大石達也 (野球)

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大石 達也
埼玉西武ライオンズ #15
Ohishi15.jpg
2018年2月9日 宮崎・南郷キャンプにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県太宰府市
生年月日 (1988-10-10) 1988年10月10日(30歳)
身長
体重
185 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト1位
初出場 2012年5月5日
年俸 1,300万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大石 達也(おおいし たつや、1988年10月10日 - )は、福岡県太宰府市出身のプロ野球選手投手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学2年から投手としてソフトボールを始め、中学時代にボーイズ・リーグのホークス大野城ボーイズに入り、本格的に野球を始める。投手と外野手を兼任していた3年時、後にプロ入りする吉川光夫らと共に九州選抜に選ばれた。大野城ボーイズの監督から勧められ、監督の母校でもある福岡大大濠高に進学[2]、1年春から左翼手のレギュラーとして活躍した。2年秋から主戦投手となり、福岡南部大会準々決勝でノーヒットノーラン(7回参考記録)を達成。3年時の福岡県大会初戦では好投したものの、サヨナラ押し出し死球を与え敗退[2]。甲子園出場はならなかったものの、最速145km/hを誇る九州屈指の右腕として注目を集めた。

早稲田大学野球部監督の應武篤良が福岡大大濠の監督の後輩だったこともあり[2]、早稲田大に進学。大石は投手を希望したが、日本一の遊撃手になれると考えた應武の方針でほとんど経験のない遊撃手も務める。入学前の内野の守備練習で指の裂傷や剥離骨折の怪我を負い、復帰後は投手として登録された[2]。1年春に投手として初登板。1年秋から3年春の4シーズンにかけて38回2/3連続無失点を記録し、初めて規定投球回に達した3年秋のリーグ戦ではベストナインを受賞した。一方、先発としては高校時代から「試合のどこかで必ず捕まってしまう脆さがある」、「試合のあるところに差し掛かると、なぜか決まって崩れる」と言われ[3][4]、1年秋の初先発では5回1安打無失点で初勝利を飾ったものの、2度目の3年春の登板では5回8安打4失点で連続無失点記録がストップ、3度目の秋の登板でも4回9安打6失点と結果を残せなかった[2]

先発願望はあったが、斎藤佑樹福井優也が先発の柱となっていた3年頃からは、ストッパーとして2人の後をしっかり締めようという意識に変わっていったという[2]。短いイニングで全力投球できるようになったことで球威が増し、3年春の立教大学戦では一場靖弘に並ぶ当時の神宮最速タイとなる154km/hを計測。11月のプロアマ戦では1回を投げて天谷宗一郎らから2三振を奪い、翌2010年4月25日の明治大学戦では自己最速となる155km/hを計測。また同年夏の世界大学野球選手権大会準決勝でアメリカの中軸打者から3者連続三振を奪ったことで、速球ならメジャーリーグでも通用すると少し自信を持ったという[2]

西武時代[編集]

2010年10月28日に行われたプロ野球ドラフト会議では同じ早稲田大学の斎藤佑樹や福井優也、中央大学澤村拓一らと共に「ハンカチ世代」として注目されていた。ドラフト会議当日は横浜ベイスターズ東北楽天ゴールデンイーグルス広島東洋カープオリックス・バファローズ阪神タイガース埼玉西武ライオンズの6球団から1巡目指名を受け、抽選の結果西武が交渉権を獲得[5]。同年12月2日に契約金1億円・出来高払い5000万円・年俸1500万円(金額は推定)で仮契約を結んだ。背番号は「15」。

2011年に監督の渡辺久信の意向で抑えから先発に転向するが[6]オープン戦では球速が最速でも140km/h台前半に留まり、自身も「このままじゃ通用しない」[7]、「スピードが全然出ない」と語るなど開幕二軍スタートも囁かれた[8]。その後、東日本大震災のためにブライアン・シコースキーが一時帰国した影響でリリーフとして開幕一軍に登録されたが、4月15日の練習中に右肩の痛みを訴え、登板機会のないまま登録抹消となった[6]

2012年は開幕二軍スタートであったが、5月3日に一軍に昇格。5月5日の千葉ロッテマリーンズ6回戦の8回に初登板を果たし、2イニングを無失点に抑えた[9]。その後リリーフとして登板を重ね、7月8日の東北楽天ゴールデンイーグルス10回戦ではプロ入り初勝利を挙げた[10]

