紀藤真琴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
紀藤 真琴
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市
生年月日 (1965-05-12) 1965年5月12日(52歳)
身長
体重
178 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1983年 ドラフト3位
初出場 1987年5月28日
最終出場 2005年8月11日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

紀藤 真琴(きとう まこと、1965年5月12日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手投手)、プロ野球コーチ

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

中京高校時代は控え投手兼任外野手として、1982年第54回選抜第64回全国選手権1983年第65回全国選手権に出場。主戦投手の野中徹博との2枚看板、Wエースと言われ、球威は野中が一番だが、球速は紀藤が一番とも言われた。甲子園では3試合に野中をリリーフして登板。

その後、1983年ドラフト会議広島東洋カープから3位指名を受け入団。

プロ入り後[編集]

広島時代[編集]

プロ入り1年目の1984年から3年間は二軍生活が続き、一軍登板はなかった。

1987年に初登板を果たす。この年は勝利投手にはなれなかったものの18試合に登板し、頭角を現す。

1988年は中継ぎ中心ながら10試合で先発で投げ、4勝3敗、防御率3.66の成績を残した。

1989年は中継ぎとしてリーグトップの61試合登板を果たした。この年は先発での登板はなかったが4勝1敗7セーブ、防御率2.68と好成績を残した。

1990年は前年より登板数が減り、36試合の登板にとどまったが、防御率2.58とこの年も安定感があった。

1991年も36試合に登板し、安定感は欠いたがセントラル・リーグ優勝に貢献。しかし、西武ライオンズとの日本シリーズでは第1戦、第6戦に登板したもの、2回とも満塁弾を打たれKOされた。

1992年は21試合に登板。

1993年も20試合の登板で前年とそれほど変わらなかった。

1994年からは先発へ転向、自身最高となる16勝5敗の成績を残し、4試合連続2ケタ奪三振、最高勝率を記録する。

1995年10月8日の巨人戦では、この試合が引退試合となった原辰徳に引退の花道を飾るホームランを打たれた(ただし紀藤は勝利投手になり10勝目を挙げている)。

1996年もシーズンでは12勝を挙げ3年連続2桁勝利をあげたが後半戦6連続先発失敗し優勝を逃す要因になってしまった、この年以降は衰えが顕著になる。

1997年はわずか1勝しか挙げられなかった。

1998年も勝ち星を伸ばせず、3勝8敗の成績で終わった。

1999年は24試合のうち14試合に先発として登板したが5勝6敗という成績で終わった。防御率は3点台後半だったがこれまで程の不振ではなかった。

2000年は先発で結果を残せず、抑えとして登板し、5セーブを挙げたものの登板数を増やすまでには至らなかった。オフに鶴田泰との交換トレードで中日ドラゴンズへ移籍。

中日時代[編集]

2001年は21試合に登板したが全て中継ぎだった。防御率は3.20と悪くはなかった。

2002年は30試合のうち7試合に先発として登板。4勝4敗1セーブで防御率は2.85と安定感があった。

2003年には主に先発で登板、防御率4.78と安定感を欠いたが、7勝8敗の成績をあげた。

2004年は12試合の登板に終わった。シーズンオフに球団から戦力外通告を受け、その後無償トレード楽天イーグルスへ移籍。

楽天時代[編集]

2005年は創設一年目で全盛期を過ぎたベテラン選手が多く、その選手を多く起用せざるを得なくなったチーム事情において自身は先発投手を任されるが、打ち込まれることが多くかつての安定感を取り戻すことはできなかった。わずか8試合で0勝5敗、防御率6.25という不本意な成績で終わり、この年の楽天のオフはベテラン選手や新外国人選手などを大量に戦力外を通告したが、自身も戦力外通告を受け、現役を引退。満塁本塁打の記録をもつ中村剛也から初めて満塁本塁打を打たれた投手である(6月26日西武戦、出典週刊ベースボール2015年8月31日号、P57)。

引退後[編集]

2006年から楽天の二軍投手コーチに就任、2007年からは一軍投手コーチに昇格。2008年まで務め、田中将大岩隈久志を育てた。2008年は楽天球団初のチーム防御率3点台だった。

