上本博紀

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上本 博紀
阪神タイガース #00
Tigers uemotohiroki 20160812.jpg
2016年8月12日 阪神鳴尾浜球場
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 広島県福山市
生年月日 (1986-07-04) 1986年7月4日(30歳)
身長
体重
173 cm
67 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手遊撃手三塁手
プロ入り 2008年 ドラフト3位
初出場 2010年7月8日
年俸 推定3,300万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

上本 博紀(うえもと ひろき、1986年7月4日 - )は、阪神タイガースに所属する広島県福山市出身のプロ野球選手内野手)。2014年から2016年までは、阪神の選手会長でもあった。[1]

経歴[ソースを編集]

プロ入り前[ソースを編集]

福山市立松永小学校4年生の時に「松永ソフトボールクラブ」にてソフトボールを始めた。中学時代には地域の軟式野球のクラブチーム「松永ヤンキース」に所属し、1年生の秋から1番・二塁に定着。3年生のときには年間約60試合のリーグ戦のなかで122個の盗塁を記録した。

広陵高校時代には1年夏から甲子園に4季連続で出場し、2003年の選抜高等学校野球大会では1番打者として西村健太朗白濱裕太らと共に優勝に貢献。21打数で選抜大会の個人最多安打記録タイまであと1安打に迫る12安打、3打点を挙げた。同年の全国高等学校野球選手権大会ではチームは2回戦で敗退したものの、先頭打者本塁打を含む10打席連続出塁(6打数6安打4四球1本塁打)を記録した。その年に行われたアジアAAA選手権に2年生ながら日本代表に選出され、最優秀守備選手賞を獲得した。

主将を務めた2004年の選抜高等学校野球大会には、チームの捕手不足のためコンバートされ[2]、3番・捕手として出場した。全国高校野球選手権大会の広島地方大会では1番・二塁に戻ったが、準々決勝で岩本貴裕を主将に擁する広島商に敗れ、5季連続甲子園出場はできなかった。

早稲田大学スポーツ科学部への進学後は、東京六大学野球のリーグ戦に、1年時からレギュラーで出場。在学中の全104試合でフルイニング出場を果たしたほか、4年時には主将も務めた。リーグ戦では、通算で411打数109安打、打率.265, 4本塁打、46打点を記録。通算109安打は当時リーグ歴代13位の記録で、在学中のリーグ戦全試合フルイニング出場は、慶應義塾大学時代の高橋由伸以来であった。また、ベストナインを5回受賞したほか、4年春には同大学との1回戦でホームスチールを成功させた。

さらに、第35回日米大学野球・第3回世界大学野球代表第36回日米大学野球代表第4回世界大学野球代表を経験。いずれの大会でも、レギュラー二塁手として活躍した。

2008年のプロ野球ドラフト会議で、阪神タイガースから3巡目で指名。契約金7,000万円、年俸1,000万円(金額は推定)という条件で入団した。入団当初の背番号は4で、早稲田大で主将を務めた選手が阪神へ入団した事例は、後に二遊間を一緒に守る鳥谷敬(2004年自由獲得枠)以来であった。

プロ入り後[ソースを編集]

2009年には、ウエスタン・リーグ公式戦で、チーム最多の88試合に出場。打率.241、 0本塁打、25打点、16盗塁、OPS .618という成績を残したが、一軍昇格の機会はなかった。

2010年には、7月8日の対東京ヤクルトスワローズ戦(阪神甲子園球場)8回表から、二塁の守備要員として一軍デビュー。翌9日の対横浜ベイスターズ戦(甲子園)では、8回裏に代走で二塁への盗塁を試みたところ、相手捕手橋本将の送球が自身の身体を直撃。送球が外野に転がる間に一気に本塁へ生還したため、一軍初盗塁と初得点を同時に記録した。8月25日の対広島東洋カープ戦(京セラドーム大阪)では、梅津智弘からの適時打で一軍初安打・初打点も記録。9月5日に地元のMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島で催された同カードでは、「8番・二塁手」として一軍では初めてのスタメンに起用されると、一軍で初めて猛打賞を記録した。レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦28試合の出場ながら、打率.333、2打点、2盗塁、11得点という好成績を残した。

2011年には、一軍公式戦67試合に出場。7月1日の対横浜戦(倉敷マスカットスタジアム)で大原慎司から一軍公式戦初本塁打、同月27日の対中日ドラゴンズ戦(甲子園)でチェン(いずれも左腕投手)から満塁本塁打を放つなど、3本塁打を記録した。

2012年には、オープン戦の守備中に左肘内側の副靱帯を痛めた影響で、7月1日から一軍公式戦に合流。62試合の出場で1本塁打にとどまったものの、二塁打数が前年の7本から13本、盗塁数が8個から13個に増えた。さらに、一軍公式戦で初めての三塁打も放っている。

