公文克彦

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公文 克彦
埼玉西武ライオンズ #23
Kumon.jpg
日本ハム時代
(2018年3月13日 マツダスタジアムにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 高知県安芸郡芸西村
生年月日 (1992-03-04) 1992年3月4日(30歳)
身長
体重
173 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト4位
初出場 2013年9月25日
年俸 4050万円(2022年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

公文 克彦(くもん かつひこ、1992年3月4日 - )は、高知県安芸郡芸西村出身のプロ野球選手投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

高知高等学校では、2年時の夏に第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。1回戦の中田廉上本崇司擁する広陵高等学校戦で5点差をつけられた6回から登板するも、味方が同点に追いついた直後の8回に勝ち越しを許して敗戦投手となり、5-8で初戦敗退に終わった。2年時の秋からはエースとなり、3年時の夏は高知県大会決勝で明徳義塾高等学校石橋良太と投げ合った末に3-2で勝利。同校3年連続の甲子園出場に貢献した。第91回全国高等学校野球選手権大会では、1回戦の如水館高等学校戦で史上初となる2日連続雨天ノーゲームの末に、160球を投げ切って14奪三振を記録し、9-3で完投勝利した[2]。なお、ノーゲームの試合は、いずれも0-2と5-6で如水館高がリードしていた。2回戦は、庄司隼人擁する常葉橘高等学校に打ち込まれ6回7失点で降板し、チームも6-7で敗退した。甲子園通算成績は3試合の登板で、19回19奪三振、防御率6.16であった。野球部の同期には木下拓哉がいる。

高校卒業後は、社会人野球大阪ガスに入団。2年目から公式戦に登板し、第82回都市対抗野球大会ではNTT西日本の補強選手になったが登板機会はなかった。3年目は、第83回都市対抗野球大会パナソニックの補強選手として出場[3]。初戦で山中浩史擁するHonda熊本と対戦し、2番手で登板し無失点に抑える好救援を見せ、チームも2-1で勝利した。しかし、先発したベスト8のJX-ENEOS戦では制球に苦しみ2回途中3失点で降板し、チームも5-9で敗退した。大会後に発覚したチーム内の不祥事により8月31日から6か月の対外試合禁止が下されたため、第38回社会人野球日本選手権大会などには出場できなかった。

2012年10月25日に行われたドラフト会議では、読売ジャイアンツから4位指名を受け[4]、契約金5000万円、年俸1000万円(推定)という条件で入団した[5][注釈 1]。背番号は57

巨人時代[編集]

巨人時代(2013年7月18日、こまちスタジアムにて)

2013年は、開幕を二軍で迎え、イースタン・リーグで主にリリーフとして起用された。チーム内で2位となる45試合に登板し、0勝5敗、防御率2.68と一定の成績を残すと、すでに巨人の優勝が決まった9月25日に一軍初昇格[6]。同日の東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)でプロ初登板し、1イニングを無失点に抑えた[6]。最終的に、一軍では3試合に登板した。

2014年は、一軍登板がなかった。

2015年は、一軍では同じ左腕の高木京介戸根千明が活躍したため[7][8]、この年も二軍暮らしに終わった。10月初旬、二軍監督の岡崎郁に「一軍に左の横投げはいないし、腕を下げたりして違う環境でやってみたらどうか」と提案され、10月のフェニックスリーグからサイドスローに転向した。

2016年は、4月23日の横浜DeNAベイスターズ戦に救援登板して以来、12試合で救援として登板したものの、左肩を痛め、6月2日に登録抹消となった。

日本ハム時代[編集]

2016年シーズン終了後に、吉川光夫石川慎吾との交換トレードで、大田泰示と共に北海道日本ハムファイターズへ移籍した[9][10]。背番号は49

2017年は、6月14日の中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で、延長11回裏に登板。1回を無失点に抑えた末に、一軍公式戦での初勝利を挙げた。シーズン全体では、一軍公式戦41試合に登板。3勝0敗、防御率2.70という成績を残した。

2018年は、レギュラーシーズンの開幕直後に一時二軍へ降格しながらも、セットアッパーとして一軍公式戦でチーム最多の57試合に登板。2勝0敗11ホールド、防御率2.17という好成績を残したことから、シーズン終了後の契約交渉では、推定年俸4100万円(前年から2370万円増)という条件で契約を更改した[11]

2019年は、8月29日の埼玉西武ライオンズ戦(帯広の森野球場)7回表に救援で登板。チームは試合に敗れたものの、自身は1イニングを三者凡退に抑えて交代したため、巨人時代のチームメイトである高木京介が保持していた「(一軍)公式戦の初登板から165連続登板機会無敗」という日本プロ野球記録を更新した[12]。一軍公式戦全体では、61試合の登板で17ホールドを記録(いずれも自己最多記録)。防御率は3.96と前年を上回ったものの、無敗のままシーズンを終えたため、連続登板機会無敗記録は174試合にまで伸びた。

