柴田講平

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柴田 講平
千葉ロッテマリーンズ #00
柴田講平選手.jpg
2017年4月30日 ロッテ浦和球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県北九州市
生年月日 (1986-07-17) 1986年7月17日(30歳)
身長
体重
177 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2008年 ドラフト2位
年俸 700万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

柴田 講平(しばた こうへい、1986年7月17日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属する福岡県北九州市出身のプロ野球選手外野手)。左投左打。

経歴[ソースを編集]

プロ入り前[ソースを編集]

小学校4年時から「浅川ベアーズ」で野球を始める。中学校ではボーイズリーグの「八幡イーグルス」に所属。当時は投手だった。

福岡工業大学附属城東高等学校では2年春から背番号19をつけ、控え投手としてベンチ入り。同年秋から中堅手でレギュラーとなる。3年春には第76回選抜高等学校野球大会定岡卓摩西村憲とともに出場したが、準々決勝で兵庫県立社高等学校に敗退。

卒業後は千葉大学リーグ所属の国際武道大学に進学し、2度のリーグ首位打者を達成。4年夏にはチェコで開催された第4回世界大学野球選手権大会日本代表に選ばれ、銀メダルを獲得した[2]

2008年のプロ野球ドラフト会議で、阪神タイガースからドラフト2巡目で指名。契約金7,000万円、年俸1,000万円(金額は推定)という条件で入団した。なお、入団時の背番号は「2」で、同期入団の上本博紀にも「4」を与えられた。阪神で2名の新人選手が1桁の背番号を着用した事例は、1980年北村照文(「5」)・藤倉一雅(「3」)以来29年振りであった。

阪神時代[ソースを編集]

阪神時代(2016年3月20日 阪神鳴尾浜球場にて)

2009年には、自身と同じく俊足の外野手だった赤星憲広にちなんで、「赤星二世」「ポスト赤星」[3]と呼ばれた。しかし、オープン戦で結果を残せなかったため、公式戦は二軍スタート。ウエスタン・リーグ公式戦では、大学日本代表時代に次ぐ上本との1・2番コンビ[2]で、76試合に出場。打率.320, 2本塁打、25打点、9盗塁OPS .809という好成績を残すとともに、フレッシュオールスターゲームに同リーグ選抜の一員として出場した。9月26日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で、代走として一軍デビュー。この試合で一軍初打席も経験すると、30日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)で、中犠飛によって一軍初打点を記録した。シーズン終了後には、シアトル・マリナーズから移籍した城島健司が背番号2の着用を希望したことから、このシーズン限りで引退した秀太から背番号「00」を引き継いだ。

2010年には、春季キャンプで一軍に帯同。しかし、キャンプ期間中の2月13日に、北海道日本ハムファイターズとの練習試合で右手甲に死球を受けた。後に第3中手骨の骨折が判明したため、戦線を離脱[4]。4月上旬に二軍で実戦復帰を果たしたものの、ウエスタン・リーグの公式戦では、シーズンを通じて目立った成績を残せなかった。さらに、チーム打率.290を残すほど一軍の打線が好調だったこともあって、一軍公式戦への出場機会はなかった。

2011年には、1年後輩の俊介などとの間で、春季キャンプから外野のレギュラー争いを展開。開幕一軍メンバーとして2シーズン振りの一軍昇格を果たしたが、俊介が開幕戦のスターティングメンバーに起用されたことなどから、開幕当初は代走や守備固めで公式戦に起用されることが多かった。しかし、5月13日の対中日ドラゴンズ戦でプロ入り初安打を記録すると、同月21日には自身初のスタメン出場を経験。後半戦は俊介に代わって中堅でのスタメン出場が多くなり、終盤にはバットを川崎宗則のモデルから青木宣親のモデルに変え、打撃フォームも青木に似たものに変えて[5]2番・中堅のレギュラーを獲得し成績を伸ばしていったが、8月14日の対東京ヤクルトスワローズ戦では9回裏二死満塁の場面で飛球を落球してしまい、走者一掃の適時失策を犯すということもあった[6]

2012年は開幕スタメンを勝ち取り、その後は外野手に挑戦した大和との併用で主に相手先発が右投手の試合でスタメン起用される。しかし打撃面の調子が上がらず、対して大和は徐々に調子を上げたためスタメンの機会が減り、一軍と二軍を行き来する。そして8月26日に登録を抹消されると、残りのシーズンを二軍で過ごした。同年12月から行われたオーストラリアウインターリーグに参加し、14試合で打率.345の成績を残した。プライベートでは、6月に結婚している[7]

