前田大和

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
大和 (前田 大和)
阪神タイガース #0
Maeda yamato.jpg
2012年8月17日、明治神宮野球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県鹿屋市
生年月日 1987年11月5日(28歳)
身長
体重
177 cm
68 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 中堅手遊撃手二塁手三塁手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト4巡目
初出場 2009年4月15日
年俸 5,300万円(2016年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

前田 大和(まえだ やまと、1987年11月5日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手外野手内野手)。

2007年から登録名を「大和」にしている。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

鹿児島県鹿屋市出身。鹿屋小学校で、鹿屋ソフトボールスポーツ少年団に入団。鹿屋中学校時代には、ボーイズリーグの「鹿屋ベイスターズ」に所属。樟南高校では1番遊撃手として、1年夏の甲子園、3年夏の甲子園に出場、3年時は8強入りに貢献した。この時試合をテレビで観戦していた阪神監督の岡田彰布にその守備力を注目され[2]2005年の高校生ドラフトで阪神から4巡目で指名を受け、入団。

プロ入り後[編集]

2006年は入団前から評判だった守備が高く評価され、高卒1年目しかもドラフトでは最後の指名ながら主に2番遊撃手として二軍レギュラーに抜擢され、フレッシュオールスターゲームにも出場。全88試合のうちリーグ最多の83試合に出場し、2位以下を大きく引き離しての最多犠打を記録した。また、ウエスタン・リーグ2位となる4本の三塁打を放った。

2007年は2年連続でウエスタン・リーグの最多犠打を記録、再びフレッシュオールスターに出場したほか、北京プレオリンピック野球日本代表にも招集され、全5試合に出場。決勝の中国戦で勝利打点となる適時打を放った。

2008年は3年目にして初めて、野原将志とともに春季キャンプの一軍メンバーに抜擢された。しかし2人とも開幕までに二軍に降格し、シーズン中も一軍出場はなかった。二軍では71試合に出場して打率.226, 出塁率.266ながらリーグ3位の14盗塁を記録し、3年連続の最多犠打、遊撃手として最高守備率も記録した。

2009年も春季キャンプの一軍メンバーに選ばれたが開幕は二軍で迎えた。二軍でも開幕から打撃不振で打率1割台だったが、4月14日に初めて一軍登録され、翌15日の対中日ドラゴンズ戦で初出場を果たした。その後も主に代走・守備固めとして起用されたが、5月31日の対北海道日本ハムファイターズ戦で延長12回二死1・2塁のチャンスで打席に立った際、フルカウントまで一球もスイングせずに三振に倒れ、翌日二軍に降格した。後に本人は「自分で決めに行く勇気がなかった」と暗に四球狙いの消極的姿勢だったことを認めた。

7月5日に一軍復帰し、7月22日の対東京ヤクルトスワローズ戦でプロ初安打を記録した。8月4日の対中日戦では同じくプロ初となるスタメン出場を果たした。この試合で中日の先発のチェン・ウェインから2安打を放ったが、それがその試合における阪神の出塁の全てであり、結果的に完全試合を阻止した形となった。またシーズンオフに開催されたU-26 NPB選抜 対 大学日本代表の試合では、阪神唯一の年齢制限枠代表として出場した。

2010年は60試合を超える一軍公式戦出場を果たし、初のヒーローインタビューも経験した。この年は内野手登録ながら4試合に外野手として出場。10月20日に宮崎で行われていたみやざきフェニックス・リーグに合流すると、出場機会を増やすために外野の守備練習を直訴、同リーグでの外野手出場を希望した[3]

2011年もシーズン開幕から一軍メンバーに選ばれたが、5月13日の二軍戦で左肩を痛め登録を抹消された[4]。その後、8月5日に再び一軍登録され、8月7日の対ヤクルト戦で初めて一塁の守備についた。この年はおもに三塁守備固めとして、右翼以外の内外野6ポジションについた。

2012年には、内野手登録のまま、オープン戦から主に中堅手として起用。そのまま開幕一軍入りを果たすと、打撃で得意としている左投手と対戦する試合を中心に、主に「2番・中堅」としてたびたびスタメンに起用された。後半戦以降は上本博紀と共に俊足の1・2番に定着。シーズンを通して初めて100試合以上に出場した。

