西村健太朗

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西村 健太朗
読売ジャイアンツ #35
Giants nishimura35.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 広島県安芸郡府中町
生年月日 1985年5月10日(31歳)
身長
体重
184 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 ドラフト2巡目
初出場 2004年7月1日
年俸 7,800万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

西村 健太朗(にしむら けんたろう、 1985年5月10日[2] - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手投手)。

高校時代からの愛称は「フランケン[3]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

広島中央シニアで投手に転向し、広陵高校では1年秋からエースとなり[4]白濱裕太とのバッテリーで4季連続甲子園出場。2年春は2回戦で報徳学園に、同年夏は準々決勝で明徳義塾とそれぞれ優勝チームに敗れたが、2003年春は成瀬善久涌井秀章擁する横浜高校を破り全国制覇した[2]。同年夏は2回戦で岩国高校に敗れた。甲子園通算9勝。 1学年後輩に上本博紀、2学年後輩に藤川俊介がいる。

2003年のドラフトでは長身から投げ下ろす速球と切れ味のいいスライダーが評価され、複数球団が関心を示した[5]ヤクルトの強行指名も予測されたが、結果的に本人が希望する巨人が2巡目で指名[6]。将来の右の本格派エース候補として入団した[2]

プロ入り後[編集]

2004年7月1日に一軍初昇格。同日の阪神戦(甲子園)にリリーフとしてプロ初登板するも6失点でノックアウト。7月4日の広島戦では初先発し勝敗つかず。2軍では14試合に登板し、72回を投げ30自責点。 6勝4敗、防御率は3.75だった[7]

2005年は、前半戦はほぼ二軍で過ごすが、8月10日の一軍昇格以降はチーム事情から先発として起用される。9月1日のヤクルト戦でのプロ初勝利を含め、7度の先発起用で2勝を挙げた。

2006年4月1日イースタンリーグインボイス戦でプロ初の完封勝利。4月29日に昇格し、シーズン終了まで一軍で先発および中継ぎとして31試合に登板(先発14試合、中継ぎ17試合)。多くの辞退者が出たため11月には日米野球に出場[8]。また、12月末に婚姻届を提出した[9]

2007年シーズンより背番号が30になる。中継ぎとして一軍に定着し、8月にはリーグタイ記録の月間17試合登板を達成。シーズン後半には上原浩治豊田清と共に勝ちパターンの継投にも組み込まれ、チーム最多の57試合に登板。ロングリリーフや緊急先発もこなし、原監督から「うちの鉄人」と賞賛された[10]。一方、対左打者の被打率が.318、ビジターでは31試合で26失点と課題も残った。シーズン終了後のインタビューでは、先発至上主義が根強く残る巨人には珍しくクローザー願望を語り、「上原さんのように歓声のなか登板したい、ファンに信頼される投手になりたい」と告白した。

2008年は、シーズン前に上原と自主トレを行い、シュートを教える代わりにフォークを教わる[11]。自身初の開幕一軍入りを果たし、5月25日には中継ぎのみの登板でハーラートップタイとなる6勝を挙げ[12]、5月終了時までに両リーグトップの29試合に登板した。しかし、過去数年の登板過多の影響で右肩痛を発症し、交流戦終了後の6月25日に登録抹消。後半戦をほぼリハビリに費やし、復帰した10月22日クライマックスシリーズ第2ステージの中日戦では2試合無失点と好投。西武との日本シリーズでも中継ぎとしての役割を果たす[13]。2回の二軍落ちに関わらず3年連続の30試合以上登板を達成し、契約更改では勤続手当として年俸増を勝ち取った[14]

2009年は、先発転向を志願し開幕ローテーション入りを目指すが[15]、オープン戦で打ち込まれる[16]。中継ぎ要員として4月18日に一軍登録されるが、右ひじの違和感から5月に二軍落ち。6月に内視鏡によるクリーニング手術を受け[10]、残りのシーズンを棒に振った。オフには小林雅英の入団にともない、背番号を35に変更。

2010年は、前年同様に先発転向を志しオープン戦からアピール[17]。開幕5戦目となる3月31日の横浜戦で3シーズンぶりの先発マウンドに上がった[18]。序盤は先発ローテーションの一角に入るが、4勝目を挙げた5月30日の西武戦を最後に白星から遠ざかる。6月6日楽天戦で4本塁打を浴び[19]、先発として3連敗で迎えた7月5日広島戦で5回を持たずノックアウト。翌日に登録を抹消され、そのまま二軍でシーズンを終えた。

