比嘉幹貴

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比嘉 幹貴
オリックス・バファローズ #35
Higa motoki.jpg
2012年9月30日、西武ドームにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 沖縄県沖縄市
生年月日 (1982-12-07) 1982年12月7日(35歳)
身長
体重
177 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト2位
初出場 2010年8月13日
年俸 1,500万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

比嘉 幹貴(ひが もとき、1982年12月7日 - )は、沖縄県沖縄市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

沖縄県立コザ高等学校から国際武道大学を経て日立製作所に入社。同社野球部では当初は怪我が多くなかなか試合に出場できなかったが、その後徐々に実力を開花、荻野忠寛がプロ入りで抜けた後のチームの大黒柱に成長した。

2009年ドラフト会議で、オリックス・バファローズに2位指名された。当初入団交渉は難航したが[2]、最終的には契約金6000万円・年俸1200万円+出来高払いで契約合意した。

指名後に行われた第35回社会人野球日本選手権大会2回戦、対九州三菱自動車戦では9回2死までノーヒットノーランの好投を演じるも、打線の援護がなく二死から二者連続死球を与えたところで交代、後を受けた投手がサヨナラヒットを喫したことから被安打0で負け投手となった。

プロ入り後[編集]

2010年には、故障で開幕に出遅れながらも、シーズン途中から一軍公式戦で救援投手として活躍。9月4日の対福岡ソフトバンクホークス戦(スカイマークスタジアム)では、4点リードから同点に追い付かれた直後の5回表2死満塁の場面で登板すると、多村仁志を3球で三振に討ち取った。さらに、その裏に大引啓次が決勝打を放った結果、一軍での初勝利を挙げた[3]。一軍公式戦全体では、24試合の登板で、防御率1.25、WHIP0.69、右打者からの被打率.151を記録。

2011年には、5月上旬にシーズン初の出場選手登録。しかし、右肘痛を発症したため、一軍公式戦での防御率0.00ながら2試合に登板しただけで登録を抹消された。後半戦から一軍に復帰。7月27日の対北海道日本ハムファイターズ戦(帯広の森野球場)では、3回裏2死から1回1/3を投げたが、ボビー・スケールズに満塁本塁打を浴びるなど自己ワーストの7失点を喫した[4]。一軍公式戦通算では、オール救援で23試合に登板。前年とほぼ同数の投球回数を記録する一方で、被安打が前年から倍増したり、防御率が7.15に達した

2012年には、オープン戦で右肘痛を発症した影響[5]で、実戦復帰は8月ウエスタン・リーグ公式戦にまで持ち越された。9月5日の対千葉ロッテマリーンズ戦では、同期入団で一軍初先発の前田祐二に続いて、6回表の途中からシーズン初の一軍公式戦登板。1死1塁のピンチを併殺で切り抜けた結果、前田に一軍初勝利をもたらした。9月11日の対埼玉西武ライオンズ戦では、1点ビハインドの8回裏からの登板で無失点に抑えると、9回表に味方打線が逆転。その結果、2010年9月26日の対ロッテ戦以来、716日振りに一軍公式戦で勝利を挙げた。シーズン通算では、一軍公式戦12試合の登板ながら、防御率1.80を記録した。

2013年には、プロ入り後初の開幕一軍登録。3月29日にロッテとの開幕戦(QVCマリンフィールド)へ登板したが、2失点を喫して敗戦投手になった。さらに、翌30日の同カードでは1アウトも取れずに降板したため、開幕戦からわずか2試合で登録を抹消された。4月後半に一軍へ復帰してからは好調を維持。5月には、12試合の登板で自責点を0にとどめた。連投が続いた6月7月にやや調子を落としたが、シーズン終了まで一軍の救援陣に定着。その結果、一軍公式戦で59試合に登板するとともに、11ホールドを記録した。

2014年には、先発投手や他の救援投手が試合の中盤(主に6・7回)で走者を出した局面を中心に、一軍公式戦で自己最多の62試合に登板。一軍監督の森脇浩司から「切り札」と称される[6]ほどの信頼を背景に、佐藤達也馬原孝浩平野佳寿と共に「勝利の方程式」へ組み込まれると、チームのレギュラーシーズン2位・クライマックスシリーズ進出に貢献した。レギュラーシーズンでは、34登板試合連続無失点(パシフィック・リーグのシーズン公式戦タイ記録)を達成したほか、通算で0点台の防御率を記録した。

2015年には、春季キャンプの序盤で右肩を痛めた[7]ため、一軍公式戦へのシーズン初登板は6月20日の対埼玉西武ライオンズ戦(ほっともっとフィールド神戸)まで持ち越された[8]。この試合で2失点を喫すると、2試合目の登板であった27日の対ロッテ戦(QVCマリンフィールド)では、1アウトも取れずに3点を失って降板[9]。以降も一軍公式戦6試合に登板したが、7月29日に出場選手登録を抹消されると、 8月11日に右肩の関節唇修復手術を受けた。全治に5ヶ月を要する手術だった[10]ため、球団では手術の前に、翌2016年の年俸に対してNPB野球協約で定められた制限を超える減額率を適用することを比嘉に通告。実際にシーズン中の実戦復帰へ至らなかったことや、一軍公式戦で未勝利に終わったことなどから、シーズン終了後の契約交渉では推定年俸1,500万円(4,500万円減)に出来高分を加えた条件で契約を更改した[11]

