杉永政信

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杉永 政信
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福井県
生年月日 (1961-05-05) 1961年5月5日(57歳)
身長
体重
189 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1979年 ドラフト1位
初出場 1985年
最終出場 1985年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

杉永 政信(すぎなが まさのぶ、1961年5月5日 - )は、福井県出身の元プロ野球選手投手)。現在はプロ野球審判員

来歴・人物[編集]

鯖江高では1978年秋季北信越大会準々決勝に進むが、森隆峰のいた高岡第一高に延長13回サヨナラ負けを喫する。

1979年ドラフト1位(木田勇の外れ1位)で大洋(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。高校球界では無名ながら、巨体から繰り出す速球は150キロ近いと言われ、本人も入団会見の際に、「300勝する」と宣言していたが、入団後はフォームを崩したこともあって伸び悩み、ストレートの球速が120キロ前半にまで落ち込んでしまった。

その後アンダースローに転向するなど試行錯誤を繰り返していたが、スローカーブを取得してから二軍で成績を残せるようになり、1985年に一軍デビューし3試合登板した(この頃はストレートの球速も135キロ前後まで回復していた)。しかし、その年のオフに戦力外通告を受け現役引退した。翌年打撃投手となるものの1年で退団。

1987年、ブリンクマン審判学校を経て、セントラル・リーグ審判部入局(最初は東京審判部所属だったが、後に関西審判部転属となり現在に至る)。2016年終了時までの通算試合出場数は2325、オールスターゲーム出場4回(1997年、2002年、2007年、2013年)。日本シリーズ出場4回(2004年、2007年、2010年、2013年)2008年に主任に昇進した。役職名変更により2011年からクルーチーフとなる。2017年からはクルーチーフを解かれ一般審判員となる。

オールスターでは2007年第2戦(オールスター史上初となる降雨コールドゲームかつ52年ぶりデーゲーム開催)で球審を、日本シリーズでは2004年第5戦、2010年と2013年第7戦で球審をそれぞれ担当。なお第7戦で2回球審を務めたのは、セ・リーグ出身審判としては岡田功谷博についで3人目、プロ野球史上4人目である。

1992年阪神甲子園球場で行われた阪神タイガースヤクルトスワローズ第18戦(日本プロ野球史上最長の6時間26分を記録した試合)で一塁塁審を務めていた。

2013年10月6日広島対ヤクルト24回戦で球審を務め通算2000試合出場を達成。

審判員袖番号は16(1988年の初採用からつけている)。190cm近い長身であり、日本プロ野球審判史上有数の巨漢である。また、近年のプロ野球の審判員としては珍しく、あまりブレザーを着用していない。肌寒い時期のデーゲームはもちろんナイトゲームでも着用することは稀である。

判定に関連したトラブル[編集]

1999年7月18日、阪神対巨人戦(阪神甲子園球場)の6回表、巨人が二死二塁で打者高橋由伸が一塁ゴロを打ち、一塁ベースカバーに入った阪神の投手ダレル・メイがボールを受けて一塁ベースに触れた。タイミングはアウトだったが、杉永一塁塁審はメイがベースに触れていないとしてセーフと判定した。この判定を不服としてメイは杉永に抗議。そしてメイが杉永を突いて退場処分(メイは14日間の出場停止)。また抗議している間に走者が生還して失点している。

2004年の日本シリーズ第1戦・中日対西武戦の5回裏中日の攻撃で一死一塁。打者谷繁元信の打った打球は捕手前のゴロとなった。捕手野田浩輔が捕球し直ちに谷繁に触球を試みた。球審橘高淳は野田が打者走者谷繁に触球したと判定し、アウトを宣告した。野田は二塁へ送球。二塁塁審の杉永は一塁走者のオマール・リナレスに二塁フォースアウトを宣告した。この判定を受け、遊撃手中島裕之は一塁に送球。西武側は併殺したと判断し、ベンチに引き上げた。 すると中日の監督落合博満は審判団に、「打者走者に対する触球によってアウトが宣告されたのなら、二塁はタッグプレイになる。一塁走者はアウトではない」と主張した。審判団は協議の上、杉永のフォースアウトの判定を取り消し、二死二塁からの再開を決めた。 しかし、西武の伊東勤監督がこれに対して「一度審判員がアウトといったのだから」とこの決定に対して異議を唱え、この間49分試合が中断し、最後は左翼線審友寄正人と橘高が場内アナウンスで謝罪した。この件でコミッショナーは審判団に厳重注意を通告した。

2008年8月28日、巨人対横浜戦(東京ドーム)の5回1死で坂本勇人が右前安打を放って塁をオーバーランした際、一塁に送球されて一塁塁審の笠原昌春が「セーフ」の判定をする一方で、球審の杉永政信が「アウト」の判定をした珍事が発生。公認野球規則9.04の(c)で審判団が協議した結果、セーフの判定になった。

2012年4月4日、西武対ロッテ戦(西武ドーム)の5回表ロッテの攻撃。打者岡田幸文のライト前ヒットで二塁走者大松尚逸の本塁クロスプレーをセーフと判定。この判定を不服とし、西武首脳陣が抗議。その際、抗議権がないにもかかわらず抗議した光山英和西武バッテリーコーチを退場処分とした。

2014年4月22日、ヤクルト対広島戦(神宮球場)の6回表1死一塁で広島の攻撃。打者堂林翔太の高いバウンドの三塁ゴロが二塁転送された際、二塁塁審の杉永は一塁走者の田中広輔をアウトと判定、ベンチを飛び出した広島の野村謙二郎監督が帽子を投げつけ抗議したが判定は変わらず、遅延行為を理由に退場処分とした。試合後に野村監督は制裁金を科された。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































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1985 大洋 3 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 9 2.0 1 0 2 0 0 1 0 0 1 1 4.50 1.50
通算:1年 3 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 9 2.0 1 0 2 0 0 1 0 0 1 1 4.50 1.50

背番号[編集]

  • 28 (1980年 - 1981年)
  • 52 (1982年 - 1986年)

審判出場記録[編集]

  • 初出場:1989年9月8日、阪神対大洋19回戦(甲子園球場)、左翼外審。
  • 出場試合数:2325試合
  • オールスター出場:4回(1997年、2002年、2007年、2013年)
  • 日本シリーズ出場:4回(2004年、2007年、2010年、2013年)

(記録は2017年シーズン終了時)

出演テレビ番組[編集]

関連項目[編集]