鞘師智也

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鞘師 智也
HC-Tomoya-Sayashi.jpg
現役時代(2009年4月2日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府茨木市
生年月日 (1980-05-06) 1980年5月6日(39歳)
身長
体重
184 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2002年 ドラフト4巡目
初出場 2006年9月26日
最終出場 2009年5月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

鞘師 智也(さやし ともや、1980年5月6日 - )は、大阪府茨木市出身の元プロ野球選手外野手)。現在は広島東洋カープのスカウト。

珍姓だが、先祖は姫路城の刀のを作る名工だったという。元モーニング娘。鞘師里保は姪にあたる[1]

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

報徳学園高等学校では、第70回選抜高等学校野球大会初戦で横浜高等学校松坂大輔から2安打を放つ。

その後東海大学に進学し、大学3年時全日本大学野球選手権大会優勝。首都大学リーグ通算39試合出場、116打数33安打、打率.284、13打点。ベストナイン1回。2002年第1回世界大学野球選手権日本代表に東海大同期の久保裕也と共に選出され3位入賞に貢献。

2002年のドラフト会議広島東洋カープに4巡目で指名され入団。

プロ入り後[編集]

2006年(4年目)、9月26日の阪神タイガース戦(甲子園)で、前田智徳の代走として一軍初出場。その後回ってきた初打席では藤川球児のストレートを弾き返すも併殺打。翌27日の試合では6番中堅手でスタメン出場し、もう少しで本塁打という左飛を打つが、この年は無安打で終えた。

2007年5月9日の中日ドラゴンズ戦(広島)で青木勇人の代打として登場、中前安打を放ち、栗原健太の満塁本塁打で生還。プロ初安打と初得点を記録した。二軍では打率.262、10盗塁と自己最高の成績を残した。

2009年5月20日のオリックス・バファローズ戦でスタメン出場。第2打席目に山本省吾からレフト線を抜ける打球を打ち、左翼手の大村直之が二塁に悪送球。この隙に鞘師は三塁を狙ったが、カバーに入った一塁手の岡田貴弘も三塁に悪送球し、鞘師はそのままホームインするという珍しいプレーとなった。この年二軍では8本塁打を放つなど自己最高の成績を残している。

2010年は一軍出場がなく10月3日戦力外通告を受け[2]現役引退

引退後[編集]

カープの近畿地区担当のスカウトに転身した[3]。これまでに担当した主な選手は岡田明丈のほか、高校の後輩でもある小園海斗がいる。[4]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2006 広島 5 8 8 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 1 .000 .000 .000 .000
2007 15 17 14 5 3 0 0 0 3 1 0 0 1 0 2 0 0 6 0 .214 .313 .214 .527
2009 2 5 5 2 2 2 0 0 4 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .400 .400 .800 1.200
通算:3年 22 30 27 7 5 2 0 0 7 1 0 0 1 0 2 0 0 10 1 .185 .241 .259 .501

記録[編集]

背番号[編集]

  • 33 (2003年 - 2010年)

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]