2002年の日本プロ野球

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2002年の日本プロ野球(2002ねんのにほんぷろやきゅう)では、2002年日本プロ野球(NPB)における動向をまとめる。

NPB以外の動向については2002年の野球を参照。

できごと[編集]

1月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

  • 8月1日 - 中日ドラゴンズ川上憲伸が対巨人(東京ドーム)で、ノーヒットノーランを達成[14]
  • 8月7日 - 阪神の濱中おさむが対広島戦(広島)で球団通算150満塁本塁打[5]
  • 8月14日 - 近鉄の監督梨田昌孝が14日のオリックス21回戦(神戸)の8回、内野ゴロの判定をめぐって抗議し、一塁塁審の杉本大成への暴力行為により、退場処分を受けた[15]
  • 8月15日 - ヤクルトのロベルト・ペタジーニが対巨人戦(東京ドーム)の1回表に入来祐作から日本プロ野球通算150本塁打、史上122人目[7]
  • 8月16日 - 西武が対近鉄戦(西武ドーム)で3回まで0対9とし、その後10対9で逆転、一旦同点とされた後、12対10で逆転勝利で優勝へのマジックナンバー34が点灯[16]
  • 8月22日 - 横浜の石井琢朗が対巨人戦(東京ドーム)で日本プロ野球通算1500安打[17]
  • 8月23日 - 阪神監督・星野仙一が対巨人戦で審判の上本孝一に暴言を吐き退場処分。同時にチーフ打撃コーチ・田淵幸一も審判を小突いたとして退場処分に。セ・リーグで監督とコーチが2人同時に退場処分になったのは初めて。また、星野は阪神監督就任後初の退場となった。[18]
  • 8月25日 - 日本ハムは対近鉄戦(大阪ドーム)でパ・リーグ史上6度目の全員三振、試合は3対2で近鉄が勝利[19]
  • 8月26日 - ダイエーの秋山幸二が今季限りの現役引退を表明 [4]
  • 8月26日 - 西武の西口文也が対ロッテ戦(西武ドーム)で9回2死まで1与四球の無安打無得点に抑えていたが、小坂誠に安打を打たれ、ノーヒットノーランを逃す。9回2死で逃したのはパ・リーグ史上8人目[9]

9月[編集]

  • 9月2日
    • 横浜の石井浩郎が横浜市の球団事務所にて記者会見し、今季限りでの現役引退を正式に表明[20]
    • 日本ハムは東京・六本木の球団事務所にて記者会見し、オーナーの大社義規が辞任し球団社長の小嶋武士が代行と務めると発表[21]
  • 9月3日
    • ロッテの小林雅英が大阪ドームでの対近鉄22回戦に9回裏から登板して今季27セーブ目を挙げ、プロ野球新記録となる23試合連続セーブポイント[22]
    • 中日の山本昌が静岡での対横浜21回戦に先発し今季6勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[23]
  • 9月4日 - 広島の佐々岡真司が広島市民球場での対阪神23回戦の8回表に片岡篤史からこの試合4つ目の三振を奪い、プロ通算1500奪三振を達成[24]
  • 9月7日 - 日本ハムの田中幸雄が千葉マリンスタジアムでの対ロッテ21回戦の2回表に二塁打を打ち、プロ通算3000塁打を達成[25]
  • 9月9日 - 阪神の星野伸之が西宮市の球団事務所にて記者会見し、今季限りでの現役引退を正式に表明[26]
  • 9月11日 - 近鉄の吉岡雄二が東京ドームでの対日本ハム24回戦の9回表に23号本塁打を打ち、プロ通算100号を達成[27]
  • 9月19日 - 横浜の野村弘樹が今季限りで現役引退すると正式に表明[28]
  • 9月21日
    • 西武は千葉マリンスタジアムでの午後2時からの対ロッテ25回戦に0-4で敗れるも、2位のダイエーが東京ドームでの午後6時からのの対日本ハム25回戦に延長12回1-1で引き分けたため、西武の4年ぶり19回目のパ・リーグ優勝達成[29]
    • 中日の井端弘和がナゴヤドームでの対横浜25回戦でサイクル安打を達成[30]
  • 9月24日 - 2位ヤクルトがナゴヤドームでの対中日26回戦に4-9で敗れたため、巨人が2年ぶり30度目のセ・リーグ優勝を達成[31]
  • 9月26日 - 横浜は監督の森祇晶を解任すると発表[32]
  • 9月28日
    • ロッテの平井光親が千葉マリンスタジアムにて記者会見し、今季限りで現役引退すると正式に発表[33]
    • 近鉄は古久保健二が今季限りで現役引退すると発表[34]

