真田裕貴

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真田 裕貴
Swallows Hiroki Sanada.JPG
ヤクルト時代
(2014年5月29日、明治神宮野球場にて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県高砂市
生年月日 (1984-02-07) 1984年2月7日(33歳)
身長
体重
181 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 ドラフト1巡目
初出場 NPB / 2002年7月7日
CPBL / 2013年3月24日
最終出場 CPBL / 2013年
NPB / 2014年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 福島ホープス (2015)
  • 福井ミラクルエレファンツ (2016)

真田 裕貴(さなだ ひろき、1984年2月7日 - )は、大阪府生まれ、兵庫県高砂市出身の元プロ野球選手投手、右投右打)・コーチ。現在は読売ジャイアンツ打撃投手

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

大阪府生まれ兵庫県高砂市育ち。高砂市立宝殿中学校から兵庫県立姫路工業高等学校に進学後、3年時にエースで4番として第73回選抜高等学校野球大会に出場。初戦の対日大三高戦では近藤一樹から本塁打を放ったが敗退。

夏は兵庫大会決勝でグエン・トラン・フォク・アンを擁する東洋大姫路高校に惜敗。その後、AAAアジア野球選手権日本代表に選出され先発投手として好投した。高校時代は最速146km/h、高校通算25本塁打を記録。

2001年のドラフト会議読売ジャイアンツから寺原隼人の外れ1巡目で指名され入団。

巨人時代[編集]

2002年はシーズン序盤からイースタン・リーグで好投、対日本ハムファイターズ戦では相手のバットを8本折り、「あんなえげつないスライダー(またはシュート)は初めてだ」と言われた[1]。後半戦は一軍の先発ローテーションに定着し、6勝3敗の成績を残し優勝に貢献(ただ、当日本シリーズでは登板の機会はなかった)。シュートを持ち球にしていること、死球を恐れない度胸と投球術を絶賛された。ドラフト制導入後に高卒1年目で6勝以上を挙げたのは球団史上堀内恒夫以来36年ぶりだった。

2003年はプロ初完投なども記録したが先発としては精彩を欠き、開幕以降1ヶ月以上勝てなかった。その後シュートを見込まれリリーフに回るがリリーフ陣が崩壊状態だったため、リード時の中継ぎ抑えのみならず、ビハインド時にも登板した。監督の原辰徳には「入団当初の球が戻ってきた」と評価されたが、連投の負担から右肩痛を発症すると7月26日に登録抹消され、以降このシーズンの登板はなかった。

2004年以降は前年の登板過多が遠因で肩を庇う癖がつきフォームが小さくなっていったといい、同年は二軍の先発ローテーションとして規定投球回に達したが防御率5.91と内容は悪く、シーズン終盤に一軍で登板したが結果は出なかった。

2005年も二軍で先発投手として登板を続け、セ・パ交流戦で2年ぶりに勝利投手となった。しかし、球速は135km/h前後にとどまり制球面でも課題を残した。

2006年は後半戦にリリーフとして一軍昇格し、主に中継ぎとして25試合に登板して防御率3.86を記録した。同年は142km/h程度まで球速が戻ったが、球のキレや制球までは戻らなかった。

2007年は開幕一軍入りをしたが結果を出せず一軍と二軍を往復し、二軍では抑えとしてチーム最多の13セーブを記録。同年12月にはスポーツ報知などのメディアが12月中に結婚することを報道した。

2008年は若手の西村健太朗山口鉄也越智大祐が台頭したこともあり1軍での登板はなく、6月10日に鶴岡一成とのトレード横浜ベイスターズへ移籍。背番号は57

横浜時代[編集]

横浜時代(2010年4月3日、明治神宮野球場)

移籍当初は中継ぎで起用され、7月2日の対広島東洋カープ戦で2年ぶりに勝利投手となる。その後はチーム事情から5年ぶりに先発ローテーション入りしたが、先発では結果を残せなかった。シーズン終盤はリードされた場面の登板が主となったが、移籍後に行ったフォーム改造が功を奏して最速148km/hを計測するなど球威を取り戻し安定した投球を続けた。同年オフに背番号30に変更。

2009年は開幕から中継ぎで起用され、敗戦処理からセットアッパーまでこなして自己最多となる68試合に登板して防御率2.98、19ホールドと自己最高の成績を収めた。

2010年8月1日の対東京ヤクルトスワローズ戦で史上29人目の1球勝利を挙げた。同年は8敗して防御率も前年より悪化したが、リリーフとして62試合に登板して16ホールドを記録した。

