安達了一

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安達 了一
オリックス・バファローズ #3
Bs Ryoichi Adachi.JPG
2013年8月29日 ほっともっとフィールド神戸
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県高崎市
生年月日 (1988-01-07) 1988年1月7日(29歳)
身長
体重
179 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手(主に遊撃手
プロ入り 2011年 ドラフト1位
初出場 2012年5月12日
年俸 6,600万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

安達 了一(あだち りょういち、1988年1月7日 - )は、オリックス・バファローズに所属する群馬県高崎市出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

高崎市立北小学校では少年野球チームには所属せずソフトボール少年であった。高崎市立第一中学校入学後に軟式野球を始め、主に捕手、外野手としてプレーしたが、内野を守ること[2]もあった。中学3年では同校が平成4年に全国準優勝した時以来の県大会出場を果たした。(県大会ベスト8)。群馬県立榛名高等学校時代は、1年時から三塁手のレギュラーに定着。2年時の秋から主将となり、遊撃手となる。3年時の夏は、群馬大会4回戦で敗退[2]

高校卒業後は、関甲新学生野球連盟に加盟している上武大学に進学。3年時の秋に打率.394と最高出塁率.535の好成績を残し、MVPとベストナインを受賞。4年時にはクリーンナップを務め、春には首位打者(.425)、最多本塁打(4本塁打)、最多打点(17打点、リーグタイ記録)の三冠に輝く[3]。夏には大学日本代表候補強化合宿にも招集され、秋の第40回明治神宮野球大会では4番として同校の準優勝に貢献したが、ドラフトでの指名は無かった[2]

大学卒業後は、東芝に入社。同社野球部では1年目の2010年からレギュラーに定着。第81回都市対抗野球大会では、1番・遊撃手として打率.391を記録し、同チームの優勝に貢献。新人王にあたる若獅子賞を受賞した。2年目の2011年第39回IBAFワールドカップメンバーに選ばれるが第1ラウンド敗退[2]。連覇のかかった第82回都市対抗野球大会では、10月27日の2回戦・日本生命戦で逆転負け。自身も海田智行の前に3打数無安打に抑え込まれた[2]

数時間後に行なわれたプロ野球ドラフト会議高橋周平の抽選を外したオリックス・バファローズから外れ1位指名を受けた。本人は、宿舎に戻るバスの中で音楽を聴いているところで、チームメイトからドラフト指名を知らされた[2][3]。背番号は社会人でつけていたのと同じ3に決まった[2]

プロ入り後[編集]

2012年、春季キャンプで右手親指付け根を骨折した[4]影響で、開幕を二軍で迎えた。5月10日に一軍昇格を果たすも打撃不振とウイルス性胃腸炎で二軍落ち。2度目の昇格後の7月7日の対ロッテ戦でようやくプロ入り初打点・初安打を記録した。その後も腰痛を抱える大引啓次に代わって遊撃手として先発出場することもあったが、守っては自身の悪送球から失点を招いたり、走塁では一塁への帰塁の際に二塁ベースを踏み忘れアウトになるなどミスが目立ち[5]、9月17日に二軍降格。9月30日に一軍再昇格すると、10月7日の西武戦で初の猛打賞、翌8日のソフトバンク戦でシーズン最終打点となる適時打を放ち、終盤戦で活躍をみせた。1年目は50試合に出場して打率.159、4打点の成績に終わり、シーズン通して活躍した同期入団の川端崇義とは対照的となった。二軍では34試合の出場で打率.269、2本塁打11打点を記録した。

2013年森脇浩司監督のもとでキャンプから積極的に起用され二番・遊撃で自身初の開幕スタメンに抜擢された。4月5日の西武戦では、岸孝之からプロ入り初本塁打を放った。 シーズン序盤から中盤にかけては山本和作と併用が続き守備固めでの出場も多かったが夏場からはショートのレギュラーに定着。131試合に出場し打率.235、本塁打5本、糸井嘉男に次いでチーム2位となる16盗塁を記録した。

2014年、一軍公式戦143試合に出場するとともに、チームのパシフィック・リーグ(パ・リーグ)優勝争いに大きく貢献。リーグ5位の29盗塁を記録した。

2015年、一軍公式戦139試合の出場で、自己最多の11本塁打・55打点を記録。一軍選手の戦線離脱が相次いだチーム状況の下で、一軍公式戦への出場試合数が2年続けてチームトップに達したが、盗塁数は16、打率は.239にとどまった。