2013年には、内野手登録のまま、開幕から「2番・中堅」としてレギュラーに定着。新たに加入した西岡剛との1・2番コンビで活躍する一方で、外野の守備では広い守備範囲でファインプレーをたびたび見せた。セ・パ交流戦期間中には極度の打撃不振で途中交代や打順の降格も経験したが、「9番・中堅」で出場した6月1日の対オリックス・バファローズ戦では、先発で完投した金子千尋から決勝打を含む二塁打を全打席(3打席連続)で放った[5]。6月29日の対広島東洋カープ戦(阪神甲子園球場)では、両親や地元・鹿屋市から来場したツアー客の前で、プロ入り後初のサヨナラ安打を放った[6]。しかし、8月20日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜)9回表の打席で、大田阿斗里から右手に死球を受け交代。その後の診断で右手中指の骨折が判明し、翌21日に出場選手登録を抹消された[7]。しかし、チームの最終戦になった広島とのクライマックス・シリーズファーストステージ第2戦(10月13日・甲子園)では、「2番・中堅」としてスタメンで実戦に復帰した。一軍の公式戦では、出場試合数こそ前述の骨折の影響で前年より下回る104試合に終わったものの、入団後初めて規定打席に到達した(打率.273)。

2014年から外野手登録に変更[8]。公式戦では、開幕から「2番・中堅」として、攻守にわたって活躍していた。しかし、「1番・二塁手」として起用されていた西岡剛と上本が故障で相次いで戦線を離脱したため、5月5日の対ヤクルト戦(神宮)で2シーズン振りに二塁手として出場[9]。その後も、上本が交流戦で戦線に復帰するまで、主に二塁を守っていた。5月14日の対広島戦では、一軍通算1,172打席目に当たる第2打席で、プロ9年目にして初の本塁打を放った[10]。しかし、7月25日の対広島戦(マツダスタジアム)試合前のシートノックで、外野から本塁への返球中に左腹斜筋の筋挫傷を発症。試合へ出場しないまま、翌26日に出場選手登録を抹消された[11]。8月19日に一軍へ復帰[12]。チームがシーズン2位から進出した2014年の日本シリーズでは、福岡ヤフオクドームでの中堅守備で何度も好守を披露した[13][14][15]。シリーズの終了後には、自身初のゴールデングラブ賞を外野手部門で受賞[16]。阪神・巨人連合チームの一員として臨んだ「日本プロ野球80周年記念試合」(11月11日・甲子園)[17]では、日米野球2014で来日したMLBオールスターチームの投手陣から3安打を放った[18]

2015年には、オープン戦から極度の打撃不振に陥った[19]ものの、「8番・中堅手」として3年連続の開幕戦スタメン出場を果たした。しかし、以降の試合に新人の江越大賀などがスタメンに起用された影響で、シーズン中盤までは主に試合の途中から代走や守備要員として出場。6月9日のソフトバンク戦(福岡ヤフオクドーム)では4年振りの三塁守備[20]、11日の同カードでは4年振りの一塁守備を経験した[21]。8月の長期ロード以降は、レギュラー二塁手・上本が骨盤付近の骨折や太ももの肉離れによってたびたび戦線を離脱したことから、「2番・二塁手」としてのスタメン出場で上本不在の穴を埋めた[22]。しかし、このような起用法や長期にわたる打撃不振の影響で、公式戦全体では打席数が3年振りに規定打席を切った。また、盗塁数も4年振りの1桁(5)にとどまった。

2016年には、外野手登録を続けながら、春季キャンプから西岡・上本との間で正二塁手争いを展開した。

選手としての特徴[編集]

ルーキー時代から高く評価されていた守備力[23]が持ち味で「守備だけなら一軍でも通用する」と首脳陣から太鼓判を押され、北京プレ五輪野球日本代表に招集された際には監督の星野仙一からも「阪神で一番守備が上手い」と評された。二遊間での守備力の高さに定評がある井端弘和(巨人)も、中日への在籍中に自身で選んだ「守備のベストナイン」の二塁手部門に大和を入れている。また、一軍の公式戦で2012年から3年連続2桁盗塁を記録するほどの俊足でもある。

元来は内野手だが、2014年に中堅手でゴールデングラブ賞を受賞するなど、外野手としても守備力を高く評価。中堅手や二塁手として一軍公式戦のスタメンに起用された場合には、試合の展開に応じて、途中から守備位置を中堅から二塁(または二塁から中堅)に変更することがある。

レギュラー遊撃手の鳥谷敬海外FA権の行使を宣言した2014年のオフシーズンには、鳥谷がMLBの球団へ移籍した場合に備えて、首脳陣が遊撃手への再コンバートを検討していた[24]。鳥谷が2015年の春季キャンプ直前に阪神への残留を表明したため、同キャンプでは中堅手としての練習に専念した[25]が、シーズン終了後の秋季練習からは内野の練習も再開。翌2016年には、二塁手としてレギュラーの奪回を目指すことをシーズン前から公言する一方で、公式戦では前年に続いて中堅の守備にも就いている。

プロとしては華奢な体格であるため、若手時代は非力で長打力がなく、打率の低さも大きな課題になっていた。しかし、2010年頃からは、打撃面でも成長を見せている。特に左投手との対戦成績が良く、中日時代のチェンが先発陣の一角を担っていた2011年までは、チェンが先発する試合にスタメンで安打を放つことが多かった。2013年には高い得点圏打率を残したが、右投手と対戦した場合の打撃に課題を残している[26]

