武隈祥太

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武隈 祥太
埼玉西武ライオンズ #48
Takekuma48.jpg
2018年2月9日 宮崎・南郷キャンプにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道上川郡東神楽町
生年月日 (1989-11-24) 1989年11月24日(28歳)
身長
体重
180 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 高校生ドラフト4巡目
初出場 2009年10月7日
年俸 7,000万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

武隈 祥太(たけくま しょうた、1989年11月24日 - )は、北海道上川郡東神楽町出身のプロ野球選手投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学5年時に東聖イーグルスで野球を始め、中学では旭川北稜球シニアに所属し、2004年に全国大会出場。

北海道旭川工業高等学校時代は、高校1年生の夏に甲子園に出場しているが登板はしていない。その際試合前の公式練習で三塁打を打ったと語っている。しかしながら3年間は甲子園はおろか全道大会のマウンド経験もなく、全国的にはまったく無名の選手であった。公式戦は8試合に登板し防御率1.23。

2007年5月29日、練習中に人さし指の第1関節部じん帯損傷・第2関節部骨折で全治5週間と診断された。しかし高圧酸素治療器などを使った懸命なリハビリで回復に努め、チームを旭川地区代表決定戦まで導いた。6月26日北海道旭川東栄高等学校戦では、8回で16三振を奪う好投を見せた。旭川工業高校は、1983年星野伸之2002年鈴木貴志と過去2人の左投手を輩出しており、3人目となる。

2007年10月3日に行われた高校生ドラフト会議で、西武ライオンズから4巡目で指名を受けた。西武は裏金問題の処分で上位2選手の指名権を剥奪されていたため、実質1巡目での指名となる。

西武時代[編集]

2009年

2009年(2年目)、10月5日に初めて一軍に登録され、10月7日のシーズン最終戦となる北海道日本ハムファイターズ戦でプロ初登板。3回を投げ4安打3失点だった。

2010年6月20日福岡ソフトバンクホークス戦で、リードされている場面で2番手として登板。その後味方が逆転したことでプロ入り初勝利を挙げた[2]。プロ初先発をした7月4日千葉ロッテマリーンズ戦では、投球しようとした際に転倒するアクシデントがあった(記録はボーク)。

2012年、シーズン序盤は敗戦処理・ロングリリーフとして登板していたが成績を残せず、一軍と二軍を行ったり来たりだった。涌井秀章の抑え転向、平野将光の不調などにより先発投手が手薄になり、7月12日のソフトバンク戦にプロ2回目の先発をする。8回1アウトの場面で長谷川勇也にヒットを打たれるまでノーヒットピッチングを展開し、通算2勝目・先発登板初勝利を挙げた[3]。9月19日に手術を受けた[4]

2013年、開幕を二軍で迎え、4月9日に一軍に昇格。

2014年、5月に一軍登録されると左の中継ぎとして一軍に定着。左のワンポイントからロングリリーフまで様々な起用に応え、自己最多となる47試合に登板した。

2015年は67試合全てにリリーフ登板、防御率を前年から1点近く下げるなど活躍し、6勝を挙げた。

2016年、ワンポイントやロングリリーフなど様々な起用に応え、1年間一度も抹消されず2年連続で60試合に登板した[5]。64試合の登板で5勝14ホールドを挙げた。

2017年は主に勝ちパターンへの継投として登板した。しかし9月6日に左肩の違和感により抹消される。9月23日に再登録されるもその後の登板は3試合にとどまり、58試合の登板で5勝13ホールドを挙げた。3年連続60試合登板は達成できなかったが、被安打数は前年の58本から47本に減らし、被本塁打も5本から3本に減らした。

選手としての特徴[編集]

持ち球はスライダーカーブチェンジアップの3球種。

ストレートは140km/h前後だが、弾道解析システム「トラックマン」による計測で、武隈の直球のバックスピン量が、パ・リーグではトップであることが明らかになった[6]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
埼玉西武ライオンズ
2009 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 17 3.2 4 0 2 0 0 3 0 0 3 3 7.36 1.64
2010 9 1 0 0 0 1 0 0 0 1.000 73 16.1 13 0 11 0 0 15 1 1 4 4 2.20 1.47
2011 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 7 2.0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00 0.50
2012 14 4 0 0 0 1 2 0 2 .333 145 31.2 34 2 12 1 4 17 4 0 21 17 4.83 1.45
2013 9 2 0 0 0 1 1 0 1 .500 54 13.2 10 3 6 0 0 4 1 0 5 5 3.29 1.17
2014 47 1 0 0 0 0 1 0 8 .000 206 48.2 39 2 22 1 2 33 3 0 20 20 3.70 1.25
2015 67 0 0 0 0 6 1 1 11 .857 255 57.1 55 1 36 2 1 36 4 0 18 18 2.83 1.59
2016 64 0 0 0 0 5 3 0 14 .625 261 61.0 58 5 20 0 1 53 3 0 24 24 3.54 1.28
2017 58 0 0 0 0 5 2 0 13 .714 234 57.1 47 3 16 0 3 36 1 0 21 20 3.14 1.10
NPB:10年 271 8 0 0 0 19 10 1 49 .655 1252 291.2 261 16 125 6 12 198 17 1 116 111 3.43 1.32
  • 2017年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2008 西武 0 0 0 0 0 .---
2009 1 0 1 0 0 1.000
2010 9 1 2 0 0 1.000
2011 2 0 0 0 0 .---
2012 9 0 4 0 0 1.000
2013 9 0 4 0 0 1.000
2014 47 4 5 0 0 1.000
2015 67 0 13 0 1 1.000
2016 64 2 11 0 0 1.000
2017 58 0 11 0 0 1.000
通算 271 7 51 0 1 1.000
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 48 (2008年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 西武 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2018年5月25日閲覧。
  2. ^ “3年目の西武・武隈がプロ初勝利”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年6月20日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/06/20/kiji/K20100620Z00000990.html 2013年4月30日閲覧。 
  3. ^ “武隈 8回1死まで無安打!2年ぶり先発で今季初勝利”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年7月13日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/07/13/kiji/K20120713003666700.html 2013年4月30日閲覧。 
  4. ^ 片岡 右手首の靱帯修復手術、武隈も手術受けるスポニチアネックス 2012年9月19日掲載
  5. ^ 西武・武隈 1150万円増の5000万円でサイン 2年連続60試合以上登板スポニチアネックス 2016年12月7日掲載
  6. ^ 大谷空振りさせた西武武隈の1球と「トラックマン」日刊スポーツ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]