2016年には、6月12日にシーズン初の出場選手登録[12]6月17日の対広島東洋カープ戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)では、同点で迎えた延長12回の裏に、7番手投手として登板した。しかし、打者2人から1アウトを取れないまま、鈴木誠也の2点本塁打でサヨナラ負けを喫した[13]。その一方で、8月10日の対ソフトバンク戦でも、同点の7回表から救援で登板。1イニングを無失点に抑えると、7回裏にチームが勝ち越したため、一軍公式戦では2014年9月7日の対北海道日本ハムファイターズ戦(いずれも京セラドーム大阪)以来自身2年(703日)振りの勝利を挙げた[14]

2017年は8試合に登板、1敗・1ホールド、防御率3.24だった。

選手としての特徴・人物[編集]

サイドスローから投げ込む最速146km/hのストレートと、スライダーカーブシンカーなどの変化球が持ち味。制球力が高く、牽制やフィールディングの技術も卓越している。岡田彰布がオリックスの一軍監督だった時期には、岡田から「牽制が(NPB)12球団(の現役投手で)一番上手」との評価を受けていた[15]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2010 オリックス 24 0 0 0 0 2 1 0 2 .667 78 21.2 14 0 1 0 1 12 0 0 3 3 1.25 0.69
2011 23 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 105 22.2 28 3 6 0 2 21 0 1 21 18 7.15 1.50
2012 12 0 0 0 0 1 0 0 1 1.000 34 10.0 8 0 0 0 0 5 0 1 2 2 1.80 0.80
2013 59 0 0 0 0 4 3 0 11 .571 235 59.1 52 4 11 0 1 54 0 0 15 14 2.12 1.06
2014 62 0 0 0 0 7 1 0 20 .875 231 56.2 53 2 12 2 1 48 0 0 9 5 0.79 1.15
2015 8 0 0 0 0 0 0 0 2 .000 34 5 16 1 2 1 1 5 0 0 9 9 16.20 3.60
2016 16 0 0 0 0 1 1 0 5 .500 43 9.1 13 3 3 2 0 10 0 0 5 5 4.82 1.71
2017 8 0 0 0 0 0 1 0 1 .000 31 8.1 6 2 0 0 0 12 0 0 3 3 3.24 0.72
NPB:8年 212 0 0 0 0 15 7 0 45 .682 791 193.0 190 15 35 5 6 167 0 2 67 59 2.75 1.17
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 35 (2010年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ オリックス - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年6月1日閲覧。
  2. ^ 球団側は最初の交渉で契約金5000万円を提示したが、これがドラフト3位の山田修義と同額だったため、日立側が「即戦力の社会人選手と高校生の契約金が一緒なのはおかしい」と反発したことによる。
  3. ^ “ドラ2ルーキー比嘉 母の誕生日にプロ初勝利”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年9月4日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/09/04/kiji/K20100904Z00000990.html 2013年4月17日閲覧。 
  4. ^ “岡田監督「一番期待」の比嘉が7失点…オリ40敗目”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2011年7月28日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/07/28/kiji/K20110728001297800.html 2013年4月17日閲覧。 [リンク切れ]
  5. ^ “【オリックス】うれしい!比嘉2年ぶり○”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2012年9月11日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20120911-1015368.html 2012年10月10日閲覧。 
  6. ^ 森脇監督 お見事火消しの比嘉絶賛「本当に切り札」  -日刊スポーツ、2014年5月5日
  7. ^ - オリックス比嘉、右肩痛で開幕アウト… - デイリースポーツ(2015年3月17日)
  8. ^ オリックス・バファローズ公式サイト「公示(出場選手登録・抹消)」
  9. ^ オリックスバファローズ公式サイト・比嘉幹貴「個人成績」
  10. ^ - オリックス比嘉が右肩関節唇の修復手術、全治5カ月 - 日刊スポーツ(2015年8月11日)
  11. ^ オリックス比嘉 4500万円減にショック「そういう数字が評価」 - スポーツニッポン、2015年12月4日
  12. ^ 【6月12日の公示】西武・大石、オリックスは比嘉ら3人を登録 - スポーツニッポン、2016年6月12日
  13. ^ オリックス 痛恨サヨナラ負け 交流戦負け越し&パ・リーグ6位転落 - スポーツニッポン、2016年6月18日
  14. ^ オリックス比嘉2年ぶり白星「ラッキーですね」 - 日刊スポーツ、2016年8月11日
  15. ^ 「そんな審判あかん」岡田監督猛抗議 - 日刊スポーツ、2011年8月14日
  16. ^ オリ比嘉 34試合連続無失点 03年豊田のパ記録に並んだ
  17. ^ オリ比嘉 連続試合無失点34でストップ 中村に勝ち越し打許す

関連項目[編集]

外部リンク[編集]