ウエスタン・リーグ公式戦で2年連続最多犠打を記録するなど、阪神の若手時代には、「バントが上手」と評価されていた。2番打者として一軍のレギュラーに定着してからは送りバントの失敗が目立つようになっていたが、2014年には犠打企図数50回中48回で犠打を成功させた[27]。その一方で、犠打の企図をめぐって、以下の事態にも見舞われている。

  • 2013年7月16日の読売ジャイアンツ戦(甲子園)では、1回裏無死1塁で迎えた第1打席で送りバントを試みたところ、先発投手・菅野智之の内角球を右手に当てたため打席の途中で俊介と交代。試合後に右手中指の打撲と診断され[28]、翌日の同カードでは大事を取って欠場した[29]ため、同年開幕戦からの連続試合出場記録が80試合で途絶えた。なお、翌2014年も、前述の故障によって夏場での戦線離脱を余儀なくされている。
  • 2015年9月21日には、セ・リーグの首位ヤクルトと阪神が1ゲーム差で迎えた直接対決(甲子園)において、同点で迎えた6回裏1死満塁の打席で首脳陣からスクイズの指示を受けた。しかし、スクイズを決められなかったため、チームは勝ち越しのチャンスを逸した。さらに、直後の7回表に投手陣が勝ち越し点を奪われたあげく、チームはこの試合で自力優勝の可能性が消滅。この試合からの4連敗で優勝争いから脱落したこともあって、前述のスクイズ失敗は、脱落後に「シーズンの流れを分けたプレー」として大きく取り上げられた。

人物[編集]

好物は肉料理とスイーツ。甲子園球場では、2013年シーズンから、大和の好物を盛り込んだコラボレーションメニューとして「若虎大和の大和魂肉弁当」を場内限定で発売している。

プライベートでは、2013年10月19日に、フリーアナウンサー原麻理子との結婚を発表[30]。2015年8月11日に第1子(長男)が誕生した[31]

チームメイトでは今成亮太と仲が良く、一人では買い物や食事をするのが苦手な大和が常に今成を誘っているとラジオ番組で語っている。[32]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2009 阪神 66 72 62 12 11 3 0 0 14 1 3 1 7 0 3 0 0 7 0 .177 .215 .226 .441
2010 62 50 44 19 12 0 1 0 14 4 8 3 1 1 4 0 0 8 1 .273 .327 .318 .645
2011 47 62 51 13 12 1 1 0 15 6 5 1 5 3 3 0 0 6 0 .235 .263 .294 .557
2012 128 349 311 29 80 13 3 0 99 26 17 8 19 0 15 0 4 46 3 .257 .300 .318 .618
2013 104 454 384 51 105 12 3 0 123 21 19 9 35 0 27 0 8 40 2 .273 .334 .320 .654
2014 121 481 398 54 105 17 1 1 127 24 11 7 50 1 28 1 4 52 7 .264 .318 .319 .638
2015 123 293 249 25 56 5 0 0 61 12 5 7 28 0 12 2 4 35 2 .225 .272 .245 .517
通算:7年 651 1761 1499 203 381 51 9 1 453 94 68 36 145 5 92 3 20 194 15 .254 .305 .302 .607
  • 2015年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]


一塁 二塁 三塁 遊撃 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2009 - 53 57 70 1 15 .992 - 2 1 3 0 0 1.000 -
2010 - 44 30 43 2 9 .973 - 7 4 11 0 2 1.000 4 0 0 0 0 ----
2011 4 4 0 0 0 1.000 11 15 15 0 3 1.000 27 6 12 5 1 .783 1 2 2 0 0 1.000 2 0 0 0 0 ----
2012 - 4 7 6 1 3 .929 - - 115 171 4 1 0 .994
2013 - - - - 104 201 7 2 0 .990
2014 - 9 22 31 2 11 .964 - - 111 224 3 1 1 .996
通算 4 4 0 0 0 1.000 123 131 165 6 41 .980 27 6 12 5 1 .783 10 7 16 0 2 1.000 336 596 14 4 1 .996
  • 2014年度シーズン終了時

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 66 (2006年 - 2010年)
  • 0 (2011年 - )

登録名[編集]

  • 前田 大和 (まえだ やまと、2006年)
  • 大和 (やまと、2007年 - )

登場曲[編集]

