長田秀一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
長田 秀一郎
Shuichiro osada.jpg
DeNA時代
(2016年5月22日、平塚球場にて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市栄区
生年月日 (1980-05-06) 1980年5月6日(39歳)
身長
体重
179 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2002年 自由獲得枠
初出場 NPB / 2003年3月28日
最終出場 NPB / 2016年7月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

長田 秀一郎(おさだ しゅういちろう、1980年5月6日 - )は、神奈川県横浜市栄区出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

2003年から2013年途中まではNPB西武ライオンズ・埼玉西武ライオンズ、以降は2016年まで横浜DeNAベイスターズでプレー。現役最終年の2017年には、ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)新潟アルビレックスBCに所属していた。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

鎌倉学園高校では、甲子園出場は無かったが、その投球はプロから注目されており、1998年のドラフトの隠れ目玉として指名されるかと思われたが、慶應義塾大学へ進学。

大学野球部の同期に湊川誠隆田中大貴(フリーアナウンサー)がいる。大学進学後は先発も抑えも経験、2000年秋のリーグ優勝・明治神宮大会優勝。山本省吾中村泰広らとともに投手陣の一翼を担う。2002年春の東大2回戦で9者連続奪三振のリーグ記録をマーク。これは1970年の早大大木勝年に並ぶ六大学史上1位タイ記録で、未だにその記録は破られていない。同じ日に1試合21奪三振という六大学歴代2位の記録を樹立。リーグ通算61試合登板、12勝16敗、防御率2.23、290奪三振。ベストナイン1回。ただし、これだけの活躍にもかかわらず通算成績は負け越している。山中正竹が指揮を執る第1回世界大学野球選手権日本代表に後のチームメイトとなる法大・後藤武敏らと共に選出され3位入賞に貢献。制球力が良く、スタミナもあり、安定感抜群と三拍子揃った選手として、大学4年次のプロ野球ドラフト会議・自由獲得枠で西武ライオンズへ入団。

西武時代[編集]

2003年、入団1年目から中継ぎに先発にと重宝された。被本塁打12本、防御率6.06の内容だったが、46試合に登板し、ルーキーながら1年間1軍に帯同した。この頃は名前を「ながた」と呼ばれることもあった[1]

2004年、開幕に出遅れたが、防御率が前年の約半分と格段に向上。34試合に登板して防御率は3.18で、課題だった被本塁打もわずか2本と大きく改善された。

2005年から2006年の2年間は、合計13試合の登板にとどまり被本塁打も悪化、13試合で9本塁打を浴びた。

2007年、左の三井浩二と右の長田で(長田と同い年同期入団)クローザーの小野寺力につなぐ方程式を形成した。6月まで防御率2点台であったが、6月5日のヤクルト戦で2失点を喫すると翌日に二軍落ち。一軍では22試合で防御率3.33の成績だった。二軍では防御率7点台で、再昇格はならなかった。

2008年、背番号が19番から34番に変更されることが発表された。一軍での登板は10月4日の楽天戦の1試合だけだった。同シーズンオフ、2002年の慶應義塾大学時代から6年の交際期間を経てチアリーディング部に所属していた同級生の客室乗務員の女性との婚約を発表した。

2009年、4試合に登板、26人の打者と対戦して13人の出塁を許すなど、防御率は12.46であった。

2010年、シーズン当初は敗戦処理としての登板が主だったが、好投を続け、「勝ちパターン」に組み込まれる。メインの担当は7回だったが、藤田太陽が故障で戦線離脱して以降は、8回を任されていた。その後は場面に限らず登板、1度不調で登録抹消されるものの最短期間で復帰し、自己最多となる56試合に登板、藤田・ブライアン・シコースキーとともにチームのリリーフ陣を立て直した。

2011年、安定感を欠き、17試合の登板に留まった。

2012年、初の一軍登板が6月と出遅れたが、勝ちパターンの一角として活躍。53試合に登板し、チームトップの26ホールドを記録し、自身としては約10年ぶりにお立ち台に上がった。

