埼玉西武ライオンズ (ファーム)

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埼玉西武ライオンズ
創設年度 不明(一軍は1950年
所属リーグ
歴代チーム名
本拠地
西武第二球場埼玉県所沢市
球団組織
オーナー 後藤高志
西武ホールディングス代表取締役社長
運営母体 西武鉄道
(西武ホールディングス傘下)
監督 潮崎哲也

埼玉西武ライオンズ(さいたませいぶライオンズ、Saitama Seibu Lions)のファームは、日本プロ野球球団・埼玉西武ライオンズの下部組織として設置されているファームチームである。イースタン・リーグの球団のひとつ。

本拠地[編集]

メットライフドームに隣接する西武第二球場を使用しており、12球団の中で最も一軍と二軍の本拠地の距離が近い球団である。ただし、年に数試合はメットライフドームでも試合をすることがある。

過去の本拠地[編集]

西鉄時代はウエスタン・リーグに所属しており、他の所属球団は大半が関西に集中していたため交通の便を考慮(当時山陽新幹線は開業してなかった)し、大阪府堺市南海本線石津川駅近くに合宿所を置いていた。なお、石津川駅のある堺市には南海ホークス二軍本拠地だった中百舌鳥球場(なかもず- )と合宿所(いずれも現在は閉鎖されマンションになっている)があった。

このように一軍と二軍の本拠地が離れている事例は、現在の北海道日本ハムファイターズ(一軍は北海道札幌市札幌ドームだが、二軍は交通アクセスなどを考慮し1997年から本拠地としている千葉県鎌ヶ谷市ファイターズスタジアムを継続使用)のケースもある。

概要[編集]

西鉄の二軍の創設時期は不明だが、他の球団と同じくは1950年の一軍の創設と同時に誕生した可能性が高い。1952年より関西ファーム・リーグに、1955年よりそれを発展解消したウエスタン・リーグに参加した。しかし、西武グループが球団を買収した際に一軍と同じく本拠地を埼玉に移転したため、イースタン・リーグへ移籍となった。

1992年には1年だけ「三軍」を採用。

命名権[編集]

西武の二軍は一時期、命名権(ネーミングライツ)により球団名を変更していた。以下、その変遷について記す。

インボイス[編集]

西武は2004年、経営改善策の一環として一軍本拠地の西武ドームと二軍のチームの名称について命名権を売却することとなった。企業向け通信料金一括請求サービスを主たる事業としているインボイス(以下「インボイス社」)が取得に名乗りを上げ、12月29日に二軍の命名権を3年契約で取得することに合意、翌2005年シーズンから球団名を「インボイス」とすることを発表した(西武ドームの命名権に関する詳細は、同項の命名権を参照)。

本拠地は今まで通り西武第二球場を使用。チーム名の前後にはニックネームや地名などは入っておらず、単純に「インボイス」が登録上のチーム名となった。ユニフォームのデザインは、基本的には一軍が使用する西武ライオンズのものと同様で、胸の「LIONS(ホーム用)」「SEIBU(ビジター用)」のロゴが「INVOICE(ホーム・ビジター共)」となり、帽子のロゴは「レオ」ではなく、インボイス社のマークになっていた。

インボイス社は当初、この命名権取得契約について10年以上の長期契約を望んでおり、契約切れとなる2006年には西武側に契約を更新したい旨を再三伝えてきたが、西武側は「ドームの契約は2006年限りで満了とし、以後は更新しない」とインボイス社側に通告。このためインボイス社は2006年9月に契約更新を断念。3年契約の二軍についても契約を解除する方針を決定し、いずれも「インボイス」の名称は同年限りとなった。

グッドウィル[編集]

同年12月2日、西武は人材派遣介護サービス大手のグッドウィル・グループ(現:テクノプロ・ホールディングス)と5年間の命名権取得契約に合意し、西武ドームを「グッドウィルドーム」、二軍のチーム名称を「グッドウィル」に変更することを発表。同月4日の実行委員会で正式に承認され、2007年1月1日から改称した。

ところが、同年12月にグループ企業のグッドウィルが違法な派遣業務(データ装備費等)を行っていたことが発覚し、同社は厚生労働省から事業停止命令の行政処分が通告されることとなった。このため、グッドウィル・グループは西武に命名権の契約解除を申し入れ、同球場を所有する西武鉄道と球団もそれを受け入れ、命名権取得契約を解除することを決めた。

2008年1月8日、正式に命名権契約の解除が発表され、1月9日より一軍本拠地が従来の「西武ドーム」、二軍のチーム名称が一軍と同様に「埼玉西武ライオンズ」となることが発表された。

監督・コーチ[編集]

歴代監督[編集]

(太字はのちに1軍監督に就任した監督)

※1 病気療養のため2015年7月10日は野手総合コーチの高木浩之が監督代行

三軍[編集]

  • 1992年 : 広野功

外部リンク[編集]