2013年には、公式戦開幕前の2月26日に、阪神とWBC日本代表との強化試合(京セラドーム大阪)で「阪神の1番・遊撃手」としてスタメンに起用した。しかし、6回表の守備で日本代表の打者・坂本勇人の飛球を追って後退した際に、左翼手伊藤隼太と交錯。転倒したまま起き上がれなくなったため、グラウンド上から担架で運び出された。さらに、その後の診断で、右目周辺の裂傷と左足首前距腓靱帯の損傷が判明[3]。6月5日に二軍の全体練習へ合流したが、その後に左足首の痛みが再発したため、同月24日に左足関節内のクリーニング手術を受けた[4]。8月29日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(東京ドーム)では、スタメンで一軍に復帰するとともに、プロ入り後初めて三塁の守備に就いた。結局、一軍公式戦には25試合の出場にとどまったものの、2本塁打、13得点を記録した。

2014年には、阪神選手会の第15代会長に就任[5]するとともに、プロ入り後初めて公式戦の開幕を一軍で迎えた。前年に続いて正二塁手として起用されていた西岡剛が、3月30日に巨人との開幕カード第2戦(東京ドーム)の守備中に重傷を負ってからは、西岡に代わる「1番・二塁手」としてスタメンに定着。4月10日の対横浜DeNAベイスターズ戦(甲子園)では、9回裏の第5打席で、プロ入り後初のサヨナラ安打を記録した[6]した。5月3日の対ヤクルト戦(明治神宮野球場)の守備中に、雄平の打球を右手に受けて親指末節骨を骨折した[7][8]が、セ・パ交流戦から戦線に復帰。レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦で自己最多の131試合に出場した。初めて規定打席に到達するとともに、打率.276、 出塁率 .368、7本塁打、38打点、20盗塁という自己最高の成績を残したが、守備面ではセントラル・リーグの二塁手では最も多い17失策を記録した。シーズン終了後の11月11日に甲子園球場で開かれた「日本プロ野球80周年記念試合」では、阪神・巨人連合チームの「2番・二塁手」としてスタメンに起用されると、フル出場で4打数2安打2打点という成績を残した[9]

2015年には、前年に続いて正二塁手に定着。29歳の誕生日と重なった7月5日の対DeNA戦(横浜)では、「1番・二塁手」としてスタメンに起用されると、初回に山口俊の初球で先頭打者本塁打を記録した[10]。しかし、8月4日の対広島戦(マツダスタジアム)で、守備中にダイビングキャッチを試みた際に腰と股関節を強打[11]。出場選手登録の抹消(同月6日)[12]を経て、精密検査を受けた結果、左上前腸骨棘の亀裂骨折と診断された[13]。8月26日に一軍復帰を果たした[14]が、9月12日に左太もも裏の肉離れで再び登録を抹消[15]。そのままシーズンを終えた。レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦108試合に出場。失策数は12で前年より減少したものの、前半戦に打率が低迷した[11]こともあって、打撃・走塁面の成績は総じて前年を下回った。

2016年には、任期満了によって前年で退任する予定だった選手会長を引き続き務める一方で、春季キャンプから西岡や大和と正二塁手争いを展開[16]。しかし、オープン戦で打撃が振るわなかったことから、公式戦の開幕後は西岡のスタメン起用が続いた。結局、上本は開幕から代打で2試合に起用された後に、4月3日から5月7日まで二軍での調整を余儀なくされた。故障以外の理由で一軍を離れたのは、2010年9月30日以来6年振りであった[17]。さらに、6月1日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(楽天Koboスタジアム宮城)の打撃練習中に腰痛を発症。後に前屈できない状態へ陥ったことから、翌2日[18]から1ヶ月にわたって出場選手登録を抹消された。結局、一軍公式戦全体では2本塁打、打率.257を記録したものの、出場試合数は前年の108試合から45試合に半減。3年連続のセ・リーグ最終規定打席到達を逃したほか、盗塁数も3にとどまった。なお、シーズン終了後の11月17日には、翌2017年シーズンから背番号を00に変更することが球団から発表されている[19]

選手としての特徴[ソースを編集]

高校時代の監督である中井哲之からは、「間違いなく天才です。プロとしては体が小さいですが、それを補って余りあるほど野球IQが高い」との評価を受けている[20]

ボールゾーンスイング率が低く、優れた選球眼を持つ[21]。2015年に打撃が低迷した理由について、「(『犠打や進塁打などの小技が求められる』という)2番打者としての先入観にとらわれるあまり、ちょこちょこやって失敗した」と分析。そのうえで、「今後は、起用される打順に関係なく、(バットを)強く振ることをもっと意識したい」と語っている[22]

