三家和真

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三家 和真
千葉ロッテマリーンズ #61
三家和馬.jpg
2017年9月5日、ロッテ浦和球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 和歌山県和歌山市
生年月日 (1993-08-13) 1993年8月13日(24歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 内野手外野手
プロ入り 2011年 育成選手ドラフト4位
初出場 NPB / 2017年5月23日
年俸 500万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

三家 和真(みけ かずま、1993年8月13日 - )は、和歌山県和歌山市出身のプロ野球選手内野手外野手)。右投両打。千葉ロッテマリーンズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

和歌山市立和歌山高等学校1年時からレギュラーに定着したが、2年時の夏に選手権和歌山大会の準決勝で敗退。3年時の夏には、和歌山大会決勝で智辯和歌山高校に1-7で敗れたものの、三家自身は6回にチーム唯一の打点を記録した[2]。しかし、在学中には春夏とも、阪神甲子園球場での全国大会に出場できなかった。

2011年プロ野球育成ドラフト会議で、広島東洋カープから4巡目で指名[3]育成選手として入団した。背番号は130

広島時代[編集]

2012年には、主に体力作りへ専念。夏場以降は、実戦を経験する機会が増えた。ウエスタン・リーグ公式戦には、7試合の出場で打率.286(7打数2安打)をマーク。しかし、秋に膝を故障した。

2013年には、春季キャンプへ帯同せず、前述の故障箇所のリハビリに専念。ウエスタン・リーグ公式戦5試合に出場しただけで、10月1日に球団から戦力外通告を受けた[4]10月31日に、NPBから自由契約選手として公示[5]

BCリーグ時代[編集]

NPB他球団での現役続行を希望していたため、広島退団後の2013年11月には、12球団合同トライアウトへ2度にわたって参加。しかし、他球団から獲得のオファーを受けるまでには至らなかった。そのため、一時はアルバイトとしてゲーム関連の会社に勤務していた。三家が後に述懐したところによれば、この体験で「お金を大事に使う難しさが分かった」という[6]

2014年には、3月1日BCリーグの合同トライアウトへ参加。同日開催のドラフト会議で信濃グランセローズから1巡目で指名されたこと[7]から、外野手として入団した。リーグ戦には52試合へ出場。主に守備要員や代走で起用されたが、10月15日付で退団した。

2015年には、5月1日に、BCリーグの石川ミリオンスターズ内野手として入団[8]。リーグ戦63試合に出場するとともに、打率.219、26打点、リーグ最多の55四球を記録した。

2016年には、前年に続いて石川へ所属する一方で、登録ポジションを外野手に変更。リーグ戦69試合に出場すると、打率.248、5本塁打、26打点を記録した。シーズン終了後の11月15日から17日までは、柴田講平(前阪神タイガース外野手)・猪本健太郎(前福岡ソフトバンクホークス内野手)と共に、千葉ロッテマリーンズ秋季キャンプの入団テストに参加[9]16日の紅白戦では、チェン・グァンユウなどの左投手を相手に2打数2安打1打点という成績を残したほか、満塁で迎えた打席ではポール際へ特大のファールも放った(当時の一軍監督・伊東勤監督曰く「認定本塁打」)[10]

ロッテ時代[編集]

2016年12月2日に、ロッテが上記3選手の入団テスト合格を発表。三家自身は、同月12日支配下登録選手としての契約を結んだ[11]ことによって、4年振りのNPB復帰を果たした。外野手登録で、背番号は自身と同じ日本国内の独立リーグ(四国アイランドリーグ)経験者で、この年のパシフィック・リーグ首位打者だった角中勝也が入団以来着用してきた61[12]

2017年には、公式戦の開幕を二軍でスタート。イースタン・リーグの公式戦では、開幕から40試合に出場した時点で、リーグ2位の打率.325を記録するほど好調だった。5月21日に、NPB実働3年目で初めての出場選手登録[13]5月23日の対福岡ソフトバンクホークス戦(福岡ヤフオク!ドーム)9回表に、代打で一軍公式戦へのデビューを果たした。5月28日の対オリックス・バファローズ戦(ZOZOマリンスタジアム)では「2番・中堅手」としてスタメンに初めて起用されたが、一軍公式戦全体では4試合に出場しただけで、初安打には至らなかった。イースタン・リーグ公式戦では、チームで最も多い107試合の出場で最終規定打席へ到達するとともに、リーグ9位の打率.262をマーク。

