前田健太を憧れにしており、高校時代から前田が投球練習前に行っている“マエケン体操”(手をブラブラさせ肩甲骨辺りの筋肉を柔らかくさせる体操のこと。)を行っている[34]。指名挨拶を受けた後、自転車をこいで日南市で行われている秋季キャンプを見学した[35]。また、小学校の時から広島のキャンプを見学していたという。その前田が中心となって結成された『TEAM マエケン』のメンバーの一人であり(他には中田廉や大瀬良大地がいる)、2014年シーズンのオフには阪神タイガース藤浪晋太郎も含めた5人で合同自主トレを行なった。

リリーフへの本格転向以降、午前中からトレーニングジムへ通うなどトレーニングを欠かさない。また、2015年春に緒方孝市監督から受けた「プロ野球選手というレールから逸れることはできない。私生活からしっかり覚悟を持ってやることが大事」という話もあり、前年まで失敗を忘れるためもありビール焼酎などを飲んでいたが、それが同じ失敗を繰り返すことにつながるとして禁酒、先輩などからの食事の誘いも断るなどストイックな面も見せた[31]

2019年3月16日、出身地・鹿児島県曽於市のPR大使に就任[36][37]

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
2012 広島 1210000101.0008421.01518011410762.571.10
2013 17110002701.22227360.16773111401041395.821.62
2014 32000023110.40019343.24521513320020193.921.37
2015 690000062911.00030073.06542301610020192.341.21
2016 61000034347.42925161.1502192254001191.321.13
2017 590000411025.80021857.233220003600991.400.92
2018 68000042326.66729366.16672931560023202.711.43
2019 3600003395.50017135.14431722230024164.081.73
2020 6000010001.000255.083300300559.002.20
2021 400000000----244.0902001008613.502.75
2022 2800002507.28610823.22761031180019176.461.56
2023 35000010071.00013233.0251612240013102.730.94
2024 2400001103.5009423.02412011610551.961.13
2025 51000032014.60017242.0362924291012112.361.07
通算:14年 50212000263511597.4262338549.1514411941519407402171913.131.29
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績

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投手












2012 広島 1203001.000
2013 17313001.000
2014 3217001.000
2015 69412021.000
2016 614710.917
2017 59112021.000
2018 681911.909
2019 363910.923
2020 601001.000
2021 410001.000
2022 2818001.000
2023 3523001.000
2024 2405001.000
2025 51112001.000
通算 5022210135.976
  • 2025年度シーズン終了時

記録

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初記録
投手記録
  • 初登板:2012年3月30日、対中日ドラゴンズ1回戦(ナゴヤドーム)、6回裏に3番手で救援登板、1回1/3を1失点
  • 初奪三振:同上、7回裏に谷繁元信から空振り三振
  • 初先発登板:2012年9月19日、対東京ヤクルトスワローズ21回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、6回0/3を2失点(自責点1)で敗戦投手
  • 初ホールド:2012年10月5日、対中日ドラゴンズ24回戦(ナゴヤドーム)、7回裏に2番手で救援登板、1回無失点
  • 初勝利:2013年4月12日、対中日ドラゴンズ1回戦(ナゴヤドーム)、7回裏に2番手で救援登板、1回1失点
  • 初先発勝利:2013年6月8日、対埼玉西武ライオンズ3回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回無失点[38]
  • 初セーブ:2014年7月23日、対東京ヤクルトスワローズ13回戦(明治神宮野球場)、11回裏に7番手で救援登板・完了、1回無失点[39]
打撃記録
  • 初打席:2012年9月19日、対東京ヤクルトスワローズ21回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2回裏に赤川克紀から三振[40]
節目の記録
  • 100セーブ:2018年8月8日、対中日ドラゴンズ17回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表に6番手で救援登板・完了、1回無失点 ※史上30人目
  • 500試合登板:2025年9月12日、対中日ドラゴンズ24回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8回表に2番手で救援登板、1回無失点 ※史上113人目[41]
  • 100ホールド:2026年5月13日、対読売ジャイアンツ7回戦(セーレン・ドリームスタジアム)、9回裏に4番手で救援登板、1回無失点 ※史上55人目、100セーブと両方の達成は史上10人目[42]
その他の記録

