加賀美希昇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
加賀美 希昇
JR西日本硬式野球部 #17
20130316 Kishou Kagami, pitcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.JPG
DeNA時代(2013年3月16日、横浜スタジアム)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県鎌倉市
生年月日 (1988-09-05) 1988年9月5日(29歳)
身長
体重
187 cm
92 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト2位
初出場 2011年10月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

加賀美 希昇(かがみ きしょう、1988年9月5日 - )は、神奈川県鎌倉市出身の元プロ野球選手投手)。2016年シーズンからは、社会人野球JR西日本でプレーを続ける[1]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

逗子シニアで捕手を務めたが、桐蔭学園高入学後に投手へ転向。2年秋からエースとなったが、春夏とも甲子園の全国大会には出場できなかった。

法政大学人間環境学部への進学後は、硬式野球部で2年春からベンチ登録。2年秋からは主力投手になった。ちなみに、王子(王子製紙)を経て2014年阪神タイガースへ入団した左腕投手の山本翔也は、加賀美の同級生で控え投手でもあった。

東京六大学リーグの公式戦には、通算で40試合登板。1610防御率1.97、223奪三振という記録を残した。法政大学の4年生だった2010年に開かれた第5回世界大学野球選手権大会には、当初日本代表に選ばれていた中央大学の投手・澤村拓一の故障による辞退を受けて、代替選手として代表に招集された。同大会では、リリーフで3試合に登板。韓国との3位決定戦では、4番手の登板で1回を無失点に抑えて、チームの銅メダル獲得に貢献した。

2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議で、横浜ベイスターズから2巡目で指名。11月16日に、契約金8,000万円、年俸1,200万円(いずれも推定金額)で契約した。

DeNA時代[編集]

2011年、即戦力として期待されたが右肘を痛め6月に手術を行う。10月にようやく一軍に昇格。10月19日の対阪神タイガース戦ではプロ初登板初先発で6回1失点の投球を見せ初勝利を記録した[2]。6回には逆転の口火となるプロ初安打も記録している。

加賀美の投球フォーム
(DeNA時代の2012年4月15日、ロッテ浦和球場)

2012年8月12日にプロ入り初の中継ぎとして登板し、シーズン初勝利をあげると、8月19日中日戦では9回無失点の快投を演じ、延長で味方が逆転して2勝目をあげた[3]。この年あげた3勝は全て中日からだった。しかしその一方で、3敗は全て巨人からである。

2013年、首脳陣から先発陣の一角を担うことを期待されながら、オープン戦での不調や脇腹痛で出遅れた[4]7月30日にようやく一軍へ登録されると[5]、シーズン初先発になった8月29日広島戦でシーズン初勝利[6]。しかし、次に先発で登板した9月4日阪神戦では、「いまひとつシャキッとしない投球だったので、けじめを付ける」[7]として勝利投手の権利を得る目前(5回1アウト)で中畑清監督から降板を命じられた[8]。結局、一軍公式戦には、8試合(先発で5試合)の登板で1勝4敗にとどまった。

2014年、先発投手として一軍公式戦5試合に登板したが、0勝3敗でシーズンを終了。この成績を背景に、入団以来付けていた背番号2167に変更した。

2015年、一軍公式戦への登板機会がなく、10月4日に球団から戦力外通告を受けた。

DeNA退団後[編集]

2015年11月10日に、打者3人に対するシートバッティング形式の12球団合同トライアウト草薙球場)に参加。1奪三振1与四球という内容で、打者3人を無安打に抑えた[9]が、NPBから声は掛からなかった。その後、JR西日本硬式野球部の入部テストに参加。このテストに合格し、JR西日本に入社、同部に所属することとなった[1]

JR西日本への入社後は、単身で広島支社へ赴任するとともに、経理部に籍を置く[10]2016年には、第42回社会人野球日本選手権大会へ出場。11月5日の2回戦では、JR東日本東北打線を相手に、死球と失策で2人の走者を出しただけ[10]で、ノーヒットノーランを達成した[11][12]。加賀美にとっては、野球人生で初めてのノーヒットノーランであったという[10]社会人野球日本選手権大会においては、第36回社会人野球日本選手権大会2009年)の三菱重工神戸木林敏郎以来、史上二人目のノーヒットノーランであった[11]。更に加賀美のノーヒットノーランの翌日(11月6日)には、大阪ガス猿渡真之がノーヒットノーランを記録し、二日続けてのノーヒットノーランとなっている[13]

