辻竜太郎

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辻 竜太郎
オリックス・バファローズ コーチ #79
Tsujiryutaro bs 20150501.JPG
左が辻。
(2015年5月1日 神戸第二サブ球場にて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府箕面市
生年月日 (1976-06-08) 1976年6月8日(42歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2001年 ドラフト8巡目
初出場 NPB / 2002年6月1日
最終出場 NPB / 2007年4月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

辻 竜太郎(つじ りゅうたろう、1976年6月8日 - )は、大阪府箕面市出身の元プロ野球選手外野手、右投左打)、コーチ。選手時代の登録名竜太郎(りゅうたろう)。現在はオリックス・バファローズ二軍の打撃コーチを務めている。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

箕面市で生まれ、父親である辻哲也中日ドラゴンズに在籍していたことから「竜太郎」と名付けられた。父の影響で4歳頃から野球を始め、箕面第六中では投手を務めていた[1]。中学3年の時に選手権大会での上田佳範の活躍を見て、松商学園への進学を決めた[1]。高校では外野手に転向して1年夏から四番を務め[1]、2年夏には選手権大会に出場。初戦で長崎日大と対戦し、中村隼人から9回に長打を放って同点への足がかりを作った[2]ものの、延長の末に敗れた。

明治大学では小笠原孝と同級生で、1年次からレギュラーとして活躍。1年秋には中村豊筒井壮野村克則橿渕聡といった、のちにプロ入りする先輩選手が大勢いる中で4番レフトを任されていたこともある。4年時には主将を務め、春季リーグ戦ではリーグ3位の打率.367をマークして初のベストナインに選ばれ[3]、優勝に大きく貢献した。同年の秋季リーグでも打率.311でベストナインに選出されている。4年間でリーグ通算81試合に出場し、307打数86安打、打率.280、4本塁打、39打点の成績を残した。

大学卒業後はヤマハに進み、1年目の1999年2月にはアマチュア全日本候補選手として巨人キャンプに参加し、長嶋茂雄監督から直接打撃の指導を受けている[4]。同年の都市対抗では若獅子賞を受賞した。翌2000年都市対抗で2試合連続本塁打を放ち、初の社会人ベストナインに選ばれている。2001年のドラフト会議オリックスから8巡目で指名を受け、契約金2000万円、年俸600万円(金額はいずれも推定)で入団した[5]

オリックス時代[編集]

信濃グランセローズ時代。2013年4月20日、県営上田野球場にて

プロでの登録名は竜太郎となり、1年目の2002年は34試合に出場。翌2003年大島公一とともに自主トレを行い、野球に対する高い意識に大きな影響を受けたという[6]。同年は79試合に出場して7本塁打を放ち、特に岩隈久志から記録した初本塁打はNPBで一番の思い出になった[1]2004年規定打席未満ながら打率.325をマークし、近鉄とのシーズン最終戦では勝ち越しの3ランホームランを放った[7]ものの、一軍出場は52試合にとどまっている[7]。同年オフに選手分配ドラフトを経て東北楽天ゴールデンイーグルスへの移籍が決まった。背番号は自ら当時編成部長だった広野功に希望を伝え、一旦は希望通り7に内定していたが、少し遅れて自由契約でオリックスから移籍した山崎武司も7を希望し、自ら竜太郎を説得する意向まで広野に直訴したため[8]、最終的にはオリックス時代と同じ48となった。

楽天時代[編集]

2005年は開幕前に監督の田尾安志から「荒削りだが理想的」と打撃を高く評価された一方で、守備を課題として指摘された[9]。楽天のファンサイトではレギュラーメンバー予想で名前が挙げられていた[7]が、同年は31試合の出場に終わった。移籍2年目の2006年は、打撃こそ好調だったが守備・走塁の技術不足を露呈し、さらに出場機会が減ってしまった。移籍3年目の2007年はオープン戦は好調だったが、一転してシーズン開幕後は機会を生かせず、チームの戦力構想から外れて退団。現役続行を目指し、12球団合同トライアウトを受験したが獲得球団はなかった。

BCリーグ・信濃時代[編集]

2008年から高校時代を過ごした長野県を本拠地とするBCリーグ信濃グランセローズに打撃コーチ兼任で入団。2008年シーズン終了後にNPBの12球団合同トライアウトを再び受験したが、ここでも獲得球団は現れなかった。2009年以降も引き続きコーチ兼任選手として信濃でプレーし、2009年は首位打者に輝いた。2010年を以ってコーチ職を退任し、2011年からは選手に専念していたが、2013年からは再びコーチ兼任でプレーしている[10]