2013年涌井秀章の先発復帰もあって抑えに回るも序盤から不安定な投球が続き、代わって広島から移籍したデニス・サファテが抑えに定着、以降は主に敗戦処理での登板が主となった。シーズン終盤では再び抑えを務めるが不調が続き、涌井にその座を譲る事となった。また、8月22日ロッテ戦では、3回裏に井口資仁鈴木大地に1イニング2本の満塁本塁打を浴びている(史上4人目。ただし、1本目は登板前に小石博孝が満塁にしていた走者を帰したものであるため、失点・自責点ともに5)。

2014年は右肩痛のため一軍での登板はなかった[11][12]。二軍でも6試合に登板し0勝1敗、防御率4.90の成績に終わっている[13]

2015年は一軍で3試合に登板[14]。3と1/3回に登板し、被安打3、奪三振3、与四球1、防御率0.00の成績であった[14]

2016年8月31日の対ソフトバンク戦において1点ビハインドの9回表に5番手で登板し、1回を投げ1失点だったが、裏の攻撃でチームが3点を挙げ逆転サヨナラ勝利したため、プロ2年目に挙げた初勝利以来の2勝目を記録した[15]。なお、この試合でプロ野球タイ記録となる1イニング3暴投を記録した(プロ野球史上14人目、パ・リーグでは8人目)[16]。最終的には31回2/3を投げ、シーズンを通じての失点・自責点ともに6、防御率は1.71という数字を残した。

2017年は、2勝4ホールドという成績を残した。

2018年は、1勝2ホールドという成績を残した。

選手としての特徴[編集]

オーバースローから平均球速約141km/h[17]、プロ入り後の最速149km/h[18]ストレート縦のスライダー[19]フォークボール、フォークボールの握りから投げるチェンジアップ[20]を投げる。カーブも投げることができるが、大学時代は4-5球しか投げなかったという[21]

大学時代は藤川球児が引き合いに出されるほどの伸びを誇る最速155km/hのストレート[22][23]を最大の武器とし、大学時代には「速すぎて見えない」と言われるほどで、明治大学の選手は通称「バズーカ」と呼ばれるピッチングマシンから繰り出す160-170km/hの球で目を慣らしたほどの威力を誇っていた[20]。プロ入り当初の2011年の春季キャンプでもブルペン投球を受けた達川光男から「津田恒実を彷彿させるストレートだった」と評された[24]

プロ1年目の2011年に右肩を痛めて以降は球速が140km/h台に落ち込んだものの、本人は大学時代のような速球で空振りを奪う投球を理想に掲げ、速球を中心としたスタイルを維持している[25]。投手コーチの土肥義弘は大石のストレートが独特な球筋を持つことを指摘し、球速がなくても打者を詰まらせることができると評価した[25]

野手としても非凡な才能を持ち、高校時代の監督は大石の外野守備について大濠歴代ナンバーワンと評し[3]、大学進学後もしばらくは遊撃手を務め、早稲田大学監督の應武篤良からは「鳥谷敬以上の遊撃手になれる」と評された[26]。2014年には野手転向の打診もあった[12]

人物[編集]

性格は「ピッチャーというよりもキャッチャータイプ」と言われており[27]、中学時代から大学時代にかけて指導した監督は皆「主張が足りない。いい子すぎる」と共通の見解を示している[26]。 また、福井優也からは性格は「適当」と評されている。あまり考えすぎないタイプだという。また、「他のスポーツやらせても、何でも出来る」と評されている[28]

野上亮磨は中学校の先輩にあたる[21]

2018年1月5日、沖縄県出身の一般女性と入籍した[29]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2012 西武 24 0 0 0 0 1 1 0 1 .500 160 36.0 39 2 12 0 4 24 3 0 15 11 2.75 1.42
2013 37 0 0 0 0 0 5 8 2 .000 166 36.2 43 7 12 2 1 44 1 0 28 26 6.38 1.50
2015 3 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 13 3.1 3 0 1 0 0 3 0 0 0 0 0.00 1.20
2016 36 0 0 0 0 1 0 0 3 1.000 126 31.2 18 2 16 0 0 36 4 0 6 6 1.71 1.07
2017 20 0 0 0 0 2 0 0 4 1.000 77 19.1 10 0 11 1 1 17 1 0 2 2 0.93 1.09
通算:5年 120 0 0 0 0 4 6 8 10 .400 542 127.0 113 11 52 3 6 124 9 0 51 45 3.19 1.30
  • 2017年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2012 西武 24 2 6 0 0 1.000
2013 37 2 5 0 0 1.000
2015 3 1 0 0 0 1.000
2016 36 1 3 0 0 1.000
2017 20 2 6 0 1 1.000
通算 120 8 20 0 1 1.000
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

