荒木貴裕

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
荒木 貴裕
東京ヤクルトスワローズ #10
20111015 Takahiro Araki, infielder of the Tokyo Yakult Swallows, at Yokohama Stadium.jpg
2011年10月15日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 富山県小矢部市
生年月日 (1987-07-26) 1987年7月26日(30歳)
身長
体重
180 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手遊撃手一塁手三塁手
プロ入り 2009年 ドラフト3位
初出場 2010年3月26日
年俸 1,900万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

荒木 貴裕(あらき たかひろ、1987年7月26日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手外野手内野手)。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

津沢小学校のスポーツ少年団で、2年生の時に遊撃手投手として野球を始める[2][3]津沢中学校時代は高岡シニアに所属し、全国大会に出場した[2]

帝京第三高校では、1年秋から遊撃手のレギュラーとして活躍し、甲子園出場はならなかったものの、3年の2005年夏には県大会で4強の成績を残している[2]。3年夏の大会前に、近畿大学の練習に参加した際に監督・榎本保の目に止まり、入学することになる[2]

近大進学後の関西学生リーグでは、1年春からベンチ入り[2]、2年春から遊撃手のレギュラーを務めた[4]。同期には、後に阪神タイガースに入団する藤川俊介がいた[4]。3年時には大学日本代表に選出され、ハーレム国際と世界選手権に出場し、後者では外野もこなしながら銀メダルを獲得している[2][5]。4年時は骨折で春季リーグの前半を棒にふったものの、復帰後にチームが6連勝をマークするなど存在感を発揮[4]。日米大学選手権では、大学日本代表の主将も務めている[4][5]。リーグ通算64試合出場、231打数66安打、打率.286、0本塁打、29打点[2]。遠投115メートル、50メートル6秒1の身体能力が評価されていた[3]

2009年ドラフト東京ヤクルトスワローズから3位指名を受け、11月24日に契約金7,000万円、年俸1,200万円(金額は推定)で仮契約[6]12月9日に行われた入団会見では、宮本慎也を目標としてあげている[7]。小・中・大・大学日本代表と四度にわたって主将経験がある点から、キャプテンシーが評価されており、その点からも「宮本二世」の呼び声がかかっている[8][9]

プロ入り後[編集]

2010年1月6日に戸田の球団寮に入寮、荒木自身が5歳の時に亡くなった「姉の分も頑張りたい」とコメントしている[10]。自主トレでは青木宣親から「柔らかくていいスイングをしている」と評価された[11]。春季キャンプは一軍スタート[12]。開幕一軍に入り、ヤクルト球団としては1970年中村国昭以来となる開幕スタメン(7番・遊撃手)に入った。

地元富山で開催された2011年フレッシュオールスターゲームでは2安打1打点、守備ではファインプレーと攻守に渡って活躍し、MVPとなった[13]

2013年、守備に難点があるため、一塁、三塁にコンバートされる。シーズン中盤、一軍へ昇格。 6月9日、対北海道日本ハムファイターズ戦において、三塁手としてリーグワーストタイとなる1試合3失策を記録してしまった[14]。相変わらず守備に課題がある一方、2013年は打撃が向上し、二軍で首位打者(打率.337)を獲得。

2014年、オープン戦は外野手として出場したが、シーズンに入り遊撃手のレギュラー候補3人が相次ぎ怪我で欠場。二軍で正規の遊撃手がいない状態になり、外野手構想から遊撃手に復帰。4月26日遊撃手として一軍へ昇格。昇格後は遊撃手のレギュラーとして活躍したが、森岡良介の復帰とともに失速し、7月26日に二軍へ降格。9月27日、再び一軍登録、外野手で試合出場した。この年は打撃、守備とも前年より成長した姿を見せた。 また、この年の秋季キャンプ終了後、次期監督の真中満から徳山武陽古野正人西浦直亨らと共に、1番成長が感じられた選手の1人として挙げられている[15]

2015年は、前半戦は主に1番レフトとして出場。その後もリハビリ中のバレンティンや離脱したミレッジの代わりとしてスタメンで好成績を残す。しかし、シーズン途中に骨折で離脱。復帰後は主に代打、代走として出場し、5盗塁含む自己最多の73試合に出場した。クライマックスシリーズ、日本シリーズでは打撃機会こそはなかったものも代走として3試合に出場し、シーズン後の契約更改では450万円増の2000万円(推定)でサインした[16]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2010 ヤクルト 18 21 20 0 2 0 0 0 2 0 0 0 1 0 0 0 0 9 0 .100 .100 .100 .200
2011 3 8 8 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 1 .125 .125 .125 .250
2012 6 5 5 2 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .200 .200 .200 .400
2013 12 44 43 6 11 1 0 1 15 3 0 1 1 0 0 0 0 3 0 .256 .256 .349 .605
2014 55 168 149 23 41 3 1 2 52 12 1 2 2 0 16 0 1 25 2 .275 .349 .349 .698
2015 73 196 170 21 43 8 0 2 57 12 5 3 8 1 16 0 1 30 3 .253 .319 .335 .654
2016 61 131 111 14 27 5 1 1 37 9 2 1 9 0 9 0 2 20 5 .243 .311 .333 .645
NPB:7年 228 573 506 66 126 17 2 6 165 36 8 7 21 1 41 0 4 91 11 .249 .310 .326 .636
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