阪神の正二塁手に定着した2014年と2015年には、セントラル・リーグの二塁手としてシーズン最多の失策数を記録した。さらに、2015年の阪神秋季キャンプでは、前述した故障の多さを新任の首脳陣が憂慮。高校の先輩・かつてのチームメイトで新任の一軍監督・金本知憲による「複数ポジション制構想」の下で、身体への負担を軽減させるべく、外野の守備練習にも取り組んでいる[23]。翌2016年の二軍調整中には、当時の一軍外野陣が手薄だったこと[24]などを背景に、左翼手としてウエスタン・リーグ公式戦のスタメンに起用されることもあった[25]

家族[ソースを編集]

広島東洋カープ内野手の上本崇司は実弟で、自身に続いて広陵高校を卒業した後に、明治大学へ進学。広島入団後の2013年9月18日には、広島対阪神戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)に、守備固めながら兄弟揃っての出場を果たした。7回表から崇司が遊撃の守備に就いた後に、自身もその裏の守備から二塁手として登場したことによるもので、野球人生では初めての経験だったという[26]。ちなみに、博紀・崇司とも、広陵高校への在学中に全国高等学校野球選手権の全国大会へ出場。博紀は2003年の対東海大甲府高校戦、崇司は2008年の対横浜高校戦で先頭打者本塁打を記録している[27]

2014年1月25日には、知人の紹介で2012年末から交際していた一般女性との結婚を発表している[28]

詳細情報[ソースを編集]

年度別打撃成績[ソースを編集]

















































O
P
S
2010 阪神 28 16 15 11 5 1 0 0 6 2 2 1 0 0 1 1 0 1 1 .333 .375 .400 .775
2011 67 131 108 20 27 7 0 3 43 13 8 3 7 2 14 0 0 27 0 .250 .331 .398 .729
2012 62 224 197 22 50 13 1 1 68 7 13 4 2 1 19 0 5 46 3 .254 .333 .345 .678
2013 25 70 59 13 15 3 0 2 24 8 2 1 2 0 8 0 1 19 1 .254 .353 .407 .760
2014 131 600 515 90 142 28 5 7 201 38 20 10 7 2 70 0 6 97 7 .276 .368 .390 .758
2015 108 452 375 44 95 18 1 4 127 31 19 11 29 0 44 1 4 69 1 .253 .338 .339 .677
2016 45 113 101 18 26 7 0 2 39 8 3 0 0 0 12 0 0 14 0 .257 .336 .386 .722
通算:7年 466 1606 1370 218 360 77 7 19 508 107 67 30 47 5 168 2 16 273 13 .263 .349 .371 .720
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[ソースを編集]


二塁 遊撃 三塁





















2010 8 8 8 0 0 1.000 - -
2011 33 37 51 4 11 .957 9 9 25 0 2 1.000 -
2012 52 135 135 5 27 .982 - -
2013 14 27 39 2 7 .971 - 3 0 1 1 0 .500
2014 129 279 371 17 75 .975 - -
2015 107 262 321 12 62 .980 - -
2016 26 35 53 4 6 .957 - 5 0 10 3 0 .769
通算 369 783 978 44 188 .976 9 9 25 0 2 1.000 8 0 11 4 0 .733
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[ソースを編集]

記録[ソースを編集]

初記録
その他記録

背番号[ソースを編集]

  • 4 (2009年 - 2016年)
  • 00 (2017年 - )

登場曲[ソースを編集]

代表歴[ソースを編集]

関連情報[ソースを編集]

出演[ソースを編集]

