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秋山拓巳

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秋山 拓巳
阪神タイガース #46
Tigers akiyamatakumi 20160812.jpg
2016年8月12日 阪神鳴尾浜球場
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 香川県丸亀市
生年月日 (1991-04-26) 1991年4月26日(26歳)
身長
体重
188 cm
97 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト4位
初出場 2010年8月21日
年俸 1,100万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

秋山 拓巳(あきやま たくみ、1991年4月26日 - )は、阪神タイガースに所属する香川県出身のプロ野球選手投手)。右投左打。

経歴

プロ入り前

父親としたキャッチボールがきっかけで3歳から野球を始める。小学校入学と同時に「今津スポーツ少年団」に所属[2]。小学3年生の5月に父親の仕事の都合で愛媛県西条市に転居、「西条リトルリーグ」に所属し全国大会への出場も果たす。その後、西条南中時代には「西条リトルシニア」に所属、3年時にシニア日本代表として世界大会に出場した。

「西条リトルリーグ~シニア」時代をともにした多くの仲間とともに西条高校に進む。1年生秋から4番を打ち、2年生春からエースとなる。2年生秋の秋季四国大会では自身の投打に渡る活躍で優勝し、翌春の第81回選抜大会に出場。この時は初戦で敗退したが、夏の愛媛県大会を制して出場した第91回選手権大会では初戦突破を果たした。

2009年のプロ野球ドラフト会議で、阪神タイガースから4巡目で指名[3]。契約金4,000万円、年俸600万円(金額は推定)という条件で入団した[4]。背番号は27

プロ入り後

2010年8月21日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(東京ドーム)に、先発投手として一軍デビュー。阪神の高卒新人投手による先発での一軍初登板は2000年岡本浩二以来で、巨人戦では初めてであったが、6回4失点という内容で敗戦投手になった。しかし、次に先発で登板した同月28日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では、5回を1失点で凌いで一軍公式戦初勝利を挙げた。阪神の高卒新人投手が一軍公式戦で勝利投手になった事例は、1986年遠山昭治以来24年振りであった。9月12日の対ヤクルト戦(阪神甲子園球場)で、阪神の高卒新人投手としては遠山以来の無四球完封勝利を挙げた。セントラル・リーグの高卒新人投手による完封勝利は1989年川崎憲次郎以来21年振りで、無四球完封勝利は1988年野村弘以来22年振り7人目の快挙であった[5]。一軍公式戦には、オール先発で7試合に登板。4勝3敗、防御率3.35という成績でシーズンを終えた。一軍公式戦で2勝以上を記録した阪神の高卒新人投手は遠山以来3人目で、右腕投手としては初めてであった[6]

2011年、育成を優先する首脳陣の方針に加えて、首を故障した影響で、シーズンの大半を二軍で過ごした。9月に一軍へ昇格すると、9月28日10月4日の対ヤクルト戦に先発で登板したが、通算で0勝1敗に終わった。シーズン終了後の11月には、チームメイトの甲斐雄平荒木郁也と共に、オーストラリアン・ベースボールリーグキャンベラ・キャバルリーへ派遣。先発投手としてリーグ戦4試合に登板すると、通算22イニングで13被安打、10与四球、16奪三振、3自責点、WHIP1.05を記録するとともに、1勝0敗、防御率1.23という成績を残した。防御率については、派遣期間を終えて帰国するまでリーグのトップに立っていた[7]

2012年、一軍公式戦2試合の登板で、1勝1敗を記録。しかし、通算防御率が9.00に達するほど投球内容が不安定で、いずれの試合後もすぐに出場選手登録を抹消されている。

2013年ウエスタン・リーグの公式戦では、チームメートの白仁田寛和とリーグ防御率のトップを争うほど好調。結局、防御率(2.53)勝利数(8勝)勝率(.667)の3部門でリーグ2位になった。一軍でも、シーズン初登板・初先発になった4月29日の対広島東洋カープ戦(甲子園)で6回途中まで1失点と好投したこと[8]を皮切りに、チーム事情に応じて先発登板の機会を得た。しかし、勝負どころで踏ん張り切れずに交代を命じられたあげく、勝利投手にならないまま[9]翌日に出場選手登録を抹消されるという事態が続いた。通算では8試合に登板したものの、0勝3敗、防御率3.83という成績にとどまった。