遊撃 三塁 一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2010 11 9 14 2 2 .920 3 0 1 0 0 1.000 - -
2011 1 3 3 1 3 .857 2 0 1 0 0 1.000 - -
2012 2 0 2 0 0 1.000 4 0 1 0 0 1.000 - -
2013 - 5 2 11 3 1 .813 7 60 5 0 6 1.000 -
2014 29 31 90 4 25 .968 - 9 36 2 2 2 .950 11 9 0 1 0 .900
2015 - 1 0 1 0 0 1.000 6 7 0 0 0 1.000 50 67 3 0 0 1.000
2016 - 2 0 0 0 0 .000 48 239 12 0 17 1.000 5 5 2 0 0 1.000
通算 43 43 109 7 30 .956 17 2 15 3 1 .850 70 342 19 2 25 .995 66 81 5 1 0 .989
  • 2016年度シーズン終了時

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 24 (2010年 - 2016年)
    • 国鉄スワローズ時代の1962年以後、投手の番号[21]として扱われていたため、打者がこの番号を着けるのは阿井利治捕手(1955年 - 1961年)以来で、ヤクルトの経営となってからは初めてである。
  • 10 (2017年 - )

打席登場曲[編集]

  • Twinkle Days - chay
  • One thing - One Direction
  • Beautiful ‐Superfly

出典[編集]

  1. ^ ヤクルト - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年12月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 『週刊ベースボール』64巻50号(ベースボール・マガジン社、2009年10月)17ページ。
  3. ^ a b スポニチ2009年ドラフト指名者”. 2010年1月24日閲覧。
  4. ^ a b c d 『週刊ベースボール』64巻50号(ベースボール・マガジン社、2009年10月)16ページ。
  5. ^ a b 『週刊ベースボール』64巻50号(ベースボール・マガジン社、2009年10月)34ページ。
  6. ^ サンスポヤクルト、ドラフト3位・荒木らと仮契約”. 2010年1月24日閲覧。
  7. ^ 東京ヤクルトスワローズ公式サイトスワローズファンの前で新人7選手の公開入団発表!”. 2010年1月24日閲覧。
  8. ^ スポーツ報知開催!ドラ3・荒木先生の相談室…ヤクルト”. 2010年1月25日閲覧。
  9. ^ 日刊スポーツヤクルトのドラ3荒木は宮本2世だ!”. 2010年1月25日閲覧。
  10. ^ 東京ヤクルトスワローズ公式サイト山本哲投手、荒木選手、松井淳選手、麻生選手が入寮!”. 2010年1月8日閲覧。
  11. ^ スポーツ報知青木が激励!ドラ3荒木は遊撃定位置獲りだ! …ヤクルト”. 2010年1月24日閲覧。
  12. ^ 東京ヤクルトスワローズ公式サイト2010年春季キャンプ参加メンバー”. 2010年1月24日閲覧。
  13. ^ 【ヤクルト】MVP荒木「声援すごい」”. 日刊スポーツ (2011年7月21日). 2014年5月19日閲覧。
  14. ^ 42年ぶり6失策…ヤクルト 58試合目で自力V消滅”. スポニチ Sponichi Annex (2013年6月10日). 2013年6月25日閲覧。
  15. ^ 【秋季キャンプ第4クール最終日】キャンプ打ち上げ! 真中監督は「100点! 想像以上の内容だった」”. ヤクルトスワローズ公式サイト ニュース (2014年11月21日). 2015年12月19日閲覧。
  16. ^ ヤクルト荒木2000万円 自己最多73試合に出場”. 日刊スポーツ (2015年12月3日). 2016年7月19日閲覧。
  17. ^ “プロ野球フレッシュオールスターゲーム2011 フォトギャラリー”. http://www.npb.or.jp/freshas/2011photo.html 2014年5月19日閲覧。 
  18. ^ “選手プロフィール 荒木 貴裕”. http://www.yakult-swallows.co.jp/players/2013/024_araki_r.html 2014年5月19日閲覧。 
  19. ^ “選手プロフィール 荒木 貴裕”. http://www.yakult-swallows.co.jp/players/2013/024_araki_r.html 2014年5月19日閲覧。 
  20. ^ “選手プロフィール 荒木 貴裕”. http://www.yakult-swallows.co.jp/players/2013/024_araki_r.html 2014年5月19日閲覧。 
  21. ^ 渋谷誠司高井諭大川章内藤尚行吉井理人花田真人等。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]