CM

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ a b “阪神・上本は300万減 「気持ちを持ってやってこられた」”. デイリースポーツ online. (2016年11月28日). http://www.daily.co.jp/baseball/2016/11/28/0009705865.shtml 2016年11月28日閲覧。 
  2. ^ 第76回センバツ 頑張れ中国勢”. 中国新聞. 2011年2月9日閲覧。
  3. ^ “上本、左足首の靱帯損傷…和田監督は「時間がかかりそう」”. スポーツニッポン. (2013年2月28日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/02/28/kiji/K20130228005293470.html 2013年3月5日閲覧。 
  4. ^ “【阪神】上本、左足首手術「1日も早く」”. 日刊スポーツ. (2013年6月25日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130625-1147597.html 2013年6月26日閲覧。 
  5. ^ “【阪神】上本が来季の選手会長に就任”. 日刊スポーツ. (2013年11月26日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20131126-1223555.html 2013年12月19日閲覧。 
  6. ^ “阪神上本プロ初サヨナラ打 2日前の雪辱”. 日刊スポーツ. (2014年4月11日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20140411-1283717.html 2014年4月15日閲覧。 
  7. ^ “阪神上本が右手にタオルまき球場出る”. デイリースポーツ. (2014年5月3日). http://www.daily.co.jp/newsflash/tigers/2014/05/03/0006930237.shtml 2014年5月5日閲覧。 
  8. ^ “上本骨折…痛すぎる二塁手また離脱”. デイリースポーツ. (2014年5月5日). http://www.daily.co.jp/tigers/2014/05/05/0006933254.shtml 2014年5月5日閲覧。 
  9. ^ 2014 SUZUKI 日米野球シリーズ 日本プロ野球80周年記念試合 打席結果・投打成績 野球日本代表公式サイト (2014年11月11日) 2016年4月5日閲覧
  10. ^ “阪神上本、初球先頭打者弾で29歳最高の船出”. 日刊スポーツ. (2015年7月5日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1502254.html 2016年4月5日閲覧。 
  11. ^ a b “上本 腰と股関節痛め欠場…抹消?和田監督「あすの様子を見て」”. スポーツニッポン. (2015年8月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/08/06/kiji/K20150806010883230.html 2015年8月10日閲覧。 
  12. ^ “【阪神】上本、左腰骨打撲で抹消 7日にも精密検査へ”. スポーツ報知. (2015年8月6日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20150806-OHT1T50095.html 2015年8月10日閲覧。 
  13. ^ “上本は左上前腸骨棘を亀裂骨折”. デイリースポーツ. (2015年8月7日). http://www.daily.co.jp/newsflash/tigers/2015/08/07/0008282987.shtml 2015年8月10日閲覧。 
  14. ^ “上本 意地の一発!6点差の9回2死から次戦につなぐ2ラン”. スポーツニッポン. (2015年8月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/08/30/kiji/K20150830011033300.html 2015年8月31日閲覧。 
  15. ^ “上本肉離れだった…最悪今季絶望も”. デイリースポーツ. (2015年9月14日). http://www.daily.co.jp/tigers/2015/09/14/0008393480.shtml 2015年9月20日閲覧。 
  16. ^ “阪神二塁争い激化 ライバル3人そろって適時打”. 日刊スポーツ. (2016年2月26日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1609251.html 2016年4月5日閲覧。 
  17. ^ “阪神・上本 故障以外では6年ぶり登録抹消 代打で2打席のみ”. スポーツニッポン. (2016年4月3日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/04/03/kiji/K20160403012334350.html 2016年4月6日閲覧。 
  18. ^ “阪神上本腰痛で抹消「前屈できないというから…」”. 日刊スポーツ. (2016年6月2日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1657199.html 2016年7月5日閲覧。 
  19. ^ “藤川球児は22番に 阪神の背番号変更者一覧”. 日刊スポーツ. (2016年11月17日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1739441.html 2016年11月17日閲覧。 
  20. ^ エースや4番打者よりプロ野球この曲者たちが面白え! ヤクルト・雄平広島・一岡 中日・大島阪神・上本オリックス・佐藤達 日ハム・大引楽天・福山ほか”. 現代ビジネス (2014年7月14日). 2015年5月16日閲覧。
  21. ^ Plate Disciplineで打者のタイプを知る ~「勝てる野球の統計学」トークライブ開催直前コラム~”. Baseball LAB (2014年7月19日). 2015年5月17日閲覧。
  22. ^ 上本「最強2番」目指す 持ち味長打力貫く「超変革」だ”. スポーツニッポン (2016年1月13日). 2016年4月6日閲覧。
  23. ^ 【阪神】金本監督、改革第1弾!上本を外野“コンバート””. スポーツ報知 (2015年10月29日). 2016年4月6日閲覧。
  24. ^ 虎・上本、中堅テストへ!掛布2軍監督「バット生かさない手はない」”. サンケイスポーツ (2016年6月17日). 2016年8月22日閲覧。
  25. ^ 阪神上本二軍戦で存在感示す 5番左翼2安打3打点”. 日刊スポーツ (2016年7月23日). 2016年8月22日閲覧。
  26. ^ “阪神&広島 上本兄弟が同時出場”. 日刊スポーツ. (2013年9月18日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130918-1191552.html 2013年9月18日閲覧。 
  27. ^ “高松商51年ぶり4強、植田兄が弟に先を越され威厳弾”. 日刊スポーツ. (2016年3月29日). http://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/1623373.html 2016年5月22日閲覧。 
  28. ^ “阪神・上本が結婚 「ドキンちゃん似」一般人女性と”. スポーツニッポン. (2014年1月26日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/01/26/kiji/K20140126007461910.html 2014年1月26日閲覧。 
  29. ^ “阪神・上本 真っ青3失策 あゝセ二塁手ワーストタイ”. スポーツニッポン. (2014年6月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/06/30/kiji/K20140630008473990.html 2014年6月30日閲覧。 
  30. ^ スポーツニッポン関西版2014年8月2日付4面

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]