選手としての特徴・人物[編集]

腕が遅れて出てくるゆったりとしたオーバースロー[14]から、最速153km/h(プロ入り後の最速は149km/h)の速球に100km/h台の大きなカーブチェンジアップスライダーで緩急をつける。チェンジアップについては、本人の弁によれば、落差が小さいという。しかし、大石達也埼玉西武ライオンズ投手)が早稲田大学時代に打者として加賀美と対戦した際に、「『ストレートだ』と思って振ったらチェンジアップだったというボールが多い」と驚くほどであった[14]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 横浜
DeNA
1 1 0 0 0 1 0 0 0 1.000 23 6.0 4 0 0 0 0 6 0 1 1 1 1.50 0.67
2012 10 9 1 0 0 3 3 0 0 .500 250 57.2 56 3 19 1 2 40 4 0 25 21 3.28 1.30
2013 8 5 0 0 0 1 4 0 0 .200 146 31.1 35 3 20 0 0 23 1 0 22 21 6.03 1.76
2014 5 5 0 0 0 0 3 0 0 .000 99 21.2 27 4 9 0 1 18 0 0 13 13 5.40 1.66
通算:4年 24 20 1 0 0 5 10 0 0 .333 518 116.2 122 10 48 1 3 87 5 1 61 56 4.32 1.46
  • 2015年度シーズン終了時
  • 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初安打:2011年10月19日、対阪神タイガース22回戦(阪神甲子園球場)、6回表に岩田稔から左中間二塁打[15]

背番号[編集]

  • 21 (2011年 - 2014年)
  • 67 (2015年)

脚注[編集]

  1. ^ a b DeNA戦力外の加賀美、社会人JR西日本へ入団」日刊スポーツ 2015年12月4日付記事より。
  2. ^ ルーキー1年目総括『週刊ベースボール』2011年12月26日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-12/26, 47頁。
  3. ^ 加賀美 9回無失点の好投報われた…DeNAが接戦制す スポニチAnnex 2012年8月19日付記事より。
  4. ^ キヨシ怒り増幅「金もらうレベルじゃ…」日刊スポーツ 2013年4月30日付記事より。
  5. ^ 【DeNA】須田、加賀美を1軍登録日刊スポーツ 2013年7月30日付記事より。
  6. ^ 【DeNA】加賀美、今季初先発で初白星日刊スポーツ 2013年8月29日付記事より。
  7. ^ 「けじめをつけた継投」/中畑監督 日刊スポーツ 2013年9月5日付記事より。
  8. ^ 中畑監督もう迷わない CSへ非情の道日刊スポーツ 2013年9月5日付記事より。
  9. ^ “2015年合同トライアウト速報”. 日刊スポーツ. (2015年11月10日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1562569.html 
  10. ^ a b c “JR西の元DeNA加賀美がノーノー「勝つことが恩返し」”. スポーツニッポン. (2016年11月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/06/kiji/K20161106013671190.html 
  11. ^ a b “JR西・加賀美が無安打無得点 社会人日本選手権”. 日本経済新聞. (2016年11月5日). http://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK60339_V01C16A1000000/ 2016年11月5日閲覧。 
  12. ^ “JR西日本の加賀美が無安打無得点=社会人野球日本選手権”. 時事通信社. (2016年11月5日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2016110500216&g=bsb 2016年11月5日閲覧。 
  13. ^ “大阪ガス・猿渡がノーヒットノーラン 今大会2人目、準完全の快投”. スポーツニッポン. (2016年11月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/06/kiji/K20161106013673820.html 2016年11月6日閲覧。 
  14. ^ a b 『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、19、88-89項。
  15. ^ a b 神奈川新聞、2011年10月20日。
  16. ^ 神奈川新聞、2012年9月3日。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]