2014年、ウエスタン・リーグの公式戦では、20試合の登板で9勝7敗を記録。最多勝利のタイトルを飯田優也東浜巨(いずれも福岡ソフトバンクホークス)と分け合ったほか、投球回数(132回2/3)と奪三振数(116)がいずれもリーグトップ、防御率(2.58)がリーグ3位であった。しかし一軍公式戦では、3試合の登板で0勝1敗、防御率20.25に終わった。シーズン終了後の11月11日に甲子園球場で催された日本プロ野球80周年記念試合では、阪神・巨人連合チームの4番手投手として6回表に登板。MLBオールスターチーム打線を相手に1イニングを投げたが、唯一の被安打であるサルバドール・ペレスからのソロ本塁打で1失点を喫した[10]

2015年、一軍でのシーズン初登板であった7月9日の対中日ドラゴンズ戦(甲子園)で、先発投手として6回2失点[11]8月13日の同カード(京セラドーム大阪)でも先発で7回1失点と好投したが、いずれも味方のリードを守れずに降板したため、自身3年振りの一軍公式戦勝利には至らなかった[12]。結局、一軍公式戦では3試合に登板。0勝1敗、防御率4.40という成績でシーズンを終えた。

2016年、公式戦の開幕を二軍で迎えたが、ウエスタン・リーグ公式戦では、夏場に通算22イニング無失点を記録するなど好調を維持[13]山田大樹(ソフトバンク)と同じ9勝ながら、2年振りに最多勝利のタイトルを獲得したほか、防御率でも山田に次ぐリーグ2位(2.08)という好成績を残した。救援要員として8月中旬から一軍に昇格する[13]と、一軍公式戦で好投を続けた後に、9月から先発要員へ復帰。復帰2試合目であった9月16日の対横浜DeNAベイスターズ戦(甲子園)では、6回途中1失点という内容で、一軍でのシーズン初勝利を挙げた。秋山が一軍の公式戦で勝利投手になったのは、2012年6月30日の対ヤクルト戦以来1539日振りであった[14]。この勝利でシーズンを終えると、11月17日には、翌2017年シーズンから背番号を46に変更することが球団から発表された[15]

2017年、開幕から一軍の先発ローテーションに入ると、4月12日の対DeNA戦(横浜スタジアム)で、一軍でのシーズン初勝利[16]。その後の先発登板でも、クオリティ・スタート(QS)を達成する試合が相次いでいる。25歳最後の日であった4月25日に甲子園で催された同カードでは、1回表に1点を先制された直後(2死)から7回表終了まで19打者を連続アウトに仕留めるなど、8回2/3を投げて1失点に抑えたが0-1のスコアで敗戦[17]。しかし、5月16日の対中日戦(甲子園)では、一軍公式戦自己最多の12三振を奪いながら1失点に抑えて9回完投勝利を収めた。秋山にとっては入団1年目の対ヤクルト戦(前述)以来7年(2438日)振り2度目、阪神の投手としてはレギュラーシーズン35試合目で初めての完投勝利であった[18]。8月18日の対中日戦(ナゴヤドーム)では、プロ初本塁打で自身を援護し、二桁勝利に到達した[19]。9月14日の読売ジャイアンツ戦(甲子園)では、菅野智之と3度目の投げ合いで6回無失点、勝ち投手を逃したものの、投球回数が143回1/3に達し自身初の規定投球回に到達した。

選手としての特徴・人物

平均球速約140km/h[20]、最速150km/h(プロ入り後の最速は148km/h[21])のストレートカットボールを軸に、シュート、縦のカーブフォークボール[22]も混ぜる投球スタイル。

阪神での入団2年目以降は、カットボールを頼りに打者の打ち気をかわす投球によって、勝負どころで踏ん張り切れずにマウンドを降りる試合が続いた。しかし、2016年の二軍調整中に、右打者の内角へ食い込むシュートを習得。さらに、直球を主体に投球を組み立てることによって、一軍公式戦4年振りの勝利をつかむまでに至った[23]

高校時代に通算48本塁打を記録したほどの強打者で、「伊予ゴジラ」と呼ばれていた[24]。2年生の冬に腰を痛めてからは打撃が振るわず[22]、本人が投手にこだわったことから、投手として阪神へ入団した。2年目からは、投手としての結果が出ないたびに、周囲から野手への転向を勧められていたという[23]。阪神の投手として臨んだ一軍公式戦では、2010年9月12日の対ヤクルト戦で、先発投手の村中恭兵から7回裏に左前適時打を記録している。