10月[編集]

  • 10月1日 - ヤクルトの池山隆寛が今季限りで現役引退すると表明[35]
  • 10月6日 - 西武の豊田清が東京ドームでの対日本ハム28回戦でパ・リーグのシーズン最多セーブの新記録となる今季36セーブ目を挙げる[36]。西武の松井稼頭央が1000試合連続出場を達成[37]
  • 10月9日 - 西武の西口文也がグリーンスタジアム神戸での対オリックス27回戦に先発し今季15勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[38]
  • 10月15日 - 横浜はヘッドコーチの黒江透修を横浜市内の球団事務所に呼び、今季限りで解任すると通告[39]
  • 10月16日 - 中日の大豊泰昭が名古屋市の球団事務所にて記者会見し、今季限りで現役すると正式に発表[40]
  • 10月17日 - 横浜は横浜市のホテルにて記者会見し、野球評論家で球団OBの山下大輔が監督に就任すると正式に発表[41]
  • 10月18日 - 日本ハムは臨時取締役会を開き、球団社長兼オーナー代行の小嶋武士が社長を辞任し、後任に日本ハム本社監査役の今村純二が就任する人事を承認[42]
  • 10月28日 - 沢村賞の選考が都内のホテルで開かれ、巨人の上原浩治を選出[43]
  • 10月30日 - 日本シリーズの第4戦が西武ドームで行われ、巨人が6対2で西武に勝利し巨人が4連勝のストレート勝ちで通算20度目の日本一。4連勝のストレート勝ちは巨人としては球団史上初で、シリーズとしては1990年の西武以来、12年ぶり。西武の日本シリーズでの5連続敗退は阪急と並ぶ当時のワーストタイ記録[44]

11月[編集]

12月[編集]

新ストライクゾーン[編集]

2002年よりストライクゾーンが高めに広がった[45][46][47]。セ・リーグ、パ・リーグ共に四死球が減少、三振数は増加。特に四死球の減少が顕著となった[45]。得点も両リーグ減少し、防御率も良化[45]。パ・リーグは全チームが防御率3点台を記録した[45]

ストライクゾーン変更は打者有利の現状や試合時間が長くなることへの反省から行われたものである[46]。上記の通り投低打高化しており、また試合時間についても2002年の平均試合時間は両リーグとも昨年より短縮された[45]。しかし翌年の2003年には見直される[48]

競技結果[編集]

2002年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 読売ジャイアンツ 86 52 2 .623 ---
2位 ヤクルトスワローズ 74 62 4 .544 11.0
3位 中日ドラゴンズ 69 66 5 .511 15.5
4位 阪神タイガース 66 70 4 .485 19.0
5位 広島東洋カープ 64 72 4 .471 21.0
6位 横浜ベイスターズ 49 86 5 .363 35.5
2002年パシフィック・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 西武ライオンズ 90 49 1 .647 -
2位 大阪近鉄バファローズ 73 65 2 .529 16.5
福岡ダイエーホークス 73 65 2 .529 16.5
4位 千葉ロッテマリーンズ 67 72 1 .482 23.0
5位 日本ハムファイターズ 61 76 3 .445 28.0
6位 オリックス・ブルーウェーブ 50 87 3 .365 39.0
2002年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月26日(土) 第1戦 西武ライオンズ 1-4 読売ジャイアンツ 東京ドーム
10月27日(日) 第2戦 西武ライオンズ 4-9 読売ジャイアンツ
10月28日(月) 移動日
10月29日(火) 第3戦 読売ジャイアンツ 10-2 西武ライオンズ 西武ドーム
10月30日(水) 第4戦 読売ジャイアンツ 6-2 西武ライオンズ
優勝:読売ジャイアンツ(2年ぶり20回目)