2013年、開幕一軍メンバーとして登録されたが[2]、14試合の登板で防御率4.15と安定感を欠き[3]、5月9日に一軍登録を抹消された[4]。5月19日に再昇格したものの[4]、5月22日・23日の交流戦(対広島戦)で連日失点を記録し[5][6]、5月24日に再び一軍登録を抹消された[4]

DeNA時代[編集]

2013年7月7日に渡辺直人との交換トレードで横浜DeNAベイスターズへ移籍することが両球団より発表された[7][8][9]

移籍後はビハインドでの登板が目立ち、8月7日読売ジャイアンツ戦では一死も取れずに4失点を喫するなど不安定さを見せていたが、終盤にはセットアッパーとして起用される場面もあった。

2014年、開幕一軍メンバーとして登録され、前半戦は33試合に登板し、防御率5.72と精彩を欠き、7月7日に二軍降格。8月6日に一軍に昇格すると、19試合に登板し、防御率0.98の好成績を収めた。

2015年、開幕を二軍で迎えたが、4月9日に一軍登録された。5月29日千葉ロッテマリーンズ戦では激しい雨の中、7回二死三塁、3-3の同点の場面で登板したが、雨で球がすっぽ抜けて暴投、これが決勝点となり逆転負けを喫した。因みに長田はロジンバッグが使えず、更に球審の予備球を入れる袋に蓋が付いていなかった事もあり、中畑清監督は「(防水用の)袋があるのに球場に用意していなかったみたい。今後は晴れていても用意するべき。自然が相手なんだから」と球界全体の問題として指摘した。6月8日に登録を抹消されたが、7月3日に再び一軍登録されると、その後も中継ぎの一角として好リリーフを続けた。結局この年は45試合に登板し4勝1敗、防御率2.06の成績を残した。8月17日に国内FA権を取得したが、10月2日にFA権を行使せず、球団に残留することが決まった。

2016年、一軍公式戦への登板が6試合にとどまったことから、10月2日に球団から戦力外通告を受けた[10]。12月2日付で、NPBから自由契約選手として公示[11]

DeNA退団後[編集]

NPB他球団での現役続行を希望していることから、2016年11月12日には、阪神甲子園球場で開催の12球団合同トライアウトに参加。シートバッティング形式で対戦した打者3人をすべて凡退させるとともに、空振りで1つの三振を奪った[12]。しかし、NPB他球団への移籍には至らなかった。

BCリーグ・新潟時代[編集]

2017年3月1日に、BCリーグの新潟アルビレックスBCへ入団することが発表された[13]。リーグ戦には24試合の登板で、1勝1敗1セーブ、防御率5.06をマーク。シーズン終了後の11月1日に、球団を通じて現役引退を発表した。引退に際しては、「15年間ピッチャーとしてマウンドに立てるとは思わなかった。最後に(新潟の本拠地である)ハードオフエコスタジアムのマウンドに立てたのは幸せ」とのコメントを寄せている[14]。2018年からは西武OBとしてフジテレビTWOの野球解説者に就任。

現役引退後[編集]

2019年1月より埼玉西武ライオンズのライオンズアカデミーコーチに就任した。

選手としての特徴[編集]

平均球速約142km/h(2012年)[15]、最速149km/hのストレートスライダーカットボールカーブフォークシュートを投げ分ける[16]

人物[編集]

