AK砲

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AK砲(AKほう)は、1980年代後半から1990年代前半に黄金時代を築いた西武ライオンズの3,4番打者秋山幸二清原和博を指していた言葉である。

概要[編集]

数多くのアベックホームランなど、森祇晶監督指揮下の常勝軍団とさえ呼ばれる時代を支えた。バークレオ(1988年在籍)、デストラーデ(1989年 - 1991年在籍)を加えたクリーンナップは、それぞれAKB砲、AKD砲とも言われた。

1990年5月12日以降、秋山と清原がアベックホームランを放った試合は負けないという「AKアベック不敗神話」が存在していたが、1993年8月13日福岡ダイエーホークス戦で、アベックホームランを放ったのにもかかわらず試合は5-6で敗れ、不敗神話が崩壊した。また同年オフに秋山がホークスにトレード移籍した為、この年が最後のAK砲となった。1986年から1993年の8年間でのAKアベックホームランは通算62回(52勝8敗2分 勝率.867)であった。

プロ野球通算三振記録は、2012年9月16日谷繁元信が秋山の記録を抜くまで、1位清原1955個、2位秋山1712個でAK砲で1、2位を占めていた。[1][2][3]

広島東洋カープ新井貴浩栗原健太コンビも「AK砲」[4]と言われていた(その後天谷宗一郎と栗原のコンビとなる)。阪神タイガース時代の新井貴浩と金本知憲も言われていた。クレイグ・ブラゼルも含めて「AKB砲」と言う場合もあったが、移籍や引退で解消している。代わって新井兄弟(兄・貴浩、弟・良太)を売りにしている時期もあったが、2014年オフに兄・貴浩が広島に復帰したため、事実上の解消となった。

脚注[編集]

  1. ^ 2012年シーズン終了現在、1位清原、3位秋山 参照三振 【通算記録】NPB公式サイト
  2. ^ 谷繁“単独2位”にボヤキ「三振のことばかり聞かれたせいや」スポーツニッポン 2012年9月17日
  3. ^ 【8月18日】2000年(平12) 秋山幸二、2000試合で2000本安打達成 スポーツニッポン 2007年8月11日
  4. ^ 2005年のホームランキングの新井と栗原の愛称であるコングを合わせてキングコング砲とも呼ばれていた。

関連項目[編集]