その他の記録
  • 1イニング3暴投:2016年8月31日、対福岡ソフトバンクホークス19回戦(西武プリンスドーム)、9回表に記録 ※プロ野球14人目(パ・リーグ8人目)

背番号[編集]

  • 15 (2011年 - )

登場曲[編集]

参考文献[編集]

  • 節丸裕一『最強世代1988 田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太……11人の告白』講談社、2011年

脚注[編集]

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  1. ^ 西武 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年5月25日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 節丸裕一 『最強世代1988 田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太……11人の告白』 講談社、2011年ISBN 978-4-0629-5066-4
  3. ^ a b 『野球小僧』2010年6月号、白夜書房、雑誌18801-6、58-61頁。
  4. ^ 『野球小僧』2010年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、144-147頁。
  5. ^ 斎藤、日本ハムが交渉権 6球団競合の大石は西武共同通信 2010年10月28日
  6. ^ a b 大石も雄星に続いてリタイヤ 西武首脳陣問われる責任zakzak 2011年4月18日
  7. ^ 大石「このままじゃ通用しない」日刊スポーツ、2011年3月3日。
  8. ^ 大石開幕2軍も…最速138キロに笑顔なし日刊スポーツ、2011年3月11日。
  9. ^ 一昨年のドラフトで6球団競合…大石、プロ初登板で好投 スポニチAnnex 2012年5月5日付記事より。
  10. ^ 佑もメール祝福!2年目・大石、お待たせプロ1勝 スポニチAnnex 2012年7月9日付記事より。
  11. ^ NPB 大石達也”. 2014年10月20日閲覧。
  12. ^ a b 野手転向の打診あった…6球団競合の西武・大石「投手一本で」”. スポーツニッポン. 2014年12月3日閲覧。
  13. ^ NPB 2014年度 埼玉西武ライオンズ 個人投手成績(イースタン・リーグ)”. 2014年10月2日閲覧。
  14. ^ a b 埼玉西武ライオンズ公式サイト - 選手名鑑 - 大石 達也
  15. ^ 2016年8月31日 埼玉西武 対 福岡ソフトバンク 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  16. ^ 2016年シーズンの記録の回顧(投手記録) NPB.jp 日本野球機構
  17. ^ 『2014 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2014年、24頁。ISBN 978-4-905411-17-8
  18. ^ “西武CS争い残った 大石が緊急事態救う”. nikkansports. (2013年10月2日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20131002-1198244.html 
  19. ^ 2010ドラフト候補をたっぷり語る『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、47頁。
  20. ^ a b 『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、8-10頁。
  21. ^ a b 巻頭独占インタビューⅢ 大石達也『週刊ベースボール』2011年9号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-2/28、14-17頁。
  22. ^ 2010ドラフト有力候補一挙紹介『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、19頁。
  23. ^ 2010ドラフト有力候補一挙紹介『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、19頁。
  24. ^ 大石は津田の再来! 達川さんホレた報知新聞、2011年2月11日。
  25. ^ a b 市川忍 (2016年7月26日). “西武・大石達也がようやく帰ってきた。同期の牧田、秋山を今度は追う側に。”. プロ野球PRESS. Number Web. 2017年7月14日閲覧。
  26. ^ a b ドラフト指名選手の野球人生ドキュメント『野球小僧』2010ドラフト総決算号、白夜書房、雑誌67614-98、70-75頁。
  27. ^ 『アマチュア野球』第26号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-72、16-19頁。
  28. ^ http://www.asahi.com/sports/column/TKY201104260313.html 戦士のほっとタイム 2011年4月26日
  29. ^ 大石投手 入籍のお知らせ. 埼玉西武ライオンズ、 2018年1月28日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]