宮崎県総合運動公園第二硬式野球場

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宮崎県総合運動公園
第二硬式野球場
(KIRISHIMAひむかスタジアム)
Himuka Stadium
施設データ
所在地 宮崎県宮崎市大字熊野藤兵衛中洲無番地(宮崎県総合運動公園内)
座標 北緯31度49分22.2秒 東経131度26分45.9秒 / 北緯31.822833度 東経131.446083度 / 31.822833; 131.446083座標: 北緯31度49分22.2秒 東経131度26分45.9秒 / 北緯31.822833度 東経131.446083度 / 31.822833; 131.446083
開場 1974年4月
所有者 宮崎県
管理・運用者 宮崎県スポーツ施設協会(指定管理者
グラウンド 内野:クレー舗装
外野:天然芝
照明 なし
使用チーム • 開催試合
読売ジャイアンツが春季・秋季キャンプ地として使用
収容能力
15,000人
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積:13,000m2
両翼:92 m
中堅:122 m

宮崎県総合運動公園第二硬式野球場(みやざきけんそうごううんどうこうえん・だいにこうしきやきゅうじょう)は、宮崎県宮崎市宮崎県総合運動公園内にある野球場。愛称 ひむかスタジアム。施設は宮崎県が所有し、宮崎県スポーツ施設協会が指定管理者として運営管理を行っている。

歴史[編集]

宮崎県総合運動公園内に宮崎市営野球場(みやざきしえいやきゅうじょう)として1974年に完成。読売ジャイアンツ(巨人)の春秋に開催されるキャンプのメイン球場として使用されていたが、2001年宮崎県総合運動公園硬式野球場(サンマリンスタジアム宮崎)が完成したのに伴い、メインはサンマリンに移った。さらに宮崎市生目の杜運動公園野球場(アイビースタジアム)が完成したのに伴って2004年4月、市営球場は県に移管した上で現名称に改称。同時に宮崎県の古名「日向国(ひむかひのくに)」に由来する愛称「ひむかスタジアム」が付与された。

この巨人をはじめ、宮崎県内では複数のプロ球団がキャンプを実施しているが、旧市営球場の頃はオープン戦・公式戦といった対外試合とはほとんど縁がなかった。オープン戦は毎年2月最終週の週末に巨人主催で1試合開催されていたが、サンマリン完成と同時にオープン戦はサンマリンでの開催となった。また、旧市営球場時代に開催された公式戦は通算僅か1試合しかなく、1989年6月24日福岡ダイエーホークスロッテオリオンズ戦(翌25日と26日の鹿児島県立鴨池野球場との2連戦として開催)が唯一である。

2014年10月より宮崎県総合運動公園が霧島酒造命名権の契約を締結したのに伴い、本球場も「KIRISHIMAひむかスタジアム」の名称となっている。

主なエピソード[編集]

  • 2000年の巨人春季キャンプ。同年の江藤智加入に伴って、当時の巨人監督・長嶋茂雄は背番号「33」を江藤に譲り、現役時代の「3」に変更した。だがキャンプ序盤から長嶋は羽織っているウインドブレーカーをなかなか脱がず、ファン・報道陣は「3番の披露はいつになるのか」と気を揉んでいた。2月11日、午後から江藤はサブグラウンドで内野特守に臨んだ。ノッカーを務めたのは長嶋。午後2時30分過ぎ、長嶋は「寒いのか? そのうち暖かくなるぞ」と言うや、おもむろにウインドブレーカーを脱いでユニフォーム姿に。現役時代以来、9252日振りに背番号「3」を披露した。その後もノックは続き、長嶋は結局41分間に亘り223球のノックを江藤に浴びせた。江藤はノックを受けた後「これが野球人生の中で一番の思い出になるかもしれない」と話した。

施設概要[編集]

  • 両翼92m、中堅122m
  • スコアボード:パネル式(バックスクリーン右側)
  • ナイター設備なし
  • 収容:15,000人(内野:座席・ネット裏に屋根あり、外野:芝生席)

交通[編集]

  • JR宮崎駅バスターミナル5番のりば、宮交シティバスセンター(JR南宮崎駅から徒歩約5分)16~18番のりば、宮崎空港2番バスのりばから
    • 宮崎交通バス「宮崎空港経由 油津駅前・飫肥」行、または「青島・白浜入口」行で「運動公園南口」下車後徒歩約5分
      • 宮崎駅から所要約34~41分、運賃510円。宮交シティから所要19~26分、運賃390円(概ね10~30分おきに運行)
      • 宮崎空港経由は油津・飫肥方面行きのみ。宮崎空港から所要約16分、運賃300円(概ね1時間おきに運行)
    • なお、巨人のキャンプ期間中とプロ野球公式戦等開催の際には、宮崎市内より臨時バス運行あり

関連項目[編集]

外部リンク[編集]