高木京介

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高木 京介
読売ジャイアンツ #028
Giants takagi.jpg
2013年
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 石川県能美市
生年月日 (1989-09-05) 1989年9月5日(28歳)
身長
体重
183 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2011年 ドラフト4位
初出場 2012年3月31日
年俸 230万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

高木 京介(たかぎ きょうすけ、1989年9月5日 - )は、石川県能美市出身のプロ野球選手投手育成選手)。読売ジャイアンツに所属する。左投左打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校3年で野球を始めてから[2]、厳格な父の下で野球漬けの生活を送っていた[3]

星稜高校への在学中には、先輩の松井秀喜の愛称にちなんで「ゴジラ2世」と呼ばれた[2]。1年時の秋からエース兼4番打者に定着するが、2年時には、夏の選手権石川大会と秋の北信越大会でいずれも準決勝敗退を喫した。3年夏の第89回全国高等学校野球選手権大会で、甲子園球場のマウンドを初めて経験。長崎日大高校との初戦では、主軸打者として4打数4安打を記録したが、先発投手としては7回途中で降板。チームも1-3で敗退した[4]

高校卒業後に國學院大學へ進学すると、1年時の東都大学野球秋季リーグ戦から投手に専念[5]。2年の春季リーグ戦から3季連続で投手十傑入りを果たすなど、エースとしてチームを牽引した。3年時に左肘痛を発症して秋季リーグ戦を途中で離脱したが、4年の春季リーグ戦で復帰した。在学中には、東都大学1部リーグ戦通算39試合の登板で、9勝21敗、防御率2.21、154奪三振をマーク。2部リーグ戦でも、通算で4勝3敗という成績を残した。

2011年のプロ野球ドラフト会議で、読売ジャイアンツ(巨人)から4巡目で指名。契約金5,000万円、年俸800万円(金額は推定)という条件で入団した[6]。入団当初の背番号57。この時のドラフト会議では、高校時代のチームメイトで、卒業後に明治大学へ進学していた島内宏明も、東北楽天ゴールデンイーグルスからの6巡目指名を受けて入団してる。

巨人時代[編集]

2012年

2012年には、オープン戦での好調を買われて開幕一軍入りを果たした。巨人の新人左腕投手としては門奈哲寛以来で、 3月31日には、東京ヤクルトスワローズとの開幕第2戦(東京ドーム)9回表に一軍公式戦デビュー。左肩痛の発症によって4月10日に登録を抹消された[7]が、6月16日に再び登録されると、7月7日の阪神タイガース戦(東京ドーム)で一軍初勝を挙げた[3]。以降も、中継ぎの一角として一軍に定着。7月4日の横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)から登板試合で無失点を続けると、9月18日の中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で、23登板試合連続無失点のセ・リーグ新人投手記録を達成した[8]。一軍公式戦全体では、34試合へ登板するとともに、29登板試合戦連続無失点のセ・リーグ左腕投手記録を樹立[9]。レギュラーシーズンの通算防御率は0.57で、この年一軍公式戦30イニング以上投げた救援投手としては、パシフィック・リーグを含めてもトップであった。チームのリーグ優勝で迎えたポストシーズンでは、クライマックスシリーズ日本シリーズとも救援での登板を経験。11月3日には、北海道日本ハムファイターズとの日本シリーズ第6戦(東京ドーム)で1点リードの7回表2死満塁から登板すると、糸井嘉男を2球で右飛に仕留めて交代した。さらに、チームが交代後に勝ち越してシリーズ制覇を決めたことから、高木が勝利投手になった。日本シリーズに登板した投手が2球で勝利投手になった事例は、2001年第2戦の岡本晃大阪近鉄バファローズ)以来2人目[10]。平成生まれの投手が日本シリーズで勝利投手になった事例は、この試合の高木が初めてであった。なお、シリーズ後の契約交渉では、推定年俸2,000万円(1,200万円増)という条件で契約を更改している[9]

2013年には、背番号を28に変更。レギュラーシーズン開幕前の3月に催されたワールド・ベースボール・クラシック日本代表先発要員として巨人の3投手が選ばれたことを背景に、春季キャンプから先発要員として調整していた[11]。オープン戦では先発で通算12回を投げて無失点に抑えたが、公式戦では中継ぎ要員として再スタートを切った。広島東洋カープとの開幕カード(東京ドーム)では、3試合すべてに救援で登板。延長11回表から登板した3月31日の第3戦でブラッド・エルドレッドに本塁打を浴びたため、前年から続いていた登板試合での連続無失点記録は31試合で途切れたが、開幕戦(29日)と第3戦で勝利投手になった[12][13]。セ・リーグの公式戦で、開幕3試合目までに2勝した投手は、1973年松岡弘ヤクルト)・平松政次大洋)以来40年振りであった[14]。一軍公式戦全体では、前年を上回る登板数(46試合)と勝利数(3勝)を記録。しかし、集中打を浴びる試合が多かった影響で、防御率は4.34に達した。