2011年は主にビハインドの場面で53試合に登板した。オフにアーン・テレムと代理人契約を結び、ポスティングシステムでのメジャー挑戦を表明。12月7日に締め切られたが、入札球団はなかった[2]。その後も米球界への移籍を目指し[3]、球団は本人の意志を尊重し、自由契約とする方針をとり[4]、12月16日に自由契約公示された。だが公開トライアウト後も契約には至らなかった[5]

巨人復帰[編集]

巨人時代(2012年)

2012年3月19日に巨人と契約合意に至り、4年ぶりに復帰することになった[6]。年俸3000万プラス出来高払いで背番号は29

5月9日に古巣の横浜DeNAベイスターズ戦に8回から登板するが、打者4人に対し1アウトも取れずに4連続安打され、3失点で降板した[7]。結局すぐに2軍落ちとなった。9月に右足関節の手術を受け[8]。この年1軍での登板はこの1試合のみに終わった。シーズン終了後の11月4日に戦力外通告を受ける[9]

台湾時代[編集]

台湾時代(2013年)

2013年1月23日、台湾中華職業棒球大聯盟兄弟エレファンツの入団テストを受け合格し、2月9日正式に契約した[8]。同年7月、監督推薦で台湾球宴メンバーに選出される[10]。同年8月15日、CPBL新記録となるシーズン27ホールドを達成した。史上最多となる32ホールドで中継王(最優秀中継ぎ投手)のタイトルを獲得した[11]。中継ぎ部門での日本人選手の受賞は初。

ヤクルト時代[編集]

2013年、11月29日にヤクルトへの入団が発表された[12]

2014年はリリーフとなったが、わずか12試合の登板で防御率7.71と不振だったこともあり、10月1日に球団から戦力外通告を受ける[13]。12月2日、自由契約公示された[14]

BCリーグ・福島時代[編集]

2014年12月8日、2015年シーズンからBCリーグへ参入する福島ホープスへ選手兼コーチとして加入したと発表された[15]

2015年は投手コーチを兼任しながらリリーフとして23試合に登板。2勝0敗 防御率0.86という好成績を残した。10月26日に自由契約となり、退団[16]。同時に福井ミラクルエレファンツにコーチ兼任で入団することが発表された[17]

BCリーグ・福井時代[編集]

2016年はコーチを重点とし、前期の6試合の登板に留まった。

現役引退[編集]

2016年12月5日に引退を表明、7日に福井ミラクルエレファンツを退団した。引退後は打撃投手として読売ジャイアンツに5年ぶりに復帰することとなった。

人物[編集]

犬好き(トイプードル)である。

大阪生まれ兵庫育ちということからプロ入り当初は「阪神ファンですか?」と聞かれていたが、東京育ちで巨人ファンの父親の影響もあり巨人ファンである。

入団会見ではセールスポイントを訊かれ「溶接とか…」と工業高校出身らしい回答をした。

横浜に移籍した際、同時期に中日ドラゴンズから移籍した石井裕也とともにTBSの『バース・デイ』でその様子を取り上げられた。

2012年に巨人に復帰したが、4年前のトレード相手であった鶴岡もFAを行使し、同シーズンから古巣のDeNA[18]に復帰しており、共に同じ年に元在籍球団へ復帰する形となった。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2002 巨人 12 11 0 0 0 6 3 0 -- .667 289 70.0 72 10 13 1 3 42 0 1 31 29 3.73 1.21
2003 30 6 1 0 0 3 8 2 -- .273 260 56.2 67 10 22 2 7 39 3 0 37 34 5.40 1.57
2004 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 22 5.0 6 0 1 0 0 5 0 0 3 3 5.40 1.40
2005 4 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 41 7.2 14 1 3 0 2 1 2 0 9 8 9.39 2.22
2006 25 0 0 0 0 2 0 1 0 1.000 115 25.2 27 3 11 3 1 18 0 0 13 11 3.86 1.48
2007 17 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 83 19.2 22 2 3 1 2 8 0 0 10 10 4.58 1.27
2008 横浜 26 5 0 0 0 2 4 0 3 .333 226 51.1 64 3 16 0 1 25 1 1 30 28 4.91 1.56
2009 68 0 0 0 0 5 4 0 19 .556 280 66.1 66 9 23 3 4 36 0 1 24 22 2.98 1.34
2010 62 0 0 0 0 3 8 0 16 .273 303 69.2 72 10 21 4 7 41 3 0 33 30 3.88 1.33
2011 53 0 0 0 0 2 0 0 3 1.000 214 49.0 66 4 8 1 4 18 0 0 25 23 4.22 1.51
2012 巨人 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 0.0 4 0 0 0 0 0 0 0 3 3 ---- ----
2013 兄弟 67 0 0 0 0 3 2 0 32 .600 295 72.1 59 1 15 0 3 47 1 0 24 18 2.24 1.03
2014 ヤクルト 12 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 73 16.1 24 3 2 0 0 7 0 0 14 14 7.71 1.59
NPB:12年 312 22 1 0 0 24 28 3 41 .462 1910 437.1 504 55 123 15 31 240 9 3 232 215 4.42 1.40
CPBL:1年 67 0 0 0 0 3 2 0 32 .600 295 72.1 59 1 15 0 3 47 1 0 24 18 2.24 1.03
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はリーグ歴代最高。