2014年5月30日福井戦でBCリーグ史上2人目となる通算400安打を達成[11]6月21日に選手契約を解除し、コーチ専任となったが[12]7月2日に再び選手登録された[13]。7月21日の試合後に、監督の大塚晶文がBCリーグ憲章に反する行き過ぎた指導があったとして、7月23日に活動自粛したため、7月25日群馬戦から7月29日新潟戦までの4試合で監督代行を務め、3勝1敗の成績を残した。10月14日に現役引退が発表された[14]

現役引退後[編集]

引退と同時に2015年から古巣・オリックスに指導者として復帰することが発表された。背番号は79

2015年は二軍外野守備走塁コーチ[15]2016年から二軍打撃コーチ。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2002 オリックス 34 48 42 1 9 3 0 0 12 2 1 0 3 0 2 0 1 8 0 .214 .267 .286 .552
2003 79 205 194 24 49 8 1 7 80 18 3 2 3 0 4 0 4 32 3 .253 .282 .412 .695
2004 52 141 123 14 40 8 1 1 53 16 1 1 5 1 7 0 5 15 1 .325 .382 .431 .813
2005 楽天 31 83 76 4 15 2 0 1 20 7 1 0 1 0 3 0 3 11 3 .197 .256 .263 .519
2006 10 29 28 1 9 2 0 0 11 1 0 0 0 0 1 0 0 6 0 .321 .345 .393 .738
2007 3 6 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 .000 .167 .000 .167
通算:6年 209 512 468 44 122 23 2 9 176 44 6 3 12 1 18 0 13 73 7 .261 .306 .376 .682

記録[編集]

NPB

独立リーグでの打撃成績[編集]











































O
P
S
2008 信濃 60 198 24 66 10 2 3 25 13 21 12 0 2 0 0 8 .333 .429 .449 .878
2009 60 203 26 72 17 1 7 34 15 20 12 0 2 3 0 5 .355 .443 .552 .995
2010 59 153 21 47 6 0 8 37 14 20 10 0 2 1 3 3 .307 .421 .503 .924
2011 61 223 30 81 8 0 5 29 20 22 7 0 2 3 0 4 .363 .437 .466 .903
2012 50 152 18 41 9 3 1 20 17 12 6 2 3 1 1 5 .270 .341 .474 .815
2013 70 250 25 80 13 0 3 29 30 27 9 0 6 5 0 4 .320 .397 .472 .869
2014 63 218 31 57 14 0 2 24 26 26 19 0 1 2 0 9 .261 .386 .427 .813
通算:7年 423 1397 175 444 77 6 29 198 135 148 75 2 18 14 4 38 .318 .407 .524 .931
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号[編集]

  • 48 (2002年 - 2007年)
  • 8 (2008年 - 2014年)
  • 79 (2015年 - )

登録名[編集]

  • 竜太郎 (りゅうたろう、2002年 - 2014年)
  • 辻 竜太郎 (つじ りゅうたろう、2015年 - )

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 読売新聞、2009年10月11日付朝刊、長野地方面
  2. ^ 第75回全国高校野球選手権大会 長崎日大 対 松商学園
  3. ^ 朝日新聞、1998年6月1日付朝刊、P.19
  4. ^ 読売新聞、1999年2月3日付朝刊、P.21
  5. ^ 読売新聞、2001年11月30日付朝刊、P.18
  6. ^ 高校野球情報.com 独占インタビュー 第30回 竜太郎選手兼コーチ
  7. ^ a b c 朝日新聞、2004年11月17日付朝刊、宮城地方面
  8. ^ 広野功『広野功の楽天誕生秘話』。日刊ゲンダイ、2013年11月19日号、33面。
  9. ^ 読売新聞、2004年12月25日付朝刊、宮城地方面
  10. ^ 初優勝へ「全力」誓う 3コーチが就任会見”. 2012年12月14日閲覧。
  11. ^ 信濃、福井に逆転勝ち 甲斐、感謝の今季初勝利”. 2014年5月30日閲覧。
  12. ^ 選手契約のお知らせ”. 2014年6月21日閲覧。
  13. ^ 諏訪出身の伊藤と選手契約 大谷は福井に移籍”. 2014年7月4日閲覧。
  14. ^ 竜太郎、引退 オリックス2軍コーチに”. 2014年10月15日閲覧。
  15. ^ 二軍コーチングスタッフ決定のお知らせ”. 2014年10月14日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]