2011年は、キャンプでは再度の先発ローテーション入りを目指すが[20]、中継ぎとして自身3年ぶりの開幕一軍入り。7月からは先発ローテーションに入り[21]7月16日のヤクルト戦でプロ入り初の完投勝利[22]9月10日の広島戦で自身最多となる7勝目を挙げた[23]。夏場に5連勝する一方で終盤に4連敗と苦しんだが、最終成績は防御率1.82で7勝5敗4ホールドと勝ち越した。契約更改の席で「初めて1年間1軍にいて、充実した1年だった」と振り返るシーズンとなった[24]

2012年は、前年守護神だった久保裕也の故障により、開幕前に抑えを託された[25]。4月1日のヤクルト戦で自身5年ぶりのセーブを挙げる[26]。6月末からはスコット・マシソンがクローザーを任されたことでセットアッパーに配置転換されるが[27]オールスター明けにマシソンが離脱したことで再び抑えを務め、8回・山口鉄也、9回・西村と継投で逃げ切る必勝パターンを築く。2人の平均防御率は0・99と抜群の安定感を保った。優勝へのマジック1で迎えた9月21日のヤクルト戦では30セーブ目を挙げると同時に胴上げ投手となった[28]クライマックスシリーズでは4試合で4回3失点、日本シリーズでも2試合で1回1/3を1失点でともに1敗を喫し、日本一の際の胴上げ投手も山口に譲った。セーブ王は1セーブ差でバーネット岩瀬仁紀に譲るも、防御率はバーネットの1・82(57試合)、岩瀬の2・29(54試合)を大きく上回る1・14(69試合)を記録。『週刊ベースボール』の「2012年度ベストナイン」ではベスト抑えに選ばれた他、豊田泰光から「巨人の試合で山口、西村の8、9回だけは見応えがあった」と絶賛された[29]。オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され[30]代表入りした[31]。契約更改では、倍増の8000万円で更改した。

2013年は、守護神の地位を確立し、セーブのつく場面でマシソンや山口が用いられる場面はほぼなかった。8月14日の対DeNA戦で球団史上初の2年連続30セーブを達成した。最終的に両リーグ最多の71試合に登板し、巨人の球団新記録となる42セーブを挙げ[32]、10年目で自己初、チームとしては2008年マーク・クルーン以来、日本人としては1993年石毛博史以来(この時は最優秀救援投手)の最多セーブ投手のタイトルを獲得した。日本シリーズでは第1戦でセーブをあげるが、第5戦で9回から登板し、同点に追いついた直後の延長10回に勝ち越しを許し敗戦投手になり、2年連続で日本シリーズでは結果を残せなかった。しかし、シーズンの活躍の甲斐があり1億円増の1億8000万円で契約を更改した。

2014年は開幕直後こそ守護神だったが、延長戦での勝ち越し点など、救援失敗が目立ってくると守護神の座を途中でマシソンに譲り、中継ぎに回った。中継ぎに回った後は持ち直し、最終的に49試合に登板し、防御率2.98の成績を残した。阪神とのクライマックスシリーズでは第2戦から第4戦にかけて3試合に登板。第2戦と第4戦は無失点だったが、第3戦は6回の途中から登板するも、福留孝介に同点適時打を打たれてしまった。降板後の7回に勝ち越されチームは敗れた。オフの10月21日に、「日本プロ野球80周年記念試合」の阪神・巨人連合チームに選出された事が発表された[33][34]

2015年、前年オフに原監督から先発転向を指示されキャンプから先発再転向の為に準備をしオープン戦でも結果を残したが、マシソンがオープン戦の内容が悪く急遽開幕はリリーフで迎えた。しかし開幕二戦目の対横浜戦、9回に筒香嘉智に本塁打を打たれその回を投げきったがこれが2015年シーズン一軍での最後の登板となってしまった。二軍で再度先発再転向の準備をした矢先に不運が襲う。5月1日のイースタンリーグのヤクルト戦、西浦直亨の打球が顔面に直撃し、救急車で緊急搬送された。右目瞼を10針縫った。5月30日に復帰登板を果たしたが不幸は続き、6月16日のイースタンリーグのDeNA戦、白崎浩之の打球が左足の脛に直撃し、イニング終了時に降板した。7月2日に復帰はしたものの今度は7月24日のファーム交流戦の対ソフトバンクホークス戦の登板を最後に肘に異変が起き、ノースロー調整を続けたが回復せず8月23日球団から9月初旬に右肘の遊離軟骨除去手術を横浜市内の病院で受けることを発表。全治は二ヶ月と診断されシーズンの復帰は絶望となり、1軍成績ではプロ入り最低の結果で終わった。