2016年、自主トレーニング期間中の1月23日に、潰瘍性大腸炎で緊急入院。春季キャンプ期間中の2月10日に退院した後は、キャンプに合流せず、単独でリハビリに専念した[6]。公式戦開幕直後の4月上旬には、ウエスタン・リーグのデーゲームでフル出場が可能になるまでに体調が回復。同月12日には、シーズン初の出場選手登録を経て、日本ハムとのナイトゲーム(京セラドーム大阪)にスタメンで一軍復帰を果たした[7]。復帰後は、前年に続いて正遊撃手に定着するとともに、一軍公式戦118試合の出場でプロ入り後自己最高の打率.273を記録。22試合へ出場した7月には、月間通算の安打数(30安打)と打率(.380)がいずれもパ・リーグで最高だったことから、自身初のリーグ月間MVPを受賞した[8]

2017年、2年振りに公式戦を一軍でスタート。一時は「3番・遊撃手」に固定されたが、5月第2週終了時点でリーグ規定打席到達者の最低打率(.170)を記録するなど、打撃面で不振を極めた[9]。遊撃守備中の打球処理に支障を来すほどの体調不良も重なったため、5月中旬には一時、出場選手登録を抹消された[10]

選手としての特徴・人物[編集]

走攻守揃った遊撃手。パンチ力を秘めた打撃と、強肩を活かした守備が売り[11][12]UZRは2015年に遊撃手として29.0を記録[13]

2014年には、1月18日に、福岡県出身で3歳年下の一般女性と結婚した。9月12日には、自身と同じ群馬県出身のチームメイト(中山慎也小島脩平駿太)と共に、同県から「ぐんま観光特使」を委嘱。2016年1月31日で任期を終えた[14]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2012 オリックス 50 103 88 8 14 5 0 0 19 4 2 2 6 2 7 0 0 23 0 .159 .216 .216 .432
2013 131 470 395 52 93 13 2 5 125 30 16 5 38 1 27 1 9 80 4 .235 .299 .316 .615
2014 143 601 486 73 126 13 5 8 173 50 29 10 45 4 58 0 8 79 8 .259 .345 .356 .701
2015 139 593 506 57 121 16 3 11 176 55 16 15 29 4 48 0 6 68 11 .239 .310 .348 .658
2016 118 488 403 51 110 15 1 1 130 34 6 6 35 4 42 0 4 53 4 .273 .344 .323 .667
NPB:5年 581 2255 1878 241 464 62 11 25 623 173 69 38 153 15 182 1 27 303 27 .247 .320 .332 .652
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


二塁 三塁 遊撃 外野
















































2012 13 21 43 0 5 1.000 5 0 2 0 0 1.000 21 23 42 3 8 .956 1 0 0 0 0 .000
2013 22 42 39 1 9 .988 - 122 160 364 11 68 .979 -
2014 1 1 0 0 0 1.000 - 143 190 434 13 80 .980 -
2015 1 0 1 0 0 1.000 - 139 203 449 16 84 .976 -
2016 - - 117 178 347 13 63 .976 -
通算 37 64 83 1 14 .993 5 0 2 0 0 1.000 542 754 1636 56 298 .977 1 0 0 0 0 .000
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

  • 月間MVP:1回(野手部門:2016年7月)

記録[編集]

背番号[編集]

  • 3 (2012年 - )

脚注[編集]

  1. ^ オリックス - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年12月18日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 無心 安達了一『週刊ベースボール』2011年12月12日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-12/12, 104-107頁。
  3. ^ a b 安達 3の0の悔しさから一転1位指名に「うれしい」 スポニチ Sponichi Annex、2011年10月28日
  4. ^ オリックス1位安達が骨折 開幕絶望
  5. ^ 「忘れるな、踏んで帰ろう一塁へ」安達、帰塁も残念アウト 2012.09.11 L-Bs
  6. ^ オリックス安達が練習再開、4月下旬の復帰目指す日刊スポーツ 2016年2月15日
  7. ^ 難病克服のオリ安達 一軍登録即先発へ日刊スポーツ 2016年4月12日
  8. ^ オリックス安達初の月間MVP サポートに「感謝」日刊スポーツ 2016年8月5日
  9. ^ 松田がワースト10脱出、安達が最下位/パ打率日刊スポーツ 2017年5月15日
  10. ^ オリックス安達が体調不良で登録抹消 疲労が蓄積日刊スポーツ 2017年5月14日
  11. ^ 社会人ナンバーワン野手は打てる遊撃しかも右打ち スポニチ Sponichi Annex、2011年10月27日
  12. ^ 【オリックス1位】安達了一 1軍ベンチにいてほしい 23歳攻撃的遊撃手 スポニチ Sponichi Annex、2011年10月27日
  13. ^ 『数字で斬る! 2015年プロ野球 パ・リーグ編』 ベースボール・マガジン社、2015年、66頁。
  14. ^ “オリックス安達ら4選手をぐんま観光特使に”. 日刊スポーツ. (2014年9月12日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140912-1365650.html 2015年11月10日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]