趣味は釣りと買い物。好きな言葉は「捲土重来」[22]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2010 阪神 7 7 1 1 1 4 3 0 0 .571 166 40.1 33 3 13 1 0 23 0 0 16 15 3.35 1.14
2011 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 37 7.1 8 1 7 1 1 1 0 0 7 5 6.14 2.05
2012 2 2 0 0 0 1 1 0 0 .500 39 8.0 15 3 2 1 0 6 0 0 8 8 9.00 2.13
2013 8 8 0 0 0 0 3 0 0 .000 189 44.2 46 6 12 0 0 36 2 0 21 19 3.83 1.30
2014 3 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 42 6.2 18 3 4 0 0 5 0 0 16 15 20.25 3.30
2015 3 3 0 0 0 0 1 0 0 .000 58 14.1 14 0 3 0 0 9 0 0 7 7 4.40 1.19
2016 8 2 0 0 0 1 1 0 0 .500 85 20.0 23 1 2 0 0 20 0 0 9 9 4.05 1.25
通算:7年 33 26 1 1 1 6 11 0 0 .352 616 141.1 157 16 43 3 1 100 2 0 84 78 4.97 1.42
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績


投手












2010 7 2 7 1 0 .900
2011 2 1 2 0 0 1.000
2012 2 1 0 0 0 1.000
2013 8 1 3 0 0 1.000
2014 3 0 3 0 0 1.000
2015 3 0 2 0 0 1.000
2016 8 3 3 0 0 1.000
通算 33 8 20 1 0 .966
  • 2016年度シーズン終了時

記録

投手記録
打撃記録
その他の記録

背番号

  • 27 (2010年 - 2016年)
  • 46 (2017年 - )

代表歴

脚注

  1. ^ 秋山が100万増の1100万円で契約更改 「久しぶりに1勝したので」/タイガース.デイリースポーツオンライン.2016年11月18日閲覧。
  2. ^ 目標「毎年2けた勝利」/阪神・秋山拓巳 四国新聞、2010年11月5日。
  3. ^ 2009年 新人選手選択会議(阪神タイガース)
  4. ^ 毎日新聞、2009年11月28日付朝刊 14版、18面
  5. ^ アニキも脱帽 阪神新人秋山ワンマンショー!24年ぶり快挙! スポーツニッポン、2010年9月12日。
  6. ^ 日刊スポーツ「猛虎データセンター」、2010年9月6日付紙面。
  7. ^ 【阪神】秋山が帰国 充実のWリーグ日刊スポーツ、2016年9月16日閲覧。
  8. ^ 阪神秋山足つっても奮投、能見代役燃えた日刊スポーツ、2013年4月30日。
  9. ^ 【阪神】秋山6度目の先発でも勝てず…日刊スポーツ、2013年9月10日。
  10. ^ 2014 SUZUKI 日米野球シリーズ 日本プロ野球80周年記念試合 打席結果・投打成績野球日本代表公式サイト (2014年11月21日) 2016年9月22日閲覧
  11. ^ 阪神秋山3年ぶりの白星お預け 6回2失点で降板日刊スポーツ、2015年7月9日。
  12. ^ 阪神秋山「大事なところで」好投も3年ぶり白星逃す日刊スポーツ、2015年8月13日。
  13. ^ a b 阪神・秋山 1軍昇格へ 絶好調男がブルペン陣救うスポーツニッポン、2016年8月16日。
  14. ^ 阪神秋山4年ぶり勝った「久しぶり気持ち良かった」日刊スポーツ、2016年9月17日。
  15. ^ 藤川球児は22番に 阪神の背番号変更者一覧日刊スポーツ、2016年11月17日。
  16. ^ 阪神秋山1勝「必死にやってる結果」7回途中5失点日刊スポーツ、2017年4月12日。
  17. ^ 阪神・秋山、無援護も堂々力投11K 圧巻19人連続アウトスポーツニッポン、2017年4月26日。
  18. ^ 阪神が投打で圧倒 3連勝で貯金「11」 秋山がチーム一番乗り、7年ぶり完投勝利デイリースポーツ、2017年5月16日
  19. ^ 阪神・秋山「たまたまですけど普段の練習の成果が出たかな」”. サンケイスポーツ (2017年8月18日). 2017年8月18日閲覧。
  20. ^ 1.02 - Essence of Baseball | DELTA Inc.2017年5月24日閲覧。
  21. ^ 阪神・秋山 8年目の開花の真相 転機となった3つのポイントスポニチ、2017年5月9日
  22. ^ a b c 週刊ベースボール 2010年6月14日号、ベースボール・マガジン社、雑誌20442-6/14, 60-61ページ。
  23. ^ a b 秋山1539日ぶり復活白星 “弱い自分”打ち破ったスポーツニッポン 2016年9月17日。
  24. ^ 【なにわコラム】虎のドラ4秋山拓巳に注目 サンケイスポーツ、2009年11月10日。

関連項目

外部リンク