アンダースロー

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アンダースローとは、野球投手投法のひとつ。下手投げと呼ばれる。投手がボールリリースする際に身体が沈むこと、またはボールが下から上に上がってくることから、潜水艦になぞらえてサブマリン投法とも呼ばれる。「アンダースロー」という呼称は和製英語であり、英語ではsubmarineと呼ぶのが一般的である。

アンダースローで投球するチャド・ブラッドフォード(2008年、ボルチモア・オリオールズ)

概要[編集]

渡辺俊介は上体を屈曲させ、特に低いリリースポイントで投球する。(2010年、千葉ロッテマリーンズ)
上体を立て肩より下からリリースするアンダースローの一例、ダレン・オデイ(2009年、テキサス・レンジャーズ)。ケント・テカルヴダン・クイゼンベリーらもこのようなフォームのサブマリナーであるが、サイドアームに分類される事も多い。
上体を立て肩より下からリリースするアンダースローの一例、木塚敦志(2010年、横浜ベイスターズ)。オデイやテカルブらの方式と異なり、低く屈み込みながらバックスイングし、軸足の踏み出しを極度に大きく取る事でリリースポイントを低くしている。古くは大友工や杉浦忠、近年では林昌勇[1]アダム・シンバーらがこのようなフォームであるが、こちらもサイドアームに分類される事が多い。
西武ライオンズ時代の牧田和久(2011年)。「利き腕が体幹に対して90度を保ちつつも、水平より下がっている」「リリース時に利き腕側に胴体が傾く」バイオメカニクス上の定義に合致したフォームである事が確認できる。

アンダースローとは、投手の手からボールがリリースされるときに、ボールを持っている腕が水平を下回る角度にある投法のことである。ワインドアップまたはセットポジションから急激に重心を下降させ[2]、投球腕を水平を下回る角度にまで下げた後、腕をしならせて投げる[3]オーバースローとは違う投球リズム、投球動作であるため、アンダースローを長く続けている投手はオーバースローで投げることが難しくなる場合がある。一方で、肩や肘を痛めた投手がサイドスローを経てアンダースローに転向する例も多い。

なお、杉浦忠永射保など、サイドスローに近い腕の角度で投球する投手もおり、本来サイドスローを主体とする投手が投球のバリエーションの一つとして肩より下からリリースを行うケースもある為、投球フォームを分類する上でサイドなのかアンダーなのか、資料により見解が分かれている投手も数多く存在している。

金沢星稜大学人間科学部教授の島田一志の定義では、「サイドスローとアンダースローの区別はリリースの際の胴体の角度により決定される」としており、リリースの際に利き腕側に胴体が傾いている投手がアンダースローであるという[4]。米国のバイオメカニクス研究者の定義では、「アンダーハンド(サブマリン)とは、利き腕は体幹に対して90度を保っているが、腕の位置が水平より下がっている投法」であるとされている[5]。こうしたバイオメカニクス分野での区分の定義は、元々は1970年代末の米国にてスポーツ科学の分野から提唱されたものである[6]

こうした概念が知られる以前の日本では、横手や下手でのリリースの際に「手首を立てている」投手はサイドスロー、「手首を寝かせている」投手はアンダースローであるとする区分法も存在していた。今日、しばしば「手首を立てたアンダースロー[7]」とも形容される杉浦を例にとると、杉浦自身は自らのフォームはサイドスローであると述べており[8][9]、杉浦と同時期に活躍した皆川睦夫[10]や秋山登[11]は「手首を寝かせている」事から、サイドスローに極めて近いフォームでありながらしばしばアンダースローであると分類されていた。

なお、皆川は「手首を寝かせている方がシンカーを投げやすい」としており[10]、渡辺は「山田久志のように手首を立て、更に肘も立てる事で腕の振りがオーバースローに近くなるが、リリースの位置はどうしても高めになる」としている[12]。また、山中浩史は「手首を垂直に立てる事でリリースの時にボールを叩きやすくなり、より球速が伸びる」とも述べており[4]、今日ではリリースの際に手首を立てているか否かは投法自体の区分ではなく、アンダースローの技法の一つとして言及される程度となっている。

