公文克彦

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公文 克彦
北海道日本ハムファイターズ #49
Kumon katsuhiko.jpg
巨人時代
(2013年7月18日、こまちスタジアムにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 高知県安芸郡芸西村
生年月日 (1992-03-04) 1992年3月4日(25歳)
身長
体重
173 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト4位
初出場 2013年9月25日
年俸 900万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

公文 克彦(くもん かつひこ、1992年(平成4年)3月4日 - )は、高知県安芸郡芸西村出身のプロ野球選手投手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

高知高では、2年時の夏に第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。1回戦の中田廉上本崇司擁する広陵高戦で5点差をつけられた6回から登板するも、同点に追いついた直後の8回に勝ち越しを許し敗戦投手となり、5-8で初戦敗退に終わった。2年時の秋からはエースとなり、3年時の夏は決勝で明徳義塾高校石橋良太と投げ合い3-2で勝利し、高知県予選を制し同校3年連続の甲子園出場に貢献する。第91回全国高等学校野球選手権大会では、1回戦の如水館高戦で史上初となる2日連続雨天ノーゲームの末に、160球を投げ切り14奪三振をマークし9-3で完投勝利した[2]。ノーゲームの試合は、いずれも0-2と5-6で如水館高がリードしていた。2回戦は、庄司隼人擁する常葉橘高に打ち込まれ6回7失点で降板し、チームも6-7で敗退した。甲子園通算3試合、19回19奪三振、防御率6.16。野球部の同期には木下拓哉がいる。

高校卒業後は、社会人野球大阪ガスに入団。2年目の2011年から公式戦に登板。同年の第82回都市対抗野球大会ではNTT西日本の補強選手になったが登板機会は無かった。3年目の2012年は、第83回都市対抗野球大会パナソニックの補強選手として出場[3]。初戦で山中浩史擁するHonda熊本と対戦し、2番手で登板し無失点に抑える好救援を見せ、チームも2-1で勝利した。しかし、先発したベスト8のJX-ENEOS戦では制球に苦しみ2回途中3失点で降板し、チームも5-9で敗退した。大会後に発覚したチーム内の不祥事により8月31日から6ヶ月の対外試合禁止が下されたため、同年の第38回社会人野球日本選手権大会などには出場できなかった。

2012年プロ野球ドラフト会議読売ジャイアンツから4位指名を受け[4]、入団。なお、大阪ガスの同僚だった松永昂大千葉ロッテマリーンズから1位指名を受けた。

巨人時代[編集]

2013年は開幕を二軍で迎え、イースタン・リーグで主にリリーフとして起用される。チーム内で2位となる45試合に登板し、0勝5敗・防御率2.68と一定の成績を残すと9月25日に一軍初昇格[5] 。同日の東京ヤクルト戦(明治神宮野球場)でプロ初登板し、1イニングを無失点に抑える[5]。シーズンでは3試合に登板した。

2014年は二軍で31試合に登板するも、防御率は5.82と結果を残せず。一軍登板を果たせずにシーズンを終えた。

2015年は二軍で44試合に登板し、防御率も1.78と改善されたが、一軍では同じ左腕の高木京介戸根千明が活躍したため、結局この年も二軍暮らしに終わった。 10月初旬、岡崎前2軍監督に「1軍に左の横投げはいないし、腕を下げたりして違う環境でやってみたらどうか」と提案され、10月のフェニックスリーグからサイドに転向。

2016年は4月23日・DeNA戦の救援登板以来、12試合で救援として登板したものの、左肩を痛め6月2日に登録抹消となった。

日本ハム時代[編集]

2016年のシーズン終了後、吉川光夫石川慎吾との交換トレードにより大田泰示とともに北海道日本ハムファイターズへ移籍(同年11月4日公示)[6][7]

2017年6月14日の中日戦で、1回無失点でプロ初勝利を挙げた。

選手としての特徴・人物[編集]

投球フォーム(巨人時代)

最速152km/hのストレートスライダーが武器[3]

極端なインステップで踏み込むフォームを特徴とし、サイド気味のスリークォーターからスライダー、ツーシーム、フォークを投じる。

小学校時代は、阪神タイガースがキャンプをしている安芸市営球場まで練習見学に通っており、初めて貰えたサインは藤川球児からである[8]

2013年10月25日、社会人時代の2012年6月に左肩を痛め入院した際に知り合った看護師の女性と結婚した[9]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2013 巨人 3 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 13 3.0 4 0 1 0 0 4 0 0 0 0 0.00 1.67
2016 12 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 50 11.2 10 1 3 0 2 12 1 0 5 5 3.86 1.11
2017 日本ハム 41 0 0 0 0 3 0 0 3 1.000 154 36.2 39 2 8 2 33 2 0 11 11 2.70 1.28
通算:3年 56 0 0 0 0 3 0 0 3 1.000 217 51.1 53 3 12 0 4 49 3 0 16 16 3.07 1.27
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 57 (2013年 - 2016年)
  • 49 (2017年 - )

登場曲[編集]

  • 「紅空」lecca(2013年)
  • 「獅子奮陣」lecca(2015年)

脚注[編集]

  1. ^ 日本ハム - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月23日閲覧。
  2. ^ 高知 雨のち雨のちあっぱれ!公文が熱投160球”. スポニチ Sponichi Annex (2009年8月12日). 2013年1月23日閲覧。
  3. ^ a b 第83回 都市対抗野球大会 補強選手紹介”. パナソニック野球部 (2012年6月21日). 2013年1月23日閲覧。
  4. ^ ドラフト会議で菅野投手ら7選手の交渉権獲得”. 読売ジャイアンツ (2012年10月25日). 2013年1月23日閲覧。
  5. ^ a b “公文、147キロ直球で0封デビュー!原監督「素晴らしい」”. スポーツ報知. (2013年9月26日). http://hochi.yomiuri.co.jp/giants/news/20130926-OHT1T00030.htm 
  6. ^ “日本ハム移籍の巨人・大田、公文がコメント「北海道で活躍する姿見て」”. スポニチアネックス. (2016年11月2日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/02/kiji/K20161102013648620.html 2016年11月2日閲覧。 
  7. ^ トレード|2016年度公示”. 日本野球機構. 2016年11月4日閲覧。
  8. ^ 公文 先輩の「松永さんだけには絶対負けません」”. スポニチ Sponichi Annex (2012年10月26日). 2013年1月23日閲覧。
  9. ^ 巨人の21歳セットアッパー公文が結婚 入院で知り合ったナースと”. スポニチ Sponichi Annex (2013年11月16日). 2013年11月25日閲覧。
  10. ^ “日本ハム・公文、5年目で待望のプロ初勝利「素直にうれしいです」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2017年6月14日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/06/14/kiji/20170614s00001173413000c.html 2017年6月14日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]