笠原昌春

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笠原 昌春(かさはら まさはる、1965年3月1日 - )は、東京都出身のプロ野球審判員。役職はクルーチーフ。

来歴・人物[編集]

東京電機大学高等学校東京電機大学・東京道路エンジニア株式会社を経て、1988年セントラル・リーグ審判部に入局した。審判員袖番号は8(1988年初採用から)で、森健次郎同様セ・リーグ審判員袖番号採用初年度入局審判である。

オールスターゲーム出場4回(1995年1999年2004年2014年。うち1999年第3戦、2004年第1戦で球審。)。日本シリーズ出場7回(2002年2003年2006年2008年2010年2011年2015年。うち2002年に第3戦、2003年、に第6戦、2006年に第5戦、2008年に第1戦、2010年に第3戦、2011年に第6戦、2015年第1戦の球審を担当している。

2006年は、中日東京ドームでの対巨人戦でリーグ優勝を決めた試合と、日本ハムが44年ぶりに本一を決めた2006年の日本シリーズ第5戦の両試合、2013年9月15日神宮球場でのヤクルト-阪神で、ヤクルトのバレンティンが日本新記録となるシーズン56号ホームランとアジア新記録となる57号ホームラン達成試合でそれぞれ球審を務めていた。

2007年横浜土肥義弘に対してシーズン中2度、2段モーションを指摘した。その際投げた球はボールの判定となった。

2010年7月17日明治神宮野球場での東京ヤクルトスワローズ阪神タイガース第13回戦において一塁塁審を務めた笠原は、際どいタイミングで一塁にヘッドスライディングで飛び込んだ阪神の平野恵一が、セカンドゴロによるアウトの判定に怒り、ヘルメットを投げつける行為に対して侮辱行為とし、平野に退場宣告を下した。さらに平野の退場処分に激昂して暴力行為をした和田豊打撃コーチにも退場宣告を下した。後日、平野には制裁金5万円、和田コーチには制裁金20万円が科された。

2013年9月22日のDeNA対中日22回戦(横浜スタジアム)で一塁塁審を務め、通算2000試合出場を達成した。

2019年4月27日楽天ロッテ4回戦(楽天生命パーク宮城)で一塁塁審を務め、通算2500試合出場を達成した[1]

審判出場記録[編集]

  • 初出場:1991年10月10日大洋阪神26回戦(横浜スタジアム)、二塁塁審[1]
  • 出場試合数:2482試合
  • オールスター出場:4回(1995年、1999年、2004年、2014年)
  • 日本シリーズ出場:8回(2002年、2003年、2006年、2008年、2010年、2011年、2015年、2018年)

(記録は2018年シーズン終了時)

表彰[編集]

  • 最優秀審判員賞:1回(2017年)[2]

(記録は2018年シーズン終了時)

脚注[編集]

  1. ^ a b 笠原昌春審判員 通算2500試合出場達成のお知らせ”. 日本野球機構 (2019年4月27日). 2019年4月29日閲覧。
  2. ^ http://npb.jp/award/2017/npb.html

外部リンク[編集]