長所[編集]

スピードのある速球を投げることは難しいが、低いリリースポイントから浮き上がるような軌道でボールが投球されるため、打者を幻惑することが出来る[13][14]。例えば、内角高めに速球を投げると、打者はボールの下を叩いてしまいやすく、凡フライを打ってしまいやすい。アンダースローでも球威がある投手の場合、これを利用して、打者の胸元への速球を武器とすることが多い。2008年にマサチューセッツ工科大学のサル・バクサムサ教授がオーバーハンド投手のジョー・ブラントンと、アンダースロー投手のブラッド・ジーグラーの速球の投球軌道(球筋)を比較したところ、ブラントンの投球はリリースポイントからキャッチャーミットに到達するまで約1.3メートル落下したのに対し、ジーグラーの投球はリリースポイントから約30センチメートルしか落下しなかった[15]。バクサムサはこの投球軌道の違いが打者を幻惑する要因となっていると指摘している[15]。また、右打者に対する右投げ、左打者に対する左投げではより角度のある投球となるため、これを苦手とする打者もいる[16]。また、シンカーやスクリューボールカーブなどの球種は一旦浮き上がってから曲がり落ちる特有の軌道を描く[17]。さらに、アンダースロー投手は絶対数が少なく、アンダースローの軌道を再現できるピッチングマシンも少ないため、打者はこれを打ち返す練習をすることが難しい[18]

速球については、上体を立てたサイドスローに近いフォームの方が腕のバックスイングを大きく取りやすく、腰も回転させやすい為に速い球速を出しやすい。但し、リリースポイントの低さの点では上体を大きく屈曲させたフォームと比べると不利な為、サイドスローに近いフォームで投げる投手の中には、軸足の踏み出しを極度に大きく取る事でリリースポイントの低さを稼ぎ出す者も散見される。日本の球史史上、アンダースローの剛球投手として知られる選手の多くが、バックスイングの際に腕を極度に大きく後方に引き付けるか、軸足を大きく踏み出して身体の重心を深く沈み込ませた姿勢でリリースするという2つの要素のいずれかを有していたとされる[19]

短所[編集]

カール・メイズレイ・チャップマンの頭部に投球を当て、死に至らしめてしまった。(1922年、ニューヨーク・ヤンキース)

欠点のひとつは、走者を背負った際のクイックモーションが難しく、盗塁を企図されやすいことである[20]。しかし渡辺俊介は、フォームの無駄を減らすことと捕手との協力で対応可能としている[20]。また、この投法をする投手は与死球が多いことがある。NPBの通算与死球数上位10人のうち6人がアンダースローである(2018年7月28日現在)[21]。これはアンダースローによる投球の軌道は独特であるため、打者側が反応できず回避動作が遅れることも一因である。1920年8月16日ニューヨークポロ・グラウンズで行われた試合において、クリーブランド・インディアンスレイ・チャップマンニューヨーク・ヤンキースのアンダースロー投手カール・メイズから頭部に受けた死球のために、翌日未明に死亡するという事故が発生している[22]。また、この投法でフォークボールを投げることは難しい[17]。ただし、落ちる球としてはシンカーなどで代用が可能である。さらに、アンダースローを指導できる指導者は少なく、指導法も未確立である[23]

野球大国である米国でもこの傾向は変わらず、1970年代のMLBを代表するサブマリナーであったケント・テカルヴも、2011年時点においても米国内にアンダースローについて適切に書かれた指導書がほとんど存在しない事を指摘している。テカルヴは良いサイドアーマーやサブマリナーにとって重要な事は痩せた身体と長い手足を有する事で、強い腕力はそれほど重要ではないと述べており、アンダースローが伝統的なオーバースローやスリークォーターと上半身や腰の使い方が全く異なり、むしろゴルフにおけるスイング英語版に身体の使い方が近い事も、投手コーチからの適切な指導をより難しくしている要因であると述べている。その上で、アンダースローを志す投手はまずサイドスローとアンダースロー双方の投球のバイオメカニクスを自らでよく理解した上で、横手で投げるか下手で投げるかは最終的に自身の身体特性と照らし合わせた上で決定するのが望ましいであろうと結論づけている。テカルヴ自身もサイドスローからアンダースローへ転向した投手であり、日本の杉浦や永射らと類似した上体を立てた姿勢から腕のみを肩より下ろしたフォームで投球しており、ボールに下向きのスピンを掛ける事に適している事から、サブマリナーの100人に99人はシンカー・スクリューボールの使い手であるだろうとも述べている[24]

