平石洋介

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平石 洋介
福岡ソフトバンクホークス 打撃兼野手総合コーチ #78
Y hiraishi20190911.jpg
楽天監督時代 東京ドームにて(2019年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大分県杵築市
生年月日 (1980-04-23) 1980年4月23日(39歳)
身長
体重
175 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手一塁手
プロ入り 2004年 ドラフト7巡目
初出場 2005年3月27日
最終出場 2011年7月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

平石 洋介(ひらいし ようすけ、1980年4月23日 - )は、大分県杵築市出身の元プロ野球選手外野手内野手、左投左打)、プロ野球コーチ、元プロ野球監督

東北楽天ゴールデンイーグルス球団史上初の生え抜き一軍監督を2019年シーズンに務めた。現在は、福岡ソフトバンクホークス一軍打撃兼野手総合コーチ。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

中学生時代に大阪府へ移り住むと、ボーイズリーグの「八尾フレンド」に所属。同い年の上重聡とチームメイトになった。ボーイズリーグでは、関西選抜の主将として、世界大会での優勝を経験している。

中学校からの卒業後に、上重と揃ってPL学園高校に進学。1年時の夏から左肩の具合が悪く、一時はキャッチボールさえままならなかったという。2年時に左肩の手術を受けると、3年時には主将として春夏とも甲子園球場での全国大会に出場。第70回選抜高等学校野球大会では、準決勝で横浜高校に敗れる。記念大会扱いで南大阪代表として出場した第80回全国高等学校野球選手権大会の準々決勝で横浜高校と再戦。試合の途中で代打から右翼の守備に入ると、4 - 4のスコアで延長戦に入った瞬間に、「次の守備もあるぞ」と他のナインを激励した。1点ビハインドで迎えた11回裏2死2塁の局面では、二塁まで進んだ直後に「靴紐を結び直す」という名目でタイムを取ることによって、打席に入ったばかりの大西宏明が平静を保つための間を与えた。チームは延長17回の末に7 - 9というスコアで敗れたものの、このようなキャプテンシーは、現在に至るまで語り継がれている。

高校からの卒業後に同志社大学へ進学したが、高校時代から痛めていた左肩を完治させるべく、1年時の秋にはリハビリを目的に入院生活を送った。4年時には、高校時代に横浜高校の4番打者として対戦していた同学年の後藤武敏(当時は法政大学に在学)と共に、第1回世界大学野球選手権日本代表へ選出。代表チームの3位入賞に貢献した。在学中には、関西学野球のリーグ戦で、外野手としてベストナインに4回選出。通算85試合の出場で、本塁打を1本も放てなかったものの、打率.318(289打数92安打)、24打点という成績を残した。

その一方で、大学生時代には毎日放送のアナウンサー試験を受験。スポーツアナウンサーとしての採用が検討されていたが、「卒業後も野球を続けたい」との思いが募ったあげく、選考を途中で辞退した。実際には、卒業後にトヨタ自動車へ入社すると、硬式野球部に2年間在籍。「1番・中堅手」として第74回都市対抗野球大会社会人野球日本選手権大会に出場したほか、第22回ハーレムベースボールウィーク日本代表に選ばれた。社会人野球では、通算打率3割3分以上、10本塁打という成績を残している。

2004年のNPBドラフト会議で、東北楽天ゴールデンイーグルスから7巡目で指名。契約金4,000万円、年俸1,000万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は33。会議の直前にNPBへ新たに参入したばかりの楽天球団が、新人扱いで最初に入団させた選手の1人である。

プロ・現役時代[編集]

選手時代(2011年)

2005年は新人唯一開幕1軍入りし千葉マリンスタジアムでの千葉ロッテマリーンズとの開幕第2戦では9番中堅手で初先発しフルイニング出場し3打数無安打。3月30日の対ホークス戦(福岡ドーム)でプロ初安打、4月1日の対埼玉西武ライオンズ戦(宮城)でプロ初打点。その後二軍落ちし、一軍25試合に出場し打率.178。フレッシュオールスターゲームパ・リーグ選抜で6番指名打者で先発出場した。

2006年イースタン・リーグで69試合に出場し、出塁率.429で最高出塁打者賞を受賞、打率.328も同リーグ2位の成績で一軍出場は2試合。

2007年は一軍出場はなく、イースタン・リーグでは67試合に出場した。

2008年はシーズン終盤に2年ぶりに一軍出場し、3年ぶりの打点とプロ初盗塁を記録、6試合に出場した。

2009年はイースタン・リーグで打率3割を超え、6月11日に昇格、同日の中日ドラゴンズ戦(宮城)で一軍では初めて一塁手で起用される。6月27日のオリックス・バファローズ戦(大阪ドーム)ではプロ初本塁打を打つ。7月に降格し、球団史上初のポストシーズンのCSで出場はなかった。

2010年は一軍で28試合に出場し、2011年は開幕一軍入りし、主に一塁の守備要員として自己最多となる35試合に出場したが、11月14日に戦力外通告を受け、現役を引退。

現役引退後[編集]

2011年11月28日に楽天の育成コーチ(野手担当)に就任[1]。これにより、平石は球団初の生え抜き選手出身のコーチとなった。

2012年2月13日から二軍外野守備走塁コーチ、シーズン終了後に一軍打撃コーチ補佐へ異動。

2014年1月22日に一軍打撃コーチに就任[2]。6月14日からは一軍打撃兼走塁コーチ[3]礒部公一コーチが1軍昇格するまでの間、走塁コーチとして一塁ベースコーチを担当した[4][5]

2015年10月12日に二軍監督に就任[6]。球団生え抜きだった選手が二軍といえど監督に就任するのは平石が初となった。また当時35歳であり、各チームで進められていた指導者の若返りの中でも際立って年少での抜擢である[7]