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 松井秀喜 巨人   A.カブレラ 西武  
最優秀新人 石川雅規 ヤクルト   正田樹 日本ハム  
首位打者 福留孝介 中日 .343 小笠原道大 日本ハム .340
本塁打王 松井秀喜 巨人 50本 A.カブレラ 西武 55本
打点王 松井秀喜 巨人 107点 T.ローズ 近鉄 117点
最多安打 清水隆行 巨人 191本 松井稼頭央 西武 193本
盗塁王 赤星憲広 阪神 26個 谷佳知 オリックス 41個
最高出塁率 松井秀喜 巨人 .461 A.カブレラ 西武 .467
最優秀防御率 桑田真澄 巨人 2.22 金田政彦 オリックス 2.50
最多勝利 上原浩治 巨人 17勝 J.パウエル 近鉄 17勝
K.ホッジス ヤクルト
最多奪三振 井川慶 阪神 206 J.パウエル 近鉄 182
最高勝率 上原浩治 巨人 .773 J.パウエル 近鉄 .630
最多セーブ投手 E.ギャラード 中日 35S 豊田清 西武 44S
最優秀中継ぎ投手 石井弘寿 ヤクルト 35.5RP      

誕生[編集]

2002年の野球を参照

死去[編集]

2002年の野球を参照

脚注[編集]