2009年水戸市にあるパーソナル電電株式会社の執行役員となり、市内の少年野球チームの監督を務めた。

2010年興農ブルズの投手コーチを1年間務め、2011年から2013年まで統一セブンイレブン・ライオンズの投手コーチを務めた。

2014年からは、再び先述の会社へ戻り、同時に野球教室「紀藤塾」を開校。小学生から社会人まで幅広く指導をしている。また、同社には同じく元プロ野球選手の一場靖弘がいる。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1987 広島 18 4 0 0 0 0 3 0 -- .000 208 48.0 50 9 19 1 0 47 1 1 23 19 3.56 1.44
1988 31 10 1 0 0 4 3 0 -- .571 396 93.1 83 9 36 1 3 71 1 0 40 38 3.66 1.28
1989 61 0 0 0 0 4 1 7 -- .800 371 90.2 71 11 27 3 4 89 6 0 28 27 2.68 1.08
1990 36 2 0 0 0 3 1 1 -- .750 263 66.1 47 7 22 2 1 53 1 0 21 19 2.58 1.04
1991 36 2 0 0 0 3 3 0 -- .500 321 75.0 79 8 24 5 4 59 1 0 39 37 4.44 1.37
1992 21 0 0 0 0 0 0 1 -- ---- 123 27.2 28 2 16 2 1 27 1 0 14 14 4.55 1.59
1993 20 0 0 0 0 1 1 0 -- .500 96 21.0 24 1 10 0 1 26 3 0 10 8 3.43 1.62
1994 30 25 8 1 0 16 5 0 -- .762 758 181.1 178 28 56 1 2 149 5 0 82 80 3.97 1.29
1995 27 25 7 2 1 10 9 1 -- .526 699 169.2 156 20 47 2 3 133 5 0 75 73 3.87 1.20
1996 26 26 6 1 0 12 7 0 -- .632 719 164.1 176 21 56 2 5 114 3 0 85 78 4.27 1.41
1997 17 8 1 1 0 1 5 0 -- .167 225 49.1 63 11 20 2 2 38 0 0 33 31 5.66 1.68
1998 18 17 1 1 0 3 8 0 -- .273 414 94.2 110 16 30 1 1 64 1 1 56 53 5.04 1.48
1999 24 14 4 2 1 5 6 0 -- .455 415 100.0 95 12 21 2 6 79 4 0 45 44 3.96 1.16
2000 15 4 0 0 0 3 3 5 -- .500 145 34.1 38 4 11 1 1 29 0 0 17 16 4.19 1.43
2001 中日 21 0 0 0 0 2 0 0 -- 1.000 104 25.1 24 4 5 0 0 28 2 0 9 9 3.20 1.14
2002 30 7 0 0 0 4 4 1 -- .500 301 72.2 76 6 12 1 2 53 1 0 24 23 2.85 1.21
2003 23 17 0 0 0 7 8 0 -- .467 381 88.0 97 20 21 0 5 57 0 0 54 48 4.91 1.34
2004 12 1 0 0 0 0 1 0 -- .000 89 18.2 28 5 8 0 1 10 0 0 17 17 8.20 1.93
2005 楽天 8 8 0 0 0 0 5 0 0 .000 168 36.0 49 9 10 0 2 20 1 0 28 25 6.25 1.64
通算:19年 474 170 28 8 2 78 73 16 0 .517 6196 1456.1 1472 203 451 26 44 1146 36 2 700 659 4.07 1.32
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

  • 月間MVP:2回 (1994年8月、1996年5月)

記録[編集]

初記録
  • 初登板:1987年5月28日、対ヤクルトスワローズ7回戦(広島市民球場)、8回表に5番手で救援登板・完了、2回無失点
  • 初奪三振:同上、8回表に八重樫幸雄から
  • 初先発:1987年10月4日、対中日ドラゴンズ25回戦(広島市民球場)、6回2/3を2失点(自責点1)で敗戦投手
  • 初勝利・初先発勝利:1988年4月27日、対中日ドラゴンズ2回戦(広島市民球場)、7回3失点
  • 初完投勝利:1988年10月12日、対横浜大洋ホエールズ25回戦(広島市民球場)、9回1失点
  • 初セーブ:1989年4月15日、対読売ジャイアンツ1回戦(東京ドーム)、8回裏に2番手で救援登板・完了、2回無失点
  • 初完封勝利:1994年9月4日、対ヤクルトスワローズ23回戦(広島市民球場)
節目の記録
  • 1000投球回:1998年4月17日、対ヤクルトスワローズ1回戦(福岡ドーム)、2回裏3死目に度会博文を三直で達成 ※史上275人目 
  • 1000奪三振:2001年9月16日、対読売ジャイアンツ28回戦(ナゴヤドーム)、7回表に清原和博から ※史上106人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 55 (1984年 - 1987年、2001年)
  • 12 (1988年)
  • 11 (1989年 - 2000年)
  • 17 (2002年 - 2004年)
  • 30 (2005年)
  • 71 (2006年 - 2008年)
  • 91 (2010年 - 2013年)

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]