※ 一軍公式戦への出場機会が増えるにつれて、(大和の名前と重なる)サビのフレーズを合唱する応援スタイルがファンの間に浸透している。

代表歴[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 阪神西岡、制限いっぱいの大幅減俸にも「恩義感じる」 鳥谷は体重増で長打力アップ指令 産経WEST(2015年12月4日)、2015年12月18日閲覧。
  2. ^ “「高校野球? 見とるよ」/岡田監督”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2010年3月30日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/report/p-bb-tp1-20100330-612022.html 2012年11月2日閲覧。 
  3. ^ 阪神・大和「試合出たい」外野練習を志願 - ウェイバックマシン(2010年10月23日アーカイブ分) - サンケイスポーツ(2010年10月21日)
  4. ^ 大和 前半戦復帰は絶望… - ウェイバックマシン(2011年8月24日アーカイブ分) - デイリースポーツ(2011年5月14日)
  5. ^ 打順降格の大和が意地の決勝2点二塁打 - ウェイバックマシン(2013年10月20日アーカイブ分) - デイリースポーツ(2013年6月2日)
  6. ^ 大和のサヨナラ打で虎3連勝!「やっちゃいましたね」 - サンケイスポーツ 2013年6月29日、同日閲覧。
  7. ^ 阪神・大和、今季絶望か…右手第5中手骨骨折 - サンケイスポーツ 2013年8月21日、同日閲覧。
  8. ^ 阪神・大和、守備力は球界NO・1 イチローをも上回る - ZAKZAK 夕刊フジ 2014年5月29日、2014年7月23日閲覧。
  9. ^ 阪神・大和、2年ぶり二塁でスタメン出場 負傷の上本の代役 - サンケイスポーツ(2014年5月5日)
  10. ^ 阪神大和プロ1号「打ててよかった」 - 日刊スポーツ(2014年5月14日)
  11. ^ 阪神大和抹消 左脇腹肉離れで長期離脱も- 日刊スポーツ(2014年7月27日)
  12. ^ 阪神・大和が故障から復帰 代走で三盗決める「すんなりと入れた」- サンケイスポーツ(2014年8月19日)
  13. ^ 大和勝負のキャッチ「無理だと思った」 - 日刊スポーツ(2014年10月29日)
  14. ^ 阪神大和また魅せた!超美技でピンチ救う - 日刊スポーツ(2014年10月30日)
  15. ^ 阪神大和、前に後ろにスーパーキャッチ - 日刊スポーツ(2014年10月30日)
  16. ^ 阪神大和初のゴールデングラブ賞 外野手部門3位 - 日刊スポーツ(2014年11月7日)
  17. ^ 2014 SUZUKI 日米野球シリーズ 阪神・巨人連合チーム出場選手発表 阪神タイガース公式サイト (2014年10月21日) 2015年5月26日閲覧
  18. ^ 大和3安打&上本2打点 MLBびびらせた - 日刊スポーツ(2014年11月12日)
  19. ^ 阪神大和“生みの苦しみ”特打1時間で復調探る - 日刊スポーツ(2015年3月24日)
  20. ^ 阪神大和4年ぶりサード、平田ヘッド「不安ないよ」 - 日刊スポーツ(2015年6月9日)
  21. ^ 阪神大和4年ぶり一塁守備「頑張るだけですから」 - 日刊スポーツ(2015年6月11日)
  22. ^ 阪神・大和は首位の要 上本の穴を感じさせない働き - ZAKZAK(2015年8月13日)
  23. ^ 本間勝 (2006年3月17日). “虎の穴の良き友になれ”. ウエスタン一番星. 日刊スポーツ. 2012年11月2日閲覧。
  24. ^ 遊撃大和開幕OK 高代コーチが太鼓判 - 日刊スポーツ(2014年11月29日)
  25. ^ 阪神大和、中堅集中「やること1つ」 - 日刊スポーツ(2015年1月24日)
  26. ^ “和田監督、覇気なし野手にいきなり喝!”. DAILY SPORTS ONLINE (デイリースポーツ): p. 2. (2012年11月2日). http://www.daily.co.jp/tigers/2012/11/02/1p_0005497751.shtml 2012年11月2日閲覧。 
  27. ^ “阪神・和田監督、2度のバント失敗に怒ッ!”. iza. (2013年4月10日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/npb/645479/ 2013年12月20日閲覧。 
  28. ^ “【阪神】大和、打撲で抹消せず「大丈夫」”. 日刊スポーツ. (2013年7月16日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130716-1158362.html 2013年7月21日閲覧。 
  29. ^ “【阪神】俊介3安打!お立ち台で喜び爆発”. 日刊スポーツ. (2013年7月16日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130717-1159062.html 2013年7月21日閲覧。 
  30. ^ 阪神、大和の結婚発表 お相手はフリーアナ・原麻理子 - スポーツニッポン(2013年10月19日)
  31. ^ 大和に第1子男児が誕生- デイリースポーツ(2015年8月11日)
  32. ^ MBSラジオ(2015年12月10日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]