左打者に対する右アンダースロー投手は球筋が見易く球速もさほど速くない為、慣れてしまえばくみし易い。ただし、アンダースロー投手の絶対数が少なく対戦も多くないので打者が圧倒的有利とはなっていない。一例として、左の大打者であった福本豊は右のサブマリンである金城基泰を苦手としていた実例が存在する[25]。しかしその一方で、福本と同時期に活躍した右アンダースローの松沼博久は、1980年代以降NPBでアンダースローが衰退した要因として、左利きの強打者が増えた事と、右アンダースロー攻略の為に右投左打を選択する選手が増えた事の2点を指摘している[4]

牧田との対戦打率が4割を超えていた右打者の里崎智也は、「アンダースローは球の出所がどの投手も同じである」という重大な欠点を指摘しており、アンダースローの攻略法として「内角寄りに垂直の線を見立て、その内側から曲がる球のみを狙っていき、それ以外は全て見送る。シンカーの場合はこの逆の対応を行えばよい。」と述べていた[4]。山田はアンダースローはリリース後のボールの回転数が多くなりやすいのが長所である反面、打者に真芯を捉えられた場合長打を打たれやすい危険性が存在する事を指摘しており、アンダースローを一言で表すと「イチかバチか」のリスクと魅力が同居する投法であると述べた[4]

アンダースロー自体の欠点ではないが、全投手中5%以下とも言われる程の絶対数の少なさと要求される適性の特殊性も相まって、一度アンダースローを志した投手は他の投法に戻る事が難しいとする見解も存在している。松沼は「アンダースローに一度手を染めたら、決して後戻りは出来ない」とまで述べており、この投法を志す場合は相応の覚悟と決意が必要である事を示唆した[4]

故障について[編集]

アンダースローは全身を使わないと投げられないため、肩や肘に疲労が集中しない[26]。そのため山田久志や渡辺、スティーブ・リード英語版 はアンダースローは故障が少ない投法であると証言している[26][27]。また、日本ではアンダースロー投手には「先発完投型」が多い。しかし、股関節膝関節をうまく使うことが出来ず、胴体のみを極端に屈曲させるフォームになってしまうと、前鋸筋筋膜炎英語版を起こしたり、ひどい場合には肋骨にひびが入ったり疲労骨折することもある[2][26]

歴史[編集]

1866年にエリシアン・フィールズで行われたミューチュアル・クラブアトランティック・クラブの試合を描いたリトグラフ"The American National Game of Baseball"。アンダーハンドで投げる投手が描かれている。
西鉄クリッパーズ武末悉昌(1950年)。戦前の重松通雄と並び、日本のサブマリナーの元祖と称される。
福岡ソフトバンクホークス高橋礼(2018年)。平成時代生まれの投手で、渡辺や牧田の影響を直接受けたサブマリナーの一人である。

1845年アレクサンダー・カートライトがルールを整備した初期の野球では、投手の投球は全てアンダーハンドで行われていた[28]。当時のルールでは「ピッチ(pitch=放ること)」だけが許され、「スロー(throw=投じること)」が禁止されていたため[29]、その投法は今で言うスローピッチ・ソフトボール投手の投法に近いものであった[29]

しかし、1860年以降ジム・クレイトンなどの投手がフォームに改良を加え[29][30]、速球派の投手が増加したことからそのルールは徐々に死文化して行き[29]1872年にはルールが改正され、アンダーハンドでも手首のスナップを使って投げることが正式に認められた[31]