2014年には、オープン戦期間中の3月中旬にインフルエンザB型へ罹患[15]。入団以来3年連続の開幕一軍入りを果たした[16]ものの、後におよそ3ヶ月もの二軍調整を余儀なくされた。二軍調整中の7月11日には、ジャイアンツ球場での練習へ向かう目的で自家用車を運転中に、神奈川県川崎市内の市道で対向車線を走っていたライトバンと正面衝突。双方の運転手とも大事に至らなかったものの、高木は衝突の影響で右腕を軽く打撲した[17]。このようにアクシデントが相次いだ影響で、入団後初めて一軍公式戦を未勝利で終了。一軍公式戦の登板数(26試合)・防御率(4.76)・ホールド数(4ホールド)も、プロ入り後最低の水準にとどまったため、シーズン終了後の契約交渉では推定年俸2,100万円(200万円減)での契約更改に至った[18]。なお、11月11日に甲子園球場で催された「日本プロ野球80周年記念試合」の6回表に、阪神・巨人連合チームの6番手投手として登板。MLBオールスターチームの5人の打者から三振だけで2つのアウトを取ったものの、デクスター・ファウラーにソロ本塁打を喫して交代した[19]

2015年には、入団以来4年連続の開幕一軍入りを果たす[20]と、5月14日の対広島戦(東京ドーム)の救援登板で黒星が付かなかったことによって「一軍公式戦戦初登板から117登板試合連続無敗」というNPB記録を達成。記録を139登板試合まで伸ばしながら[21]、1勝1ホールド、防御率2.20という成績でレギュラーシーズンを終えた。また、9月2日の対ヤクルト戦では、プロ入り後初めて地元の石川県立野球場で登板。9回表の1イニングを投げて、無安打無失点で試合を締めくくった[22]。さらに、チームのリーグ優勝で迎えたポストシーズンでは、阪神タイガースとのクライマックスシリーズ ファイナルステージに救援で登板した。チームはステージ4戦全敗で日本シリーズへの進出を逃したが、高木自身はシリーズの終了後に、推定年俸2,800万円(700万円増)という条件で契約を更改した[23]

2016年には、一軍公式戦50試合に登板すること[23]を目標に、春季キャンプをリハビリ組で過ごした[24]

野球賭博への関与による一時失格処分[編集]

しかし、オープン戦期間中の2016年3月8日、高木が野球賭博に関与していたとして球団から調査を受けていたことが週刊文春のオンライン版に報じられた[25]。同日、巨人軍は緊急会見を開き、高木が野球賭博に関与していたことと、この件について日本野球機構(NPB)の熊崎勝彦コミッショナーに告発することを発表した[26]

球団発表によると、高木は2014年シーズンの序盤、先に野球賭博容疑で巨人から契約解除された笠原将生から誘いを受け、数回に渡って賭博を行っていたが、当初の球団の聞き取り調査の際には「笠原に名前を貸していただけ」と虚偽の説明を行い、一貫して否定し続けていた[27]。その後、相談した両親や知人から説得を受け、正直に話すことを決意したという[28]。翌日の3月9日には球団事務所で記者会見を行った。会見は高木のみが登場し、一連の問題の謝罪と事の推移を説明した[29]

その後、コミッショナー直属の調査委員会によって『高木京介に係る有害行為調査』を行い、同年3月22日、『有害行為における調査結果報告書』[30]が調査委員会より熊崎NPBコミッショナー宛に提出され、これを受けて熊崎コミッショナーが『高木に対して1年間の失格処分、読売巨人軍に対して制裁金500万円の処分』を科す裁定を行った[31]。これを受けて巨人軍は高木との契約を解除する決定を下した[32]

巨人復帰[編集]

2017年3月21日付で失格処分が解除されたことを受けて、同月27日に育成選手として巨人と再び契約した。背番号は028で、再契約当初は三軍に所属。4月26日には、BCリーグ武蔵ヒートベアーズとの交流戦(ジャイアンツ球場)に8回裏から登板すると、最速143km/hのストレートで1イニングを無失点に抑えた。高木が巨人の投手として(非公式戦を含む)対外試合へ登板したのは、2015年10月11日に阪神とのクライマックスシリーズ ファイナルステージ第2戦(東京ドーム)に救援で登板して以来1年半振りであった[33]。後に三軍戦6試合への登板を経て、5月中旬に二軍へ昇格。5月17日には、イースタン・リーグの対ヤクルト戦(ジャイアンツ球場)6回表に公式戦への復帰登板を果たすと、1イニングを無安打無失点に抑えた[34]