2020年は、シーズン9試合目の登板となった、7月11日のオリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)で、同点の8回裏に自身のフィルダースチョイスなどで4点を失ったことで、一軍公式戦では初めての黒星を喫し、連続登板機会無敗記録は182試合で止まった[13]。さらに、15試合目の登板となった同29日のオリックス戦(札幌ドーム)で左足の内転筋に肉離れが生じたため、翌30日に出場選手登録を抹消された[14]。9月13日に一軍復帰を果たしたが、復帰後は14試合で16失点と本来のピッチングからは程遠い状態で10月29日に再び登録抹消され、そのまま二軍でシーズンを終えた。最終成績は、29試合の登板で0勝2敗8ホールド1セーブ、防御率7.88とであった。

2021年は、開幕一軍を逃した。前半戦を終えて10試合の登板で防御率3.68だったが、被打率.387と打ち込まれていた。エキシビションマッチでも4試合の登板で防御率9.00・被打率.444と打ち込まれた。

西武時代[編集]

2021年8月12日に佐藤龍世木村文紀との2対2トレードで平沼翔太と共に埼玉西武ライオンズへの移籍が発表された[注釈 2][16]。背番号は23

一軍で左の中継ぎが武隈祥太に限られるチーム事情があり、早期の一軍昇格が期待されていたが、左肩のコンディション不良などがあり調整が遅れ、移籍後初の一軍昇格が9月16日までずれ込んだ[17]。昇格後は主に左のワンポイントとして起用され、イニング途中からの登板も多かったが、前の投手が残した走者を還してしまう場面が目立った[18][19][20]。オフに、950万円減となる推定年俸4050万円で契約を更改した[21]

選手としての特徴・人物[編集]

投球フォーム(巨人時代)

最速152km/hのストレートスライダーが武器[3]。ファイターズのチームメイトである宮西尚生と同様、プロ入りから1度も先発したことがない。

小学校時代は、阪神タイガースがキャンプをしている安芸市営球場まで練習見学に通っており、初めて貰えたサインは藤川球児からである[22]

2013年10月25日、社会人時代の2012年6月に左肩を痛め入院した際に知り合った看護師の女性と結婚した[23]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2013 巨人 3 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 13 3.0 4 0 1 0 0 4 0 0 0 0 0.00 1.67
2016 12 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 50 11.2 10 1 3 0 2 12 1 0 5 5 3.86 1.11
2017 日本ハム 41 0 0 0 0 3 0 0 3 1.000 154 36.2 39 2 8 2 2 33 2 0 11 11 2.70 1.28
2018 57 0 0 0 0 2 0 0 11 1.000 226 54.0 51 3 14 3 1 52 3 0 15 13 2.17 1.20
2019 61 0 0 0 0 2 0 1 17 1.000 213 52.1 41 5 18 3 1 31 1 0 24 23 3.96 1.13
2020 29 0 0 0 0 0 2 1 8 .000 116 24.0 33 3 11 1 0 19 0 0 24 21 7.88 1.83
2021 10 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 34 7.1 12 1 2 0 1 6 0 1 3 3 3.68 1.91
西武 14 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 43 11.1 8 0 3 0 0 8 0 0 1 1 0.79 0.97
'21計 24 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 77 18.2 20 1 5 0 1 14 0 1 4 4 1.93 1.34
通算:7年 227 0 0 0 0 7 2 2 42 .778 849 200.1 198 15 60 9 7 165 7 1 83 77 3.46 1.29
  • 2021年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2013 巨人 3 0 1 0 0 1.000
2016 12 0 1 0 0 1.000
2017 日本ハム 41 1 8 0 0 1.000
2018 57 1 10 0 0 1.000
2019 61 4 10 1 1 .933
2020 29 3 4 0 0 1.000
2021 10 1 2 0 0 1.000
西武 14 1 2 0 0 1.000
'21計 24 2 4 0 0 1.000
通算 227 11 38 1 1 .980
  • 2021年度シーズン終了時

記録[編集]

初記録
その他の記録
  • 初登板からの連続登板試合無敗記録:182試合(2013年9月25日 - 2020年7月9日)※プロ野球記録[13]

背番号[編集]

  • 57(2013年 - 2016年)
  • 49(2017年 - 2021年8月11日)
  • 23(2021年8月12日 - )

登場曲[編集]

  • 「紅空」lecca(2013年)
  • 「獅子奮陣」lecca(2015年)

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ この会議では、大阪ガスのチームメイトだった松永昂大千葉ロッテマリーンズから1位指名を受け、入団した。
  2. ^ 本来のトレード期限は7月31日までだが、2021年は東京オリンピック開催に伴うシーズン中断が生じることから、日本野球機構(NPB)と加盟12球団との合意により、同年はトレード期限が8月31日まで延長となっていた[15]