その後、アンダースローは1882年サイドハンドピッチが、1884年オーバーハンドピッチがそれぞれ更なる投球ルール改正によって解禁されるまでは主流の投法であった[30]。また、野球の球種の内、カーブ、チェンジアップを初めて投げたのはアンダースロー投手(カーブはキャンディ・カミングス、チェンジアップはハリー・ライト)である[29]

日本に野球が伝来したのは投球ルール改正前の1871年お雇い外国人ホーレス・ウィルソンによってである[32]。さらに1908年11月22日に行われたメジャーリーグベースボール選抜チーム対早稲田大学野球部の試合で始球式を行った大隈重信の投球はアンダースローであった[33]。NPBにおいて最初に活躍したアンダースロー投手は1936年阪急軍に入団した重松通雄である。重松と1949年南海ホークスに入団した武末悉昌には共に「アンダースローの元祖」という渾名が付いている。その後1960年代には南海の杉浦忠大洋ホエールズ秋山登といった名手が登場するが、この時代までのアンダースローの投手は概ね上体を立てた姿勢で振りかぶり肩より下の角度でサイドスロー気味に投球する者が多かったが、杉浦や巨人の大友工など軸足を極端に大きく踏み出す事でリリースポイントをより低くする投手も散見された。

前述の通り1920年にカール・メイズが死球による死亡事故を起こすと、アメリカ合衆国ではアンダースローは危険な投法であるという認識が広がり、アンダースロー投手は減少していった[34]1972年(日本では1976年)に、スピードガンが野球界に導入され始めると、投手の投球術よりも球速が注目されるようになり[35]、球速の出にくいアンダースロー投法を採用する投手の減少傾向がより進んだ[27]1970年代のNPBには阪急足立光宏山田久志という時代を代表する名手が登場するが、この時代のアンダースローの投手はリリースポイントを下げる為に上体を倒した姿勢で振りかぶり、サイドスロー気味に投球する者が多く、アンダースローであっても速球を武器とした本格派投手英語版も数多く存在した。武末や杉浦と類似した上体を立てたフォームの投手では永射保高橋直樹が活躍したが、山田や金城基泰仁科時成らの上体を倒したフォームと比較した場合、純然たるサイドスローとして分類されるケースも多かった。

山田ら70年代の名手が引退した1980年代後半以降は、NPBでは先発をこなせる目立ったアンダースローの名手が不在となり、アンダースロー自体が一時衰退する。リリースポイント自体は山田らのフォームよりも更に低くなっていったが、軟投の技巧派投手として分類される者が多くなり、活動の場も専らワンポイントリリーフなどの中継ぎ抑えなどに移り変わっていった。1990年代には福岡ダイエーホークスに、上体を極端に倒して地面スレスレの位置からリリースするフォームの足利豊が在籍。同年代後半にはアンダースローの中継ぎ陣を数多く擁した阪神タイガースのような事例[36]もあったが、いずれもそれほど活躍することなく終わっている。

しかし、2000年代にはMLBに足利と同じく極端に低いリリースポイントから投球するチャド・ブラッドフォードが登場、日本でも千葉ロッテマリーンズに「世界一低いリリースポイント」とも謳われる渡辺俊介が入団、後者は野球日本代表の主力先発投手としてワールドベースボールクラシックでも活躍し、NPBにおいてアンダースローが復権する端緒ともなった。渡辺がMLBを経て第一線を退いた2010年代現在は、サンディエゴ・パドレス牧田和久が渡辺に匹敵する低いリリースポイントから投げるフォームで、NPBでは著名なアンダーの投手となっており、平成時代以降に誕生した世代の投手にも渡辺や牧田のフォームを参考にしてアンダースローを志す者[37]が散見される状況となっている。

主なアンダースロー投手[編集]

引退投手[編集]

MLB[編集]

左投げ
プロ野球リーグ成立以前

日本[編集]

台湾[編集]

現役投手[編集]

MLB[編集]

日本[編集]

中国[編集]

韓国[編集]

ブラジル[編集]

架空のアンダースロー投手[編集]