2018年は一軍ヘッド兼打撃コーチに異動したが、6月16日に梨田昌孝監督が辞任したため6月17日より監督代行を務める[8]。楽天の生え抜き選手では初の監督代行で、38歳での就任も球団最年少となった。10月5日には、GMの石井一久から来季の監督昇格を受諾したことが発表され、楽天生え抜きとして初の一軍監督に就任することとなった[9]松坂世代および1980年代生まれの人物として初の一軍監督就任、そして通算37安打は2リーグ制以降の一軍監督経験者の中では上田利治の通算56安打を下回り歴代最少となる[10][11]

2019年はシーズン序盤には首位にいたが、10連敗を喫し、徐々に優勝争いから脱落した。しかし、最終的には3位でシーズンを終えた。クライマックスシリーズファーストステージでは2位のソフトバンクと対し、1勝2敗で敗退。クライマックスシリーズ終了後の10月10日に監督契約満了に伴い監督を退任。前年度最下位から3位に躍進したにも関わらず退任となった理由として、石井GMは「バントやスクイズなどの精度、サインミスの多さや走塁を含めた意識改革が改善しきれなかった。長くある課題だと認識している」と話しており、実際に盗塁数はリーグ最少タイの48盗塁で、盗塁死も38個あった。球団からは、来期から新設される「2軍統括」のポストを用意されていたが、10月15日に球団から正式に退団が発表された。

2020年から福岡ソフトバンクホークス一軍打撃兼野手総合コーチを務める。背番号は78に決まった。監督退任の翌年に他球団のコーチを務めるのは異例で、かつてオリックス監督から同じようにソフトバンクのコーチに就任した大石大二郎以来である。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 楽天 25 53 45 1 8 0 0 0 8 1 0 0 1 0 5 0 2 12 3 .178 .288 .178 .466
2006 2 7 7 0 1 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0 3 0 .143 .143 .143 .286
2008 6 15 13 2 3 1 0 0 4 1 2 1 0 0 1 0 1 1 0 .231 .333 .308 .641
2009 26 64 59 6 15 4 2 1 26 8 1 3 1 1 3 0 0 13 0 .254 .286 .441 .726
2010 28 38 33 4 8 3 0 0 11 0 0 0 0 0 4 1 1 5 0 .242 .342 .333 .675
2011 35 16 15 3 2 0 0 0 2 0 1 0 0 0 1 0 0 6 0 .133 .188 .133 .321
通算:6年 122 193 172 16 37 8 2 1 52 10 4 5 2 1 14 1 4 40 3 .215 .288 .302 .592

タイトル[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 33 (2005年 - 2011年)
  • 89 (2012年 - 2019年)
  • 78 (2020年 - )


登場曲[編集]

  • 『夢に明日に、未来へ』 中川あつお (2009年)
  • 『笑進笑明』 中川あつお (2010年 - 2011年)

年度別監督成績[編集]




























2018年 楽天 6位 80 37 41 2 .474 29.5 .241 69 3.78 38歳
2019年 3位 143 71 68 4 .511 7.5 .251 141 3.74 39歳
通算:2年 223 108 109 6 .498 Aクラス1回、Bクラス1回
  • 2018年、梨田昌孝監督が辞任した後、6月17日よりシーズン終了まで監督代行。

ポストシーズン[編集]

年度 チーム 大会名 対戦相手 勝敗
2019年 楽天 パ・リーグ クライマックスシリーズ
第1ステージ
福岡ソフトバンクホークス
(パ・リーグ2位)
1勝2敗(敗退)
  • 勝敗の太字は勝利。
  • クライマックスシリーズ第1ステージは3試合制であり、先に2勝したチームが第2ステージ進出。リーグ2位チームにはアドバンテージ無し。
  • クライマックスシリーズ第2ステージは6試合制であり、先に4勝したチームが日本シリーズ進出。リーグ優勝チームには予め1勝分のアドバンテージが与えられている。
  • (※1) リーグ優勝チームの西武に与えられた1勝分のアドバンテージによる1敗を含む
  • (※2) 1勝分のアドバンテージを含む

脚注[編集]

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  1. ^ 新任コーチに関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2011年11月28日). 2011年11月28日閲覧。
  2. ^ コーチの役職変更、ポジション変更について”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2014年1月22日). 2014年1月22日閲覧。
  3. ^ コーチの役職変更に関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2014年6月14日). 2014年6月15日閲覧。
  4. ^ 楽天平石打撃コーチが走塁コーチも兼任”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2014年6月15日). 2014年1月22日閲覧。
  5. ^ 楽天が配置転換 米村コーチ2軍へ、礒部コーチが昇格”. スポーツニッポン (2014年6月18日). 2014年6月18日閲覧。
  6. ^ 【平石洋介】二軍監督就任に関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2015年10月12日). 2015年10月12日閲覧。
  7. ^ https://mainichi.jp/articles/20160216/dde/035/050/020000c
  8. ^ 監督人事に関するお知らせ”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2018年6月16日). 2018年6月16日閲覧。
  9. ^ 楽天、平石洋介監督代行の監督昇格を発表 球団初の生え抜き監督、松坂世代ではプロ初 - デイリースポーツ、2018年10月5日配信、同日閲覧
  10. ^ 現役時代投手だった者は除く。元中日監督の森繁和は現役時代を通してDH制のある西武に在籍していたため安打どころか打者として打席に立ったことすらなく、元西武監督の渡辺久信も現役時代の大半で西武に在籍していたため現役通算17打席で通算3安打である。
  11. ^ 日本スポーツ企画出版社発行2019プロ野球写真&データ選手名鑑148ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]