コーヒー愛好家で、試合のある日の朝は必ず1杯は飲むとのこと[17]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2003 西武 46 4 0 0 0 5 7 0 -- .417 315 68.1 73 12 39 1 2 46 3 0 52 46 6.06 1.64
2004 34 0 0 0 0 2 3 0 -- .400 188 45.1 35 2 20 1 1 37 2 1 17 16 3.18 1.21
2005 9 0 0 0 0 0 0 0 2 ---- 71 14.2 18 6 11 0 0 11 1 0 15 15 9.20 1.98
2006 4 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 17 3.1 6 3 0 0 1 3 0 0 4 4 10.80 1.80
2007 22 0 0 0 0 0 2 0 5 .000 103 24.1 22 1 5 0 3 15 1 0 10 9 3.33 1.11
2008 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 5 1.1 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00 0.75
2009 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 26 4.1 10 1 2 0 1 4 0 0 6 6 12.46 2.77
2010 56 0 0 0 0 5 3 0 17 .625 275 65.1 55 4 24 1 4 61 1 0 27 24 3.31 1.21
2011 17 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 80 15.2 23 1 8 1 2 16 0 1 7 7 4.02 1.99
2012 53 0 0 0 0 2 1 1 26 .667 181 46.1 28 5 11 2 2 26 0 0 16 13 2.53 0.84
2013 16 0 0 0 0 0 2 0 3 .000 69 15.1 17 1 4 0 1 12 1 0 9 9 5.28 1.37
DeNA 24 0 0 0 0 2 0 0 5 1.000 106 25.2 19 5 11 0 0 23 0 0 11 11 3.86 1.17
'13計 40 0 0 0 0 2 2 0 8 .500 175 41.0 36 6 15 0 1 35 1 0 20 20 4.39 1.24
2014 52 0 0 0 0 5 5 1 16 .500 205 46.2 47 3 19 1 1 34 3 0 25 20 3.86 1.41
2015 45 0 0 0 0 4 1 0 10 .800 167 39.1 36 1 19 2 0 18 4 0 13 9 2.06 1.40
2016 6 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 24 4 8 0 3 0 1 3 0 0 4 4 9.00 2.75
通算:14年 389 4 0 0 0 25 25 2 85 .500 1832 420.0 398 45 176 9 19 310 16 2 216 193 4.14 1.37

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 19 (2003年 - 2007年)
  • 34 (2008年 - 2013年途中)
  • 64 (2013年途中 - 同年終了)
  • 56 (2014年 - 2016年)
  • 11 (2017年)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 西武・長田“ナガタ”にショック - ウェイバックマシン(2004年12月12日アーカイブ分) - スポーツニッポン(2003年4月8日)
  2. ^ 公示(出場選手登録・抹消) - 埼玉西武ライオンズ公式 2013年3月 2013年7月8日閲覧
  3. ^ スコア速報 ロッテ対西武 - nikkansports.com 2013年5月8日配信 2013年7月8日閲覧
  4. ^ a b c 公示(出場選手登録・抹消) - 埼玉西武ライオンズ公式 2013年5月 2013年7月8日閲覧
  5. ^ スコア速報 西武対広島 - nikkansports.com 2013年5月22日配信 2013年7月8日閲覧
  6. ^ スコア速報 西武対広島 - nikkansports.com 2013年5月23日配信 2013年7月8日閲覧
  7. ^ 西武長田とDeNA渡辺直が交換トレード - nikkansports.com 2013年7月7日配信 2013年7月8日閲覧
  8. ^ トレードのお知らせ - 埼玉西武ライオンズ公式 2013年7月7日配信 2013年7月8日閲覧
  9. ^ 渡辺 直人選手と埼玉西武・長田 秀一郎選手のトレードについて - 横浜DeNAベイスターズ公式 2013年7月7日配信 2013年7月8日閲覧
  10. ^ 2017年度 選手契約について”. 横浜DeNAベイスターズ公式サイト (2016年10月2日). 2016年10月2日閲覧。
  11. ^ 自由契約選手|2016年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。
  12. ^ “65人が参加/12球団合同トライアウト詳細”. 日刊スポーツ. (2016年11月12日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1736002.html 2016年11月13日閲覧。 
  13. ^ 長田 秀一郎投手入団のお知らせ”. 新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ (2017年3月1日). 2017年3月1日閲覧。
  14. ^ 退団選手のお知らせ”. 新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ (2017年11月1日). 2017年11月1日閲覧。
  15. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2013年、126頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  16. ^ 多彩な変化球を投げる長田秀一郎、その類まれない投球術に秘密は? Baseball Crix、2016年7月30日配信。
  17. ^ 埼玉西武ライオンズファンクラブオフィシャルハンドブック2010より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]