選手としての特徴・人物[編集]

平均球速約142km/h[35]、最速149km/hの速球に加え、スライダーカーブフォークボールといった変化球とのコンビネーションと、通算与四球率2.87の制球力が武器である[36][37]

ジミー大西に似ていることからチーム内での愛称は「ジミー」[38]

2014年度シーズンのオフに、高校時代の同級生との入籍を発表した[39]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2012 巨人 34 0 0 0 0 2 0 1 10 1.000 121 31.1 16 0 10 0 1 28 1 0 2 2 0.57 0.83
2013 46 0 0 0 0 3 0 0 6 1.000 209 47.2 37 8 27 0 3 40 1 0 27 23 4.34 1.34
2014 26 0 0 0 0 0 0 0 4 ---- 116 28.1 24 4 9 1 1 26 0 0 15 15 4.76 1.16
2015 33 0 0 0 0 1 0 0 1 1.000 167 41.0 31 4 13 0 0 43 1 0 10 10 2.20 1.07
通算:4年 139 0 0 0 0 6 0 1 21 1.000 613 148.1 108 16 59 1 5 137 3 0 54 50 3.03 1.13

記録[編集]

  • 初登板:2012年3月31日、対東京ヤクルトスワローズ2回戦(東京ドーム)、9回表に5番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 初奪三振:同上、9回表にラスティングス・ミレッジから空振り三振
  • 初ホールド:2012年6月23日、対東京ヤクルトスワローズ10回戦(東京ドーム)、5回表2死に3番手で救援登板、1/3回無失点
  • 初勝利:2012年7月7日、対阪神タイガース11回戦(東京ドーム)、5回表に2番手で救援登板、1回無失点
  • 初セーブ:2012年9月11日、対広島東洋カープ19回戦(東京ドーム)、9回表2死に3番手で救援登板・完了、1/3回無失点

その他の記録[編集]

  • 初登板から連続登板機会無敗:139試合(プロ野球記録)

背番号[編集]