ソフトボール[編集]

ファストピッチ・ソフトボールの下手投げによる投球。ソフトボール女子オランダ代表英語版選手、カリン・ブルックホイスオランダ語版によるもの。

児童競技やレクリエーションとして一般的に行われるスローピッチ・ソフトボールや、オリンピック種目ともなっていたファストピッチ・ソフトボール英語版は、共に上体を立てた姿勢から腰より下の高さでリリースする古典的なアンダースローで投球を行うが、ファストピッチルールはその歴史上いくつかの投球フォームが変遷してきた経緯がある。

  • スリングショット (投球法) - 頭上に両腕を振りかぶり、腕を回転させず一挙動で投球する最も古典的な投法[40]。振りかぶった際の両腕の形がスリングショットを引く動作に類似することから名づけられたものであるが、頭上で腕の動きが止まる為に球の握りが見破られやすいことから、ウインドミル投法の普及以降はほとんど見られなくなった[41]
  • ウインドミル (投球法) - 2010年代現在、ファストピッチルールで一般的な「腕を二回転させる」投法。腕を大きく振り回すことでより強い遠心力が得られ、ボールの握りも見破られにくくなる利点がある[42]。ウインドミル投法は日本と米国でややフォームが異なっており、米国式は上体を大きく前方に折り曲げて振りかぶり、踏み出しを非常に大股に行うことでより強い遠心力をボールに与えることを志向している[43]
  • フィギュアエイト (投球法) - ウインドミル投法がファストピッチルールで寡占的な地位を占める様になった後に登場した新しい投法で、ボールを持った腕を水平方向に振り、背中の後方に大きく振りかぶってから投げる[44]。腕の動きが「8の字」を描くように見えることからこの名がついたもので、エイトフィギュア投法とも呼ばれる。腕を勢いよく振り回せないためウインドミル投法に比べて球速は劣るが、使い手が少なく変則的なフォームのため打者を幻惑してタイミングを外すのに役立つとされる。

脚注[編集]