出典[編集]

  1. ^ 西武 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2021年12月2日閲覧。
  2. ^ 高知 雨のち雨のちあっぱれ!公文が熱投160球”. スポニチ Sponichi Annex (2009年8月12日). 2009年8月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月23日閲覧。
  3. ^ a b 第83回 都市対抗野球大会 補強選手紹介”. パナソニック野球部 (2012年6月21日). 2013年1月23日閲覧。
  4. ^ ドラフト会議で菅野投手ら7選手の交渉権獲得”. 読売ジャイアンツ (2012年10月25日). 2012年10月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月23日閲覧。
  5. ^ ドラフト指名選手契約状況一覧 - ドラフト会議2012ニュース”. 日刊スポーツ (2012年11月23日). 2021年9月27日閲覧。
  6. ^ a b “公文、147キロ直球で0封デビュー!原監督「素晴らしい」”. スポーツ報知. (2013年9月26日). オリジナルの2013年9月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130926051048/https://hochi.yomiuri.co.jp/giants/news/20130926-OHT1T00030.htm 2021年9月26日閲覧。 
  7. ^ 巨人・高木京介投手 松井秀喜からの厳しくも温かいエール | ショウアップナイター” (日本語). BASEBALL KING. 2022年7月22日閲覧。
  8. ^ 【プロ野球「あいつ今季、何してた?」投手編】2ケタ勝利の若松駿太(中日)に鉄腕候補の戸根千明は…” (日本語). 週刊野球太郎. 2022年7月22日閲覧。
  9. ^ “日本ハム移籍の巨人・大田、公文がコメント「北海道で活躍する姿見て」”. スポニチアネックス. (2016年11月2日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/02/kiji/K20161102013648620.html 2016年11月2日閲覧。 
  10. ^ トレード|2016年度公示”. 日本野球機構. 2016年11月4日閲覧。
  11. ^ “日ハム公文が大幅アップの4100万円でサイン 「50試合を続けることが大事」”. Full-Count. (2018年11月30日). https://full-count.jp/2018/11/30/post258255/ 2019年8月29日閲覧。 
  12. ^ “日本ハム公文プロ新のデビューから165戦負けなし”. 日刊スポーツ. (2019年8月29日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201908290000636.html 2019年8月29日閲覧。 
  13. ^ a b ““負けない男”日本ハム公文、ファンブルでストップ”. 日刊スポーツ. (2020年7月11日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202007110000819.html 2020年7月13日閲覧。 
  14. ^ “日本ハム・公文が左足内転筋肉離れ、7月29日登板時に違和感 復帰まで4週間”. スポーツニッポン. (2020年7月30日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/07/30/kiji/20200730s00001173267000c.html 2020年7月30日閲覧。 
  15. ^ NPBがトレード期限など8月31日まで延長 五輪開催に伴う特例措置”. 日刊スポーツ (2021年6月23日). 2021年8月13日閲覧。
  16. ^ 西武と日本ハムで2対2交換トレード 木村、佐藤がハム、平沼、公文が西武”. 日刊スポーツ (2021年8月12日). 2021年8月12日閲覧。
  17. ^ 【西武】公文克彦、移籍後初昇格へ…左不足のブルペン陣を救う”. スポーツ報知 (2021年9月16日). 2021年9月26日閲覧。
  18. ^ 西武・水上が今季2失点目 緊急登板で無失点投球も続投した6回に1失点”. 東スポ (2021年9月19日). 2021年9月26日閲覧。
  19. ^ 西武・松本が7回途中6安打3失点の好投も8勝目ならず「悔しいです」”. 東スポ (2021年9月23日). 2021年9月26日閲覧。
  20. ^ 西武は8失点で連敗 渡辺が先輩との先発対決で5回途中5失点 山川の18号も空砲”. 西日本スポーツ (2021年9月26日). 2021年9月26日閲覧。
  21. ^ 西武・内海は4500万円 投手コーチ兼任「両方で頑張っていけたら」”. サンケイスポーツ (2021年12月2日). 2022年1月29日閲覧。
  22. ^ 公文 先輩の「松永さんだけには絶対負けません」”. スポニチ Sponichi Annex (2012年10月26日). 2013年1月23日閲覧。
  23. ^ 巨人の21歳セットアッパー公文が結婚 入院で知り合ったナースと”. スポニチ Sponichi Annex (2013年11月16日). 2013年11月25日閲覧。
  24. ^ “日本ハム・公文、5年目で待望のプロ初勝利「素直にうれしいです」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2017年6月14日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/06/14/kiji/20170614s00001173413000c.html 2017年6月14日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]