背番号

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  • 56(2011年[2] - 2015年)
  • 21(2016年[2] - )

脚注

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注釈

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  1. 負けが付いた試合はいずれも同点で登板し失点。8月7日の読売ジャイアンツ戦のセーブ機会での登板では片岡治大へ頭部四球を与え危険球退場となったが後を受けた一岡がゲームセットまで投げきり試合は負けなかった。また、4点差ある場面で登板した8月26日の阪神タイガース戦では2失点で中﨑は途中で降板となり、大瀬良大地が登板しセーブを記録している。
  2. 2018年に68試合に登板して以降は、後述の通り一度も登板数が40試合を超えたシーズンがなかった。
  3. 容姿やマウンドでの睨みを効かせた表情が新日本プロレス所属のプロレスラー・天山広吉に通じることから。菊池涼介石原慶幸などチームメイトからそのような弄りを受けている。
  4. 容姿がアメリカFOXのアニメ『ファミリー・ガイ』に登場するピーター・グリフィンと通じることから。当時チームメイトのデニス・サファテが名付け親で、カープに所属する外国人選手へ受け継がれている。

出典

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  1. 広島 - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2025年11月30日閲覧
  2. 1 2 3 4 広島アスリートマガジン編集部「【カープ背番号の系譜】“球団初”の文字が並ぶ。3年連続で胴上げ投手にもなった守護神のナンバー<2021編集部セレクション>」『アスリートマガジンWEB』2022年1月6日。2025年8月27日閲覧
  3. 中崎 納得のプロ初先発「ピンチはあったが、何とか抑えられた」」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2012年9月19日。2013年5月5日閲覧
  4. 中崎 3年目の初勝利も失点後の逆転に「うれしさはない」」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年4月12日。2013年5月5日閲覧
  5. 【広島】中崎7回無失点で先発初勝利」『日刊スポーツ』2013年6月8日。2013年6月9日閲覧
  6. 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧
  7. 侍ジャパン強化試合 出場選手変更のお知らせ 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月31日) 11月4日閲覧
  8. 広島中崎が腰痛症と診断 痛み引き次第練習再開へ」『日刊スポーツ』2017年4月12日。2019年10月30日閲覧
  9. 広島・中崎、2年連続の“胴上げ投手”「なかなか経験できることじゃない」」『SANSPO.COM』2017年9月18日。2019年10月30日閲覧
  10. 広島中崎、100セーブ達成は球団史上4人目 トップは永川の165セーブ」『Full-Count』2018年8月9日。2019年10月30日閲覧
  11. 中崎 45年ぶりの快挙 3年連続胴上げ投手」『デイリースポーツ online』2018年9月26日。2019年10月30日閲覧
  12. 広島崖っ縁 中崎屈辱…シリーズ史上初2度目サヨナラ被弾」『スポーツニッポン』2018年11月2日。2019年10月30日閲覧
  13. 中崎 ついに2軍落ち 荷物まとめ「見ての通りです」」『デイリースポーツ online』2019年6月19日。2019年10月30日閲覧
  14. 広島中崎リハビリ、シーズン中に手術しなかった理由」『日刊スポーツ』2019年11月14日。2021年5月2日閲覧
  15. 広島・中崎 守護神勝ち取る! 5800万円減…復活へ「秘めるものあります」」『デイリースポーツ』2020年11月24日。2021年5月2日閲覧
  16. 1 2 広島・中崎、減額制限に迫る2100万円減「契約してもらえるだけでありがたい」」『デイリースポーツ』2021年11月16日。2021年12月22日閲覧
  17. 個人年度別成績 中﨑翔太」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月1日閲覧
  18. 2022年5月1日の出場選手登録、登録抹消」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月1日閲覧