  1. ^ a b c d セリーグHistoryセ・リーグ公式サイト
  2. ^ a b c d e 日付は公示日。ベースボール・マガジン社刊「ライオンズ60年史―獅子の記憶ー「西鉄」から「埼玉西武」まで」ページ
  3. ^ 大島監督が2試合出場停止/暴力行為などでパ処分四国新聞社、2002年4月1日
  4. ^ a b c d e f g h i j ソフトバンク刊「王貞治監督 ホークス14年の軌跡」44ページ
  5. ^ a b c d 阪神タイガースヒストリー 2000-2004阪神球団公式サイト
  6. ^ 記録メモ(個人打者編) Archived 2013年12月12日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
  7. ^ a b c d 球団のあゆみ2000年代ヤクルト球団公式サイト
  8. ^ a b チームヒストリーロッテ球団公式サイト
  9. ^ a b 記録メモ(個人投手編) Archived 2013年12月12日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
  10. ^ 週刊ベースボール2012年5月12日号107ページ
  11. ^ 【5月14日】2002年(平14) 松中信彦「再見全塁打!」 王監督ゆかりの地で歴史的勝利スポーツニッポン2011年6月日配信
  12. ^ a b パシフィック・リーグ略史(2001年~)パリーグ公式サイト
  13. ^ 個人打撃連続記録(1)パ・リーグ公式サイト
  14. ^ 無安打無得点試合 (ノーヒットノーラン)NPB公式サイト
  15. ^ 梨田監督が退場共同通信2002年8月14日
  16. ^ 【8月16日】2002年(平14) 西武 球団史上最高の逆転劇でマジック点灯スポーツニッポン2010年8月12日配信
  17. ^ a b ベースボール・マガジン社刊「ホエールズ&ベイスターズ60年の軌跡」27ページ
  18. ^ 【8月23日】2002年(平14) 暴言、突き飛ばし…セ初の監督、コーチ同時退場スポーツニッポン2009年8月12日配信
  19. ^ 記録メモ(チーム・その他編)パ・リーグ公式サイト
  20. ^ 読売新聞2002年9月2日夕刊3面「横浜・石井浩が引退 今季限り」読売新聞縮刷版2002年9月p99
  21. ^ 読売新聞2002年9月3日38面「球団 大社オーナー辞任」読売新聞縮刷版2002年9月p154
  22. ^ 読売新聞2002年9月4日17面「横浜・石井浩が引退 今季限り」読売新聞縮刷版2002年9月p197
  23. ^ 読売新聞2002年9月4日16面「山本昌19年目150勝」読売新聞縮刷版2002年9月p196
  24. ^ 読売新聞2002年9月5日21面「佐々岡1500K」読売新聞縮刷版2002年9月p257
  25. ^ 読売新聞2002年9月8日28面「田中幸が3000塁打」読売新聞縮刷版2002年9月p452
  26. ^ 読売新聞2002年9月10日17面「『トータルで満足』阪神・星野 現役引退」読売新聞縮刷版2002年9月p509
  27. ^ 読売新聞2002年9月10日22面「近鉄・吉岡が100本塁打」読売新聞縮刷版2002年9月p638
  28. ^ 読売新聞2002年9月20日24面「横浜・野村が引退表明『最多勝が思い出』」読売新聞縮刷版2002年9月p1110
  29. ^ 読売新聞2002年9月22日1面「西武V パ・リーグ4年ぶり」読売新聞縮刷版2002年9月p1207
  30. ^ 読売新聞2002年9月22日16面「井端サイクル安打」読売新聞縮刷版2002年9月p1222
  31. ^ 読売新聞2002年9月25日1面「原巨人 初V セ・リーグ」読売新聞縮刷版2002年9月p1351
  32. ^ 読売新聞2002年9月27日19面「横浜監督 後任、山下氏ら浮上 黒江ヘッドが代行 森監督解任」読売新聞縮刷版2002年9月p1509
  33. ^ 読売新聞2002年9月29日20面「首位打者に感慨 ロッテ・平井、引退会見」読売新聞縮刷版2002年9月p1646
  34. ^ 読売新聞2002年9月29日20面「近鉄・古久保が引退」読売新聞縮刷版2002年9月p1646
  35. ^ 読売新聞2002年10月2日25面「さらば、ブンブン丸 池山が引退表明『いい仲間、幸せだった』」読売新聞縮刷版2002年10月p89
  36. ^ 読売新聞2002年10月7日22面「豊田パ新36S」読売新聞縮刷版2002年10月p374
  37. ^ 読売新聞2002年10月7日22面「西武・松井が1000試合連続出場」読売新聞縮刷版2002年10月p374
  38. ^ 読売新聞2002年10月10 日23面「西口通算100勝」読売新聞縮刷版2002年10月p551
  39. ^ 読売新聞2002年10月16日21面「横浜・黒江透修ヘッドコーチが解任」読売新聞縮刷版2002年10月p859
  40. ^ 読売新聞2002年10月16日夕刊3面「大豊(中日)引退 会見で『限界』」読売新聞縮刷版2002年10月p881
  41. ^ 読売新聞2002年10月18日24面「強化策は『底辺の拡大』横浜・山下新監督が就任会見」読売新聞縮刷版2002年10月p990
  42. ^ 読売新聞2002年10月19日24面「札幌移転後の名称、新社長が私案『北海道日本ハムファイターズ』」読売新聞縮刷版2002年10月p1050
  43. ^ 読売新聞2002年10月29日1面「上原に沢村賞 新人の年以来2度目」読売新聞縮刷版2002年10月p1617
  44. ^ 【10月30日】2002年(平14) 巨人、20度目の日本一で初の4戦全勝Vスポーツニッポン2007年10月16日配信
  45. ^ a b c d e 『プロ野球全記録 (2003年版)』、実業之日本社、188頁。ISBN 4-408-61599-4
  46. ^ a b ストライクゾーン変更——あらためて、日本の審判について考える。”. Number Web. 2002年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月25日閲覧。
  47. ^ § 新ストライクゾーンについて”. 高木豊のプロ野球すべてが僕の頭の中にある. 2014年6月25日閲覧。
  48. ^ もらった松坂ライズボール”. 報知ベースボールパーク. 2003年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月25日閲覧。

外部リンク[編集]