選手としての特徴[編集]

完投・連投を可能とする頑健な体を武器とし、チーム事情に合わせて先発、中継ぎ、抑えをこなしている[25]

平均球速約145km/h[35]、最速153km/hのストレート、高校時代の決め球の縦スライダー、2005年オフに修得した平均球速143km/h[36]の高速シュート(ツーシーム)、2007年オフに修得したフォーク[37]、2010年のキャンプで修得したチェンジアップ[38]、2012年から取り組んでいるカーブ[39]など、多彩な球種を投げ分ける。プロ入り後はシュートが最大の武器だったが、2011年シーズン以降はシュートに頼らず緩急を活かした投球スタイルに移行している[40]

2009年に受けた右肘の手術がきっかけで自己管理に目覚め、監督の原辰徳からは「シーズンオフの自己管理はチーム内でもトップクラス」と評されている[41]

人物[編集]

アニメに詳しく、『ひぐらしのなく頃に』や『機動戦士ガンダムSEED』などを好んでいる。『このアニメがすごい!』(宝島社)には過去に2回登場している(2008年2009年。2008年は『ひぐらしのなく頃に解』、2009年は『CHAOS;HEAD』を1位に選んでいる)。2007年には妻の勧めで選手登場曲にアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の主題歌「ハレ晴レユカイ」を希望したが実現しなかった。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2004 巨人 3 1 0 0 0 0 0 0 -- ---- 29 3.2 13 2 5 0 0 3 1 0 9 9 22.09 4.91
2005 12 7 0 0 0 2 4 0 0 .333 182 39.1 54 5 13 0 1 23 2 0 25 25 5.72 1.70
2006 31 14 0 0 0 5 7 0 1 .417 500 117.1 113 14 40 2 6 83 2 0 49 46 3.53 1.30
2007 57 1 0 0 0 1 0 1 10 1.000 292 66.0 68 5 24 1 6 28 2 0 35 32 4.36 1.39
2008 43 0 0 0 0 6 2 0 12 .750 193 45.0 41 0 16 1 3 26 4 1 16 15 3.00 1.27
2009 11 0 0 0 0 2 0 0 0 1.000 59 12.2 15 1 5 1 1 10 1 0 9 7 4.97 1.58
2010 14 14 0 0 0 4 5 0 0 .444 325 73.2 85 10 18 0 6 38 2 0 45 37 4.52 1.40
2011 37 16 1 0 0 7 5 0 4 .583 504 123.1 100 7 39 3 6 91 4 0 30 25 1.82 1.13
2012 69 0 0 0 0 3 2 32 12 .600 276 71.1 41 3 22 5 2 58 1 0 15 9 1.14 0.88
2013 71 0 0 0 0 4 3 42 10 .571 289 71.2 47 1 31 1 4 71 1 0 10 9 1.13 1.09
2014 49 0 0 0 0 4 4 6 16 .500 229 51.1 59 2 22 1 1 39 1 0 21 17 2.98 1.58
2015 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 1 1 1 0 0 0 0 0 0 1 1 9.00 1.00
通算:12年 398 53 1 0 0 38 32 81 65 .543 2882 676.1 637 51 235 15 36 470 21 1 265 232 3.09 1.29
  • 2015年度シーズン終了時

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初安打・初打点:2005年9月1日、対ヤクルトスワローズ17回戦(松山中央公園野球場)、7回裏に川島亮から中越適時二塁打
その他の記録

背番号[編集]

  • 23 (2004年 - 2006年)
  • 30 (2007年 - 2009年)
  • 35 (2010年 - )

登場曲[編集]

  • 「Together」EXILE(2006年)
  • 「Frankenstein」Edgar Winter(2008年)
  • 「パーティー・タイム」Full Of Harmony(2009年)
  • 「Replay」Iyaz(2010年)
  • 「Your Seed」Hey Say JUMP!(2011年 - 2014年、2015年)
  • 「HANDs」AAA(2014年)

▪︎「Next Stage」 AAA(2016年-)