  • 57 (2012年)
  • 28 (2013年 - 2015年)
  • 028 (2017年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 【巨人】高木京「復帰した姿を娘に見せたい」…処分期間中に第1子誕生”. スポーツ報知 (2017年3月28日). 2017年4月25日閲覧。
  2. ^ a b ドラ4・高木京介、松井先輩の教えで開幕1軍だ!”. スポーツ報知 (2011年11月4日). 2011年11月8日閲覧。
  3. ^ a b 高木京3人ピシャリ、プロ1勝 nikkansports.com 2012年7月8日
  4. ^ 全力投球 忘れ物はない 星稜エース・高木京介選手”. asahi.com (2007年8月14日). 2011年11月8日閲覧。
  5. ^ 国学院大・高木14回170球完封/東都大学”. nikkansports.com (2009年4月18日). 2011年11月8日閲覧。
  6. ^ 巨人がドラ4高木と入団合意 sponichi annex 2011年11月18日
  7. ^ 高木京、左肩痛で抹消 野間口が昇格 スポーツ報知 2012年4月11日
  8. ^ 高木京セ新人記録23戦連続無失点 nikkansports.com 2012年9月18日
  9. ^ a b “高木京1200万増!年俸2000万「レクサス買いたい」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年11月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/12/06/kiji/K20121206004713040.html 2017年4月27日閲覧。 
  10. ^ “高木京 2球勝利 シリーズ史上2人目”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年11月4日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/11/04/kiji/K20121104004479620.html 2017年4月27日閲覧。 
  11. ^ “高木京介、文句なしの快投 WBC組の代役可能性も”. ZAKZAK. (2013年3月19日). http://www.zakzak.co.jp/sports/baseball/news/20130319/bbl1303190710001-n1.htm 2013年4月20日閲覧。 
  12. ^ “高木京 開幕から3連投で早くも2勝目「期待を裏切らない投球を」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年3月31日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/03/31/kiji/K20130331005520320.html 2017年4月27日閲覧。 
  13. ^ “「便利屋」高木京 ここぞで登板”. TOKYO Web. (2013年4月2日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/sports/news/CK2013040202000110.html 2013年4月20日閲覧。 
  14. ^ “巨人高木京、セ40年ぶり開幕3試合で2勝”. nikkansports.com. (2013年4月1日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20130401-1105941.html 2013年4月20日閲覧。 
  15. ^ “巨人 またもインフル…高木京、河野が発症し6人目”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年3月17日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/03/17/kiji/K20140317007788910.html 2017年4月27日閲覧。 
  16. ^ “巨人 ドラフト1位小林 01年阿部以来の開幕戦マスク”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年3月29日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/03/29/kiji/K20140329007867430.html 2017年4月27日閲覧。 
  17. ^ “巨人・高木京 自動車衝突事故 右腕打撲も軽傷”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年7月12日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/07/12/kiji/K20140712008545910.html 2017年4月27日閲覧。 
  18. ^ “今オフ結婚予定の巨人・高木京、200万円減でサイン「50試合登板目標」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年11月26日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/11/26/kiji/K20141126009354770.html 2017年4月27日閲覧。 
  19. ^ 2014 SUZUKI 日米野球シリーズ 日本プロ野球80周年記念試合 打席結果・投打成績 野球日本代表オフィシャルサイト(2014年11月11日) 2017年4月27日閲覧
  20. ^ “開幕一軍メンバー発表 新人は15人 金子、松坂らは外れる”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2015年3月26日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/03/26/kiji/K20150326010053070.html 2017年4月27日閲覧。 
  21. ^ “高木京 名門星稜出身、史上最長の初登板から139試合黒星なし”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2016年3月8日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/03/08/kiji/K20160308012180870.html 2017年4月27日閲覧。 
  22. ^ “巨人・高木京 地元で1回0封「歓声がうれしかった」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2015年9月23日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/09/03/kiji/K20150903011055660.html 2017年4月27日閲覧。 
  23. ^ a b “巨人 高木京は700万円アップも「試合数はまだまだ納得いく部分ではない」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2015年11月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/11/25/kiji/K20151125011573220.html 2017年4月27日閲覧。 
  24. ^ 宮崎春季キャンプのメンバーについて 讀賣巨人軍オフィシャルサイト(2016年1月20日) 2017年4月27日閲覧
  25. ^ “巨人一軍投手に重大疑惑「野球賭博に金を賭けていた」”. 週刊文春WEB. (2016年3月8日). http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5948 
  26. ^ “【野球賭博】巨人・高木京介投手も関与 平成23年ドラフト4位”. 産経ニュース. (2016年3月8日). http://www.sankei.com/affairs/news/160308/afr1603080052-n1.html 
  27. ^ “なぜ今発覚…高木京 球団調査に作り話、当初は「名前貸しただけ」”. スポニチ Sponichi Annex. (2016年3月8日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/03/08/kiji/K20160308012179620.html 
  28. ^ “高木京 両親の説得で否定から一転自供”. デイリースポーツ online. (2016年3月9日). http://www.daily.co.jp/baseball/2016/03/09/0008874528.shtml 
  29. ^ “巨人・高木京介の生々しい供述内容、4人目“発覚”の全貌明かす (1/5ページ)”. SANSPO.COM(サンスポ. (2016年3月9日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20160309/gia16030904050006-n1.html 
  30. ^ 日本野球機構 (2016-3-22) (PDF). 有害行為における調査結果報告書(要旨) (Report). http://p.npb.jp/npb/20160322chosahokokusho.pdf 2016年3月22日閲覧。. 
  31. ^ “高木京は1年間失格 コミッショナー裁定…3元投手と「相当な差異」”. スポーツニッポン. (2016年3月22日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/03/22/kiji/K20160322012262080.html 2016年3月22日閲覧。 
  32. ^ “巨人、高木京との契約を解除 賭博関与コミッショナー裁定受け”. スポーツニッポン. (2016年3月22日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/03/22/kiji/K20160322012262220.html 2016年3月22日閲覧。 
  33. ^ “巨人・高木京 二軍昇格の条件は?川相三軍監督「体力的なものが戻れば」”. スポーツニッポン. (2017年4月27日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/04/27/kiji/20170427s00001173088000c.html 
  34. ^ “【巨人】高木京、2軍昇格 ヤクルト戦で復帰後初登板 1回を無安打無失点”. スポーツ報知. (2017年5月19日). http://www.hochi.co.jp/giants/20170517-OHT1T50119.html 
  35. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、9頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  36. ^ 巨人ドラ4高木 「内海さん見習いたい」”. nikkansports.com (2011年11月3日). 2011年11月8日閲覧。
  37. ^ 国学院大の左腕・高木がプロ志望届提出”. スポニチ Sponichi Annex (2011年10月6日). 2011年11月8日閲覧。
  38. ^ きらめく巨人の星!高木京、プロ初勝利(2/2ページ) sanspo.com 2012年7月8日
  39. ^ 巨人・高木京が結婚 星稜同級生と交際3年でゴールイン”. スポニチ (2014年11月9日). 2014年11月14日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]