タイトル[編集]

CPBL
  • 最優秀中継ぎ投手:1回 (2013年)

記録[編集]

NPB投手記録
NPB打撃記録
  • 初安打・初打点:2002年8月11日、対広島東洋カープ22回戦(東京ドーム)、5回裏に佐々岡真司から中前適時打

独立リーグでの投手成績[編集]












































W
H
I
P
2015 福島 23 2 0 0 0 1.000 21.0 77 14 1 8 2 0 4 2 0 0 0 0.86 0.76
2016 福井 6 0 0 0 0 ---- 6.0 22 3 0 6 0 0 1 0 0 0 0 0.00 0.50
通算:2年 29 2 0 0 0 1.000 27.0 99 17 1 14 2 0 5 2 0 0 0 0.67 0.70

背番号[編集]

  • 43 (2002年 - 2008年途中)
  • 57 (2008年途中 - 同年終了)
  • 30 (2009年 - 2011年)
  • 29 (2012年)
  • 20 (2013年、2016年)
  • 66 (2014年)
  • 7 (2015年)
  • 218 (2017年 - )

登場曲[編集]

  • 「You Can Get It All」Bow Wow(2009年 - 2010年)
  • 「SUPERSTAR ~REBORN~」 超新星(2010年 - 2011年)
  • 「アガレ!」 VADER(2010年、2012年)
  • 「Live Your Life (feat. Rihanna)」T.I.(2011年)
  • 「La La La」LMFAO(2011年)
  • 「Where Them Girls At (feat. Nicki Minaj & Flo Rida)」 David Guetta(2011年)
  • 歩みGReeeeN(2011年)
  • 「男だろ!」BIG BEAR feat.BOXER KID(2012年)
  • 「Billion Lights」JLS(2014年)

関連情報[編集]

漫画[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 月刊ジャイアンツ2002年5月号の記事より
  2. ^ 真田の獲得希望球団なし=米大リーグ”. 時事通信 (2011年12月8日). 2011年12月8日閲覧。
  3. ^ 横浜・真田に入札なし 公開トライアウトで米移籍挑む”. スポーツニッポン (2011年12月9日). 2011年12月9日閲覧。
  4. ^ 真田は自由契約へ=プロ野球・DeNA”. 時事通信 (2011年12月13日). 2011年12月14日閲覧。
  5. ^ 真田 4年ぶり巨人復帰決定「新人と同じ気持ちで頑張る」”. スポーツニッポン (2012年3月19日). 2012年3月19日閲覧。
  6. ^ 真田裕貴投手の獲得について 巨人球団公式サイト 2012年3月19日閲覧
  7. ^ 2012年【公式戦】試合結果NPB公式サイト
  8. ^ a b 巨人自由契約の右腕 台湾リーグ入団テスト受験へ”. スポニチ Sponichi Annex (2013年1月23日). 2013年1月28日閲覧。
  9. ^ 真田投手、田中大選手に戦力外通告”. 読売ジャイアンツ (2012年11月4日). 2013年1月28日閲覧。
  10. ^ 前巨人の真田が台湾球宴メンバーに選出日刊スポーツ2013年7月10日配信
  11. ^ 最優秀中継ぎ投手はHP記録更新の日本人右腕/台湾プロ野球(フォーカス台湾、2013年11月7日)
  12. ^ ヤクルト 真田と基本合意 巨人、横浜で24勝スポーツニッポン2013年11月28日配信
  13. ^ 来季の契約についてヤクルト球団公式サイト2014年10月1日配信
  14. ^ 2014年度 自由契約選手 日本野球機構オフィシャルサイト 2014年12月4日閲覧。
  15. ^ “選手兼任コーチ就任のお知らせ” (プレスリリース), BCリーグ, (2014年12月8日), http://www.bc-l.jp/modules/bclnews/index.php?page=article&storyid=3076 
  16. ^ “退団選手のお知らせ” (プレスリリース), 福島ホープス, (2015年10月27日), http://fukushima-hopes.com/info/5542 
  17. ^ “新入団選手のお知らせ” (プレスリリース), 福井ミラクルエレファンツ, (2015年10月26日), http://www.m-elephants.com/010_news/detail.php?id=880 
  18. ^ 在籍時は横浜ベイスターズ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]