2013年には、外野のレギュラーがマット・マートン、大和、新加入福留孝介にほぼ固定されたことなどから、3シーズン振りに開幕を二軍で迎えた。福留が故障で戦線を離脱した後の5月17日に出場選手登録を果たすと、大学時代を過ごした千葉県QVCマリンフィールドで開かれた同月22日の対千葉ロッテマリーンズ戦でプロ初本塁打[8]。地元・福岡県の福岡 ヤフオク!ドームで開かれた6月3日の対福岡ソフトバンクホークス戦では、観戦した家族の前でチームの勝利を決める適時打を放つとともに、初めて単独でヒーローインタビューを受けた[9]。しかし、同月16日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(クリネックススタジアム宮城)で二塁への盗塁を成功させた際に左足を負傷[10]。その後の診断で左足首の捻挫が判明したため、翌17日に出場選手登録を抹消された。9月11日に福留とともに再び一軍へ昇格すると、当日の対中日ドラゴンズ戦(甲子園)に「7番・右翼手」としてスタメンに起用。7回裏の第3打席では、先制の二塁打によって復帰後初安打を記録した[11]。なお、プライベートでは、6月22日に第1子(女児)を授かっている[12]

2014年には、一軍公式戦27試合に出場したが、打率が.179にとどまった。シーズン終了後の11月11日に甲子園球場で催された日本プロ野球80周年記念試合」では、阪神・巨人連合チームの一員として9回表に左翼の守備へ就いたものの、打席に立つ機会はなかった[13]

2015年には、一軍公式戦20試合で打率.190をマーク。2016年には、一軍公式戦10試合で打率.214を記録したが、10月1日に球団から戦力外通告を受けた[14]12月2日付で、NPBから自由契約選手として公示[15]

阪神退団後[ソースを編集]

柴田自身は、NPB他球団での現役続行を希望していたことから、2016年11月12日に甲子園球場の12球団合同トライアウトへ参加。シートバッティング形式で5人の投手と対戦したところ、3打数無安打に抑えられながらも、2つの四球を選んだ [16]

さらに、2016年同月15日から17日まで、千葉ロッテマリーンズの秋季キャンプへ参加。前述のトライアウトで選球眼を発揮したことに同球団が関心を寄せたことによるもので、猪本健太郎(前福岡ソフトバンクホークス内野手)・三家和真石川ミリオンスターズ外野手)と共に、入団テストへ臨んだ[17]。最終日の紅白戦では、白組の「1番・中堅手」として、適時三塁打や11球粘っての四球を含む2安打1四球で出塁したほか、中堅の守備で猪本の放った飛球を好捕。一軍監督の伊東勤監督から好評価を受けた[18]

ロッテ時代[ソースを編集]

2016年12月2日に、ロッテがテスト合格を発表[19]。同月12日、同球団と1年契約[20]。背番号は、阪神時代の2010年から付けてきた「00」を高濱卓也から引き継ぐ[21]

2017年には、5月7日の対ソフトバンク戦(ZOZOマリンスタジアム)7回裏に、代打で公式戦に初出場[22]。以降の試合に相次いでスタメン起用され、5月13日の対日ハム戦(東京ドーム)で一軍公式戦4年振りの本塁打[23]、同月21日の対楽天戦(ZOZOマリン)で4年振りの盗塁を記録[24]

選手としての特徴[ソースを編集]

50メートル走5秒7・遠投110メートルで、打撃センスも高いという評価もある[25]。動体視力と静視力の差が少ない[26]。道具はSSK社のものを使用。バット川崎宗則が使用するタイプを微調整したものを使っていたが、2011年8月上旬から青木宣親と同タイプを使用するようになった。

詳細情報[ソースを編集]

年度別打撃成績[ソースを編集]

















































O
P
S
2009 阪神 7 5 4 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2011 104 218 188 27 51 5 3 0 62 9 7 2 17 1 12 0 0 31 2 .271 .313 .330 .643
2012 73 157 128 13 30 3 1 0 35 2 4 3 11 1 16 0 1 23 1 .234 .322 .273 .595
2013 36 80 70 8 16 1 0 1 20 5 4 1 5 0 5 0 0 14 0 .229 .280 .286 .566
2014 27 40 39 6 7 1 0 0 8 1 0 0 0 0 1 0 0 7 1 .179 .200 .205 .405
2015 20 49 42 2 8 1 0 0 9 2 0 0 3 0 3 0 1 15 0 .190 .261 .214 .475
2016 10 17 14 0 3 1 0 0 4 0 0 0 1 0 1 0 1 3 0 .214 .313 .286 .599
通算:7年 277 566 485 56 115 12 4 1 138 20 15 6 37 3 38 0 3 95 4 .237 .295 .285 .580
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[ソースを編集]