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 巨人 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年12月2日閲覧。
  2. ^ a b c d 『プロ野球カラー名鑑 2008』 ベースボール・マガジン社2008年、14頁。ISBN 978-4-583-61526-4
  3. ^ 【プロ野球】陰のMVP候補、巨人・西村健太朗のハンパない頑固ぶり 1 web sportiva 2012年08月25日
  4. ^ 読売ジャイアンツ 西村健太朗選手 2010年インタビュー 1 高校野球ドットコム 2010年09月30日
  5. ^ 西村、白浜、内、将来性豊かな逸材そろう 2003年度高校生の注目選手を探る スポーツナビ 2003年11月19日
  6. ^ 巨人が西村の交渉権 プロ野球ドラフト会議
  7. ^ 週刊ベースボール 2004年12/20号 82頁 「保存版・記録の手帳 公式戦出場全選手個人成績 2004年プロ野球ペナントレース統括 3位 読売ジャイアンツ」より
  8. ^ イオン日米野球2006 NPB選抜チーム
  9. ^ スポーツ報知 2007年1月5日
  10. ^ a b 巨人救援の鉄人西村健が内視鏡右ひじ手術 nikkansports.com 2009年6月16日
  11. ^ 巨人上原が後輩西村にシュート学ぶ nikkansports.com 2008年1月23日
  12. ^ 【巨人】西村健6勝ハーラートップタイ nikkansports.com 2008年5月25日
  13. ^ G若手中継ぎコンビが勝利呼んだ/日本S nikkansports.com 2008年11月3日
  14. ^ 巨人西村健、勤続手当で600万増 nikkansports.com 2008年11月27日
  15. ^ 巨人西村“上原トレ”で2ケタ勝つ nikkansports.com 2008年12月28日
  16. ^ 西村健6失点KO、巨人ローテ決まらない nikkansports.com 2009年3月18日
  17. ^ 西村健チェンジアップで先発猛アピール nikkansports.com 2010年3月19日
  18. ^ 巨人西村健久しぶり先発も4失点KO nikkansports.com 2010年4月1日
  19. ^ 【巨人】西村健4被弾…7失点KO3敗目 nikkansports.com 2010年6月6日20時5分
  20. ^ 【巨人】西村先発ローテ入りへ存在感 nikkansports.com 2011年3月2日
  21. ^ 西村第6の男!巨人ローテ再編3本柱解体 nikkansports.com 2011年6月28日
  22. ^ イメチェン西村緩急でプロ初完投 nikkansports.com 2011年7月17日
  23. ^ 【巨人】西村ピンチしのぎ自己最多7勝 nikkansports.com 2011年9月10日
  24. ^ 【巨人】西村1200万増「目標2ケタ」 nikkansports.com 2011年12月6日
  25. ^ a b 巨人開幕守護神は西村だ nikkansports.com 2012年3月18日
  26. ^ 【巨人】西村3人斬りで5年ぶりセーブ nikkansports.com 2012年4月1日
  27. ^ 【巨人】原監督決めた!守護神マシソン nikkansports.com 2012年6月30日
  28. ^ 西村胴上げ投手「うれしい」/巨人V nikkansports.com 2012年9月21日
  29. ^ 週刊ベースボール』2012年10月15日号 「豊田泰光のオレが許さん!」第955回
  30. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  31. ^ 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  32. ^ 健太朗、球団新42Sで初セーブ王確定! スポーツ報知 2013年9月27日
  33. ^ 2014 SUZUKI 日米野球シリーズ 阪神・巨人連合チーム出場選手発表 阪神タイガース公式サイト (2014年10月21日) 2015年5月26日閲覧
  34. ^ 阪神・巨人連合対MLBの出場選手発表
  35. ^ 『2014 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2014年、108頁。ISBN 978-4-905411-17-8
  36. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、129頁。ISBN 978-4-905411-04-8
  37. ^ 【巨人】西村がフォーク習得に手応え nikkansports.com 2008年2月3日
  38. ^ スポーツ報知2010年5月31日号より
  39. ^ 【巨人】西村が新球カーブ交え47球 nikkansports.com 2012年2月8日
  40. ^ イメチェン西村緩急でプロ初完投 nikkansports.com 2011年7月17日
  41. ^ 西村 巨人初2年連続30S 手術きっかけにチーム屈指の自己管理”. スポニチ Sponichi Annex (2013年8月15日). 2013年10月8日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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