  1. ^ 超高速サイドハンド 林昌勇(イムチャンヨン)投手は今どうしてる?! - G-TIMES
  2. ^ a b 高崎 (p.5)
  3. ^ 渡辺 (2006, pp.81 - 84)
  4. ^ a b c d e f NHK BS1球辞苑 〜プロ野球が100倍楽しくなるキーワードたち〜』「アンダースロー編」2014年8月23日。
  5. ^ ジェームス・H・ブラーツ、プレム・P・ゴギア『The Mechanics of Pitching』「ジャーナル・オブ・オーサペディック&スポーツ・フィジカル・セラピー英語版 Vol.9 No.2」1987年8月、67-69頁。
  6. ^ ジェームス・A・オルブライト、ピーター・ヨークル、ロバート・ショウ、ジョン・P・オルブライト『Clinical study of baseball pitchers: correlation of injury to the throwing arm with method of delivery.』 「アメリカン・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディシン英語版 Vol.6 No.1」1978年、15-21頁。
  7. ^ ■世界野球史で最強だった杉浦忠の38勝4敗の真実 - [著小野俊哉] - 犬耳書店
  8. ^ 「南海ホークス栄光の歴史 1938-1988」ベースボールマガジン社 2012年
  9. ^ スポーツグラフィック ナンバー編「豪球列伝」文春文庫ビジュアル版 1986年
  10. ^ a b 『魔球伝説―プロ野球 不滅のヒーローたち』Sports Graphic Number、1989年9月、79頁。
  11. ^ 野球殿堂記者投票への考察=第48回(2004年度) 仰木彬選出、バースは「競技者表彰資格」失う。特別表彰は秋山登 - 蛭間豊章記者の「Baseball inside」
  12. ^ 渡辺 (2006, pp.45)
  13. ^ 渡辺 (2006, pp.45 - 52)
  14. ^ 渡辺 (2006, p.155)
  15. ^ a b Sal Baxamusa (2008年8月2日). “Brad Ziegler, AL Rookie of the Year” (英語). The Hardball Times. 2010年10月26日閲覧。
  16. ^ 渡辺 (2006, pp.204 - 205)
  17. ^ a b 渡辺 (2006, pp.164 - 165)
  18. ^ 渡辺 (2006, pp.155 - 156)
  19. ^ 秋山登投手の球速(2) - 3388 野球ブログ - gooブログ
  20. ^ a b 渡辺 (2006, pp.71 - 73)
  21. ^ 一般社団法人日本野球機構 (2018年7月29日). “歴代最高記録 与死球 【通算記録】” (日本語). http://npb.jp/bis/history/ltp_hb.html 2018年7月29日閲覧。 
  22. ^ 出野 (2004年, p.513)
  23. ^ 高崎 (p.14)
  24. ^ Former Submarine Pitcher Kent Tekulve Explains Mechanics - baseballnews.com、2011年11月1日。
  25. ^ プロ野球史上最強のリリーフエースは誰だ?(福本豊,山﨑武司) - 現代ビジネス講談社
  26. ^ a b c 渡辺 (2006, p.91 - 93)
  27. ^ a b Doyle (2000, p.54)
  28. ^ 佐山 (2007, p.7)
  29. ^ a b c d e 内田 (2007, pp.69 - 75)
  30. ^ a b 高崎 (p.1)
  31. ^ 佐山 (2003年, p.41)
  32. ^ 佐山 (2003, pp.71 - 75)
  33. ^ 佐山 (2005, p.27)
  34. ^ 高崎 (p.2)
  35. ^ Joe Posnanski (2007年7月15日). “You can't always judge a pitcher by his fastball”. The Kansas City Star. 2016年12月27日閲覧。
  36. ^ 御子柴進田村勤葛西稔伊藤敦規らであるが、葛西以外はサイドスローとして分類されることも多い。
  37. ^ 加藤正志三浦翔太與座海人高橋礼など。
  38. ^ Rhodes (2007, p.43)
  39. ^ 이규대 - 나무위키[出典無効]
  40. ^ 映像 - YouTube
  41. ^ 投法(ウインドミルとスリングショット) - 日本ソフトボール協会
  42. ^ 映像 - YouTubeソフトボール女子日本代表選手、上野由岐子による日本式ウインドミル投法。
  43. ^ 映像 - YouTubeソフトボール女子米国代表英語版選手、アマンダ・スカボローによる米国式ウインドミル投法。
  44. ^ 映像 - YouTube

参考文献[編集]

  • 渡辺俊介『アンダースロー論』光文社、2006年。ISBN 4334033717
  • 高崎恭輔『アンダースロー投法の動作分析 - 経験者と未経験者の比較 -』(PDF)大阪教育大学大学院教育学研究科。
  • 出野哲也『メジャー・リーグ人名図鑑』彩流社、2004年。ISBN 978-4905369677
  • 佐山和夫『野球とシェイクスピアと』論創社、2007年。ISBN 978-4846003449
  • 佐山和夫『野球とアンパン』講談社現代新書、2003年。ISBN 978-4061496668
  • 佐山和夫『日米野球裏面史』NHK出版、2005年。ISBN 978-4140810651
  • 内田隆三『ベースボールの夢 - アメリカ人は何をはじめたのか』岩波新書、2007年。
  • Al Doyle (2000). “Throwing From Down Under”. Baseball Digest (Lakeside Publishing Co.) (11). ISSN 0005-609X. http://books.google.co.jp/books?id=YisDAAAAMBAJ&pg=PA50&lpg=PA50&dq=Baseball+Digest+throwing+from+down+under&source=bl&ots=WFx_DL6mtB&sig=j6pJH1198D7O20SXl-OcqRbXjJQ&hl=ja&ei=JiwGS7vVJMuWkAWaga3fCQ&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=5&ved=0CCAQ6AEwBA#v=onepage&q=Baseball%20Digest%20throwing%20from%20down%20under&f=false. 
  • Greg Rhodes (2007). Cincinnati Reds Hall of Fame Highlights. Clerisy Press. ISBN 1578603005. 

関連項目[編集]