外野












2009 5 2 0 0 0 1.000
2011 89 103 3 3 1 .972
2012 62 79 2 0 0 1.000
2013 33 36 0 0 0 1.000
2014 21 16 0 0 0 1.000
2015 14 23 1 1 1 .960
2016 3 3 0 1 0 .750
通算 227 262 6 5 2 .982
  • 2016年度シーズン終了時

記録[ソースを編集]

背番号[ソースを編集]

  • 2 (2009年)
  • 00 (2010年 - )

登場曲[ソースを編集]

  • The Show Must Go On - AK-69
  • 笑えれば - ウルフルズ

代表歴[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ 元阪神の柴田がロッテ入団「伊東監督を胴上げする」 - 野球”. 日刊スポーツ (2016年12月12日). 2017年4月4日閲覧。
  2. ^ a b 「Farm明日のスターここに! 柴田講平」『週刊ベースボール』2009年8月31日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20445-8/31、78-79頁。
  3. ^ 日本テレビ系『プロ野球Dramatic Game 1844』データ放送より、2011年9月24日現在。
  4. ^ “死球退場の柴田が右手甲骨折” (日本語). デイリースポーツ. http://www.daily.co.jp/tigers/2010/02/15/0002713510.shtml 2010年2月15日閲覧。 
  5. ^ 柴田、青木バットで安打量産だ デイリースポーツ、2011年9月27日。
  6. ^ 虎冷や汗勝利 9回2死から落球暴投失策… 日刊スポーツ、2011年8月15日。
  7. ^ 柴田、松雪泰子似の24歳女性と結婚デイリースポーツ、2012年6月22日
  8. ^ 【阪神】柴田プロ初本塁打!右翼に3ラン 日刊スポーツ、2013年5月22日。
  9. ^ 桧山に続いた!阪神・柴田、地元で千金打 サンケイスポーツ、2013年6月3日。
  10. ^ 阪神柴田が二盗成功も足を負傷、交代日刊スポーツ、2013年6月17日
  11. ^ 【阪神】柴田「最高です」先制適時打日刊スポーツ、2013年9月11日
  12. ^ 【阪神】柴田に第1子が誕生日刊スポーツ、2013年6月22日
  13. ^ 2014 SUZUKI 日米野球シリーズ 日本プロ野球80周年記念試合 打席結果・投打成績 野球日本代表公式サイト (2014年11月11日) 2016年11月15日閲覧
  14. ^ 来季の選手契約について”. 阪神タイガース公式サイト (2016年10月1日). 2016年10月1日閲覧。
  15. ^ 自由契約選手|2016年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。
  16. ^ 65人が参加/12球団合同トライアウト詳細”. 日刊スポーツ (2016年11月12日). 2016年11月14日閲覧。
  17. ^ ロッテ15日から阪神戦力外の柴田ら3人をテスト”. 日刊スポーツ (2016年11月13日). 2016年11月14日閲覧。
  18. ^ 前阪神・柴田“合格”手応え ロッテ入団テストで好捕&適時打”. デイリースポーツ (2016年11月18日). 2016年11月20日閲覧。
  19. ^ ロッテ 猪本、柴田、三家が入団テスト合格”. 日刊スポーツ (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。
  20. ^ 柴田選手・三家選手・猪本選手との契約について”. 千葉ロッテマリーンズ (2016年12月12日). 2016年12月25日閲覧。
  21. ^ 背番号について”. 千葉ロッテマリーンズ (2016年12月21日). 2016年12月25日閲覧。
  22. ^ ロッテ柴田が代打で今季初出場「やっと開幕した」”. 日刊スポーツ (2017年5月7日). 2017年5月22日閲覧。
  23. ^ 【ロッテ】柴田、4年ぶりのプロ2号!「しっかり仕留められました」”. スポーツ報知 (2017年5月13日). 2017年5月22日閲覧。
  24. ^ 元トラ戦士がアピール!ロッテ柴田が4年ぶり盗塁”. 日刊スポーツ (2017年5月21日). 2017年5月22日閲覧。
  25. ^ 虎の恋人は「赤星2世」国際武道大の柴田外野手 スポーツニッポン、2008年6月25日。
  26. ^ 2年目柴田の「成長」初安打 デイリースポーツ、2011年3月28日閲覧。

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]