大島裕行

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大島 裕行
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2014年11月23日、西武第二球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県さいたま市
生年月日 (1981-06-15) 1981年6月15日(36歳)
身長
体重
180 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手一塁手
プロ入り 1999年 ドラフト3位
初出場 2002年4月14日
最終出場 2012年6月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大島 裕行(おおしま ひろゆき、1981年6月15日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手外野手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

埼玉栄高校時代から注目を集めていた長打力が持ち味。1998年第80回全国高等学校野球選手権大会に出場、1回戦沖縄水産高戦で新垣渚投手から逆転本塁打を放つ[1](2回戦敗退)。彼は2年生だったがこの活躍で一躍注目される存在となる。直後の第3回AAAアジア野球選手権大会日本代表にも選出された。3年時は鳥谷敬のいる聖望学園に敗れて甲子園出場はならなかった。

高校時代は通算本塁打86本(歴代3位)を記録(2007年中田翔に破られるまでの歴代最多記録)。早くから注目を集め、埼玉の怪物と呼ばれたほどである[2]

5球団が1位指名を狙っていると言われたが、本人が地元の西武ライオンズ入りを熱望したため西武が指名。地元の球団に入団したこともあり、入団時から期待の高い選手であった。

プロ入り後[編集]

いわゆる猿顔であり、愛称はサルゲッチュからとったゲッチュ。快活な性格でチーム内ではムードメーカーでありイジられキャラでもあった。

プロ3年目の2002年、一軍初出場・初本塁打を記録した。

2003年、左の強打者としてブレイクし、後半では5番も任されるほどになった。力で押すだけではなく意外な適応力も見せ、終盤まで打撃の好調を維持し、96試合に出場して打率.307、本塁打7本、二塁打18本を記録した。

2004年、6番右翼手で自身初の開幕スタメンの座を手に入れた。開幕直後は好調だったがすぐに失速し、本塁打8本を記録したものの打率は大きく下がってしまった。

2005年、二軍で打率.303を記録したが、一軍では50試合に出場してわずか1本塁打と散々な結果に終わってしまった。2006年は二軍でチームトップの打率.270を挙げたものの、一軍では9試合で打率.133に終わった。

2007年、開幕一軍の座をつかみ、春先は左の代打の切り札として活躍。4月14日の対千葉ロッテマリーンズ戦では小林雅英から9回表に代打で逆転2点適時打を打ち、代打5打席連続安打を記録した。代打での打率は.412、得点圏打率は.333とチャンスで活躍したが、スタメン起用された試合では18打数1安打で、打率は.216と伸び悩み、6月に二軍落ち。二軍では打率. 279、5本塁打を打ち主軸打者として活躍したが、一軍再昇格はならなかった。

2008年5月1日の対福岡ソフトバンクホークス戦ではD.J.ホールトンからサヨナラ打の呼び水となる同点適時打や、9月2日の対千葉ロッテマリーンズ戦ではプロ入り初の4番でスタメン起用され、渡辺俊介から3年ぶりの本塁打を放つなど、復調の兆しを見せた。

2009年、本人の怪我や、他の左打者の台頭もあって1軍出場はなかった。

2010年、6月に昇格すると以降コンスタントに出場。8月13日の対オリックス・バファローズ戦で3安打を放ち、5年ぶりの猛打賞をマークした。ちなみに、この年放った2本の本塁打は、両方とも同い年でプロ入り同期高山久とのアベック本塁打だった。

2011年は26試合、2012年は5試合と、世代交代の波にのまれて不完全燃焼で、2年とも本塁打は0本。

10月2日、同じチームメイトであるマイケル中村とともに引退を発表。10月30日に、同僚の平尾博嗣阿部真宏と共に任意引退公示された[3]

左投手相手の打撃、また守備力に難があり、2003年にブレイクした後は長く伸び悩んだ。二軍ではクリーンナップを任され、毎年のように好成績を残すのだが、一軍では再び結果を残すことができずにいた。また、チーム内では佐藤友亮片岡易之とバント巧者が多くいたが、渡辺久信監督から大島のバント技術はチーム一と言われる等、現役生活後半は巧打者にモデルチェンジした。

引退後[編集]

その後、球団から副寮長に就任することが発表された。着けていた背番号51は埼玉栄高校の後輩である木村文紀へと引き継がれた。 副寮長として成果をあげ、2015年シーズンからはスカウト担当編成部。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2002 西武 36 80 70 13 15 5 0 3 29 7 0 0 0 1 9 1 0 16 3 .214 .300 .414 .714
2003 96 273 254 29 78 18 0 7 117 33 2 1 0 2 16 2 1 53 6 .307 .348 .461 .809
2004 68 191 179 24 44 5 2 8 77 27 1 0 0 1 10 1 1 46 4 .246 .288 .430 .718
2005 50 106 102 6 23 4 0 1 30 9 0 1 0 1 3 1 0 14 3 .225 .245 .294 .539
2006 9 16 15 0 2 0 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 1 2 1 .133 .188 .133 .321
2007 27 39 37 5 8 3 0 0 11 8 0 0 0 1 1 0 0 9 0 .216 .231 .297 .528
2008 38 86 74 6 18 4 0 2 28 7 0 1 2 0 10 1 0 14 2 .243 .333 .378 .712
2010 51 121 115 10 30 4 0 2 40 11 0 0 2 2 2 0 0 26 3 .261 .269 .348 .617
2011 26 70 62 0 12 1 0 0 13 3 0 0 2 0 6 0 0 11 1 .194 .265 .210 .474
2012 5 9 9 1 2 1 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .222 .222 .333 .556
通算:10年 406 991 917 94 232 45 2 23 350 106 3 3 6 8 57 6 3 194 23 .253 .296 .382 .671
  • 2012年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2002 2 10 1 0 0 1.000 16 6 0 0 0 1.000
2003 - 63 120 2 4 0 .968
2004 - 31 52 2 2 1 .964
2005 - 30 45 1 0 0 1.000
2006 2 9 2 0 2 1.000 2 4 0 0 0 1.000
2007 2 4 0 0 0 1.000 6 8 0 0 0 1.000
2008 17 107 12 3 13 .975 13 8 0 0 0 1.000
2010 8 28 3 0 2 1.000 41 43 1 1 1 .978
2011 - 19 25 1 0 0 1.000
通算 31 158 18 3 17 .983 221 311 7 7 2 .978

記録[編集]

背番号[編集]

  • 51 (2000年 - 2012年)

脚注[編集]

  1. ^ 『週刊ベースボール』 ベースボール・マガジン社2003年2月17日、154頁。
  2. ^ 野球小僧 NO.2(白夜ムック46、1999年7月刊)「ドラフトの怪物・密着インタビュー 大島裕行(埼玉栄)」
  3. ^ 2012年度 任意引退選手”. 日本プロ野球機構 (2012年10月30日). 2012年10月30日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]