選手としての特徴・人物[編集]

50m走6秒0、遠投110mの俊足・強肩のスイッチヒッター[14]

元々は右打ちであるが、高校2年時の10月頃に体育の授業でソフトボールをした際、左打ちのスイングをしているところを見た監督にスイッチヒッター転向を勧められた。一部雑誌等でスイッチヒッターになったのは中学時代とされることもあるが、当時は練習時に遊び感覚で左で打つことがあった程度で、試合で実際に行ったことはないと本人が否定している[15]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2017 ロッテ 4 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
通算:1年 4 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
  • 2017年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



外野












2017 ロッテ 2 2 0 0 0 1.000
通算 2 2 0 0 0 1.000
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

NPB

独立リーグでの打撃成績[編集]











































O
P
S
2014 信濃 52 24 6 2 0 0 0 2 9 4 1 0 4 1 0 1 .083 .233 .083 .316
2015 石川 63 224 40 49 5 2 0 26 41 55 2 3 3 20 14 1 .219 .373 .290 .663
2016 69 274 47 68 10 3 5 26 64 26 3 7 0 15 3 4 .248 .320 .361 .681
通算:3年 184 522 93 119 15 5 5 54 114 85 6 10 7 36 17 6 .228 .339 .305 .644

背番号[編集]

  • 130 (2012年 - 2013年)
  • 87 (2014年)
  • 25 (2015年 - 2016年)
  • 61 (2017年 - )

脚注[編集]

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  1. ^ 元BC石川の三家がロッテ入団「ここからスタート」 - 野球”. 日刊スポーツ (2016年12月12日). 2017年4月4日閲覧。
  2. ^ 「1点」導く粘りの一打 市和歌山・三家和真選手 和歌山大会”. asahi.com (2011年7月31日). 2012年5月21日閲覧。
  3. ^ 2011年プロ野球ドラフト会議 交渉権獲得!”. 広島東洋カープ (2011年10月27日). 2012年5月21日閲覧。
  4. ^ 来季の選手契約について”. 広島東洋カープ公式サイト (2013年10月1日). 2013年10月3日閲覧。
  5. ^ 2013年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフィシャルサイト 2013年11月3日閲覧。
  6. ^ ロッテ三家、広島戦力外、独立リーグ経て…NPB復帰に「全力で」”. デイリースポーツ (2016年12月12日). 2017年5月22日閲覧。
  7. ^ ドラフト会議指名選手のお知らせ ベースボール・チャレンジ・リーグオフィシャルサイト 2014年3月1日閲覧。
  8. ^ 新入団選手決定のお知らせ ベースボール・チャレンジ・リーグオフィシャルサイト 2015年5月1日閲覧。
  9. ^ ロッテ15日から阪神戦力外の柴田ら3人をテスト”. 日刊スポーツ (2016年11月13日). 2016年11月17日閲覧。
  10. ^ 元広島の三家、ロッテ入団テストで2安打1打点&幻満塁弾の神ってる!!伊東監督も絶賛”. 日刊スポーツ (2016年11月16日). 2016年11月17日閲覧。
  11. ^ 柴田選手・三家選手・猪本選手との契約について”. 千葉ロッテマリーンズ (2016年12月12日). 2016年12月25日閲覧。
  12. ^ 背番号について”. 千葉ロッテマリーンズ (2016年12月21日). 2016年12月25日閲覧。
  13. ^ ロッテ福浦ら抹消、ロッテ三家ら登録/公示”. 日刊スポーツ (2017年5月21日). 2017年5月22日閲覧。
  14. ^ 「感謝忘れず臨む」 広島が三家選手指名”. わかやま新報 (2011年10月28日). 2012年5月21日閲覧。
  15. ^ ルーキーインタビューVol.4「心を赤く染めて」『月間広島アスリートマガジン』 2012年6月号、サンフィールド

関連項目[編集]

外部リンク[編集]