  19. 【広島】中崎翔太が国内FA取得「支えてくれた方々に感謝」通算115セーブもケガ乗り越え勲章」『日刊スポーツ』2023年8月31日。2024年3月29日閲覧
  20. 前原淳「【広島】中崎翔太が残留を明言「カープで」今季FA取得も早々と「新井さんと一緒に優勝したい」」『日刊スポーツ』2023年10月23日。2023年10月23日閲覧
  21. 1 2 【広島が中崎、佐藤を出場選手登録 2日に抹消されていたコルニエル、田村に代わり1軍昇格」『デイリースポーツ』2024年9月3日。2024年11月3日閲覧
  22. 「ほんま心強い」広島の中﨑翔太が完璧な火消し 宇佐見、大島と連続三振で窮地を脱する」『日テレNEWS NNN』2025年6月28日。2025年8月27日閲覧
  23. 1 2 広島・中崎翔太が1球で負傷降板 打球が左足付近を直撃」『サンスポ』2025年8月1日。2025年8月27日閲覧
  24. 1 2 広島・中崎翔太、無念の負傷降板 中日・ブライトの打球を利き手で捕りにいくも…はじいて安打に、苦悶の表情うかべる」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』2025年8月10日。2025年8月27日閲覧
  25. 広島 7年ぶり50試合登板の中崎翔太は1000万円増の年俸6200万円 堂林翔太は1200万円ダウン」『スポニチ Sponichi Annex』2025年11月25日。2026年4月21日閲覧
  26. 広島・中﨑翔太 2421日ぶりのセーブ 華麗なる復活に指揮官絶賛「さすがザキ」」『スポニチ Sponichi Annex』2026年4月7日。2026年4月21日閲覧
  27. 「週刊ベースボール」 2013年11月11日号【2013ドラフト総決算号】ベースボール・マガジン社 JANコード:4910204421135
  28. 広島・中崎 マエケン不在救った 7回無失点2勝目」『スポニチ Sponichi Annex』2013年6月9日。2016年7月18日閲覧
  29. “大竹の弟”中崎、魔球に首脳陣合格点」『デイリースポーツ』。2012年2月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月12日閲覧
  30. 中崎飛躍へ!来季防御率0点台誓った」『デイリースポーツ』2015年10月25日。2016年7月18日閲覧
  31. 1 2 中国新聞2015年9月17日朝刊分、月刊付録 CARP TIMES内 特集 中崎翔太ロングインタビュー 中国新聞社
  32. 野村謙二郎『変わるしかなかった』広島アスリートマガジン編集部、2015年。ISBN 978-4-584-13627-0
  33. 高校野球:兄との誓い「プロで果たす」日南学園・中崎投手 - 宮崎大会 asahi.com、2010年7月26日
  34. 広島ドラ6中崎「マエケン体操」に元祖快諾 日刊スポーツ、2010年11月6日付け記事
  35. 中崎 自転車こいで広島キャンプを見学 スポーツニッポン、2010年10月31日付け紙面
  36. 中崎、地元・曽於市PR大使就任式参加「何か貢献できたら」」『デイリースポーツ』2019年3月16日。2019年4月20日閲覧
  37. 曽於市PR大使|行政情報|曽於市」『鹿児島県曽於市』。2019年4月20日閲覧
  38. 中崎 プロ入り初の先発勝利にもポツリ「疲れました…」」『日刊スポーツ』2013年6月8日。2013年6月8日閲覧
  39. 広島中崎がプロ初S「無心で投げました」『日刊スポーツ』2014年7月23日。2014年7月24日閲覧
  40. 09月19日(水)広島東洋カープ-東京ヤクルトスワローズ」『東京ヤクルトスワローズ公式サイト』。2012年11月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年1月19日閲覧
  41. 広島 中崎翔太がプロ野球113人目の通算500試合登板 プロ15年目右腕」『スポニチ Sponichi Annex』2025年9月13日。2025年9月13日閲覧
  42. 中崎翔太、史上10人目の100セーブ・100ホールド達成 5月13日巨人戦 | 広島東洋カープ | 中国新聞デジタル”. 中崎翔太、史上10人目の100セーブ・100ホールド達成 5月13日巨人戦 | 広島東洋カープ | 中国新聞デジタル (2026年5月13日). 2026年5月13日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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